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2021年7月 6日 (火)

西行の歌を読む(10)~吉野山梢の花を見し日より心は身にも添わずなりにき

  吉野山梢の花を見し日より 心は身にも添わずなりにき
 吉野山の梢に咲く桜の花を遠くに見た日から、花に心が奪われ、心が身に添わなくなったと言う和歌です。これも、西行の歌に多い桜の花を詠んだ歌で、西行がどれほど桜に心惹かれていたかを示しています。
 桜の花を愛でる姿勢は、西行が追慕した能因や花山院、行尊といった人々にも共通するものだったと言います。例えば能因には
  桜咲く春は夜だになかりせば 夢にも物は思はざらまし
 花山院
  覚つかないづれなるらん春の夜 闇にも花を折りみてしがな
 行尊
  諸共にあはれと思へ山桜 花より外に知る人もなし
  というように、それぞれが桜への愛着を詠んだ歌があります。
ところで、西行の時代の桜は、現代の私たちが見慣れているソメイヨシノではありませ。んでしたソメイヨシノは江戸時代に末期に、江戸の染井という場所で品種改良されてつくられた新種だったのです。ソメイヨシノの特徴は一気に咲いて一気に散るという集団的な性格の強いもので、一本一本の樹の個性というのが稀薄であまり見られないところがあります。これに対して、西行が好んだ吉野の桜は、主に山桜で、開花も吉野山の桜が同時に一斉に咲くのではなく、それぞれの樹が別々に咲くという個性があって、それはまた、花の大きさ、色合い、数などがすべて違っているのです。
  吉野山去年のしをりの道変へてまだ見ぬ方の花を尋ねん
 という西行の歌は、去年とは違う山の奥にまだ見ないかもしれない桜を探して、桜を見尽くしたいと詠んでいて、そこには桜の個体差があるからこそ、違うということをヴィジュアルに詠むことができると言えます。それは、西行が吉野に庵を結んだり、何度も訪れたりして、実際に吉野の桜を見ていたから詠むことができるとも言えるのです。というのも、平安時代の吉野山は、山岳信仰の霊地として、めったに人を近づけなかったのです。そこは険しい行者道や杣道が細々と通っているだけの険阻な秘境でした。だから、吉野の桜を和歌に詠むとしても、都の貴族には、実際に吉野山の桜を見ることは稀で、遠望するか、話に聞いたのを参考に詠むことしかできなかったと言えます。これに比べて、西行は、吉野山の桜の懐深く推参し、実際に花に埋もれて陶酔することができたからこそ、他の歌人にない、様々なヴァリエィションの桜の歌を創作することができた、と言えるのです。

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