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2023年6月

2023年6月24日 (土)

斎藤慶典「私は自由なのかもしれない─〈責任という自由〉の形而上学」(4)~第2章 私は自由かもしれない

 この世界は創発によって新たに成立した存在秩序がそれ以前の存在秩序を「基付け」関係を取り結ぶことで、以前の存在秩序に「支え」られた新たな存在秩序が以前のそれを「包む」という仕方で幾重にも折り重なった階層性を成している。こうした階層性の自然において、生命は当の自然を超え出て、自然からは予測もできない全く新たな次元を切り拓く突破口を成しているかもしれない。このような自由の遥かな根は、物質界に見られるある種の乱雑さや揺らぎの内に見ることができるかもしれない。自然界には、もともと、ある種の遊びが含まれているようなのだ。決定性からの逸脱といってもよい。この遊びとか逸脱とかが生命の段階に至ると、本能の規定する大枠の中のどうでもいい部分となって姿を現わす。このような決定性からの余白の中から、自由の突破口が姿を現わす。この突破口を構成する能力として、想像力を取り上げる。
1.想像力
 想像力とは、〈ただ「ある」〉という存在から逸脱する能力、あるいは距離を取る能力のことを言う。〈ただ「ある」〉存在は、例えば机や川は、運動していようが静止していようが、それ自体が現象することなく、ただ存在している。それらが現象するのは私たちに対してだからだ。それらが、現象し、私たちに存在として理解されるためには、それらが〈ただ「ある」〉存在から脱しなければならない。そのことを可能にするのが想像力である。
 ちなみに、現象するというのは自然が単なる物質の次元を超え出て生命の次元へと昂まったときを以って始まる。生命体にとって世界は、自らの存在を維持するために必要なもの(存在の維持にとってプラスの価値をもつもの)と不要で排除すべきもの(存在の維持にとってマイナスの価値をもつもの)として姿を現わす。このようにして姿を現わした(現象した)ものとのやり取りによって自らの存在を維持する秩序が生命である。ここでは、〈ただ「ある」〉という仕方から〈現象する〉という仕方へと「ある」が構造化した。存在が現象として自ら姿を現わすのが、私である。
 このような構造化は〈端的ないま・ここに〉おいて世界が姿を現わすことがすべてに先行するという仕方で為される。これは、私たちがそのことに気づいたときにはすでに成就してしまっている。それが姿を現わした時は、当のものの現出は過ぎ去ってしまっている、つまり失われてしまっている。この過ぎ去って失われてしまったものが、何らかの仕方で私たちの下にとどまっていなければ、たちどころに失われてしまう。そうならないように〈端的ないま・ここ〉の生起が状態として空間的・時間的な幅をもって現われる、そうする能力が想像力である。〈端的ないま・ここ〉の生起は、その都度生起、その連続体として、つまり、パラパラ漫画のようなもので、パラの一枚は静的だ。想像力は、そのつど失われる瞬間を時間的な幅を持った状態へと構造化する、いわばよみがえらせる。失われたものの内に孕まれているものをそれが失われたかぎりで現象へともたらす、つまり不在における現前である。ただし、想像力は、単に失われたものを表象として再現しているのではない。想像力は、瞬間において失われた〈いま=現に〉の到来を、その地点からこちら側に向けて、すなわち現在と未来に向けて、像の下で一定の状態として投企する。この場合の状態とは、瞬間において失われたものを、そのこちら側に向けて像として投企したもの。この状態がもはや投企された形では維持できなくなったとき世界は新たな瞬間に見舞われ、引き続くようにして想像力が新たな状態をさらにこちら側へと向けて投企する。これが繰り返されて、私たちの現実は構成されていく。
2.純粋な可能性
 〈いま・ここで=現に〉の到来それ自体は、それ自体の側が一方的にやってくるので、こちら側からの手出しはできない。このいかんともし難さ、その決定性を「実在」と呼ぶ。実在は、すべてがそこから始まる起点としてすべてに先行し、そのような仕方での到来は一切に手出しに先だって、如何ともし難い。ところが想像力は、この〈いま・ここで=現に〉の到来が如何ともし難い決定性に対して、それが、他でもあり得た可能性を介してあらためて関わり合うことができる。この決定性には根拠はない。だから、他のありかたであってもよかった、という余地があることになる。想像力はそのようにして自らの起点にして原点に関わることができる。。それは、想像力が、すでに失われた〈いま・ここで=現に〉の到来に対して、そこから隔てられることで、それにあらためて関わる能力であるからだ。そこで、〈いま・ここで=現に〉のすべてに先行する決定性が、他のありかたの決定性と対比されることでも他のあり方の決定性は他でありえた可能性とも言えるが、この他でありえた可能性は、ひとつだけではなく、それらの中から当の〈いま・ここで=現に〉を選ぶ余地が生まれる。従って、私はそうでしかなかったおのれの〈いま・ここで=現に〉をあたかも他のそうでしかなかったが可能であったかのようにして、それとの対比の下で選び、それを担うことで、自由となりえた。一方、この場合の担うものとして「主体」が成立する。担うことにより、私は「主体」となるのだ。
3.因果必然性と自由
 全てに先行する〈いま・ここで=現に〉の到来という如何ともし難い、そうでしかなかったものに対して、私たちはそうであるにも拘わらずそれをあたかも自ら欲し・選択したかのように肯定しうる。この肯定もまた、そうでしかなかったのだとしても、私はあたかも自ら選んだかのように肯定することができる。これは無限後退、つまり、無限に繰り返す循環にみえる。このことは自由の不可能性を意味するのではなく、自由が可能性であるかぎりで存立し続けることを示す。つまり、自由がいつでも可能であることを示している。つまり、何かを「よし」として肯定することは初めから、それが決定されていたとしても自由であるからだ。すなわち、私がおのれを何かを担う者ものとみなすことができ、かつそのことを以って、私が何かを自らの名の下に欲し・選ぶことではじめて、自由というものが成立する。何かを担うことで「主体」となる。

2023年6月23日 (金)

