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2022年2月 9日 (水)

ジョン・カシオポ、ウィリアム・パトリック「孤独の科学 人はなぜ寂しくなるのか」

11112_20220209222601  人間は社会的動物というが、それは進化の過程で霊長類から猿人、原人といった人類の祖先のころから集団でいたほうが生存の確率が高かったため他者とともに行動する傾向が強くなったという。それは比喩でいうと、現在のコンピュータがネットワークを組んで、単独で情報処理やデータを保管するのではなく、他のコンピュータのデータを利用したり、時には、他のコンピュータと協力しながら計算や情報処理を行って、単独以上の成果をあげるのと同じだという。たしかに、人間の脳の情報処理は時間的、地理的に巨大な知のネットワークの中で思考している。その結果として、人は図らずも独りになってしまうと不安に感じ、集団に戻ることを促す心理的傾向を帯びるようになった。親密な絆を好み、社会と結びついているときに心地よさだけでなく安心感も得られる。そういう傾向では独りという状態はアブノーマルということになる。だから、この著作でベースになっている孤独というのは嫌なもの、辛いもの、さらに言うと有害なものということになる。社会とのつながりが乏しいと集中力や判断力が損なわれ、睡眠の質が落ちて疲労感増すばかりか、老いが早まり、心臓病、脳血管や循環器の疾患、癌等の死のリスクが高くなる、と散々である。
 ただし孤独とは言っても、独りでいるのと孤独を感じるのとは違う。孤独感はあくまでも主観的なものだ。とくに現代の社会では、人はストレスにさらされ孤独感はその要因となるだけでなく、助長する。例えば経済優先の競争主義的な風潮は人のつながりを弱め孤独感のストレスを助長する。そこに個人主義を偏重したたる生じたコミュニティーや家族の絆の弱体化が加わった。この著作は、そういう現代社会の危機感を募らせる。
 著者たちの危機感は分からないでもないのだが、私には、孤独ということを、ここまで問題視するところに著者たちのバイアスを感じる。孤独ってそれほど悪いことなの?と素朴も思うのだ。卑近なことだけれど、欧米から日本に旅行に来た人の中で、日本の飲食店は1人で気楽に利用できることに驚き、喜ぶという。私の経験で、勤め先の上海の子会社が社員旅行をしたときに、妻を帯同するのは当たり前で、独身者は恋人を連れてきた。日本人の私は1人で参加したら変な目で見られた。あるいは、欧米ではイベントやパーティーは夫婦で参加が当然だという。そういうのに対して、日本では結婚していても一人で参加は当たり前で、独りということが、それほどアブノーマルではないと思う。日本の電車の光景をみれば、人々はみなひとりひとりで会話がなく静かで、各々はスマホなど独り遊びにいそしんでいる。不思議とも異常とも捉えられていなない。集団で狩りや生活をする狼だって、一匹狼はいるのだ。だから、孤独ということが必ずしも著者の主張するような捉え方をしない社会もあるということだ。それゆえ、多様性ということを著者に対して認識してほしいと思った。

 

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