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2024年3月24日 (日)

ジョセフ・ヒース「資本主義が嫌いな人のための経済学」(11)~第9章 資本主義は消えゆく運命─なぜ「体制」は崩壊しなさそうなのか(しそうに見えるのに)

 資本主義は固有の矛盾を抱えており、これがいずれ結実して革命的な転換期を迎える、とマルクスは主張した。西欧では、1930年代の大恐慌の時代に、その議論が現実味を帯びたものだった。左派は、資本主義はやがて滅びるものと信じているが、これは過剰生産の誤謬に由来する。
 このことを議論するとっかかりとして景気後退を取り上げる。景気後退の見かけは需要の全般的な不足である。これは過剰生産、供給過剰の状態、つまり売り手が多すぎて買い手が足りない状態にあるからだという。しかし、これは需要の不足を別の視点から見ただけだ。セーの法則と呼ばれるもので、財それ自体が財の需要を生み出す。経済は基本的に交換のシステムであり、一つの財の売り手は他の財の買い手ということになる。総所得と総生産は一致する。それが、市場経済の発達により事情は複雑化した。支払手段として貨幣を使うことで、物々交換とはちがって、貨幣は他の商品のように消費されず、他の誰かに渡されていくし、あるいは貯蓄されることもある。貯蓄されるせいで供給過剰が起こるかもしれないということだ。ただし、銀行に預けられたのであれば、それは融資という形で流通し、需要をつくりだすので、問題はない。
 しかし、ケインズの考察では、貨幣を保有する傾向の変化によって尋常ではない破壊力が生じうる。貨幣で大切なことは支払手段としてだけでなく、価値の貯蔵手段としても用いられることで、企業や個人が保持しておきたい貨幣量は、取引を行うために手許に必要な現金金額ばかりか、特に物価が下がると期待していたら、すぐ使うより手放さず持っておきたいと思う。同じ金額でも将来の価値は高くなるのだから、通貨や金融システムへの脅威に対しても同じ効果が゜生じるわけです。つまり、貨幣の需要が急増するとしたら、ほかのすべての需要が減少しているように見える。ちょうどインフレで、すべての財の価格が上昇して見えるが、貨幣価値が下落しているだけなのと同じで、景気後退ではすべての財の需要が減少して見えるが、実は貨幣の需要が増大しているだけで、そのうえ、この需要を満たすだけの貨幣がなければ毛、人は貨幣を溜め込む。それから通常の財とサービスの取引に携わらなくなる。それは取引が不利だからではなく、貨幣を保持する方が有利だと考えるからだ。言い換えれば、貨幣がただの道具としてよりはそれ自体に価値があるように見えるとき、経済全体を停止させるほどの影響をもちうる。ケインズの主張では、現実世界の景気後退はどれも基本的に同じ構造であり、それらは経済の中での通貨の流通の不調が引き起こす貨幣的現象であって、資本主義システムの固有の矛盾の結果ではない。単に貨幣を増発すれば解決しうるものだという。そのおがけというか、それ以降大恐慌のときのような銀行の大規模な取り付け騒ぎは起こらなかった。
 ケインズの経済学の有害なイデオロギー的影響を著者は述べる。つまり、左派は、雇用の創出は企業の行う公益事業のようなものだと信じ込んでしまったということだ。一般には、労働とは辛いものだから、人はそれを避けようとする。大量失業ということさえなければ、同じことを達成するのに大きな労力を要するより小さな労力ですむ方がいいというのは当然のことなのだが、その反対の意味の結論を出す人が跡を絶たない。例えば、技術革新は労働者の雇用を奪うからよくないというようなこと。特に公共政策の議論では、こういう考えが現われる。
 通常なら雇用の創出はなされるべきことではなく経済がひとりでにすることだ。左派はこの事実をとりわけ意識してようなのに、根底にある原則はどうしても応用できない。例えば、移民が先住者から仕事を奪うという考えは経済学上の誤謬(労働塊の誤謬)に基づくものだ。移民は労働力の提供を増やす一方で、セーの法則により同時に材の需要も増大する。企業はこの需要増に応じるために生産を拡大しなければならず、もっと多くの労働力が必要になる。だから、一国の失業率はその国の人口とは関係ない。技術により引き起こされた失業などというものは移民が引き起こした失業と同じ理由からありえない。テクノロジーが特定の個人を特定の仕事から退けるように、移民が特定の個人を仕事から追い出すことはあるが。しかし、それは経済全体の雇用の損失にはならない。

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