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2021年6月 4日 (金)

テート美術館所蔵コンスタブル展(6)~5章 後期のピクチャレスクな風景画と没後の名声

 1829年にコンスタブルはロイヤル・アカデミーの正会員になり、公的な評価を確立しました。その結果、批評家らの反応に縛られずに主題と技法を選ぶ自由を得たコンスタブルは、これ以降、過去に描いたサフォークやハムステッドの風景に再び取り組みはじめます。さらには画中のモティーフを思いのままに配置しなおすなど、想像力を駆使した「ピクチャレスク」な絵画の制作を手がけたと説明されていました。要するに、晩年近くなってようやく世間に認められ、食べる心配がなくなったので、好きに描くようになったということでしょうか、しかし、展示作品を見ていると、あまりそういうことは画面からは分かりません、前のコーナーで見た作品と感じが異なっているかというと、とりたてて変化しているように見えるところが見つかりませんでした。
Costablewaterlow  「ウォータールー橋の開通式」という1832年の作品。大作です。おそらく、今回の展示作品の中で、最大の作品だろうと思います。その大きな画面に、いろいろなものが描かれていて、コンスタブルの作品の中では情報量の多さという点では一番ではないでしょうか。雲やら橋の建物やら、そしてたくさんの人々。それらが画面から溢れそうです。しかし、それらを描く筆は粗く、厚く絵の具を重ねて置くところもあったりして、しかも、ここまで見てきたコンスタブルの作品ではついぞ見られなかった赤が整列する兵隊の軍服などでふんだんにつかわれており、全体の基調は鈍い色調なのですが、ときどき鮮やかな色が自己主張するという、賑やかな画面になっています。この作品での絵の具の置き方などは、リアルな描写では使えない色を大胆に加えたり、それを荒々しく塗ったりして、ちょっと20世紀初頭の野獣派の鮮やかさと荒々しさを想い起こさせるところがあると思いました。でも、そういう荒々しいところは、これまでの作品でも多少、これらは前面に出すことはありませんでしたが、垣間見ることはできました。例えば、ここでも何点か展示されている下絵とかスケッチ、とくに油絵の下絵で、下絵だからこそ好きなように描いたと言えるかもしれません。しかし、当時のコンスタブルの顧客の好みを推し量って、下絵の段階にとどめた、それだからこそ、人目につかない点を生かして、あとで、その上から表現を重ねると見えなくなってしまうから、却って自身の好きなように描くことができた。
Costablehamstead  そして、ロイヤル・アカデミーでこの作品に対抗してターナーが作品を展示したというエピソードがあったそうで、個々では、両者のその作品を並べて展示して、ライバル対決を演出していました。そうして展示されているターナーの作品は、私には面白くなかったので、そこは素通りします。
 そのあと多数の版画作品の展示があり、最後は、晩年の作品で、版画は職人が画家の描いた作品を版画にするのでしょうが、それは、油絵の粗い筆遣いがなくて、版画職人の巧みさによるのでしょうか、細かくて、非常に滑らかな画面になっています。そのあとで、晩年の作品の粗い筆遣いをみると、それが目についてしまって、おそらく、コンスタブルは、もう顧客のことなんか考えないで描いていたのかもしれませんが、彼の後の世代のラファエル前派を飛び越えて、抽象的なもの接近していく20世紀初頭の絵画に近いところに踏み入っているように見えます。

 

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