斎藤慶典「私は自由なのかもしれない─〈責任という自由〉の形而上学」(3)~第1章 「私」という単独者

1.自然的世界の存在構成
 現代の私たちはたいていの場合、一方でこの世界を〈物質(無機的自然)〉という、それ自体は生命をもたない存在者の次元と、他方で、それら物質が特定の仕方で結合・配列されることで成立した〈生命を有する存在者(有機的自然)〉の次元という、二つの次元から成るものとして捉えている。
 物質的(無機的)自然と生命的(有機的)自然、さらにはそれらの内部に見出される様々な存在秩序相互の間には、「基付け」関係と著者が呼ぶ特有の関係が成り立っている。「基付け」とは、例えば「芝生の緑色」と、「この芝生は緑色をしている」と言った時の「芝生が緑色であること」との間には、「芝生の緑色」が「芝生が緑色であること」を「基付け」ている。つまり、「芝生の緑色」なしに「芝生が緑色であること」は成り立たない。著者は、このような関係を、私たちの世界を構成する最も基本的なものと捉える。それは例えば、基本的には物質の集合体である「脳」という私たちの身体器官と、それで実現される「心や意識」という状態との間にも成り立っている。この場合、脳と心との関係を説明するのに有効な関係概念が「基付け」関係なのだ。この「基付け」関係の要となるのは、次の二つの関係であり、この両者が決して切り離せない点にある。すなわち、一方でこの例では「心や意識」という〈基付けられる項〉は、「脳」である〈基付ける項〉なしには存在しえない。これは、「脳」という〈基付ける項〉が「心や意識」という〈基付けられる項〉を「支える」という関係である。他方で、「脳」という〈基付ける項〉がそのようなものとして存在する(=現象する)のは、あくまで「心や意識」である〈基付けられる項〉が「脳」である〈基付ける項〉をそのようなものとして存在を付与する(「包む」)という関係である。つまり、一方の「支える」関係と他方の「包む」関係が不可分な形で結合してはじめて成り立つのが、「基付け」関係というわけである。
 この関係が物質的自然と生命的自然の間に成り立つとともに、それら両方の内部に見出される様々な存在秩序の間にも成り立っている。このとき、〈基付ける項(内部および秩序)〉から〈基付けられる項(内部および秩序)〉が成立するプロセスやメカニズムを「創発」という。創発とは、より複雑性の低い下位の構成物が集合することによって、より高い複雑性が実現される際に生ずる、それまで存在していなかった新しい性質の出現のことを言う。創発は二つの基本的特徴をもっている。一つは、ある過剰なエネルギーが供給されることによって特定の系の内部に生ずる「揺らぎ」が引き金となって惹き起こされる「対称性の破れ」である。これは生化学では活性化と表現される。言い換えれば、自発性・能動性で、それは自由の根となる。これなしには自由は不可能という必要条件をなしている。もう一つの基本的特徴は、「相転移」ということに関わる。過剰なエネルギーの供給によって生じた「揺らぎ」が引き金となって出現する新たな状態は、全く新しい状態である。以前の系の状態からの予測や演繹ができない、それ以前には見当もつかなかった相貌が突如出現して面目を一新してしまうのであり、新たな次元が開かれる。つまり、同一のものが変化したのではなく、全く新しい次元が開かれて、その内に以前のものが包摂されてしまう。新たに開かれた次元が以前の系を新たに組織化し直した形でおのれの内に「包み」、そのようにして包みこまれたものによって「支え」られる関係が、「基付け」関係なのである。
 したがって、創発は生命という存在秩序を生み出すだけではない。生命はその内に植物的生命から動物的生命への創発を宿し、このようなプロセスの中で私たちの心や意識に近い次元が姿を現わしてくる。それを外から概観するように見ると階層構造をしている。
2.生命の基本形式
 物質的自然に基付けられて成立した高次の秩序である生命的自然の次元に固有の特徴、その基本形式として取り出して行く。
生命という存在秩序の成立によって決定的なのは、おのれを取り巻く環境との間に相対的な境界が設定されることで形成される「個体」の出現である。すなわち、個体の内側と外側とが境界によって隔てられ、そのようにして形成された個体を維持するために、境界の内と外との間で物質のやり取りが行われるような秩序が形成されることで、生命が始まる。このような境界によって内部の状態を維持することが境界を維持することであり、個体の自己維持ということだ。ここで維持されるものとして姿を現わしたのが「自己」ということができる。ここでは、維持されるべき価値や意味が姿を現わす。生命の秩序はこうして個体の自己維持を指導原理として成立する。
 そして、個体の自己維持は、外部のおのれを取り巻く環境との物質交換によって達成される。環境から切り離された個体は、個体たりえない。
3.自由の萌芽
 維持されるべき個体としての自己と、その維持のために必要とされる認知活動という、生命を構成するための必要最小限な組み合わせの内に、自由という事態の最初の萌芽を見ることができる。
 そのプロセスとして、第一に、個体が維持すべきものとして、何らかの仕方でおのれを人としている、この意味での自己性が自由の成立にとって最も基本的な条件である。物質的自然の場合は、そもそも外部との物質のやり取りを通じて一定の状態を維持すべき内部(≒自己)というものがないので、すべては基本的に時間の経過と共に崩壊・解体し、秩序が失われていく。いわゆるエントロピー増大の法則である。これに対して有機体の場合は一定の状態に維持すべき内部がある。その内部を維持するために、必要な物質を取り込み、不要あるいは有害な物質を排出しなければならない。ここで、何ものかを内部のために取捨選択することが始まる。ここでは、何ものかが有用というプラスの価値を帯びて認知され、別の何ものかが無用だったり有害というマイナスの価値を帯びて認知される。この取捨選択を行う有機体は、自らそれを行う。その有機体自身以外に、自身のためにそれを行うものはいない。そこにあるのは自発性、能動性である。有機体、つまり生命が植物の場合は、取捨選択の対象範囲は限定されるが、動物の場合は自身で移動するなど動くことが可能なため、一気に拡大する。かつ、認知の対象範囲も拡大する。つまり、認知の場所の時間的・空間的拡大と、それをもとに自ら動くことによって対象と時空的な隔たりを介することによって、対象を取り込むか排除するかに関して時間的・空間的猶予の余地が生まれた。つまり、現象し対象が十分向こうにあれば、その対象を取り込むべくそれらに向かうか、逆に回避すべく逃げ出すか、あるいはそのまま様子を見るか、必ずしも即刻対応しなくてもよい余裕が生まれる。このとき、自己にとっての有用性の程度を吟味する余地が生まれる。価値の中に程度の差が生ずることによって、選択の幅が増大する。このことは、自己の自由の及ぶ領域の拡大を意味する。そして、現象する対象との時間的・空間的隔たりを介して当の対象と自己が取り結ぶ関係を担う能力を「欲求」と呼ぶ。
 動物的生命の下で、現象するものは自己の欲求の対象として、その時間的・空間的隔たりの下で姿を現わす。世界は、そのような諸対象がそこで現象するとともに、その中を自己が動くことで、それら諸対象と交渉することのできる場所であり、この中心を占めているのが自己というわけだ。自己は、そこから、あるいはそれに対して、世界が時間的・空間的にひらかれる原点の位置を占めている。認知の対象として現象するすべては、この原点に向かって中心化され、この中心化の動向の成立と生命という秩序の成立は同じ事態である。つまり、すべてが自己へ、自己のためにという力線に貫かれることで自己に対して現象する。それが生命である。一方、自己は自ら動く能力により、欲求の担い手として、おのれに対して姿を現わすすべてを原理的にはおのれの力能の及ぶ対象として捉えることで、つまり、それらを欲求できることを以って、自由の次元の主宰者となった。現象するすべては、自己の自由の光線により浮かび上がってくるのである。
 しかし、自己が欲するすべては、生命の維持という至上命令によって定められている。欲求は生命維持のため以外の何ものでもない。この点から、動物的生命は、根本において自由ではない。
4.「私たち」の/という共同体─中心化の相克と共存
 私たちの現実は、世界がそこから開けるところの原点の複数性を強く示唆する。これは、私の下へとすべてを中心化する動向に対する抵抗に出会うという仕方でなされる。世界には中心化の力が及ばない部分がある。それ以外に、私とは別の原点がある。そうであれば、その原点は決して私に対して開かれることはない。そのような別の原点の存在を無視して、それを私の認知の対象に回収することはできるが、その場合、私の認知が根底から覆される危険性を孕んでいる。その時、私は〈いま・ここで=現に〉そこからひらけている原点の絶対性を相対化せざるをえなくなる。このとき、私は、それに対して世界が現象しているはずの別の無数の私たちの一部分、「私たち」の一成員としての「私」である。
このようにして構成された「私たち」という共同体の下では、「私」と「私」は、いずれもがそれに対して世界が姿を現わす地点であるという点で原理的には同等である。「私たち」の構成原理は同等性・平等性である。したがって、この共同体の成員を等しさで遇することが正しいということが帰結される。この「正しさ」を担保するのは、すべての地点を等しいものとみなすある種の擬制された超越的視点であり、著者はそれを「国家」と呼ぶ。すべての人が生まれながらにもつとされる自由を基盤に据えたいわゆる自然権は、このような超越的視点の下ではじめて主張可能となる。
 自己中心化の動向によって成立した生命という秩序の内に基盤を有する自由─生まれながらの自由、つまり自然権としての自由は、超越的視点の下ですべてを等しいものとみなした時点でその絶対性に制限が設けられ、等しいほかのものと共存できるかぎりでのものへと規整される。つまり、自己のための部分的制限の下で、自己自身のそれを尊重し他からの侵害からまもるのと同様、それと等しい限りで他の自己をも尊重し保護することになる。この範囲を「尊厳」と名づける。
5.「私」という単独者─中心化の転倒
 もし、何ものかに対して「尊厳」が認められるとすれば、それは自由の前提である自己中心化そのものを転倒するような自由が行使されたときということになろう。そのような極端な自由を見て取ることのできるのは、世界の中に無数に存在する等しい者たちとしての自己ではなく、「単独者」としての私の場合のみであろう。どういうことかというと、中心化の動向に抗うものが他の中心化であることは、他の中心化がこの中心化に抗うことの中でしか現れてこない。このことを認める限りで、〈いま・ここで=現に〉存在する中心化はこの中心化のとなる。したがって、そのときの中心である「私」もまた、〈いま・ここで=現に〉存在する唯一の者であることになる。そして、世界のすべては、この唯一の私との相関の中にしか存在しないので、中心化に抗う抵抗も、この世界、すなわち私においてしか生じえない。そのような私を「単独者」と呼ぶ。
 一方、このような仕方で私があること自体は、私がどうこうできるものではない。すべては、こういうところから始まるのであって、それに先立つものはない。したがって、そのことに先立つ原因や理由や根拠もまた、ありえない。すなわち、このこと自体に私も世界も一切手出しすることができない。ただし、この世界が、この私がいかにあるかに関してなら、世界や私が関与する余地を認めることができる。世界や私が別様でもよかったのに、現にこうであるとすれば、そのことの原因や理由や根拠を探し求めることができ、それが見出されれば、見出されたそれに働きかける余地も生ずるから。とこが、世界と私が〈いま・ここで=現に〉ある(存在する)ということそのことについては、そのような世界と私がそもそも存在しないという事態しか並び立つものがない。存在に対することができるのは無のみだ。
 世界と私が存在することそのことに先行し、いかなるものもそのことに指一本触れることができない。世界と私の存在の否定ですら、それらを前提にしている。否定しうるためには、それらはすでに存在していなければならないからだ。このような一切の根拠がなく、世界と私が存在することを神秘であるとしたり、驚いたりするのは20世紀の代表的な哲学の出発点でもある。ここでさらに驚くべきは、世界と私が「なぜか、ある(存在する)」という驚くべき事態に、当の世界と私が向かい合うことができるということだ。この向かい合いは、私の自由の圏内にある。それは自由の限界にほとんど等しい。このとき自由は、自己中心化の動向に服していないと言える。少なくとも、その中心化の動向が空を切り、宙吊りとなる状態の内に、わが身を持している。そのことを著者は「中心化の転倒」と呼ぶ。
 このような視点から尊厳を見る。この場合の尊厳は、自己が自己であるがゆえに有する(自己の中心化に由来する)等しい者たちの尊厳ではない。それとは次元を異にする。すなわち、私(中心化)ではないもの、この意味で「私=世界」とは異なる「他なるもの」の方からやってくる。このような尊厳の下で、私が、私というすべて(世界)が照らし出された時、私=世界はそれまでと全く違った相貌を見せる。
 自己のために行使される自由(生命の秩序のおいて初めて姿を見せた自由)を、そのような自己のためにという生命の自己維持が最終的には何の根拠もなく与えられているというそのことに向かい合うという仕方で当の自己のために転倒に使用する者、つまり自己のために転倒する自由を行使する者は、中心化を世界の外部に向けて開放する。それができるのは、この中心において中心として機能している当人以外にはありえない。それが「単独者」である。
 そのような単独者としての私は、自己のためにという動向に対して姿を現わす世界のすべてに向かい合うことを通して、自己への中心化の動向に服さない自由を行使することを通して、世界のすべてを担う。著者はこれを「責任」と呼ぶ。言い換えると、私と世界が存在するというそのことに当の私が向かい合い、そのことを自ら担う(それを私の名の下に肯定し、「よし」とすること)ことによってはじめて、その創造の内に含まれる被造物をも私が担うこと、すなわち被造物に対する責任が可能になる。そして、このことを可能にする創造に対する責任とは、私を含めた世界の/というすべてを私が私の名の下に受け取ったことを当の創造に対して証言する、つまり、私が想像に対して「はい」と答えること、創造を肯定することである。そして、この肯定の言葉は想像が世界の内部で生ずる事態に留まらないので、世界の外部へと向けられている。ということは、私が創造に対する責任を担うとは、世界とは異なる次元へ向けての私の応答なのである。

2023年6月22日 (木)

