小田中直樹「歴史学のトリセツ─歴史の見方が変わるとき」
高校や中学の教科としての歴史は、暗記科目と見なされていて、面白くないという評価が一般的。実際の歴史の教科書の文章を引用していて、「面白くない」という感想を明らかにする。しかし、この面白くない教科書の文章の執筆者は、面白くないという感想を明らかにした、この本の著者自身なのだが、この導入は自虐が入っているわけではないのだが、何とも言えないところがある。それはまた、そうなってしまうのは避けられないところが、歴史学という学問にはある、ということで本題に入ってゆく。「歴史って面白い?」という著者の問いかけが、この著作の基本的な問いなって、それを三度にわたって「うーむ、ちょっと・・・」と受けるのが、この著作の基本構造となっている。
では、「うーむ、ちょっと・・・」と受けざるを得ない、歴史学が面白くない理由はなにかというと、歴史学を科学として位置づけた近代の実証主義的な歴史学が端緒となっているという。歴史の専門家である歴史学者が専門的(科学的)なメソッドで発見し、その人々のなかで論証された歴史的事実を、知識が欠如した非専門家(生徒、学生、教師)に対して、専門家(歴史学者)が知識を与えるという構造がつくられてしまったという。生徒・学生からすれば、「正しい」とされる知識を一方的に教えられることになるので、「歴史は面白くない」となってしまうという。
そして、現代の歴史学は、この実証主義的な歴史学を克服しようとして、様々な試みがなされてきたという、歴史学という学問の苦闘の歴史を紹介する。その流れのなかに、アナール学派やグローバル・ヒストリー、ポスト・コロニアル、オーラル・ヒストリー、オルタネイティブなどが位置づけられていくのは、個別バラバラに、それぞれの著作に触れてきた私には、整理ができたという点で、とてもありがたかった。
しかし、歴史が面白いという、とはどういうことなのかは、人によって様々で、著者は、人々の営みが見えてくるとか、現代のわれわれだって歴史に参加しているのだから、それが見えてくるとか、そういうことを言いたいようなのだが、それも、one of themではないかと思う。私などは、好奇心を満たされるだけでも、歴史は面白いと思う。今まで知らなかったこと、それが些細なことであっても、それを知ることによって、新たな世界が目の前に開かれることがある。それも歴史の面白さで、べつに教科書からでも、それは得ることができると思う。
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