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2021年8月

2021年8月20日 (金)

緊急事態を平時の感覚で捉えてしまう

 半年ほど前の大阪を中心とした医療体制の逼迫と現在のそれとは状況が異なるという。半年前と異なる現在の状況の特徴というのは、重症化しやすい高齢者に重点を置いたワクチン接種が進んだことにより、高齢者の発症が減って、代わりに40代~50代の現役世代の感染者が増えたことだという。そのため入院患者が死ななくなった。死者が減ったのはいいことだが、死ぬことで病院から退出することがなくなった。つまり、入院しても死なないので、ずっと入院したまま、そこに感染者が増えてくると、病院がパンクすることになる。それが現在の医療機関の逼迫の特徴だという。
 だから、半年前は死亡率や感染者数がキーポイントだったが、現在では最早それはピント外れとなっている。毎回、緊急事態宣言が出る毎に、実は、出口が変わって来ている。それに対して、「出口戦略はどうなっているのか」、「もっと明確にしろ」とみんな怒るのだけれども、デルタ株が出て来たり、ワクチン接種が進んだり、いろいろな状況が変わることによって、事態は変化している。事態が変化していることに、どうやって追随してキャッチアップして行くかということが、感染症対策にとって重要。そこで一貫性とか戦略性を求めるのは、筋違いではないか。一貫性とか戦略性というのは、既存の経験が有効な土台となって、その延長として先を考えるという、未来を予定と考えるから計画が可能なのではないか。それを、われわれが経験したことのない未知の事態に対して求めるのは、非常事態で平時を求めることではないか。
 その都度、柔軟に対応を変えて行くというのは、そういう平時を求める人から見ると右往左往しているようにしか見えない。だから今回も、いままでステージなどと言っていたのに、「なぜ医療がひっ迫しているかどうかが解除の要件になるのだ」と怒り出す人もいる。それは、未知の新しいことに挑戦して試行錯誤することに、効率性やリスク回避を要求して潰してしまうことに似ているのではないか。

2021年8月 4日 (水)

ジョージ・マカロフ、ロバート・シラー「アニマル・スピリット 人間の心理がマクロ経済を動かす」

11112_20210804214801  実験室での行動経済学に対して、「経済学の想定する『合理的な人間』というのには無理があるのではないか?」と疑問を提起し、かなり大雑把に人間の「非合理」な部分を取り出し、それを経済現象を説明する道具に仕様とすることを提案しているのがこの本。
 「アニマルスピリット」とは、ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』で使った言葉で、資本家の「チャレンジ精神」や「冒険心」といったものを表す言葉だが、著者たちは人間の合理的でない行動一般を表す言葉として用いた。二人はアニマルスピリットとして指摘するのが、経済に大きく影響する「安心」、「公平さ」、「腐敗と背信」、「貨幣錯覚」、「物語」の5つの要因。 例えば、「安心」の有無は人びとの経済行動を大きく左右し、人びとは「公平さ」を求めてしばしば自己の利益を失う。また、朝三暮四ではないけれど、貨幣の実質的価値が重要だと頭ではわかっていたとしても、多くの人々は貨幣の額面にこだわる(「貨幣錯覚」)。
 ただし、マクロ経済学の数量分析を否定しているわけではなく、それでは経済現象を十分に説明しきれないということ。例えば、マクロ経済学に基づく財政政策が実施されていても、リーマンショックのような金融恐慌は起こってしまう。もし、人々が経済合理性に基づいて行動すればFRBと財務省の行動はリーマンショックを防げたという。それができなかったのは、例えば人々が「安心」を求めて、行動をエスカレートさせてしまった(具体的な物を買うには限度があるが、安心には限度がないから)からという。
 では十分な分析をするためにアニマル・スピリットの影響度がどのくらいで、どのように分析したらいいかという理論構築はできていないで、問題提起に留まっているといえる。2009年に出版された著作なのでしかたないとも言えるが、この著作で批判されている経済合理性ということは、実は一通りではないのではないかと思う。例えば、ミクロ経済では合理的な行動が、マクロ経済では不合理になってしまうマクロの誤謬という現象は、ここで考慮されてもいいのではないかと思う。おそらく、今の日本のデフレ状態の分析には、そういう視点が意味を持ってくるのではないかと思ったりする。この本を読んでいて、そういうことを考えさせられた。

 

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