斎藤慶典「私は自由なのかもしれない─〈責任という自由〉の形而上学」(2)~序章 「ある」に訪れた危機

 私たちの世界の成り立ちと在りようを考察する。私たちの世界がいくつかの「危機」ないし「突破」を経ることで成り立っている。「危機」とは単なる危険ではなく、あるもの(状態)がそれとは全く異なるもの(状態)へ、場合によっては正反対のもの(状態)へと転ずるその分水嶺、瀬戸際に立つことだ。
 世界は私たちの下で、すなわち〈いま・ここで=現に〉、二つの危機に関わっている。第一の危機は〈いま・ここで=現に〉いつもすでに乗り越えられてしまっている危機であり、第二の危機は〈いま・ここで=現に〉切迫しているが、それを越えられない危機である。世界は、この二つの危機は狭間にある。これって、過去と未来の狭間に現在があるってことだよね。この狭間にあるというのは、そこのあることは、一度失われたら、二度と同じものを取り戻すことはできないという一回限り、固有、つまり唯一なのだという。
1.存在=現象
 世界は、私たちの下で〈いま・ここで=現に〉ある。すなわち、現象している。すべては「ある」ところりものとして理解された姿を現わす。私たちの下で何かが何かとして姿を現わしたとき、それはすでにどんな仕方であれ「ある」ところのものとして姿を現わす。つまり、理解の対象として姿を現わす。この理解されたものとは意味のことで、その意味を解するのが私たちである。私たちとは、「ある(存在)」が意味において姿を現わす現場(〈いま・ここで=現に〉)であることを以て定義されている。
 「ある(存在)」が姿を現わすためには、おのれを顕わにする視点がひらけていることが必要だ。つまり、「ある」が隔たりとか距離が必要だということ。「ある(存在)」がおのれ自身の下にとどまっている状態から、おのれに対して距離をとることによって、現象することができる。それは、「ある(存在)」がおのれの下から外の開かれた場所に出る(越境する)ことに他ならない。これが危機だ。存在は位相転換を図る。これは一つの位相から別の位相への突破と捉えることができる。これを引き起こしたのは存在の強度。
 このような現われ、つまり現象は、何かが何かとして姿を現わしている。単に「ある」のではなく「何かがある」。決定的なのは「何か」なるものの成立である。これをプラトンはイデア、アリストテレスはエイドスと呼んだ。それは現象する何かを、その何であるかを規定するもの、すなわち本質であり、この本質を獲得することによって、何かが〈いま・ここで=現に〉存在するものとなる。この存在する本質は意味という、存在を何かとして現象させるものだ。
 これは、言葉では、「ある(存在)」を術語としておのれに服せしめる主語が成立するということだ。何か(主語)がある(術語)。主語か現象する視点が私たちだ。私たちの下で世界は何かがあるところのものとして成立し、姿を現わす。ただし、この場合の私たちは主語にはならない。
 まとめると、存在=現象という場合、「何」が「ぶある」ところのものが「ある」という仕方で存在している、すなわち現象している。このときの「ぶある」が現象する主語をかたちづくる本質を成している。本質とは、主語である「何」かがなに「である」かを表わすところのもの。そのようにして何かとして規定されてはじめて、その「何」かが「ある」ことが可能となる。この「ある」は、その何であるかを規定された当のものの実在を表わす。単なる「ある」が「である(本質)」と「がある(実在)」に二重化された時、「ある(存在)」は現象に位相転換した。つまり、単なる「ある」が「である(本質)」と「がある(実在)」に二重化された時、「ある」の主語として「何」かが現象した。この時、主語である何かが姿を現わす視点が不可欠で、それが私たちである。
2.現象以前
 現象以前の次元とは、「(単に)ある」ということだ。路傍の石ころ、部屋にある机などといった、単なる物のこと。ただし、存在が現象に立ち出でている私たちの次元では、石ころとして、机として、姿を現わし、存在している。この石ころや机にとっては世界は、何かが何かとしておのれを顕わにすることはない。ただし、これは「ない」ではない、非現象ということなのだ。「何か」「である」ことはない、たんなる「ある」。したがさて、何ものかがおのれ自身であることも、できない。主語がない。
 これを私たちの次元から眺めると、「ある」がそこにとどまっていればいいのに、単なる「ある」はおのれを破棄して別の次元へ、おのれとは異なる次元へと移行してしまうという危機が迫っていることが分かる。それは、「ある」はおのれの他者、すなわち「ある」でないもの、外部、に触れたことによりおのれを破棄するという危機が生じた。これが第一の危機で、これは過去に位置する機器だと著者は言う。
3.現象以後
a.「ない」
 第一の危機のあと、第二の危機が迫る。それは、世界がそのような仕方で現象するのであれば、いつ世界が現象しないとなってもおかしくないからだ。だが、この非現象は、そこに再び現象が回帰する、すなわち、何かであるところのものがあるという仕方でおのれを顕わにするとき、現象することに生じた部分的欠陥として、現象の次元に回収される。ことは、私が書架を見ていても、裏側は見る(私に姿を現わす)ことはできないようなことだ。一方、私たちの下では、私の死ということがあれば、私に姿を現わす、つまり現象するということはなくなってしまう。現象の次元が失われてしまう危機だ。いまや現象の不可能性は決して現在にはならないで迫る純粋未来である。
 これは、たんに死ぬというのではなく、死ぬ危機として切迫する。私たちは、切迫するという仕方で死に襲われる。
 「ある(存在)」は、おのれ自身と完全に重なり合って自らの下に充足する単なる「ある(存在)」を破棄して、単に「ある」のではない現象の次元へと、つまり何かであるところのものがある状態へと移った。第一の危機があったのである。このとき、「ある(存在)」はすでにおのれの外部に、すなわた、単に「ある」でない次元へとおのれを超え出ていた。つまり、何かが何かとして現象するためには、現象するためには、現象する「何」ものかがそれに対して姿を現わす視点、そこで姿を現わす場所がひらかれる必要があったのだが、その場所自体は「ある(存在)」の外部を孕んでいた。しかし、私たちの下では、それだけでなく、現象することの不可能性として切迫する死は、現象の破棄もろとも、「ある」ことそのことが破棄する可能性もひらいてしまう。「ない」ということが可能になってしまう。
 この可能性は、ひとたび成立したなにかであるところのものであるという事態が、もし失われたら、二度と回帰しないという懸念を生む。失われたのであれば、それは非現象ではなく、「ない」ところのものとなったということになる。「ある(存在)」がその強度を昂めて現象へと立ち出でるという事態は、私たちの下でその強度が極限まで昂められたかのようにして、「ない」という事態の可能性を開いてしまった。著者は、この事態をスキャンダルと呼ぶ。そして、このスキャンダルこそが自由の可能性を開くのだという。
 ここでの外部とは、無が出てくるのが、突然で、どうして?理由がわからないのだけれど・・・
b.固有性
 何かが失われる可能性は、その当の失われるものは固有にして唯一のものであるということになる。そのように固有にして唯一のものがひとたび存在したのなら、そのようなものが存在し現象したことそのことは、もはやいかにしても抹消することができない。このことが、それを確固不動のものとする。それは、私がそこに証人として立ち会っていることで担保される。それは、私だけが証人となり得るということでもある。つまり、その場に居合わせた私が、当の現出に向かい合うかぎりでしか、そのようにあることはできない。そのような仕方で私は現象したものの固有性・唯一性を「担う」のであり、この「担う」ことにおいて私は現象へと立ち出でたものに「応ずる。」この応ずることが、すなわち責任ということだ、と著者は言う。このとき私は、責任を担う「主体」となる。このことが「責任」の成立であるとともに「自由」の次元を開くのだ。
 この主体は主語としてではなく、現象へと立ち出でたものの固有性・唯一性をそれのみが担う者として、固有なものの存在を「被る」。これはどういうことかというと、私に対して姿を現わしたものに私を開放する(場所を提供する)ことに等しい。開放とは、おのれを顕わにするものに正面から向かい合い、それを迎え入れることです。ハイデガーなら、覚悟することとか決意することと言うでしょう。それは、何か閉じられたもの、おのれの内に閉じこもるものの閉じられたあり方の突破にして廃棄なのであり、それに対して閂を外すこと、あるいは外れてしまった閂を何かで覆い隠さず、外れてしまったことを肯定し、自らそれを外したかの如くに、外れたままを維持し続けることだ。つまり、固有にして唯一のものに向かい合うことを通じて「ない」に直面してしまったかもしれないこと、あるいは「ない」に直面したことを通じて固有にして唯一のものに向かい合っているかもしれないこと、つまりは閂がはずれてしまっているかもしれないこと、そうした事態に向き合うという視界で応じ、それをもち堪えようとすること、それが覚悟性にして決意性だと言える。この可能性は私にもひろがる。すなわち、私が私であることも、根底から失われるかもしれない。
 しかし、そういう可能性は、〈いま・ここで=現に〉が抹消不可能で姿を現わしているからこそで、私がそうでなければ、〈いま・ここで=現に〉を証言することができないだろう。
 このようにして、第二の危機の下で「ある(存在)」がその極限にして尖端で「ない」にふれてしまったときいかにしてもなかったことにはできない固有性・唯一性がそこに何の痕跡すら残すことのない「無」が先立っていたのかもしれない可能性が、浮かび上がる。この地点に立ってはじめて、「なぜ、すべては「ある」のであって、「ない」ではないのか」という問いが成り立つ余地が生ずる。それは、私が、現象することの不可能性としての私自身の死に直面することの中で生じたのだ。
 〈いま・ここで=現に〉という仕方で担われた「存在」がもし固有にして唯一のものであるとしたら、そしてそうであるときにのみ、そのような固有にして唯一のものが失われることは、「無」ということが可能であることを示唆する。なぜなら、そのような雇用にして唯一のものが失われることのみが、もはやそのようなものはいかにしても「ない」ことを、それに代わる何ものもありえないことを意味するから。すべては「あり」続けるのもかかわらず、私が死んだとしても、私の身体を構成していた物質は形を変えてあり続けるように、何かが決定的に失われて二度と回帰しないことが可能である。

2023年6月21日 (水)

斎藤慶典「私は自由なのかもしれない─〈責任という自由〉の形而上学」

11114_20230621223801  私の名の下に何ものとか何ごとかを担うことができ、そのように何かを担う者として私が私として立つとき、すなわち、私が主体となるとき、「責任」という、それまで自然な状態では存在しなかった新たな構造が確立する。そしてこのとき、何かを自ら担い、最終的には自己自身を担う、すなわち、おのれ自身の存在を自ら選び取ることで自己の起源に立つ、「自由」がはじめて成就する。それゆえ、自由は責任という仕方ではじめて成立する。
 このような仕方で成り立つ責任という自由は、私が存在しうるという可能性の次元に位置している。つまり、自然な状態として現実に存在するというのではなく、可能性として将来にむけておのれを開いて(投げかける)次元で現象する。
このような書き方では、まるで言葉遊びのようで、何を言っているのか分からない。それで、私も、読んでいて途中で行き詰まってしまった。しかし、書かれている内容は、当たり前のことだと思う。簡約すると、そこらへんに転がっている小石のように、漫然とそこに在るというのではなく、主体的に物事に能動的に働きかけると、そこに自分で何かを動かす、つまり、ただ在るという以外の状態を作り出すという余地がうまれ、その余地が自由ということで、その反面、動かしてしまったからそれに責任が生じる。そんなところ。ただ、それを、本当にそうかと問うときに、当たり前を当たり前の言葉で語ると当たり前になってしまう。そこで当たり前でない言葉で語ることになる。この本は、著者が自分の言葉で語ろうとしているので、著者のオリジナルの言葉が十分わからない私には、語られていることが十分には消化しきれてはいない。例えば、書名が「私は自由」ではなく「私は自由化なのかもしれない」とあえてしていることなども、よく分かっていない。

 

2023年6月19日 (月)

