西洋絵画、どこから見るか?─ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館vs国立西洋美術館(3)~第2章 バロック
Ⅰ.スペイン
この美術展で一番見たかったスペイン・バロック、とくにボデゴンです。静物画、とくに野菜や食器などの厨房にある日常的なものを題材にしているのが特徴的です。
ファン・サンチェス・コターンの「マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物」はボデゴンというと真っ先に取り上げられる代名詞ともいえる作品です。この現物を直接、目にすることができました。ただし、わたしの個人的な好みはスルバランの白く冷たい陶器の並んだ作品なのですが。この作品でも、黒の闇を背景に描かれた野菜や狩りの獲物には強い光が当たり、強い明暗対比と厳粛さを生み出しています。その厳粛さと静けさは宗教画の祭壇に似た印象を残します。でもよく見ると不思議な絵でもあります。そもそも、この描かれている空間はどこなのでしょうか。マルメロとキャベツは紐で吊り下げられているのですが、その紐はどこから下げられているのでしょうか。
フランシスコ・デ・スルバランの「神の仔羊」も見たかった作品。プラド美術館にあるバージョンとは違って、この作品はサイズが小さく、羊の頭上には光輪が描かれています。それだけ宗教的な厳粛さが増しているように思います。この仔羊はイエス・キリストを人間の罪に対する贖いとして、イエスが生贄の役割を果たすという意味合いで指しているのを、より示している。か弱き子羊の達観したような表情、舞台でそこにだけスポットライトが照射されているような劇的な明暗表現と相俟って、構図はたんなる動物画でありながら、迫真の作品に仕上がっています。仔羊の毛皮の質感など描写は細密で、生えている毛の割れ目や皮膚が弛んでいる部分なども、触感がそのまま閉じ込められているかのようです。単純に羊を描いているだけなのに、静謐で敬虔な味わいが深い作品です。この2作品が並んで展示されていたのを、いつまでも眺めていたくなって、しばらく近くのベンチに座っていたのですが、混雑の人混みが邪魔をしてベンチからは作品が思うようには見られず、次の作品へと移りました。
スルバランはボデコだけでなく肖像画も数点展示されていていました。聖人や聖職者を描いて「修道僧の画家」と呼ばれているのだそうです。まるで彫像と見まがうほどの立体的な実在感のあるリアルな人物像。脇の犬は松明を咥えており、その端に火が灯っていることは、聖人の背後に仄かな光の広がることから確認できます。画面の左右と下辺には後代の手によりカンヴァスが追加されていますが、漆黒の背景から静かに人物が浮かび上がる、瞑想性に満ちた雰囲気
は、この画家に独特のものです。「聖ヒエロニムス」は豊かな農家のおじさんみたいで、カラバッジョが聖ヒエロニム スを暗闇で蝋燭に照らし出される髑髏と対峙する裸体の姿で描いたのとは全く違います。二人とも明暗のコントラストを効果的に用いているのですが、カラバッジョは明暗のコントラストで劇的な場面を作り出すダイナミックな使い方をするのに対して、スルバランは人物や静物に焦点をあててその存在を浮かびか上がらせる静的な使い方をする点で、いわば正反対の方向性にあると思います。スルバランの肖像画で描かれているのは実在の人物のようにリアルで、それを暗闇の中で光を当てて浮かび上がらせることで、その人物を輝かせていると言えます。
同じスルバランの「聖母子と聖ヨハネ」です。この展覧会では聖母子像は他にも数点が展示されていますが、それらと比べると、この作品も聖母マリアはもっとも庶民的です。大工のヨハネさんちのマリアさんという感じです。濃い青や淡いピンクを特徴とする色調の衣服がマリアであることを示していますが、やわらかい雰囲
気の光を浴びた姿は、聖人を描いた肖像画と似た効果を上げていると思います。
スルバランは「無原罪の御宿り」も有名ですが、同じ聖母像で彼を追い落としたのがムリーリョで、そのムリーリョの「悔悛するマグダラのマリア」が展示されていました。これも見逃すことはできない作品です。スルバランの「聖母子と聖ヨハネ」の聖母マリアと比べると、ムリーリョのマグダラのマリアは実在の人のようなリアルさと、その上に美しい。それも理想化された女性美というのではなく、どこかにいそうなきれいな女の人なのです。同じ題名でティツィアーノの優位な作品がありますが、ムリーリョのこの作品と同じマグダラのマリアがポーズをとっていますが、ティツィアーノの作品では肉感的であるのに対して、ムリーリョの方は優しいおねえさんの感じで親しみ易い。しかし、スルバランと同じように
