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2021年9月20日 (月)

大木毅「『太平洋の巨鷲』山本五十六─用兵思想からみた真価」

11112_20210920190601  ロンメルやグデーリアンといったドイツ陸軍の電撃戦の関係者を取り上げてきた「独ソ戦」の著者が、今度は、旧日本海軍の山本五十六を軍事の専門家としての能力から評価を試みた著作。
 山本の戦歴を分析していくと、軍艦の艦長名等の戦場の指揮官レベルの戦術的面や、艦隊指揮といった作戦レベルでの実績は平凡だという。むしろ、彼の特徴は大局的見地に立つ戦略レベルでの能力の高さにあるという。航空総力戦を予想しての軍戦備の推進、日独伊三国軍事同盟は必然的に対米戦争につながるという洞察、さらには対米戦争では必敗となるという認識など、後世では常識となっていることだが、当時に気づいていた人は少なかったし、ましてや明確に表明した者は数えるほどしかいなかった。第1次世界大戦以後の海軍の仮想敵国はアメリカで88艦隊という規模を整備し漸減遊撃作戦が基本戦略だった。つまり、広大な太平洋を航海してくる艦隊を迎撃して戦力を徐々に削って疲れさせるという戦略。しかし、山本は総力戦と工業力の飛躍的進展により、その基本戦略は通用しないことを知る。そこで、唯一求めた活路が短期的に戦力を集中させて、相手の戦意を削いで講和にもっていこうとした。開戦時の真珠湾攻撃はそういう戦略から発想されたもので、そのために教官も動員して航空部隊を編成したり、空母を分散させずに集中させる機動部隊という、リスクをとり長期的な継戦を考えない選択をした。しかし、ミッドウェイ海戦での敗北が、その戦略を破綻させてしまう。そのご、短期的に戦力を大盤振る舞いしたことにより、実質的な戦略的な作戦行動がとれなくなり、山本自身は、その後の戦略を考えられず、いわば弥縫策にかけまわるようになってしまう。
 面白いのは、山本の挫折の大きな要因として、連合艦隊司令長官という本来は作戦レベルでの責任者であるべき立場で、真珠湾攻撃という戦略を発案し、大成功を収めてしまった結果、軍令部という海軍の戦略担当部門を差し置いて山本が戦略を担う結果となり、海軍の戦略が二つの部門で担われることになって、海軍として戦略目標が絞れなくなって、現場の判断が混乱していったことにあったという。その典型が、ミッドウェイ海戦やガダルカナルの失敗だったという。
 阿川弘之の浩瀚な評伝で表わされた人物像とは違ったイメージの山本像で、とても興味深いし、真珠湾の作戦の内容分析は、それだけを取り出しても戦記本とは全然違って面白い。

 

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