辻田真佐憲「『戦前』の正体─愛国と神話の日本近現代史」(6)~第5章 米英を撃ちてし止まむ─八紘一宇と大東亜戦争

 第5の観点「ネタがベタになるという罠」からの議論。神武天皇が唱えたとされるスローガン「八紘一宇」は、「八紘」は世界を意味し、「一宇」はひとつの家を意味する。したがって「世界をひとつの家にする」という意味になる。第2次近衛内閣は、基本国策要領で八紘一宇を国是として掲げ、大東亜の新秩序を建設すると宣言した。しかし、原典である『日本書紀』には八紘一宇という四文字熟語は存在しない。この語は1913年に日蓮主義者の田中智学によってつくられた造語である。田中は戦争などの世界の不安をなくすためには、世界を統一しなければならないと説く。それは人欲に基づく侵略的世界統一ではなく、天皇に基づく道義的世界統一でなければならない。田中は、その道義的世界統一の理念を示したのは神武天皇だと議論を進める。それが日本書紀にある神武天皇が橿原野宮で宣言した「八紘を掩ひて宇にせむ」にあるという。この宣言は、平和的にヤマトを治める程度の意味だったものを、田中は世界統一の話にしてしまい、そのプロセスで「八紘一宇」という造語に言い換えたのだった。昭和初期の軍人石原莞爾は日蓮宗の影響を受けていたことは知られている。石原の属した陸軍では、日露戦争後、精神教育が重んじられた。そして、226事件の蹶起趣意書では、謹んで惟るに我が神州たる所以は、万世一系ため天皇陛下統御帥の下に、挙国一体生々化育を遂げ、遂に八紘一宇を完うするの国体に存すと掲げたのだった。「八紘一宇」は愛国行進曲の歌詞に用いられて国民のうあいだに一気に広がった。
 明治維新の時に、日本神話は近代のための口実であり、一種のネタだった。それが昭和戦前期になると、人々を鼓舞できるベタな素材に変化してしまった。
 また、三種の神器は皇位の象徴とされている。しかしも記紀には、そういう記述はない。古代から同じものが継承されたわけでもない。「三種の神器」という言葉は『平家物語』で壇ノ浦の戦に敗れた安徳天皇の入水の記述が初出とされている。それが南北朝時代に北畠親房の『神皇正統記』において三種の神器の所持者こそが正統な天皇と主張され、大きな意を持つようになった。明治維新は神武創業とうたいながら、南北朝時代の考えにより三種の神器を継承した。昭和天皇は本土空襲が日常化し、敗色が濃厚になると三種の神器の安全を本気で心配した。彼は、国民の生命ではなく三種の神器のために講和の必要を訴えたという。天皇は神話のネタを本気で信じるようになっていた。
 国体にせよ、三種の神器にせよ、近代国家を急造するための方便だったはずだ。明治の指導者たちは、神話を一種のネタとしてわきまえたうえで、迅速な近代化・国民化を達成するために、それをあえて国家の基礎に据えて、国民的動員の装置として機能させようとした。その試みは見事に成功した。しかし昭和に入り、世界恐慌やマルクス主義に向き合う中で、神話というネタはいつの間にかベタになり、天皇や指導者たちの言動まで拘束することになってしまった。ネタを守るために、国民の生命が犠牲にさらされる。戦局は絶望的なのに終戦は先延ばしにされ、多くの人が犠牲になった。ネタがベタになるリスクをこれほど物語るものはない、と著者は言う。
 最後に第6章があって、そこに著者のまとめの主張が書かれているが、それは本書を手に取って読んでください。

2023年6月18日 (日)

辻田真佐憲「『戦前』の正体─愛国と神話の日本近現代史」(5)~第4章 天皇は万国の大君であるよ─天皇開闢から世界征服へ

 第4の観点「世界最古という罠」からの議論。日本神話には天照大神が高天原を主宰する以前のエピソードはいくつもある。この部分について、近代にオカルティックな思想や超国家主義的な主張の根拠になり、世界は日本のものだという奇想天外な妄想を生みだすことになる。例えば、平田篤胤の系統の国学者の中には、日本は世界で最初にできた国であり、世界の根本である。その経緯によれば日本は世界を自らの一地方とすべきであり、万国の指導者もみな臣従すべきだ、という奇天烈な主張をしている。これは、『古事記』や『日本書紀』の中の都合のいい部分を取り出して、自分勝手な解釈をした結果生まれたものだ。もともとの日本の神話は牧歌的なものだった。それを平田やの弟子たちは結論ありきの強引な解釈を行った。彼らは明治の早い段階で表舞台から放逐されて影響力を失っていたが、昭和戦前期の対外的に日本が膨張する時代に遡行的に発見され、それが戦後によって逆に一貫した侵略思想の根拠であるかのように批判的に扱われるようになった。
 著者は、彼らについて、過去に日本神話を用いて雄図を描いた人間がいたということを知っておくことは、その後、似たようなものが出てきた時に騙されない免疫としての価値があるという。この他にもたくさんの例を本書ではあげている。
 天皇制の構造を顕教と密教に擬えた分析がある。すなわち、天皇は神聖不可侵の存在であると義務教育等を通じて子国民に叩き込む。一方、エリートには帝国大学で天皇は統治のための機関であると正反対のことを教える。この二面の使い分けが構造化されていた。同じことは神話にも当てはまる。神話は義務教育では事実として教えられていた。しかし、指導者たちはそれか統治のための手段であることをよく知っていて、それゆえ、天地開闢で日本の神々が世界を作ったなどとは本気では述べなかった。表向きの神話を事実と教えられた人は、神話に基づいて世界を語ることを不思議とは思わない。それをやらない指導者たちは、神話を中途半端につまみ食いし、蔑ろにしているという突き上げを起こしても不思議はない。いわゆる顕教による密教の討伐だ。神話に基礎づけられ、神話に活力を与えられた大日本帝国は、それゆえ、オカルティックな想像力に呑み込まれやすいという構造的な欠陥を抱えていた。弱小国家だった明治時代には妄想にすぎなかったが、列強の一角を占めるようになった昭和には現実の延長線上のように勘違いできるようになった。そのとき(皇紀2600年)に、再び呼び出されたのは、神武天皇だった。

2023年6月17日 (土)

辻田真佐憲「『戦前』の正体─愛国と神話の日本近現代史」(4)~第3章 三韓征伐を再現せよ─神裔たちの日清・日露戦争

 第3の観点「先祖より代々という罠」からの議論。神功皇后は神武天皇と同じく神話上の人物だ。この章では彼女をとっかかりに神話と戦意高揚の関係、先祖より代々という物語の危険性を見て行く。明治維新の当時、神功皇后は神武天皇よりはるかに人々の知名度は高かった。日本銀行券の肖像第1号は彼女。日清戦争や日露戦争の軍歌にも彼女がたびたび登場した。しかし、その後、彼女の人気が翳りはじめる。近代になって女性は戦う存在ではなく、家を守る存在とされたことと、日清・日露戦争に多くの軍神が生まれ古代の皇后を持ち出す必要がなくなったからだと言える。
 ちょうど日清戦争の直後、皇族の軍人が台湾で病没したのが日本武尊の再来と呼ばれる。日本武尊の知名度は高く、日本で最初の銅像となったのはこの人だった。『日本書紀』の日本武尊は天皇の命に従って各地を転々として、最後は都に思いを馳せながら病に倒れる(『古事記』でのヤマトタケルは手がつけられない荒くれと、イメージが異なるが、国威発揚には専ら『日本書紀』の日本武尊が用いられた)というのは、国威発揚に都合がよかった。
 とこで、陣地で亡くなった場合、靖国神社に合祀される。日本には、古来、御霊信仰というものがある。不幸な事故で亡くなったものは、敵味方の区別なく怨親平等に慰霊しようという考えだ。これに対して、靖国神社は、そうではなく、まず敵を排除し、味方についても立場や最期の様態によって合祀するかどうかが厳しく審査された。しかし、靖国神社の社格、つまり国家による神社の格付けは別格官幣社と低いもので、それは祭神がただの臣民だったからだ。だから、皇族が戦死したとしても、低い社格の靖国神社に合祀されることはない。もともと、別格官幣社は、天皇や朝廷のために尽くした臣下を祀る神社で、古代にはないものだった。主に南北朝時代に南朝側の武将や公卿を祀った神社が多かった。その後徳川家康を祀った東照宮もこの社格に入る。ということは、靖国神社に合祀された者は、歴史の英雄である徳川家康や楠木正成と並ぶ存在になるわけで、中世までの身分制社会では考えられないことだった。創建されたばかり明治初期の靖国神社は知名度もなく、人影もまばらだった。明治大正の頃の靖国神社の境内ではサーカスが名物だったという。今とは違って庶民的な雰囲気だった。靖国神社が現在のような厳粛な空間となるのは1930年代後半日中戦争の長期化により戦死者が急増してからだ。
 戦前の神道は国家神道と呼ばれ、あたかも政府が神社を管理して、国民を教化・煽動するプロパガンダをほしいままにしていたというイメージがある。だが、そのイメージは一面的だった。神道の国教化は維新の初期に断念され、神社を監督する官庁は明治時代だけで、その官庁は目まぐるしく替わった。神社の側も十分な公的支援を受けていない。国家神道という言葉も戦前にはなかった。この言葉は、敗戦後にGHQによる神道指令によって広まったものだった。かといって神話の影響力が小さかったわけではない。神功皇后を歌った軍歌や日本武尊の銅像などは民間から率先して作られた。これは、上からのプロパガンダだけでなく、下からの押し上げもあったということだ。プロパガンダは、民衆を教化・煽動したい政府や軍部が発するだけでは十分な効果を発揮できない。かならずそこに便乗する企業や、軍国美談を消費しようとする民衆の自発性を必要とする。言い換えれば、プロパガンダは足し算ではなく掛け算であって、人々がもともと持っている欲望を倍加させることはできても、火のないところに煙を立てることはできない。神話も同じで、政府、軍部、企業、民衆といった様々なプレイヤーが複雑に絡み合いながら、神話が進んで消費され、ときに国威発揚や戦意高揚に結びついてきた。それこそが警戒すべきなのだ。

2023年6月16日 (金)

