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2021年11月 2日 (火)

渡辺浩「明治革命・性・文明:─政治思想史の冒険」

11112_20211102214601  政治思想史の研究者が個々に発表した論文や講演録などを集めたものだが、結果として読んだ後に一つの通底するテーマが感じられて、まとまった論文集のような読後感と手ごたえを得られた。
 そのテーマとは、敢えて言えば、「明治革命」前後の日本がいかにグローバルであったのか。政治・経済・社会・家族・性について、どのような転換の背景にどのような事情があったのかを幅広い教養をもとにして、明快に記している。「理不尽な世の中である」理由は何であるのか。どのように考えれば、「理不尽」なことと向き合えるのか。
 たとえば、儒教は、優れた人による統治を説くものとして、中国は20世紀初めまで、科挙という能力試験によって人物を登用した。これに対して、江戸期の徳川社会は身分制社会で、なにより下層武士は能力を発揮できず困窮して不満を募らせた。科挙のような能力で選別されて出世する道はない。それが「明治革命」と呼ぶべき大変動を用意する。著者によれば、明治革命とフランス革命は、身分制を壊して中央集権体制をつくった点、つまり「自由」という点で共通する。
 一方、外交事始めとなった幕府が攘夷派牽制しつつも開国を模索するも、もう一方の開国を強要して訪れた外国人たちは意外にも、日本人の清潔で健康で幸福そうな様を見て 逡巡する。西洋の影響を及ぼすことが彼らにとってよいことなのか、と。長崎海軍伝習所で教鞭を執ったカッテンディーケは、日本人の文明の高さにうなり、通弁のヒュースケンは、「質朴な習俗」を 愛おしむ。日本独自の風俗や文化は、彼らにとって魅力的だった。
 文明開化を経て競争原理が顕著となり、自由民権運動が台頭する。儒教と西洋思想が融合する国内の様子と共に、欧州や中国の思想も描かれ、人の在り方の多様さを改めて知った。変革期にはこうして足下の歴史を見つめ直すことが、自分たちの本質的な姿を把握する近道になる気もする。
 これらを読んでいると、日本史の授業で習ったり、歴史小説で読んだ幕末から明治維新というものが、現代から振り返った、あるいは幕末というのが明治政府から捉えたものとは、ちがったものとし映る姿を想像することができる。

 

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