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2021年12月13日 (月)

笹澤豊「〈権利〉の選択」

11112_20211213224801  「権利」という日本語を普段使っているが、これは外来語であり、英語では「right」だ。ところで、単にrightの意味を考えると「正しい」というのが本筋だ。たしかに権利に当たる「right」には正しいとか正義という意味合いが含意されている。しかし、日本語の「権利」という語には、「権」は力という意味合いで、「利」は利害とか利益の意味合いで、正しいという本意が抜け落ちてしまっている。そのことに疑問を持ったことから始まって、実は「権利」という日本語はrightの実態の深層を突いていたのではないかという結論に辿り着く。その議論がなんとスリリングだったことか。「えっ?こんなだった?」という嘆息が洩れてしまうほど。
 「権利」という訳をした一人に加藤弘之がいる。加藤はrightを「利を保護する力」という意味に捉えた。国家が人民の利を保護する、利の侵害から護る機能を認めるということを認めたからだという。これは、近代国家の市民の所有権や自由競争を封建的な横槍から護ったという外形と重複するところがある。しかし、この考え方では自然権といういわば天賦人権論とは結びつかない。これに対して、福沢諭吉は『学問のすすめ』の中でrightに「権理」の語を充てる。人民の権(力)には理(正当性)があるという自然法の考え方を意識してのものだった。福沢は、その後『国会論』において、天賦人権論といえども、それを受け容れようとしない勢力に対しては、力によって対抗するのは当然であり、それはつまり「理」を受け容れることを迫る力であると言った。そこに至って、福沢はrightの訳語を「権理」から「権利」に替えた。ここで、福沢はrightに含意されていた正しいを排除する。実際のところ、明治政府のリーダーたちは富国強兵という目標を掲げた。これはrightの人間は平等に配慮され尊重されねばならないという立場と対立することになる。しかし、当時の人々は、この富国強兵に乗っかることが自己の利益の増大につながると判断して、政府を支持した。そして、その人々の判断が独り歩きして昭和初期には却って政府を煽って戦争への道を踏ませてしまうに至る。ここで、国家を支配するのは最も力のある者という「権」が多数である人民、大衆でありうることに繋がる。これは言ってみれば、実は人民主権ということになる。福沢は、そういう在り方を洞察したからこそ、「権理」を「権利」に替えたのだと著者は分析する。そうであるとすれば、rightに基づく人民主権というのは建前に過ぎず、実際は前述のような利をベースにしてパワーゲームだったということになる。天賦人権論はそういう実体を隠蔽するフィクションとして機能していたという意外な結末に導かれる。
 もっとも、このような概観はフィルターをかけた読みによるもので、この著作の議論は、よく言えば精緻、悪く言うと細かすぎて読み通すには根気が必要で、読者に忍耐力を要求するものであることは否定できない。

 

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