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2023年11月20日 (月)

東浩紀「訂正可能性の哲学」(5)~第4章 持続する公共性へ

 ここ10年、日本では左翼とかリベラルと呼ばれる勢力の凋落が続いている。概念の本質的意味からは保守とリベラルは対立するものではない。保守とリベラルを対立的に捉えるのはアメリカのものである。共和党は保守で民主党はリベラルだとする二大政党制の対立構造だ。これが成立したのは、社会主義や共産主義と言った左派が力をもつことがなかったためで、日本やヨーロッパのようにリベラリズムが左派に対抗して統一することなく、古典的なリベラリズムの側が保守で、現代的なリベラリズムの側がリベラルという独特の対立が成立した。1990年以降、冷戦の終息により左派の存在感がなくなり、左派とリベラルの対立がなくなり、替わってアメリカの保守とリベラルの対立が政治の場に輸入されてしまった。ただし、実質は変わらず、看板だけが変わったのだった。日本で、かつての左派がリベラルを標榜しているのは、そういうことだ。
 したがって、日本の保守とリベラルの対立は、保守主義やリベラリズムの実質とはあまり関係がない。両者は、いま人々が漫然と感覚している政治や社会へのふたつの異なった感覚への便利なレッテル貼りでしかなくなっている。両者に抽象的な政治目標の対立はなく、もっと感覚的な、例えば、弱者を救えという主張に対して、リベラルは広く普遍的な制度を志向するのに対して、保守は我々の中の弱者をまず救おうとする。この違いは、本書で述べてきた閉鎖性と開放性の対立に重なって見えてくる。保守は閉ざされたムラから出発する。それをリベラルは批判する。しかし、現実はリベラルだって別のムラを作ることしかできなかった。それなら、最初からムラを肯定する保守の方が強くなる。それが、現在のリベラルの退潮なのだ。
 このような前フリのあと、著者はリチャード・ローティを取り上げる。ローティはプラグマティズムから出発した人だ。プラグマティズムとは、真理とか正義といった抽象的な概念が現実のなかで果たす機能に注目する思想的立場のことだ。彼は、リベラル・アイロニズムと呼ばれる政治的立場をとっている。それは、公私の徹底した分裂を受け入れる立場だ。。ローティは自由で民主的な世界において自由は、けっして無制限な自由ではないことに注意を促す。好きな神を信じることができるし、革命の物語を夢見ることもできる。しかし、それはあくまでも個人趣味の範囲にういてである。それを超えようと夢を抱き、本当の社会変革を試みることは許されない。自由民主主義というものは、みながその限界を受け入れることでかろうじて維持されている。それがローティが強調していることである。このような自己矛盾を受け入れているた、アイロニズムと自称している。彼は、思想は私的な完成のため手段でしかなく、人々の連帯の基礎にはなり得ないという。彼が、連帯の基礎づけとして期待したのは共感や想像力だった。彼は言う、これからの連帯を支えるのは、我々が信じたり欲望したりしていることを、あなたも信じたり欲望したりしますかという信念に関わる問いではなく、あなたは苦しんでいますかという単純で身体的な問いであるべきだと。ローティは、思想や価値観の共有ではなく、目の前の他者が感じている苦痛への共感が連帯の基礎として有望だと考えた。これに対しては、普遍的な理念が支える連帯を信じないとして、リベラルの保守化であると大きな批判を受けたのだった。
 ローティは他人の人生の細部に対する想像力による同一化とよぶ、具体的な人生に対する具体的な共感を重視した。彼があげている例は、第2次世界大戦時に、ナチスの圧政に抗い、隣人のユダヤ人を匿ったり逃亡を助けたイタリア人やデンマーク人たちは、隣人が自分と同じミラノ人、ユトランド人であり、同じ職場で働いている、同じ幼い子どもを抱える親であるといった細部への同一化により連帯した、「わたしたち」が広くなったのであって、決して普遍的な人類愛とか正義に基づいて助けたのではない。ただし、ロ-ティはこのような「わたしたち」の範囲は偶然的だとも言う。わたしたちが日本に生まれたのはたまたまであり、日本人であり、日本的にものごとを考えるのは偶然のことで、必然性はない。だから、ローティは言う。われわれは、そういう根拠の不在を逆に利用して、共感の範囲をいくらでも広げることができるという。わたしたちの範囲の根拠は曖昧なのだから、他者への共感を介して、その範囲をいくらでも訂正できるはずだ。このようなローティのいう連帯は、前に提示した家族の構成原理の特徴、すなわち、強制性、偶然性、拡張性という三つの条件をすべて満たしている。ローティの思想は、閉じた社会に居直るものでも、開かれた社会を目指すものでもない、保守でもリベラルでもない、第三の「家族的な」政治思想を考えるうえで重要な参照点となる。
