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2022年3月11日 (金)

生誕110年 香月泰男展(1)

Kazukipos  新型コロナ・ウィルスの感染が拡大し、その防止策として外出の自粛が励行され、人の集まる場所である美術館なども対応を迫られることなどもあって、私の場合は勤めも在宅勤務が多くなり、外出そのものの機会も大幅に減ってしまって、まして美術館を訪れることもなくなってしまいました。今回、美術展を見に行きましたが、約1年ぶりのことです。久し振りという感が強かったです。そのせいか、以前より、疲れました。今回は、運転免許の更新のために勤めを休み、そのついでに行ってきました。コロナ感染対策の蔓延防止措置の期間中であり、美術館のホームページには入館に際しての注意事項が掲載されていたりしましたが、実際に訪れてみたら、平日の午前中という時間帯でもあり、訪れる人もなく閑散としてると思っていたら、そこそこ入館者がいて、コロナの感染が広まった一昨年以前と、それほど変わりないのではないかと思えるほどでした。
 いつものように、香月泰男という画家の紹介がてら、主催者のあいさつを引用します。
 生誕110年を記念して香月泰男展を開催いたします。
 明治が大正に移り変わる直前の1911(明治44)年に山口県大津郡三隅村(現在の山口県長門市三隅)に生まれた香月泰男は、1974(昭和49)年に故郷三隅の自宅で心筋梗塞のために62歳で急逝するまで、旺盛な創作活動を展開し、独自の画境に到達し、20世紀中葉における日本美術に大きな足跡を残しました。
 戦前、1934年に東京美術学校(現・東京藝術大学)油画科で学ぶ学生時代に国画会展に初入選し画壇デビューを果たします。まさに日本におけるモダニズムが、反動や逸脱を含みながらも、同時代のグローバルな実験精神との共鳴を伴いつつ、多種多様に開花しようとする兆しをみせていた時代でした。若き画家もその影響を受けながら、早くも1940年代初めには特異なアングルからの画面構成による、大胆な抽象化をほどこした作品群を生み出しています。
 しかし、1941年に太平洋戦争が勃発し、画家は、1943年に招集され、当時の満州国ハイラル市に赴きます。1945年の日本の敗戦によって、シベリアに2年間抑留されることになります。その間、制作は中断を余儀なくされました。
 帰国後の「雨(牛)」は、のちに生涯の代表作となる「シベリア・シリーズ」の第1作と位置づけられることになります。牛と犬が左右に配された画面の中心部分には空虚で赤土色の色面が広がり、画面全体に雨が降り注いでいます。中国大陸での戦争体験を暗示するものの、まさに一瞬のうちに嘱目した光景を回想し、内面で普遍化した作品でした。
 本展では、2007(平成19)年から2012年度まで6年をかけてすべての修復を終えた「シベリア・シリーズ」全57点を展示いたします。それ以外の油彩画、素描などを加え、約150点を並べる回顧展となります。生誕から1世紀以上の時の流れは、この戦後美術の「レジェンド(伝説)」のひとつである記念碑的なシリーズを「大きな物語」の枠組みからゆるやかに解放し、ひとつひとつの作品誕生の際のまなざしや、画家の創作の原点を確認させてくれる絶好の機会になると思います。
 このあいさつはそれほどではありませんが、この展覧会を紹介する「美術手帳」の文章などは“50年代後半、黒色と黄土色の重厚な絵肌に到達した香月は、極限状態で感じた苦痛や郷愁、死者への鎮魂の思いをこめて太平洋戦争とシベリア抑留の体験を描き、「シベリアの画家」として評価を確立。”という書き方をしています。しかし、実際に、会場で展示されていた作品を見ていると、そういう形容とはどこか食い違う印象を受けます。たしかに黒を基調とした、モノクロームに近い作品が多く、会場全体を見回すと黒一色のようですが、そこに重苦しさのようなものは感じられませんでした。むしろ、お洒落なデザインというような、少し尖がっていながも落ち着いた雰囲気のようなものが感じられました。その意味で、香月の作品というのは、彼自身の体験を物語として、作品に物語のイメージでそれらしい感情の言葉を纏わせて見てしまうところがある。もっとも、香月自身も、そういう見られ方を巧みに利用して、見る者に効果を与えることを意図して画面を作っているところがある。そういうのではないか、というのが私の見た香月の作品の印象です。何か、まどろっこしい言い方で、分かりにくいかもしれません。それは、これから展示されていた作品を見ながら具体的に話していきたいと思います。

 

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