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2021年6月27日 (日)

西行の歌を読む(9)~おしなべて花の盛りになりにけり 山の端ごとにかかる白雲

  おしなべて花の盛りになりにけり 山の端ごとにかかる白雲
 この歌は『山家集』に収められた歌ですが、その後『御裳濯河歌合』にも収められました。
 西行は、晩年になると、それまでに作りためた自分の歌を集めで自歌合を作り、伊勢神宮の内宮と外宮に奉納したといいます。このようなことは西行以前には例のなかったことだそうです。しかも、西行は単に自分の歌をまとめて奉納するだけでなく、当時の歌壇の巨匠で旧知の藤原俊成や藤原定家に批評の言葉、つまり判を求めました。これについて、目崎徳衛は次のように解釈しています。仏道という宗教生活と歌道という文学という異なった道に志した西行は、最晩年、仏道に没入しきれなかった過去について「年来の数奇生活の総決算」あるいは「自己の歌道生活からの総決算」をしようと試みた。そのために数奇の道への決別に当たって歌壇への置き土産にしようと和歌奉納のための判を求めた。つまり、都の歌人たちとのやり取りは「数奇への執念」から出た行為である。このような宗教と文学という二つの矛盾するものの間で悩む文化人という西行像を批判して、桑子俊雄は次のような解釈を提示します。西行の中で仏道と歌道とは決して矛盾するものではなく、それどころか仏道と歌道を究極的なすがたで統合しようした。そして、この歌合の神宮奉納は西行の仏道修行のひとつの完成であり、西行が到達した最高の宗教的境地と言える。ここでは、仏道と歌道の両者が相互に不可欠な存在となり、一体となっていると。私は、紹介した二つの解釈のどちらかを採るというつもりはありませんが、いずれにせよ、その歌合に収められた、この歌は単に花盛りの景色を詠んだというだけに留まらない、何かを含んでいるという歌で、そのことを西行自身も意識していた、と想像するのは、あながち的外れとは言えないのではないでしょうか。
 その上で、歌を読んでいきましょう。下の句の「山の端ごとにかかる白雲」は、花を雲に見立てた伝統的な手法で、見渡す限りの山々が、一様に白雲を抱えているように見えるが、そのすべてが「花の盛り」であることを、何の疑いもなくおおらかに確信しているように映ります。そこには、花ではないかもしれないとか、今に持ち散るかもしれないというような不安もなければ、わが身に立ち返って、花を見ることの罪とか後ろめたさを意識することさえもない。自分の周囲がすべて花に埋め尽くされて今を極めて冷静に、ほとんど平常心でとらえている。そこから破綻のない美しく整った調べが生まれています。しかし、実際の吉野の桜咲く山々を見渡して、これほど眺望が見られるでしょうか。ここでは、花のユートピアが仮構されていると言ってもいい。それは、同じ『御裳濯河歌合』に収められた吉野の桜を詠んだ次の歌もそうです。
  なべてならぬもよの山辺の花はな 吉野よりこそ種は散りけめ
 これらの吉野の花の詠んだ西行の歌の群れは花のユートピアとしての吉野を中核とした曼荼羅を形成しているように見えます。そこには宗教的といってもいい神秘性があると思います。とくに、この「おしなべて…」の歌は、その破綻がなく整っています。そこには、すべてを払拭した冷静な平常心、これは仏教の悟りの境地に重なると言えるのではないでしょうか、に裏打ちされた、花の調和、心の調和、歌の調和で、この絶妙なバランス感覚は、相反する指向性を持った和歌と仏教という二つそれぞれに、果てしのない魅力を見出してしまった西行が、地平線のはるか彼方に見届けようとした平行線の交差点、その微妙なバランスの一点を示している。そういう歌だと思います。

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