 第1部の最後に、著者は第1章で触れたハンナ・アーレントを取り上げる。主著『人間の条件』は公と私の境界を新たに引き直し、公的に生きることの重要性を訴えた書物だったという。彼女は、公共性に二つの異なった定義をしている。ひとつは「現われ」の定義である。公共の中に現われるということは、自分の行為が他人に見られ、聞かれるのを承認することである。見られ、聞かれたくないものは私的な領域に押し込めるほかない。公共性を開かれていることとする。もうひとつの定義が「共感」「共同」による定義である。人は自分の作ったものに守られて生きている。例えば家であり社会である。それらは個人が死んだあとも共通のものとして残る。だから公共性の基礎になる。彼女は、が多数集まるという複数性を政治的な生の必要条件としている。人は私的な領域では隠れている。これに対して公共においてはじめて現われる。それこそが人間が人間らしく生きるということだ。そこで、現われるとは、必ず他の誰かがいる空間に現われるということである。それゆえ、解放性としての公共性には、多数の人々を受け入れている共通の世界が用意されていなければならない。具体的な例として、古代ギリシャのポリスの広場という空間である。
 また、『人間の条件』では、公共性の定義に加えて、人間が活動的な生をおくるうえでの営為を、労働、制作、活動の三つに分類している。労働は肉体的な賃労働を、制作は職人的なものづくりを、活動は言語的なコミュニケーションを指している。彼女は、この三つの中で活動がもっとも重要だとする。人は活動を通してのみ公共に接続し、ひとりの人格として現われることができる。現代なら政治運動に参加とするとかそういうことだ。なぜ労働や制作は公共性に接続ではないか。彼女は、活動だけが自分が誰であるかを示し、その唯一の人格的なアイデンティティを積極的に明らかにする営為だからであるという。労働では誰を問われない。交換可能な労働力ということだ。制作においても、作品自体の質で評価され、作者が匿名でも質が良ければ売れる。これを「何」と「誰」と問われることが違うと彼女は言う。この「何」と「誰」の区別は、第2章で論じた固有名の問題とも関連している。社会が開かれているとは、すべての人が固有名として尊重されることだ。
 公共性論は、これだけで終わるものではない。公共性の。もうひとつの定義、「共同」「共感」という持続性らよる定義である。人は制作によりものを作る。ものには客観性があり、制作者が死んだあとも持続的に存在する。その持続性こそが共通の世界に公共性を与える。これを人間的営為の三区分との関係で見ると、労働も活動も持続性を与える機能を持たない。ということは、人が人格として触れ合う「現われの空間」が開かれたとしても、それを「共通の世界」として持続させるたには、どうしても制作者たちのものづくりの助けが必要だということだ。実際、活動し言論する人にとって、彼らが語る言説は、本等で残さないと持続しない。だから、公共性は、活動と制作が組み合わされなければなければ実現しない。アーレントは公共性を開放性のみで定義したのではなく、解放性と持続性によって定義した。開放性としての公共性は活動によって可能になり、持続性としての公共性は制作によって可能になる。それゆえ、公共性の質は、活動と開放性だけでなく、制作と持続性の観点から判断されるべきということになる。
 著者は、このようなアーレントの公共性の理解を訂正可能性の概念と関係があるという。活動は制作の助けがなければ残らない。言い換えれば、活動の成果が共通の世界の構成要素になるには、活動を担う人ではなく、制作者という別の人によるということを意味する。人は属性に閉じ込められている。それが、「現われの空間」では固有の人格として現われることができる。リベラルはこのように主張してきた。しかし、現われるだけでは公共性は成立しない。公共性は「現われの空間」に現われた固有の人格なるものを、制作者が記録して「共通の世界」のなかに定着させることではじめて生まれる。そこでは、制作者が活動者の自己理解を訂正してしまうこともありうる。例えば、革命家が正義を人々に訴えても、その自己理解が正しいかどうかを決めるのは後世の歴史家だ。公共性には、そういう残酷な性格がある。それは言語ゲームの性格そのものだ。アーレントは、社会の基礎にある公共性を、訂正可能性に支えられた持続的な共同体、すなわち、家族として構想していた。と著者は考える。
 アーレントは、『革命について』において、フランス革命に低い評価を与え、アメリカの独立を高く評価している。前者は革命の熱狂という記録しか残さなかったのに対して、後者は合衆国憲法と共和政という永続的な制度を残したからである。彼女は革命の熱狂を評価しなかった。その理想が新しい制度に定着しなければ評価しなかった。世界が持続すること、人が生まれ、ものが作られ、歴史がつながって行くこと、そのことを肯定することから始まる彼女の政治思想は、家族の哲学と呼ぶにふさわしい。
 政治が目指すべき公共性は開放性の場としてだけではなく、同時に持続可能な場として、したがって訂正可能性の場としても構想されなければならない。理想の政治は、法、偏見、差別、イデオロギー、友と敵の分割を乗り越えるような普遍性を求める。しかし、当時に、その理想は歴史の蓄積を否定、つまりリセットするのではなく、過去の不条理をある程度許容しつつ、訂正可能性に開いていくような、持続的な運動を経由して実現される以外にない。それが現実的な社会変革の態度だと考える。

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