暗闇の中から光るように浮き上がってきて神々しい。
Ⅱ.イタリア、フランス
ジュリオ・チェザーレ・プロカッチーニの「悔悛するマグダラのマリア」(左側)です。ムリーリョと同じ題材ですが、髑髏を抱えて物思いにふけるという、ちょっと不気味な感じがします。あまり神々しさか感じられず、変な人、アブナイ人といった印象です。シモン・ヴーエの「アレクサンドリアの聖カタリナ」(右側)は、前のところで「聖カタリナの神秘の結婚」で見ましたが、この作品は聖カタリナひとりで、しかも当時の普通
の女性の肖像画に見えます。分かる人が見れば、聖カタリナのアトリビュートがあるので、それと分かるのですが、今で言えば、コスプレ写真といえるような作品です。ここに、神々しさとか、宗教的な雰囲気といったものは、あまり必要とされていないようにも見えます。
Ⅲフランドル、オランダ
フランドル地方のバロックといえばルーベンスです。バロック絵画はカラバッジョ以来、明暗のコントラストといって、暗い画面の一部に光を当てて、そこを強調するような作品が多く、どうも全体として暗くなってしまう。それが、ルーベンスはバロックといっても、全体に明るい。パッと夜が明けて、昼間になったような印象を受ける。惜しむ
らくは代表的な作品が教会の壁にある大画面の作品が多く、現地に行かないと直接見ることができない。ルーベンスの作品のイメージは、私の個人的なものだがポジティブであることを全面的に表出することの圧倒的な迫力だと思う。ここで展示されている作品は小品なので、圧倒されるようなスケール感をなかなか味わうことができない。それはとても残念。
スペインのボデコンほどではありませんが黒の背景に花環がスポットライトを当てられてように映えています。花環の中には聖母子像が描かれて宗教性が打ち出されています。花環にはおそらく聖母に対しての献花といった意味が込められていたらしいとのことですが、花をダニエル・セーへルスが、聖母子をコルネリス・スフートが描いた共作だそうです。ただ、基本的には花の絵とみなされていたそうです。たしかに中央の聖母子像よりも黒い背景に照らし出された花は、スペインのボデゴンで描かれた野菜におとらず存在感があります。また、花の白やピンクや黄色が映えて、とても印象的です。
オランダの画家に移って、ラーヘル・ライスの「花卉」(右側)は、ダニエル・セーヘルスと比べて見ると、こちらは宗教性を感じることはありません。その代わり、こちらは美化するというより、リアルに細密に描かれています。ひまわりの花はしおれかかっていますし、枯れた葉も描かれていて、セーヘルスのように美化されていません。全部の花が背景から浮かびあがるのではなく、淡い光が上から差しています。そして、中央にはトンボが、上方には蝶がいて、図鑑を見ているようです。
オランダの画家が続いて、コルネリス・デ・ヘームの「果物籠のある静物」は、スペインのボデゴンに比べて宗教的な厳粛さは、あまりなくて、その代わりに日常の風景から切り取った美という作品です。コターンのボデゴンがシンプルで直線的な構成で背景が真っ暗で日常でない空間であるのに対して、デ・ヘームの作品は緑の布がかけられた木製のテーブルが、背景の濃い緑の壁と平行に置かれています。テーブルの左端は、左から右に走る対角線を形成しています。この対角線が構図の基礎となり、ブドウ、桃、アプリコット、サクランボ、プラムといった果物が、同じ対角線方向で左上に傾けられたバスケットから溢れ出しています。2個のクルミが左側に置かれ、皮をむいたレモン、ブドウの房、ブドウの葉とともに対角線を形成しています。このようにさりげなさを、かなり考えて演出している。ここで描かれている果物は、瑞々しくて食べたくなるような感じです。
ちょっと気になったのが、ヤコーブス・フレルという画家の「座る女性のいる室内」という作品。これは、ほとんどフェルメールじゃないですか。しかも、制作年代を見るとフェルメールよりも40年ほど前に描かれていることが分かります。丸っこい人物の姿がフェルメールよりも親しみ易さや優しい印象を受けます。こういう画家を発見できただけでも、この展示を見に来た成果です。
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