辻田真佐憲「『戦前』の正体─愛国と神話の日本近現代史」(3)~第2章 特別な国であるべし─憲法と道徳は天照大神より

 第2の観点「特別な国という罠」からの議論。日本は神国である。日本は天照大神の直系である神武天皇の子孫によって統治され続けている。他国では途中で王朝が断絶したため、そのような例はない。北畠親房の「神皇正統記」に端を発し、現代でも右翼が唱える。しかし、これは中国の思想を学び、内面化してことで、そこから中国より優れていると結論づけた、歪んだ自意識だった。つまり、中国には易姓革命といって、中国の王朝は天命を受けた家系によって統治される。無道な君主があらわれて民を苦しめると店名は別の家系に移り、王朝が交替する。日本人はこの論理を学び、一度も王朝が替わっていない日本は、天皇家が善政を続けた高徳の家系ではないかと考えるに至った。それが万世一系。そこに大きな意味を見出したのが幕末の水戸学であり、それを引き継いだ明治の教育勅語であり、昭和の国体の本義であった。
 教育勅語は、1890年に下された教育の基本理念である。帝国議会の開院を控えて、日本固有の倫理観を示し、自由民権運動を抑制するため、井上毅と元田永孚によって起草された。著者は、この教育勅語の構造を「忠君の四角形」と説明する。この四角形は、天皇の祖先、当代の天皇、臣民の祖先、当代の臣民の4者により構成される。そして、この4者が、忠と孝という価値観で固く結びつく。忠とは君主に対する臣民のまことであり、孝とは父に対する子のまことである。歴代の臣民は、歴代の天皇に忠を尽くしてきた。当代の臣民も、当代の天皇に忠を尽くしている。これが縦の軸。また、これまでの臣民は自らの祖先に孝を尽くしている。当代の天皇もまた過去の天皇に孝を尽くしている。これが横の軸。このような忠孝の四角形は日本にしか永続していない。これが教育勅語の世界観だった。このような忠孝の四角形が崩れず、万世一系が保たれていることを、教育勅語は国体の精華と呼ぶ。それが日本の国柄の最も素晴らしい部分ということだ。それを教育の目標とし、そのための具体的な徳目の列記が続くが、その部分は現代でも右派の人々が教育勅語の美点として現代でも通用すると主張する部分だ。
 この教育勅語に大きな影響を与えたのが幕末の水戸学の思想、とりわれ大義名分論だった。水戸学の会沢正志斎の『新論』では「国体」を論じ、天照大神が忠孝で国を立てる道を示したと論じている。日本は忠孝の道がしっかりしていたからこそ、易姓革命が起こらず、万世一系が保たれていると説いた。まさに教育勅語の世界観である。しかもそれは、天照大神が立てた神勅である。つまり、教育勅語の天壌無窮の皇運である。このことを踏まえて教育勅語に戻れば、日本では、天照大神が天壌無窮の神勅及び宝鏡奉斎の神勅により、忠孝の道徳を打ち立てた。歴代の天皇および臣民は、この忠孝の道徳をしっかり守り、忠孝の四角形は一度も崩れなかった。そのため、天皇家は万世一系を保っている。それが国体の精華である。これが教育勅語の思想であり、それなしに、教育勅語の一部を切り取って、親孝行の部分は現代にも通じる等と論じても意味がない。
 教育勅語の起草者である井上毅は大日本帝国憲法や皇室典範の起草にもかかわった人物である。そのため、教育勅語だけでなく、大日本帝国憲法の根底にも神話が関わっている。井上によれば、大日本帝国憲法第1条の“大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す”とあるが、統治は「古事記」の統す(しらす)の意味だという。オオクニヌシは出雲の国をうしはく、つまり領する、オキュパイドするのに対して、アマテラスの子孫は国をしらす、つまり統治する。鏡のように公平に世の中を治める。徳により治める。これは公式の憲法解釈にもあるという。
 このような井上にとりわけ表われる国体論から聞こえてくるのは、日本が特別な国だということである。その特別さは万世一系に象徴された。天皇家は、天照大神の神勅にもとづいて公明正大なしらすをしてきた。臣民は忠孝の道徳をしっかり守ってきた。そのため、中国やヨーロッパのような易姓革命は起きなかった。しかし、それは切ない叫びでもあった。日本は辺境の国であり、明治維新のときには欧米列強の植民地にされかねない弱小国だった。そんな中で。西洋化に邁進しながらも、自らのアイデンティティを失うまいとして、なんとか日本特殊論がひねり出される。日本は特別な国だという叫びは、日本は特別な国でなければならないという願望であり、そのために努めなければならないという努力目標でもあった。そういうもともと願望だったものが憲法や勅語に記載されれば、事実になり、社会政策などの前提になってしまう。忠孝の四角形が前提ならば、それを阻害する異分子は非国民として徹底的に排除されることになる。その行き着く先は万世一系を維持するための暴政だ。その表われとし、1937年に刊行された「国体の本義」がある。ここでは個人が否定され天皇への一体化が説かれたのだった。
 敗戦により大日本帝国憲法は日本国憲法に取って代わられ、国体論は解体された。しかし、実際には、国体論は細切れにされながら、現代でもしぶとく生き残っているという。

2023年6月14日 (水)

辻田真佐憲「『戦前』の正体─愛国と神話の日本近現代史」(2)~第1章 古代日本を取り戻す─明治維新と神武天皇リバイバル

 第1の観点「原点回帰という罠」からの議論。神武天皇という神話上の人物である初代の天皇は、しばしばその名のもとに奇妙な発言や斜め上の想像力を招きよせている。その神武天皇は幕末までは忘れられた存在だった。その証拠に京都御所で祖先として祀られていたのは天智天皇以降の天皇たちだった。神武天皇陵の所在は中世になるとわからなくなってしまい、神武天皇陵が現在地に定められたのは幕末のことで、整備されたのは近代以降で、明治天皇を祀った橿原神宮は明治になって創建されたものだ。明治天皇が幕末になって思い出されたのは明治維新にとって都合がよかったからに他ならない。
 危機感を覚えた幕末の志士たちは、政治体制を抜本的に改めるため天皇に注目した。当時はまだ徳川将軍家の権威は大きかった。それに対して新しい政治を訴えたとこで、ぽっと出は引っ込んでろと抑えられてしまう。そこで天皇を押し立てた。日本はもともと天皇の国だ。政治改革といってももともとの体制に戻す原点回帰にすぎない。そうして将軍家を撥ね返すロジックができた。新政府の宣言である「王政復古の大号令」に「神武創業」の言葉がある。明治天皇は、神武天皇の時代にもとづいて、出自や階級に関係なく、適切な議論を尽くして国民と苦楽を共にする覚悟なので、みなは天皇と国家のために努めよという内容だ。ここであえて神武天皇を持ち出したのは、神武天皇の時代はあまりに昔で、政治体制の記録など残されておらず、どんな政体だったかも分からない。本当に出自や階級に関係なく議論していたかなど分かるはずもない。しかし、だからこそ都合がよかった。新政府は、これが神武創業だといいながら、事実上好き勝手に政治を行うことができた。神武創業は、西洋化でも藩閥政治でもなんでも代入できるオールマイティのマジックワードだったのだ。日本人は、右派・左派を問わず原点回帰というロジックに弱い。本来の姿に帰れというと何となく受け入れてしまう。例えば洋服を受け入れる際、神武天皇の時代はそれまでのような服を着ていなかった。従って、そのころの着物という服装も仮初のものに過ぎず、こだわる必要はないという理屈をつけた。つまり、正面から西洋化しようとすれば反発を招くが、神武創業に帰るといえば、たとえ洋服の採用でも伝統に則っている気がしてくる。このようなトリックで人々のプライドを傷付けず、すみやかに西洋化を図ることができたのだった。
 このような神武創業は、神武天皇が自ら兵を率いて戦う軍事指導者だったことも見逃せない部分だった。このことは徴兵令の施行にも利用された。徴兵は西洋の制度を模倣したものではなく、神武天皇以来の伝統とされたのである。万葉集の防人の歌があるように、日本では、もともと国民皆兵であり、有事の際は天皇が司令官となる。これに対して武士はイレギュラーな存在であり、かれらが国民皆兵を台無しにしてしまった。明治維新になり神武創業に戻るために、国民皆兵を復活させるというわけだ。その流れで、明治天皇は、神武天皇のような軍事指導者、すなわち大元帥として君臨する。
 このように神武天皇は明治以降、歴史の表舞台に華やかに躍り出た。それは、新政府によって都合がよかったから。その理由として次の3点があげられる。①新しいシンボルを立てることで、旧幕府の権威を相対化できたこと。②神武創業という曖昧な時代を示すことで、伝統を装いながら西洋化を進められたこと。③神武天皇の軍事指導者としての側面を強調することで、国民皆兵などの近代的な軍制整備を正当化できたこと。だ。神武天皇は実在しなかったからこそ、様々な願望や妄想をかぶせることができたと言える。

辻田真佐憲「『戦前』の正体─愛国と神話の日本近現代史」

11112_20230614000101  右派も左派も誤解している「戦前日本」の本当の姿とは、という帯の惹句にもあるように、「戦前」ということが安易に使われているのに、あまり知らないでいるのではないか。戦前と戦後を分かつ戦争の名称ですら定まっているとは言えない。そんな中で、現在との比較で戦前を利用するのは戦前のイメージを曖昧にし、却って貴重な歴史の教訓を役立たないものしている。例えば安倍元首相が「美しい国」とか「日本を取り戻す」と唱えたのが戦前回帰的と言われたが、たしかに靖国神社に参拝したりしたが、「三丁目の夕日」を理想として語るなど、戦前そのものではなく、都合のよさそうなものを適当に寄せ集めたイメージだった。また、これを戦前回帰と批判した側も日本の歴史の暗黒部分をことさらにかき集めて煮詰めたものだった。ともに実際の戦前かけ離れた虚像だったので、議論がかみ合うはずもなかった。
 では、戦前とはなんだったか、著者は神話と国威発揚との関連を通じて、戦前の正体に迫っていこうとする。
 そうすると、最初の帯の惹句とはちょっとしたズレを感じる。惹句から受け取る意味合いは、現代の右派や左派が戦前と言っているのは、実像とはこのように違い、実像はこうだったというもので、それは大日本帝国は神話に基礎づけられ、神話に活力を与えられた神話国家だったというものだ。しかし、本書はそこから、さらにもう一歩深掘りして、そういう姿の物語構造を批判するという手の込んだ手続を踏んでいる。それは、「原点回帰という罠」「特別な国という罠」「先祖より代々という罠」「世界最古という罠」「ネタがベタになるという罠」という五つの観点で行っている。そういう屈折した一筋縄ではいかないとこがあって、読んでいるうちに、現代のイメージとしての戦前の批判なのか、著者が提示している戦前の姿の物語構造への批判なのか分からなくなってくるところがある。そして、本書では言及されていないが、物語構造の批判ということは、実は、本書の叙述も物語的に行われているので、この批判は本書にも及ぶ自己回帰的なところがあるのだろうが、それは言及されていない。せめて、あとがきででも言及してほしかった。これは、この本がロジックではなくレトリックで構成されている、とくに第3章などはまるで、連想ゲームのように話題があちこちに飛んで、脈絡が掴みにくく、だけど読めるので、納得してしまう。あとから、どうしてこうなるのかと論理の筋を追いかけようとしてもできない。私は煙に巻かれるような印象を受けた。
 ただ、個別に取り上げられている事柄は興味深いし、薀蓄話としても使えるので、エピソードとして楽しく読むことができる。

 

2023年6月12日 (月)

