キャサリン・ホーリー「信頼と不信の哲学入門」(3)~第3章 信頼と協力の進化
最初に吸血コウモリが、群れで運悪く獲物にありつけなかった仲間に取り込んだ血を分け与えるという習性を紹介している。このような利他的行動は進化論の適者生存には反する。よく調べていくと、血を分け与えるのは一方通行ではなく、血を分け与えられたコウモリは、次の日は逆に他のコウモリに血を分け与える。さらに、コウモリたちは誰が誰を助け、誰が誰に助けられたのかを把握しているようだった。他のコウモリに血を分けないコウモリはむ、他から与えられることはない。いわば互恵的だった。これは、一人だけ与えられて得をしようとする、騙そうとするものにはペナルティを与えるという用心深い援助システムである。この時、結果として、騙そうとするコウモリは、群れでは冷遇され、淘汰されていく。そして、互恵関係にあるコウモリが生き残る。これは、人間社会の信頼関係にも当てはめることができるという。つまり、進化論的な考え方から、人間の思考や行動の一部には、自然選択による進化の結果として説明が可能だという。先祖が狩猟者であり採集者であった時代に好都合だったパターンが自然選択の結果として残った。そのひとつとして、吸血コウモリのような互恵的利他主義の関係があるという。
人は本能的に不正を嫌い、不正を働いて得をするものを検出する特技を具えている。誰かに親切にする者は、お返ししてくれると期待しながら誰かに親切にすることを始める。もしお返しがなければ、親切にすることはない。これは、ある種の信頼行為ということができる。裏切りにあったら、親切にされた方が信頼に値しないことが判明したという理由で関係を終わりにできる。このことについて、リスク計算の観点からでも、親切にする者は、同僚の将来の行動について小さな賭けをしているということができる。その賭けに成功すれば、将来の同種の賭けに関する自身が深まる。失敗しても、損の上塗りをしない程度には分別がある。ただし、親切には見返りを求めないで自発的に行うものもある。これを互恵的関係とかリスク計算の枠に収めることは適当でない。











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