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2024年10月16日 (水)

田中一村展 奄美の光 魂の絵画(1)

Tanakapos  10月の3連休は全国的に好天に恵まれ絶好の行楽日和。13日はその中日。上野の駅を降りて公園口の改札をでたら、駅前の広場は大混雑。外国人旅行者の姿も目立つが、多くは家族連れやカップル。上野動物園の入り口は長蛇の列。私が、上野駅に着いたのは午後2時半ごろなんだが、いま並んでいて動物園に入って、そんなに過ごす時間があるのだろうかと、他人事ながら心配になる。混雑は動物園だけはなく、途中、前を通った西洋美術館ではモネのスイレン展をやっていて、美術館の前には長蛇の列が美術館の敷地の外にまで伸びている。あれは、どれぐらい待たされるのだろうか、と見ているだけでも、うんざりする。これから向かう、東京都美術館は混雑しているのだろうかと心配になる。行ってみたら、玄関で係員が大声で交通整理している。当日券売り場では、10人近く並んでいる。モネ展ほどではないが、列ができている。私が行くような展覧会では、こんなことは、めったにない。入場券を買うと、3時の入場です、と時刻指定をうける。これは初めてのこと。かなり混雑しているのかと、心配になったが、その心配は的中した。3時に入場を許されると、交通整理に誘導されて会場に入ると、人でいっぱい。ひとつの作品には、常に数人が群がっている。重版待ちしないと作品の前に立てない。それを見て、係員が、列をつくってはいけない。他人の邪魔をしないように心掛けて鑑賞して下さいと、怒鳴っている。作品の前で立ち止まって、じっくり見ることはできそうにない。人の流の空いたとこをみつけては、そこにピンポイントで行って、つまみ食いするように作品の前に立つという対し方。落ち着いて見るということはできなかった。印象に残った作品をメモしておいて、後で、これを書きながら、その作品を思い出して、あらためて反芻している。会場で、落ち着きなく、うろうろしているようだったので、途中で疲れてしまった。会場の椅子は空いてなくて、後半は追い立てられるように、そそくさと通り過ぎ、美術館を出て、電車にのって、車内で座ることができて、ようやく一息つくことができた。
 この展覧会と田中一村については、主催者あいさつにあるので引用します。“本展は、一村の神童と称された幼年期から、終焉の地である奄美大島で描かれた最晩年の作品まで、その全貌をご紹介する大回顧展です。世俗的な栄達とは無縁な中で、全身全霊をかけて「描くこと」に取り組んだ一村の生涯は、「不屈の情熱の軌跡」といえるものでした。自然を主題とする澄んだ光にあふれた絵画は、その情熱の結晶であり、静かで落ち着いた雰囲気のなかに、消えることのない、彼の魂の輝きをも宿しているかのようです。本展は、奄美の田中一村記念美術館の所蔵品をはじめ、代表作を網羅する決定版であり、近年発見された資料を多数含む構成により、この稀にみる画家の真髄に迫り、「生きる糧」としての芸術の深みにふれていただこうとする試みです。”

 

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