無料ブログはココログ

« 土田健次郎「江戸の朱子学」 | トップページ | 大木毅「指揮官たちの第二次大戦─素顔の将帥列伝」 »

2022年6月24日 (金)

マーク・エヴァン・ボンズ「ベートーヴェン症候群─音楽を自伝として聴く」

11112_20220624220501  ベートーヴェンというと、今はそうでもないかもしれないが、ある時期までは第5交響曲の“ジャジャジャジャーン”という一節を「運命の戸を叩く」主題と呼ばれて、困難に立ち向かう闘争の末に勝利を勝ち取るというストーリーで捉えられ、ベートーヴェン自身が難聴という音楽としては致命的な障害を克服して名曲を作曲したという、いわば偉人伝と重ねあわされて、いわゆる教養小説のような人格形成になぞらえて聴かれていた。そういうのは極端ではあるが、クラシック音楽の本場、ヨーロッパでも音楽を作曲家の内的自己の表現とか魂の発露として捉えられている。それはベートーヴェンをひとつの契機として音楽との接し方に変化があった。
 例えば、ベートーヴェンの一世代前のモーツァルト。彼が残した大量の手紙には、どのようにして聴衆を驚かせたり、悲しませたり、楽しませたりするかということに意を注いでいて、敢えて言えばレトリックというか極端に言うと効果音のように考えていて、音楽で自己を表現しようなどということは微塵もない。音楽とは、そういうものだった。
 18世紀の啓蒙思想が個人の自己ということを説き始め、例えば、ルソーの「告白録」は自己の内面を言葉にして語るということが文学になった。ドイツでは、ゲーテをはじめとして抒情詩などで、作者の内面の表現であるとして創作した。このような文学の創造性が作者の内面から生じるということは、それまでの創作とは神からの啓示によるという前提が弱まったことでもある。ゲーテは「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」という小説、それはいわゆる教養小説で、自己は努力や意志の力で耕すことができる、自己陶冶という自己の捉え方を小説にした(これはベートーヴェンの伝記のストーリーに重なる)。ロマン主義の文学運動はさらに推し進めた。それに思想的に基礎づけたのがカントをはじめとする主観的美学だった。このような思潮が広まってきたところで出現したのがベートーヴェンの音楽だった。  18世紀から思想や文学であらわれはじめた、表現は作者の自己の内面の表現という思潮は、音楽では少し遅れて19世紀ごろから現われ始め、例えばファンタジーという形式であり、それを開拓した一人がベートーヴェンだった。その主な特徴は次の5点に集約できるという。 (1)一般的で大規模な形式の慣習とほとんど似ないやり方で展開される、想念の自由な軌道。 (2)断片的あるいは互いに無関連にみえる楽想、もしくはその両方。 (3)ときに拍節の概念を無効にするほど自由なリズムとテンポ。 (4)不意に遠隔調に転調するなどの、非慣習的な和声や和声進行。  聴くものは音楽の先行きが予期できないことで、それは音楽的な修辞もっというと形式ばった秩序は稀薄となるが、親密さとか音楽家の自発性を強く聞き手に感じさせる。いわば、作り手のモノローグを聴いていてるような心地にさせる。一方、ファンタジーには特異で奇矯なものという意味合いがある。形式的な秩序は、いわば一般的とか普遍性に通じるものであるが、それと反対で、それは個性的と捉えることもできる。つまり、作者の個性が、そこから聞き取ることができるというわけである。  あるいはベートーヴェンが主なテリトリーとしたのはオペラなどではなく器楽曲(絶対音楽と呼ばれた)で、歌は詩人といった他人の言葉に合わせて曲をつけるのだが、音楽の音だけでつくられる器楽曲は、事態が独立した抽象的なもので作曲家の内部から創造するという思潮に、より適合的であった。  このような結果、つくられた音楽は、当時の一般的な聴衆にとって、従来の作品と比べると特異で難解なものと捉えられた。そういう従来にない新しいものを、聴衆に説明する批評家というのが、文学で生まれたのと同様に、音楽でも現れた。彼らは、その説明をする時に、従来のような説明はつかえない。そこで、作者の人生を語る。その場合、もっとも語り易かった音楽家だっのがベートーヴェンだった。

« 土田健次郎「江戸の朱子学」 | トップページ | 大木毅「指揮官たちの第二次大戦─素顔の将帥列伝」 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 土田健次郎「江戸の朱子学」 | トップページ | 大木毅「指揮官たちの第二次大戦─素顔の将帥列伝」 »