無料ブログはココログ

« キャサリン・ホーリー「信頼と不信の哲学入門」(7)~第8章 制度・陰謀・国家 | トップページ | ヒルマ・アフ・クリント展(1) »

2025年4月 4日 (金)

キャサリン・ホーリー「信頼と不信の哲学入門」(8)~結論 信頼に値すること(信頼性)の重要性

 信頼することは、それが信頼に値することと合致したりそれを生じさせたりのであればただしいことだが、信頼に値しないものを信頼することは、裏切り、失望、搾取の元となる。また、本来は信頼に値しない相手ではないとしても、その利害やコミットメントを誤解すると、信頼が誤って働くこともある。
 一般的には、わたしたちがコミットメントを果たすという実践、つまり、引き受けたことについて熟考するだけではなく、それを確実にやり遂げることは、本質的な価値を持つ信頼性の一種である。同じことは発言したことへの責任をもって生き、話題について熟考し、誠実であり、自分自身を実際以上に知識豊富であるかのように見せかけないことにもあてはまる。この種の信頼性はとくに自分にも他人にもそのコミットメントが価値あるものである場合、実践的価値を持つ。信頼は、信頼される側が信頼に値することを直接示すことができない状況においてもっとも吸地あり、最も危険なものとなり得る。わたしが自分の誠実さを直接証明できるのは、わたしの証言を裏づける独立した情報源を相手が持つ場合だけだ。だから、われわれは互いの信頼性を部分的には実績で判断する。例えば、人が一見して信頼に値する行動をとり、誠実に話し、約束を守るのを見るとき、わたしたちは染ま人々が基本的に信頼に値する人々であると結論付ける可能性が高い。コミットメントを引受けること、そしてそれをはたすことには、大きな個人的擬制を伴う。
 信頼に値することの重要性は、人生の多くの段階で中心的な役割を果たしている。つまり、万人に対する公平性と機会を配慮するのであれば、すべての人が信頼性を育み、示す機会を確保することに配慮すべきである。

« キャサリン・ホーリー「信頼と不信の哲学入門」(7)~第8章 制度・陰謀・国家 | トップページ | ヒルマ・アフ・クリント展(1) »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« キャサリン・ホーリー「信頼と不信の哲学入門」(7)~第8章 制度・陰謀・国家 | トップページ | ヒルマ・アフ・クリント展(1) »