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2024年3月 8日 (金)

佐藤康邦「絵画空間の哲学─思想史の中の遠近法」(2)~第1章 遠近法とは何か

 本書の主題は、絵画における遠近法の哲学的意義というものだ。絵画というものは、点、線、面、色彩をもって二次元の平面に視覚的世界を作り出そうとする芸術だが、それはいつも三次元的な立体の世界でのわれわれの視覚的経験の報告という使命を負っている、というパラドクスを負っている。遠近法はそのパラドクスに深く根差したものである。しかし、このパラドクスは、われわれの視覚のものでもある。それゆえ、絵画というものは、いつも平面であることを越え出ようとする衝動に駆られつつも、平面にとどまることを余儀なくされ、そこに秩序を構成してゆかねばならないものと定義し直すことができる。絵画が芸術として称えられる場合、三次元的立体を二次元的平明に゜移し替えるだけの機械的な技術を越える何かが付加されることが求められるのだ。
第1章 遠近法とは何か
 遠近法は、狭義では、ルネッサンスの時代にイタリアやフランドル地方で確立された、絵画の画面上に奥行のイリュージョンを出現させる技術のことを言う。
 ただし、絵画の奥行表現ならばルネッサンス以前から、いくつかの方法が存在していた。例えば、線で形態の枠取りをすることで背景から浮かび上がる地と図の関係に基づく効果や重なりを描くことや陰影をつける、画面の上の方に位置させると当区にあるように見えるなどの方法である。それらは遠近法ではなく、一般的に平面的な絵と呼ばれる。
 古代ギリシャをはじめ近代以前にも遠近法的な絵画は描かれていたが、遠近法ではなかった。その理由として、等質で無限定な量的システムの内にすべての物体を包括するようなデカルト的空間把握が成立していかなったからだという。また、古代ギリシャ人は同じ事物でも、見る場所や条件の違いによって、見かけの大きさや形が変わってしまうことに気づいた。それを忠実に模倣したのが遠近法であり、それは我々の視点に忠実であろうとしたことに他ならない。さらに、ギリシャ人たちは神話の一場面を描く時でも、神話の物語や登場人物が「何であるか」を図式的に示すだけでは満足せずに、物語の情景や人物の容姿、衣服、振舞などが「いかにあるか」までも詳細に描かずにはすまなかった。束の間の仮象に目を止め、そこに高い価値を認め、じっしょうてきに研究することと、その仮象においてこそ至上の美を認め、そこに真の深みを探るところにギリシャ人の性格が表れている。ギリシャ人は、立体を立体で表現する彫刻の方を絵画より重視した。しかし、レリーフや壺絵では4分の3射角デッサンなどの描法で遠近法の萌芽を見ることができる。
 いわゆる文芸復興でギリシャ古典の再興と言えるルネッサンスの遠近法は、そういうギリシャ文化を引き継いだものと言える。遠近法の成立は15世紀のブルネレスキによるとされている。しかし、後方に向けて事物を縮小させるように描く短縮法は14世紀にジオットが行っている。ルネッサンスにより遠近法が成立したというのは、遠近法が科学、とりわけ数学的原理結び付けられて研究され、理論化されたからだ。
 すなわち、我々かこの世界の事物が見えるということが、対象の表面から発せられる、あるいは反射される光が我々の眼を通って感覚に対象の形態を伝えると説明される。眼の奥の一点と対象の表面とを結ぶ糸のように細い光線の束が作る視覚ピラミッドが我々に対象を見ることを可能にする。そして絵画とはこの視覚ピラミッドを、どこか任意の場所で切り取った裁断面に他ならないとされる。この裁断面上の像は、対象の頭が裁断面と平行に場合には対象の表面と相似形になり、見かけの大きさは対象が遠ざかるにつれ対象との距離に反比例する形で縮小する。しかし、我々の感覚は、このようなことを、はっきりと確認することは、実は容易ではない。それは、日常の視覚では恒常性が、次々と移り変わる視覚的感覚与件の根底にあって、見かけの大きさや形の変化を気づかせないように作用しているからである。だから、遠近法的な見かけの大きさや変化を捉えるには、日常の感覚的態度を一旦停止させる必要がある。この日常的な態度を越え出て視覚について検討を加え、視覚ピラミッドの裁断面を定着させるため数学的・図学的裏付けにより人工的手段を用いる。例えばデッサンである。三平面法などがそれであり、このような工夫は画家を科学的研究に向かわせることとなった。
 その典型例がレオナルド・ダ=ヴィンチである。彼にとって、絵画は自然についての経験的な観察に基づく諸研究の最終目標であるとともにそれらの研究を導く上での最上の手段でもあった。彼が絵画の技法の中でも特に重視していたのが遠近法だった。彼は遠近法を次の三つに分類している。
(1)線遠近法:眼から遠ざかってゆく対象が縮小していく
(2)色彩遠近法:眼から遠ざかってゆく物体の色彩の変化に基づくもの
(3)消失遠近法:対象が眼から遠ざかるにつれ対象がぼやけてゆくことに基づくもの
プラス(4)空気遠近法

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