貞包英之「消費社会を問いなおす」(3)~第2章 消費社会のしなやかさ、コミュニケーションとしての消費
前章で述べたように、人々の日々の営みによって形成された消費社会は、政府の意向や経済状況の短期的な浮き沈みに直接には左右されない強靭さ、またしなやかさを持っている。著者は1990年ころのバブル経済崩壊前後の消費社会をめぐる言説が、以前の好景気の社会を肯定するための言説として消費社会論が語られていたものが、以後には消費社会批判に180度転換した。しかし、このような批判的な消費社会論が登場したこと自体が、実際には消費社会が相変わらず、バブル崩壊後も続いていた、むしろ拡大していたことを証拠立てている。ボードリヤールは消費社会は格差を必要とすると述べている。経済の低迷が消費の低下に直結するわけではない。たしかに、経済低迷に伴うように消費支出は減少を続けた。しかし、その大きな要因はデフレ、端的に言うと、値下げである。
この頃の象徴的な現象として、著者は100円ショップの興隆を提示する。100円ショップはたんに商品を安く売るだけではなく、消費者が安心して、また楽しんで買い物ができる環境を整えたものだった。それゆえ、貧困層に限定されない多様な客も取り込むことに成功した。多様な客の中には富裕層も含まれ、この人たちは価格と質のバランスがとれるちょうどよい商品を買うという、「自分は賢く買い物ができる」という満足感を得る、つまり、自分は「賢い消費者」であるという肯定感を得られる満足感を得ていた。これは、この時期の日本で「賢く」買うことを目指す消費のゲームが急成長していったことを明らかにしている。同じような表れとして、ブランド・ブームを著者は指摘する。90年代以降、他の地域ではそれなりの経済成長を続け、消費を活発化させていったのに対して、日本社会は経済的に困難に状況が脱せず、100円ショップやブランド的な消費のゲームが流行していくことで、消費社会を厚くさせたといえる。
しかし、それだけではなく、情報的コミュニケーションの膨大な拡がりは同じように重要だ。情報技術の革新は、情報商品の複製と流通のコストを加速度的に下げ、それを背景として、データの複製や流通にコストのかからない情報の場がグローバルに拡がった。例えばGmailやTwitterは無料で利用できる。このような情報の場は、階層や格差を超えて多くの人々に消費の楽しみを供与する重要な資源になっている。それは、現代ではAI等により、例えばアマゾンのレコメンド機能のように膨大な情報の中から、個人の知識や経験で労力だけで選択をすることが難しくなっていることから、私たちの代わりに「賢い」選択を提供してもらうようになってきている。しかし、その代わりに、私たちの選択する自由が奪われているのもたしかだ。私たちは、システムのフィルターを通した選択肢を受け入れさせられている。さらに、いわゆるサブスクリプションというサービスは、この選択肢を提供するフィルターを選択するということになる。
このような例以外にも、著者は現代の消費社会の特徴を事例を紹介しながら説明していく。このあたりが、その手際の鮮やかさとともに、本書の中で、最も面白みがあるところだと思う。
これだけ消費社会が巨大化し、「賢く」買うために十分吟味する余裕はなくなり、いかに厳選して買うかだけでなく、買ったモノをいかに効率よく「整理」し「廃棄」していくかという課題が発生する。その一例として、ネットのオークションの出品するというシステムが普及してきた。あるいは、“こんまり”の「片づけの魔法」のブームだ。「片づけの魔法」の特徴は、実は、何を捨てるかではなく、何を残すかについての関心なのだと著者は指摘する。「心がときめく」ものを残すというのは、モノへの執着の正当化でもある。市場の価値や合理性とは別の自分にとっての価値が大切とされる。それは、そういうモノを捨てないで選んだという自己の再認識とその自己の肯定に通じる。残ったモノは「賢い買い物」であったということを事後的に追認するのである。これが、さらにミニマリスト的ライフスタイルに行き着くという。つまり、最低限のモノでの生活は、好きなモノだけに囲まれ、それ以外は整理するというわけだ。
これらをまとめると、90年代以降のデフレ経済によりモノや情報が安価で大量に出回るなかで、「賢い」消費のゲームが拡大していくと同時に、それが買い物を厄介で面倒な作業にしていくことにもなった。だからこそ、モノの飽和に対処する手段が編み出されてくる。情報を選別し選択の労力を肩代わりしてくれるデジタル技術や、買ったモノを整理する手法が流行した。このような技術や手法が組み入れられることで、消費社会は延命されてきた。
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