加藤典洋「もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために」

11114_20230612205901  著者である加藤典洋が2015年以降に講演の記録や雑誌に寄稿した文章を1冊にまとめたもの。しかし、寄せ集めではなく、内容に一貫性がある。幕末のペリー来航から明治維新の15年間と昭和の初めの満州事変から太平洋戦争のいわゆる15年戦争という奇しくも15年間という同じ長さの期間に、近代の進行から置き去りにされ、その結果として破局に遭ったが、前者は尊皇攘夷思想、後者はその縮小コピーともいえる皇国思想があった。尊皇攘夷思想は、明治維新になると文明開化という近代の進行の中で、維新の推進者たちによって、古い、恥ずべきことと目され、なかったことにされ、置き去りにされた。そのことが80年後の昭和維新の皇国思想の噴出とその軍国主義との合体という破局を招くこととなった。皇国思想は尊皇攘夷思想とは内容としては似て非なるものであるにもかかわらず、その違いが指摘されず、同一物とみなされることで力を得た。
 そしてまた、皇国思想は敗戦そしてGHQによる占領を過ぎると、今度は、その被害者たちによって等閑にふされた。つまり、思想として分析され、正面からの批判を受けたり、思想として否定されることもなく、置き去りにされた。皇国思想が大正デモクラシーを席巻することができたのはどうしてか、なぜ社会がそれを許したのかといった本質的な病根を突き取るられないまま放置された。著者は、尊皇攘夷思想が置き去りにされたことにより、皇国思想が噴出したように、皇国思想も置き去りにされ、それから80年経った現在、同じようなこと(破局)が起ころうとしている。それがヘイトスピーチやネトウヨといった夜郎自大・排外的な風潮・政治思潮の分断といった兆候が、皇国思想の劣化コピーが表われてきているという。著者の、いわゆる現代批判には、執筆当時の安倍政権への批判も含まれているという点で、時事的な文章ともいえる。ただし、尊皇攘夷思想が結果として明治維新に到ったのに対して、皇国思想は敗戦による焦土という結果となった違いも分析しているが、それは政治思想とは何かという問いを含んでいて、その議論は時事的なものにとどまららず、本質的なものがあると思う。
 尊皇攘夷思想は日本の近世から封建制と身分制度を内から食い破る形で出てきた唯一の革命思想の範型で、しかもそれは、現実に発するものであるという理由から、壁にぶつかり、合理的な思想に転換すると、やがてリベラルな思想へと育った。攘夷思想は、自分たちは何も悪いことはしていないのに、外から列強が開国を迫ってくるという強国の理不尽な要求に対する普通の人の自然に湧き上がる抵抗の思想の「正しさ」に裏付けられた、人民の抵抗の思想でもあれば、革命の思想でもあった。しかし、それはまた、人民の絶望的な抵抗に根拠づけられたテロリズムの思想でもあった。そのことにより、現実の壁にぶつかる。薩摩藩と長州藩の武士たちは攘夷という欧米人へのテロを実行したが、その報復として下関戦争、薩英戦争で痛い目に遭った。そこで彼らは覚醒した。どんなに「正しさ」を標榜しても、戦争に負けたら諸君地にされるだけだ、と関係の力学に目覚める。内向きの「正しさ」が現実にぶつかり、関係の意識の中で次善の策を探す、という思考に転換していく。内向きの正しさの思想が、壁にぶつかることで自身を相対化し、関係の意識に転換していった。その結果、列強の脅威に対抗するためには先進の(軍事)技術を導入し、国を強化させなければならないという韓国思想への乗り換えを可能なものとなった。
 これに対して、昭和初期の皇国思想は、幕末の危機感を、国が情報操作により国民に煽り「皇国はやむをえず戦火を開かざるをえない」という理屈で国民を動かそうとした。これは、国家としての日本が当時の支配的な国際秩序に反旗を翻すために考え付いた、国家主義を幕末の構図に重ねた議事革命思想にすぎなかった。そのため、ぶつかるべき現実の壁をもたず、そのことを契機に覚醒する機会を持つことができなかった。その結果、自発の進行停止の論理を持つことができず、絶望的な歩みを続ける以外になかった。
 この攘夷思想の経緯は、例えば、現在でも、内在的な「正しさ」という「戦争はよくない」は、それだけでは現実の国際政治では生きていけない。そこで外部という関係の意識に目覚めると、ある程度のリアリズムの意識を持たざるを得ず、次善の策を模索するという思想の営みにも通じるのではないかと思う。

 

2023年6月10日 (土)

川北稔「民衆の大英帝国─近世イギリス社会とアメリカ移民」

11112_20230610210801  世界で最初の工業化を準備した18世紀のイギリス社会はジェントルマン支配の貫徹した社会だった。この支配体制は、この国の近代史のもう一つの特徴である帝国構造によって支えられてもいた。しかし、帝国=植民地支配の構造はジェントルマン階級だけではなく、社会の最下層にいたるまで大きな影響を及ぼしていた。ジェントルマン階級にとって、植民地は致富の場であり、社会的上昇のステップであったが、食いつめた庶民にとっては換金作物を栽培するプランテーションのために圧倒的な労働需要をもつ移民の受け入れ地として、最後の生存の機会であり、犯罪に走った罪人にとっては脱獄の困難な牢獄でもあった。
 工業化に向かいつつあったイギリスは、国内で生じたあらゆる社会問題を、アメリカ(アメリカの独立後はオーストラリア)の植民地に掃き捨てることによって処理しようとした。移民となった貧民の多くは、17~18世紀の囲い込み運動によって土地から追いだされた農民で、近代史では農民たちは都市に流れ込み労働者となって工業の労働力と都市の購買層となったという。しかし、農民は農業に執着してアメリカに土地を求めて移民を選んだ。また、庶民の若年層は年季奉公人として修業の期間を経験して一人前となるが、工業化により産業構造が変化し、一人前の道を閉ざされるとアメリカに移民するようになる。 
 また、宗教の自由を求めて、独立不羈の中流階級からなるピューリタンたちが意気揚々とアメリカに向かったというアメリカ建国にかかわる神話のような移民は副次的なものにすぎなかった。

 

2023年6月 9日 (金)

富山豊「フッサール 志向性の哲学」(6)~第4章 意味と作用─意味は心の中にあるのか

 フッサールの『論理学研究』では、志向性理論を展開するにあたり、その第1研究で意味と対象を「言語表現について」で論じている。そこで、フッサールは言語表現と意味を結びつける「意味付与作用」という概念を用いて言語表現の意味と対象を語る。しかし、意味付与作用によって与えられるのは言語表現の意味と対象であって、この点でフレーゲとフッサールに異なるところはない。そして、フッサールも意味をリアルな心的作用を超えたイデア的なものだと考える点でフレーゲと重なる。そこで、著者は、フッサールはなぜ意味付与作用という心的な作用をベースに意味について考えようとしたのか、と問題提起する。
 フッサールの「作用」という概念から見ていこう。ここでの作用には、働きや活動、動作といったイメージは含まれず、もっぱら「志向的体験」であると定義する。このうち「志向的」というのは志向性を持つということだ。また、「体験」について、フッサールは、一瞬一瞬刻々と変動しながら様々に結合し浸透し合ってそれぞれの心的個体の実的な意識統一を形成するリアルな出来事のことだと言う。ここでの「リアルな」というのは、心の外に客観的に観察可能な仕方で実在しているということではなく、数学的対象などのイデア的なものの非時間的な在り方に対して、特定の時点で生起したり消滅したりするものであるという時間的性格を意味している。それゆえ、フッサールが意味付与作用を志向的体験として特徴づけるとき、いま現われている言葉にいま特定の時点で、どの意味に結び付けて解釈したのか、という志向性の意識が、いつ起こったのかということが時間的に特定できる仕方で出来事として生じている、ということになる。例えば、私がいまここで「次の休みには、朝はランニングして、午後は論文を読む」と述べたとするが、この文は、私は初めて述べたもので、聞く人もはじめて聞くものだ。しかし、ここで使われている個々の言葉の意味は既知のものだ。つまり、初めての新しい文に遭っても、現在把握している語の意味の把握に基づいて、その分の意味を把握する。ここで、フッサールが意識を強調する、つまり、意味の把握を語る際に意識や体験の概念を巻き込んでしまうのは、意味の把握が我々にとって内在的であり、明証的なものであるからだ。
 フッサールは意味を物理的なものとも心理理的なものとも異なる非時間的な、イデア的なものと語る。イデア的とは、プラトンが様々な感覚的な美しいものたちが共有する唯一不変の美そのものについて語ったように、時代、場所、文脈を貫いて、誰が考え、語ったとしても同一であるように永遠不変の意味そのものの在り方を表わしている。これは、論理や推論の可能性を説明するためです。我々は、異なる主体のあいだで共通の同じ意味が把握されている。そうでないと、論理的な帰結も論理的な矛盾ということが可能にならない。したがって、意味は非時間的だから不変で、変化するのは言語表現とその意味を結びつける作用、意味付与作用である。
 リアルなものとイデア的なものとの関係は、コンピュータに擬えることができる。一般に、対象への志向性を成り立たせている意味は、対象を探す手続として考えられるものだった。特定の自然数の場合などの数学的対象の場合は、計算手続、すなわちアルゴリズムやそれを実装した計算機プログラムと考えることができる。この「意味」それ自体は、全く同じ手続きをいつでも実行できるという点で「イデア的」なものだ。たとえば、我々が古代ギリシャの時代に使われていたユークリッドの互除法のアルゴリズムを現代でも同じように用いることができ、千年後も用いることができるという点で、手続きそのものは非時間的に同じものである。このように、どのコンピュータにいつからいつまで記憶されたものであれ、すべて同じアルゴリズム、「同じ手続き」であるという点で、この「手続きの型」は「イデア的な意味」であり、特定のコンピュータへの特定の実装が素質としての把握ということになるだろう。しかし、ある特定のコンピュータにある特定の時点あるプログラムが記憶され、素質として把握されたとしても、プログラムは呼び出されなければならない。これが出来事としての把握に当たる。プログラムの関数は、ただメモリの中に格納されているだけでは出力を返さない。プログラム全体の処理の中で必要になった際に、あるいはユーザーから実行を指示された際に、その関数が呼び出され、実行されることによってはじめて値を出力する。定項も、言語の中に定項が存在しているだけでつねに対象を吐き出し続けるわけではない。そうではなく、文の中の特定の位置にその定項が出現し、文の真理値が問題となった際に、その指示対象を特定すべき段階でそれを出力する。それゆえ、プログラムの実行において関数が特定の時点で呼び出されなければ意味をなさず、そして繰り返し同じ関数を呼び出すことが可能であるのと同様に、我々の用いる「意味」もまたイデア的なものとして永遠不変の存在を持っているだけでは意味がない。それは特定の時点で呼び出されて出来事としての把握にもたらされなければならず、それによってある特定の主体にある特定の時点で対象への関係が成立する。つまり、出来事としての把握とはプログラムでいう関数呼び出しである。
 このようにフッサールは意味のイデア性を主張する。そしてまた、フッサールの「対象」概念はイデア的な形式的なものも含むかなり幅広い種類のものを含んでいる。それは、フッサールの対象概念の意味論的値としての役割という基本的な捉え方にある。この役割にとっては、何を問題にして、何をめぐって真偽が問われているのかという問題の所在が明らかであり、その真偽に決着がつけられるのであればそれでよい。その決着をつけるものが、何かそれ単独で見たり触れたりできるリアルな実体である必要はない。重要なのは、文の真理値を定めるという意味論的な役割を果たせるかどうかだからだ。我々にとって対象とは、我々の経験とは別に世界の側で勝手に決まっているわけではない。我々が手続に従って充実化を実行し、対象を直接に手にする直観を得たならば、それこそが対象となる。そもそも、我々は、単に思い浮かべたものや予期したもの、知覚したと思ったがじつは錯覚や幻覚であったものと真の対象との違いを、確かめたら違ったという仕方で学ぶ。我々は自分の経験とは別に設定された対象などというものを一度も学んだこともない。対象と主観的な思い込みとは経験の中で区別されるのであって、それゆえ、我々がそれについて考え、経験する対象が。対象である。この関わりを可能にしているのが、「志向性」という我々の経験の構造なのである。

