リチャード・パワーズ「惑う星」
新刊が出るたびに購入して読むのを楽しみにしていた小説家は何人もいたが、いまでは、このリチャード・パワーズただ一人になってしまった。このリチャード・パワーズという小説家、初期の「舞踏会に向かう三人の農夫」とか「黄金虫変奏曲」のような作品は、実験的性格が濃厚でとっつきにくいとこがあったが、語り口が波長に合った点と、その語り口に引っ張られて読み進めると最後にカタルシスがあるところに魅かれていたと思う。それが、小説を発表するたびに作品の物語的な性格が強くなって、親しみ易くなってきたという作家だ。とくに音楽を題材にした小説は「われらが歌うとき」や「オルフェオ」はとくにお気に入り。
この作品。地球外生物探査の研究者であるシーオは、2年前に妻アリッサを亡くしてからは9歳の息子ロビンと2人暮らし。ロビンは並外れた集中力の持ち主ながら、適応障害を抱え、同級生にけがを負わせる事件も起こす。小学校からの強い働きかけを受けて、向精神薬の投与のかわりにシーオは、妻の古い友人の脳神経学者の脳波データを使った実験的なトレーニングをロビンに受けさせる。このトレーニングは、かつてアリッサも受けていたもので、そのアリッサのトレーニングのデータをロビンに使用したことで、ロビンの情緒や行動は落ち着くようになる、そしてロビンはアリッサに同調するように、アリッサの行動を追いかけるようにふるまいが変わっていく。物語はシーオとロビンの父子二人の交流が中心で、シーオの手記の形で語られていく。日記のようなその手記は同じパターンが繰り返されるが、そのパターンの細部が少しずつ変化していくことで、小説のストーリーが進んでいく。それは音楽でいうと変奏曲を聴いているようで、それぞれの変奏を堪能しながら、興味は先へ先へと促される。そういう読書体験ができるのが、この本の楽しみ。そして、最後にカタルシスがある。そこで、それまでの印象が裏返ってしまう。つまり、親子の不思議な交流の話だったのが、一挙に、父親であるシーオの孤独を綴った話に転換するのだ。
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