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2022年2月 1日 (火)

半藤一利、加藤陽子、保阪正康「太平洋戦争への道1931-1941」

11112_20220201215101  2017年8月15日放送のラジオ対談の新書化。3人の対談者は各々それなりの仕事をしているのだが、限られた時間の中で、分かりやすいメッセージと結論ばかりと、ネトウヨの人たちから自虐史観などと揶揄されても、そうですねと頷いてしまう陳腐さが避けられないものとなっている。それぞれの仕事、例えば、加藤陽子なら「それでも日本人は『戦争』を選んだ」などを読めば、一筋縄ではいかない多様な議論や深い分析がなされているので、そういうものへの入り口とすればいいと思う。
 ただし、例示した論考では触れえない、対談ならでは脱線がいくつか収録されていて、そういうのを拾い読みするのは楽しいし、なかには興味深い挿話もある。例えば、日中戦争と現在も続くアメリカのイラク戦争の類似という指摘。日中戦争は宣戦布告することなく、不意に武力対立が起きて戦争が始まってしまった。したがって、これは戦争ではない。中国は、日本がイギリスやアメリカのような資本主義国を代弁していることに気がつかず、日本に対して無駄な攻撃、反撃を行っている。つまり、これは一種の内乱、国際共同体に対する内乱に他ならない。それを日本軍は鎮圧している。そのため、日本軍と戦闘しているのは中国という国家ではなく、匪賊なのだ。そういう理屈を考える勢力が日本国内にあった。これは、アメリカがイラク戦争を始めた時の理屈によく似ている。アメリカはイラに宣戦布告しておらず、アメリカにとってイラクがやっていることは、世界に対する内乱であり、テロである。だからアメリカは世界の警察官として、テロリストを攻撃し、共謀罪を犯している人々を裁こうとした。その結果は、日中戦争と同じように、勝利に至ることなく泥濘化してしまった。そのあと、ISに対する戦闘など似たような形の戦いが珍しいものではなくなっていく。日中戦争は、そういう現代的な戦いの先駆だったのかもしれない。たしかに、イラク戦争を主導したのはネオコンというグループで、日中戦争当時の軍部内の青年将校のグループに似ているかもしれない。そういう面白さがある。そういえば、独ソ戦って日中戦争と戦術的に似ているよね。
 戦争体験者の「語り部」などというような、戦争体験を語り継ぐような人々の多くは、「戦争は嫌だ。二度と嫌だ。」という。そういう嫌だという気持ちの底には、アメリカの爆撃機が来て、爆弾や焼夷弾を落としていったという記憶があるという。つまり、人々が戦争というものを肌で知った戦争体験、わずか1年足らずの空襲体験に多くを拠っているという限定的な体験に基づいてつくられた戦争観というものは、例えば、数世紀にわたって国土で戦闘が繰り返されたヨーロッパや中国などとは異質だという。こういう限定された戦争観からは「厭戦」は出てきても「反戦」は生まれてこないという。
 そういう指摘は、たしかに尤もだと思える。しかし、この本では対談のなかで話題として、「そういうのあるよね・・」として出てきたことのようで、そこから議論が展開するとか、深められることはなかった。それが残念。例えば、このような限定的な戦争観では、人々は専ら被害者で、空襲は防ぎきれない大災害のような現象として捉えられるのではないか。そこからは、被害を避けるとか災害から逃げるという発想になりやすい。災害は不可抗力で、コントロールすることはできない。そこからは、戦争を起こさない、起こさせないというというコントロールする発想とは結びつかない。そういえば、例えば核兵器に対する市民運動が、やたら理想論に偏って理念を繰り返し叫ぶだけで、現実の世界で実際に起こさせないたにはどうすればいいかという戦略に決定的に欠けているのは、そういうことためであるのかもしれない。

 

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