2023年6月 8日 (木)

富山豊「フッサール 志向性の哲学」(5)~第3章 意味と対象─我々はどのように「対象」への関わりを手にするのか

 前章のフッサール解釈としてフレーゲの議論に寄せた解釈に対して、事柄の分析として理論的な困難、例えば、意味論的値となり得るものは一般にひとつだけとは限らない、つまり、真理値を正しく計算するために利用できるものは一般に複数あり得るので、その中でどれが本当の「指示対象」なのか特定できない、という反論を想定する。それ実際の例として、準同型定理がある。簡単に言うと、じゃんけんというゲームはグー、チョキ、パーが、それぞれに勝りあう。ところが、ある人が誤解して、グーのことをチョキと呼び、パーをグーとチョキをパーと呼んでしまっているとしても元の正しい理解の人とは、グーはチョキに勝つということでは変わらない。誤解した人も、ゲームでは間違っていない。このような場合、正しい理解の人と誤解した人では、それぞれのゲームで成り立つ真偽に影響はなく、ゲームの勝ち負けは一致する。この場合、グー、チョキ、パーが何を指示するかに関係なく真となる。ここでは、どの対象が本当の志向的対象なのかに意味がない、というのである。
 このような準同型定理に基づく意味論的値の不確定性という論点の他に、志向的対象を意味論的値として解釈する議論に対する、もうひとつの反論を著者は提示する。それは無対象表象の問題である。前章でも議論した現実には存在しない対象のことだ。
 これらの反論には、志向的対象=意味論的値という説明では不十分だと著者は言う。試行的対象が一通りに定まるはずであるのなら、対象が存在しない場合でさえ志向的対象が何であるかということを語る必要があるならば、文の真理値をそれによって定めることができるような存在者という条件だけでは不十分だということだ。そこで、著者はフッサールの現象学における「意味」の概念を明らかにしようとする。フッサールは「意味」の概念を「対象」と対比しつつ述べている。意味と対象への関係を分ける者として名前をあげる。この場合の名前は、何らかの対象を名指し、それによって主語や目的語の役割を果たしうるような表現である。フッサールは対象への関係において、名前は名指すという言い方で用いられるという。名指すとし指示するに相当する。つまり、意味と対象との関係、意味と指示を区別できると言っている。その一方で、意味と対象は区別されながらも同じひとつのことであると言っている。これにより、「意味を持つ表現」と「対象に関係すること」が同じひとつのことであるならば、表現は対象を欠くことなく、必ず対象を持つことになる。フィクションのように、それについて志向する対象は、必ずしも存在するとは限らない。そうなると、志向的対象は通常の意味での対象の現物とは区別される。フッサールはは志向的対象とは表象された対象そのものだと言っている。その一方で、志向的対象と現実の対象そのものを別のものとして分離するのは誤りだとも言っている。それゆえ、フッサールの志向的対象は現実の対象そのもののことであり、したがって必ずしもすべての場合に存在するとは限らない。
 さらに、フッサールは意味とは対象を考える一定の仕方であると言い加える。フレーゲも同じように意義の概念を意味の与えられ方つまり、対象の与えられ方と特徴づけている。ここで、前章と同じような議論が繰り返されるのですが、そこは前章を復習するとして、対象の与えられ方というのは、あらかじめ与えられた対象がどのような姿で現われてくるか、ではなく、対象が見つかる以前に「対象の与えられ方」に従って我々は対象を探すのであり、その結果対象が見つかることもあれば、見つからないこともある。すなわち、対象を見つけ出す前に、我々はそれがどのように捜し出される対象なのかを、あらかじめ知っていなければならない。それが「対象の与えられ方」を知っているということであり、意味を知っているということだ。フッサールは現象学的考察にとって、つまり作用の志向性にとって本質的なのは意味であって、対象性を見つけ出すための手続きであり、その手続きの結果として最終的に見つかるかもしれないような対象そのものではない、ということである。その理由としてあげられているのが、対象は一般的に言って作用にとって超越的だから、つまり、作用の中で把握されているものを超えているからだという。例えば、「この車両で一番背の高い人」について考えているとき、「この車両の中にいる人について考えている」ということや、「背の高い人について考えている」といったことは把握しているが、それが誰なのか?ということは必ずしも把握していないし、またどんな顔の人なのかということも把握していない。この人物を探し当てた時、それまで把握していなかった新しいことを知る。つまり、この人物そのもの、つまり、ここで志向された対象そのものは、当初の作用の中で把握されているものを超えている。
 これまでのところを整理するとこうなる。我々の作用は必ず「対象」を持つ。すなわち対象への方向性を持つ。しかし、このことは必ずしも「対象が存在する」ということを意味するわけではない。志向性が成立するとき、必ず存在するのは対象ではなく意味である。我々が意味を把握することで、その意味が定め対象への方向性、つまり志向性が成立し、我々はその対象について考えることができるようになる。しかし、そこで定められるのは対象の探し方、探していた対象であると言えるための条件であって、条件を充たす対象が実際に存在するかどうかはまだ分からない。対象は存在せず、意味だけが残るのかもしれない。ではなぜそれが対象の探し方、対象への方向性だと言えるのか、それは、これが何が対象であるかの条件だからだ。すなわち、意味が定めるのは、あくまでも対象を探すための手続き、対象と言えるための条件であって、対象の心的イメージのような対応物や、あるいは意味のように別のものを探す手続きではない、ということだ。
 つまり、対象を探すための手続きを把握しているから、意味論的値である対象は現物そのものということになる。だから、「この本の表紙は白い」という文を理解し、その真偽を考えている際の思考作用の対象への関係は、最初から表紙という対象そのものへの関係なのである。ただし、このことは対象が直接与えられているということではない。その対象は、むしろしかじかの手続きを実行すると、そのときに目の当たりにするすることができるものが、その手続きを実行していないために、まだ目の当たりにしていないものとして、間接的に与えられている。つまり、志向性は最初から対象そのものに関係しているか、その関係は間接的なのである。そしても手続きを実行すれば与えられるようなものとして対象への関係が成立しているのだから、手続きの実行によって、当の対象が直接的に与えられる。つまり、間接的に関係していたその対象が、直接的に与えられる。対象をこのような直接的な仕方で与えられる作用を直観とよび、直観において志向が直接的な仕方で確証されることを充実化と呼ぶ。

2023年6月 7日 (水)

富山豊「フッサール 志向性の哲学」(4)~第2章 志向性と真理─真偽に関与するものとしての「対象」

 いったんフッサールを離れてフレーゲの意味の理論を見ていく。フレーゲは意味と意義を区別する。意味は、その表現が名指す対象、いわゆる指示対象(指し示された対象)であり、意義は、その指示対象がどのようなものとして指し示されるのか、その指示のされ方、与えられ方である。例えば、イエナの戦の勝者もワーテルローの戦の敗者はナポレオンということになるが、この場合のナポレオンは意義であり、イエナの戦の勝者とワーテルローの戦の敗者が指すものそれぞれが意味ということになる。さらに、「イエナの戦の勝者はコルシカ島の出身である」という文も意味をもち、この場合の意味には、「真」か「偽」かの真理値であり、文にというのは真理値を指す固有名であるという。真理値とは耳慣れないが、そこには価値の意味合いは少なく、文が持っている「値」のひとつ。例えば、さきの「イエナの戦の勝者はコルシカ島の出身である」という文には様々な性質や特性があり、それを値として考える。それが真であるか偽であるかというのも性質、つまり「値」の一つ。この文では真であるという真理値を持っている。フレーゲは文の意味は真理値であると言う。となると、文の指示対象は真理ということになる。
フレーゲのこのような考え方は意味という概念を真理の概念との結びつきによって一貫した仕方で体系的に理解できると言ったトゥーゲンハットとダメットの主張を著者は取り上げる。トゥーゲンハットは真理値ポテンシャルという概念を用いる。これは、ある表現の意味を文全体の真理値への寄与として説明する。例えば、「イエナの戦の勝者はコルシカ島の出身である」という文が真である。この主語である「イエナの戦の勝者」はナポレオンという人物を指し、「コルシカ島出身である」という述語に結びつけられる。この主語の表現は実際のところ誰を指すかが分かれば、この文の真理値は分かるので、このような主語表現は名前の真理値への寄与、つまり真理値ポテンシャルは指示対象であるということになる。述語も同様に、「コルシカ島出身である」というのは指示対象であるナポレオンにあてはめると真となる。それゆえ、述語の真理値ポテンシャルはとは、どの対象に当てはめると真になり、偽となるかが分かるものでありさえすればいい。そこで、述語の真理値ポテンシャルはとは主語の指示対象から真理値への関数であると考えることができる。
 では文の真理値ポテンシャルはとは何か。主語や述語の部分に現われる言語表現とは違い、文そのものは既に完結した全体だから、この文全体の真理値を知るために必要なのは、端的にその真理値が何であるかということだけである。著者は、これだけでは複合的な文は入らないという。「ナポレオンはコルシカ島出身である」という文と「アルキメデスはコルシカ島出身である」という文を繋げて複合的な文とする時、両者をorという接続詞つなげると真となり、andという接続詞でつなげると偽となる。orでつながれたそれぞれの文は一方が真であり、一方が偽であることが分かれば十分である。orのような接続表現の真理値ポテンシャルは、それが繋ぐそれぞれの文の真理値から複合文全体の真理値への関数であると言うことができる。このような真理値ポテンシャルをフレーゲは意味と呼んでいる。
 このような考え方は、論理学や言語哲学などで用いられている意味論とは違う。そこで、著者は、その違いを見ていく。
 言葉には構文あるいは文法という形式的な面がある。それを満たしていないと、そもそも言葉として成立しない。「みかん」は単語として成立するが、同じ3文字でも「んかみ」は単語になっていない。これは単語レベルだが、文では、より様々な形式的要件がある。これは言語学では構文論の領域だが、他に意味論がある。言葉や文が成立しても、内容が正しくなければ伝わらない。雨が降っているときに、「今日は晴れだ」とは言わない。構文論が文とそうでないものを区別するのなら、意味論は文の真偽を区別する。「イエナの戦の勝者はコルシカ島の出身である」も「この本の著者はコルシカ島の出身である」も文法的には正しいが、後者は偽である。その区別ができるためには、「イエナの戦の勝者」と「この本の著者」がそれぞれ誰を指すのかを知らなければならない。それが誰であるか分からなければ、出身地の真偽が変わる筈もない。それゆえ、これらの名詞の意味論的値としては指示対象を割り当てるものと言える。あとは述語の方に着目し、「コルシカ島の出身である」という述語がどの対象にあてはまる述語なのか分かればよい。これは、述語が当てはまる対象の範囲(外延)、あるいはその範囲内の対象に対して「真」と返して、対象外の対象に対して「偽」と返す一種の関数が当たえられればよい。述語の外延が対象のリスト、それは数学的に言えば集合となるが、それに照らして真偽を判定すればよいし、対象に応じて真理値(真か偽か)を返す関数と言えるし、それに主語の指示対象を入力して結果を見ればよい。このように文法、つまり構文論だけでは分からない言葉の意味を考えるために、文の真偽を識別するのを意味論という。この意味論のために各語彙が持っている必要のある物が意味論的値で、これはそれが出現する文の真理値に対する寄与なのだ。このようなことが、分かりやすく現われるのが形式言語、たとえば論理式やコンピュータ言語である。
 このような意味論的値の理解から、志向的対象、すなわち志向性のそれについてのものであるところの対象とは意味論的値であると言うことができる。例えば、私が客人に水槽を示しながら、「うちの金魚は体長10センチ以上ある」と言ったとする。このとき私の主張内容の志向的対象が水槽の中の金魚であることは、つまり、私がその金魚について主張していると言えるのは、この発言の真偽がその金魚によって決まるからだ。つまり、意味論的値が金魚であるということだからだ。「うちの金魚は体長10センチ以上ある」という主張の真偽は水槽、水あるいは水槽以外の張所を見ても判断できない。志向性の概念について、「意識が対象に向かう」と説明されることがあるが、それは間違いではないものの、そのことは単に視線がそちらに向かっているとか意識や注意が引っ張られているとか、必ずしもそういうことを述べているわけではない。我々の思考が「ある対象についてのものである」のは、それについての真偽が問題になっている、ということだ。だから、志向的対象であるとは、意味論的値として機能することだということになる。
 以前に、志向的対象は、その対象のイメージなどではなく、対象の現物そのものであるとしていたが、意味論的値という観点からも、このことを確認したい。「うちの金魚は体長10センチ以上ある」の真偽は、対象となる金魚の現物から判断されるので、意味論的値として機能するのは水槽の中の金魚そのもので、したがって志向的対象は水槽の金魚である。フィクションなどの実在しない対象についても、例えば、シャーロック・ホームズという小説の主人公の場合、読者のイメージではなく、また、小説のテクストや書かれた文字でもない。ホームズという人物自身が志向的対象となる。
 一般的なイメージでは、フッサールの現象学は、我々の意識に現われる心的体験の記述であり、したがって、フッサールの関心は主観的なものに向けられていて、ある文の真偽がどうであるかといった、客観的な関心とは相容れないのではないか。あるいは、フッサールの探究は「心理」に向かっており、フレーゲのように「論理」に向かっていないのではないか、という誤解を生む。フッサールの『論理学研究』では、「何がその作用の対象なのか」を考える際に、「それが主語の位置に代入されたとき、述語の述定は何に対して行われるのか」という観点から議論を進める。このようにフレーゲのような論理学ときわめて類似した議論を進めている。著者によれば、フッサールがフレーゲと異なる結論に到ったのは、異なる基準を用いたためではなく真理値を文の意味論的値としていては複合文の真理値を正しく計算できないような複雑な言語資源をフッサールが考えていたからである。つまり、フレーゲとフッサールの違いは、議論の精緻さの度合いの違いにすぎない。

