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2024年3月25日 (月)

ジョセフ・ヒース「資本主義が嫌いな人のための経済学」(12)~第10章 同一賃金

 資本主義で悩ましいことの一つに、労働報酬がその人が受けるに値するものと無関係にみえるというのがある。
 右派によれば、競争市場でならば稼ぎ手が組織にもたらす価値と全く同等な賃金を各労働者に振り当てられると期待できた。この考え方は間違いだった。賃金の最も重要な決定要因はその人が生み出すものではなく、どのくらい簡単に交替可能なのかということだ。それは多くの人の自然的正義の感覚に一致しないが、このように賃金が決められることの利点はいくつかある。また、左派によれば、賃金率は社会が特定の労働に与える価値で決まると考えがちだった。現実には、賃金率は雇用主が労働者の仕事に与える価値で決まるものですらない。
 勤勉で善良な人がいい給料をもらえるのが自然な考えのように思えるのに、資本主義ではそうはならない。結果としての所得の分配には控えめに言っても道徳的に問題がある。市場経済における賃金は他の価格と同じように、報酬というだけでなくインセンティブ効果でもあることだ。分配の公正を理由に慈善的な価格方針を採れば、負のインセンティブ効果を招きかねない。貧困対策として賃金を操作するよりは、労働者に金銭を与える方がましな場合が多い。
 賃金について議論する際には基本的に経済上の事実を念頭に置いておく必要がある。第一に、人間の条件の大本は極貧状態ということだ。人類史の大半で人々は生存水準すれすれ生活をしてきた。そういう状態がデフォルトなのだ。第二に、不公平は吹聴されるほどの大事ではないということだ。ほとんどの貧困社会では不公平はあまり庶民から多くを奪っていない。たとえ上流階級が貯め込んだ富を押収して再配分しても、庶民の生活水準はたいして改善されない。富は概してごく少数の手に集まっているだけで、大多数に分けるとたいして役に立たない。これは国民一人当たりのGDP統計を見れば、富の配分よりも問題は富の総量であることが分かる。
 実際、庶民の所得は社会・政治制度に労働がどれほど良くまたは悪く扱われているかで決まるのではなく、本当に重要なのは労働生産性の平均水準である。これが長期的に賃金を決める。
 賃金は短期的には経営者の好きに弄り回せるが、長期的には労働生産性で賃金が決まる。このため、平均的労働者の福祉の増進のためには、分配の問題にこだわりすぎるのは得策ではない。
 一つの部門の生産性向上から得られる労働者の便益は、当人が生産的に働いているか否かには関係なく、他の労働者たちにも分けられれるものだ。短期的には、一部の労働者が、とりわけ特殊技能をもっていたり時間と金のかかる訓練を受けたりして、他者がその市場に食い込みにくい場合には、特別な生産性上昇の便益を得られるかもしれない。しかし、長期的には労働力は職業間で移動しやすいため、数十年にわたって経済の様々な部門で生産性が上昇し、それを賃金の変化と比べると、ほとんど相関がみられない。ところが、平均生産性の上昇と賃金の上昇には強い相関がある。だから発展途上国の賃金は、労働者個人の生産性が富裕国と比べてもそん色ないほど高度に自動化された工場でも非常に低い。彼らの給料は清算しているものとは少ししか関係していない。
 そしてまた、企業は賃金を均等化する。それは、社員は協力して働かないといけないのに、賃金のばらつきは内輪もめの対立の種となる。このような平等ということは、企業の賃金に重要な制約を加える。幹部と他の従業員の賃金格差は着実に広がってきたが、これはアメリカに限った現象で、大手上場会社のCEOと取締役会の間のガバナンスの分裂に関係している。
 賃金は市場経済では価格であり、一つのものの価格はつねに他のすべての価格次第で決まる。そのうえ、価格は基本的に相対的な希少性を追いかけるもので、このため賃金は、その仕事をする意思または能力がある人間が何人いるかに強く影響される。実際の仕事や必要とされる労力とは、まったく関係がない要素に影響されるから、特定の賃金率が公正か不公正かという直観的道徳判断に頼れば、単純化された政治判断に、極端な場合には役に立たない労働市場政策に陥るおそれがある。

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