ヴィンフリート・メニングハウス「美の約束」(2)~緒論
「美」は、多くの言語において、何よりもまず傑出であり、外見の抜きん出た魅力を意味している。「美」は理論的に美的評価の中心特徴であるばかりではない。その知覚それ自身が、積極的な感覚質を持っている。美がどこに客観的につなぎ止められても、その知覚には情動的な次元があり、それは主観的に美的快として感じ取られる。美はそれゆえ内在的にそれ自身が報酬となる。さらに、美には行為を動機付ける力がある。それによって接近行動を喚起する。性的身体において、接近の目標は、しばしば単なる観察の快楽にとどまらない。芸術作品やその他の美しい対象の場合、あらゆる種類の美しい対象を他のものよりも優遇して長く鑑賞し、何度も繰り返して見ようと試み、場合によっては入手しようとすることに行為の帰結がある。
美しいものへの快は常に単なる感官の情動以上のものである。それは感官の知覚を認識的な働き、情動の占拠、実践的な行動結果と結び付ける。それゆえそれは、カントにとってわれわれの全能力の卓越した共働作用の方法である。判断という契機、見たものや聞いたものの評価という契機がなければ、われわれは知覚した対象に「美しい」という称号を認めることはないだろう。そしてこのように知覚と判断が結びつくことによって、同時に可能的な接続行為が統帥される。そのような認識と情動と実践の内包するものがいかに違っていようとも、それは美的知覚に固有の反響空間を構成する。この反響空間こそ、美から発せられて観察者にその魅力を根拠づける約束の地平の範囲を限定するのである。この約束には歴史がある。それどころか、自然史と原史もある。この研究は、この約束の基本規定とその歴史の重要データを調査する。
そこで本書が注目するのが進化論である。進化論は、動物における「美的」パートナー選択という広く知れわたった現象に対して、次のような説明を見出した。特に魅力的な性的「装飾」を持った個体が好まれるのは、それと配偶すると、選んだ動物に豊富な子孫の自己継続を約束するからである、と。美的判断力は、それに従えば、可能的な性的パートナーの記号に裏付けられた「評価」として形成された。その機能とは、異性の「美」を、いかにして自己繁殖の成功を最大化させるかという鍵となる。
人間でも美しい身体の魅力は誰にも説明する必要はない。それにもかかわらず、いかなる論理に従ってある種の魅力指標が進化の中で選択されるのかは大いなる謎である。スタンダールは美の約束を幸福の約束と名づけた。それが本書の題名の由来だろう。
次の、Ⅰ「美しさのために」─アドニスの栄光と悲惨では、ギリシャ神話のアドニスという美少年のエピソードについての考察が延々と記述される。そこで、私は戸惑った。緒論と別の話をしている、と。実際、実質的な本論としての議論はⅡから始まる。このⅠは、ギリシャ神話の知識がなかったり、こういう芸術談義に慣れない人は、スルーしてⅡから読み始めた方がいいと思う。そして、いったん最後まで読み通してから、ここに戻ってくると、本書で語られている内容がアドニスの神話から見出すことができるのに気がつくだろうと思う。
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