2023年6月 6日 (火)

富山豊「フッサール 志向性の哲学」(3)~第1章 志向性の謎─思考が何かについてのものであるとはいかなることか

 我々の思考は、「何かについてのものである」という仕方で「志向性」を持つ。この意味で、我々の思考が「それについてのものである」という仕方でその思考の主題となっているものを「対象」と呼ぶ。ここでの思考はかなり広い意味で、何かを思い浮かべたり推測したりすることだけでなく、願望や喜怒哀楽のような感情や知覚も思考に含まれる。このような思考の働き、志向性を持つような心の働きを(心的)作用と呼ぶ。また、対象の範囲は広く、物、人、行為、状態、概念、虚構、など何でもありだ。それは、作用との関係を問われるもののことだ。
 著者は言う。現象学という哲学は、世界や人間についての天下り的な理論を前提せず、我々自身の生身の経験に即して、つまり、我々の経験の中に「現われているもの」に即して哲学的問題を考えようとする(経験主義?)。それで。身近なとこで考えてみる。心的作用は本質的に対象を持つのか、と。例えば欲するのは対象が要る。この「何かを欲する」から「何か」を除くと、「欲する」という心的作用そのものがなくなってしまう。喜怒哀楽のような感情も同じようなことになる。ただい、すべての心の働きが思考的だとは限らない。
 では、志向性が成立しているということ、作用が対象についてのものであるということは、どういうことなのか。まず考えられるのは、志向性を、いま自分が考えている対象に意識の目を向けるという視線のイメージで捉えられやすいが、それでは、視線の向けられないものを対象とすることはできなくなるので、このような捉え方は適切ではない。例えば、フィクションとか抽象的な概念といった現実に存在しないものは対象にならないことになる。そういう対象に対して、その他、イメージとしてとか、因果関係としてとかも、どうも適切とは言えない、と著者は言う。このあたり、噛み砕いたような丁寧で、ミステリーの謎解きのような叙述は読者には、とても親切だ。これらに対して、思考する意識に与えられたものを対象とする。つまり、実在する対象であれ、フィクションの対象であれ、矛盾する対象であれ、とにかくその対象について考えている、というそのこと自体に変わりはなく、自分が考えているかというその意識において志向の内容は同様に与えられている。対象が存在しない場合であればその対象を表象する、つまりその対象について考えるという志向性には変わりがないということになる。何か、これはデカルトのコギトの定理に見えるのだが、私の錯覚だろうか。
 そう考えると、作用の志向性の対象は、その作用において「何が問題になっているか」というその当の対象ということになる。何かが存在する、存在しないという議論をしているときには、「何が」存在するのかしないのか、というその当の主題こそが志向的対象なのだ。それゆえ、実際には実在しないようなものついて思考する場合、その主題となっている志向性の対象はイメージのような心的代替物ではなく、対象の現物でなければならない。何かが存在する、存在しないという議論をしているときに、その対象が心の中のイメージを調べても問題は解決はない。その対象である何かが存在するというのは、その問題の真偽に関わることで、思考の結果には関わるが、それだからといって思考できないわけではない。それゆえ、志向性の対象とは、それを調べればそれによって当の事柄の真偽が決まるような、そうしたもののこと、ということになる。このアイディアを体系的に理論化したのがフレーゲであるとして、次章において見ていくことになる。

2023年6月 4日 (日)

富山豊「フッサール 志向性の哲学」(2)~序章 経験する「生」の本性としての志向性

 もともと人間は何かに向かって行動することによって生きてきた。この何かに向かう、関わるという方向性を持ったあり方を志向性と呼ぶ。「生きていく上で我々が周囲を探索し、自分が暮らす世界の中の様々な物事について知っていくことを考えるなら、志向性とはこの「知」が何かに「ついて」のものであることと言い換えてもよい。我々が周囲の物事を経験し、それらについて何事かを知り、そうして様々な事柄に対処して初めて生きていけることを考えるなら、志向性はその一連の出来事を支える基礎である」と著者はいう。これは現象学という限られた枠より、もっとひろい定義だろうと思う。そして、著者は、この志向性は、我々の「生」についての本質的なものであるという。我々の生や人生が現われる、つまり、そういうのを認識するとき、志向性の働きは不可欠だ。
 フッサールは最初、学問を成り立たせる命題が、そもそも真であることを判断するというのを、特定の何かについて意識し経験するという個々の働きとして捉え、(心的)作用と呼んだ。この時点ではいしきできないが、ここには意味づけという要素が排除されていないだろうということが、後の説明をよむと想起できるような説明が、ここには含まれている、と思う。だから、志向性は、たんに経験則としてそのようになっているのではなくて、思考というものが、本質的に志向性がないと成立しえないと言い切ることになっているのだと思う。でもそれは、この時点で読んでいるだけでは気がつかない。それをさらに示唆するのが続く説明だ。我々の思考は対象を持つが、それにより対象を完全に取り込むことはない。対象をすべて知ることはない。本質的に思考などの行為や経験は対象を得ることはない。それは、志向性が不可欠ということと矛盾しないのか。それを、この本で、著者は考えていこうとする。

2023年6月 3日 (土)

富山豊「フッサール 志向性の哲学」

11112_20230603224101  フッサールの哲学の入門書で、普通、入門書というのは、その哲学者の思想の全体像を示すのを目的にするものだが、本書は、フッサール現象学の全体像を包括的に示してはいない。では、何をしているかというと、フッサール現象学のもっとも中心的な概念のひとつである志向性について、その他の入門書や概説書が場合によっては一章(あるいは一節)ですませてしまいがちな基礎の基礎をじっくりと論じている。序章でフッサールにたどりつくまでをサポートすることを目的とすると述べられている。つまり、著者はフッサール現象学の基礎の基礎を、意識は志向性によって世界へと開かれているというアイディアだといっているわけだ。
 著者は志向性について、思考という経験のあり方に重点を置いて説明を進める。ここでの思考はかなり広い意味で、何かを思い浮かべたり推測したりすることだけでなく、願望や喜怒哀楽のような感情や知覚も思考に含まれる。とはいえ、その典型は判断であり、(典型的には)真偽を問える文によって表される何かについて、それが成り立っている(あるいは真である)とみなすとき、私たちはどのような経験を持っているのか、というものだ。そこで意味づけという要素が不可欠とかってくる。そこで、フレーゲなどの言語をベースにする分析哲学との共通性があるという。
 現象そのものへ、という現象学のイメージが、対象に対して、ある種のフィルターがかかっていて、それを自覚したもの?う~ん、難しい・・・。最初は、読み易かったのだけれど、意味云々の議論が持ち込まれて、読み進めているうちに、自分がどこにいるのか(あれ、これって現象額のほんだよね?)分からなくなってしまったりして、最後に突き放されてしまったような終わり方で、専門的に学んでいる人には、示唆的なんだろうが・・・
 また、この本の叙述について、例えば、現実に存在しない対象である惑星ヴァルカンを巡る議論が何度も出てくるが、それが同じことを同じように書かれているため、読み進めていて、それに出会うと、おなじところをクルグル回っている、いわゆる道に迷った時のリングワンデリングに陥ったような感じになる。進んでいると思ったら、同じところにいたままで、結局、自分がどこにいるのか分からなくなる。また、具体的な例を示して丁寧な説明をしてくれているのはありがたいが、時折、その説明が細部に踏み込みすぎて、今、全体の中で何についての説明であるのか分からくなる。それは、ひとつには、事例の説明に入るときや、事例から別の事例に移るときの、入りのときに、もうちょっと配慮してくれて、その位置について確認してくれれば違うのに、と思う。たぶん、著者は何度も繰り返し読むことを求めているのだろうと思う。私、根気に欠ける人なので、後半になるにつれて、また前に戻ったとか、自分の位置が分からなくなって、とまってしまうことがままあり、何度も放りだそうと思った。それは、筆者の熱さのせい、書いているうちに、ペンとか思いが先走って、その熱は伝わる。ただ、読む私の哲学書を読む訓練に欠けたためではあるのだろうが・・・

 

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