ヒルマ・アフ・クリント展(3)~2章 精神世界の追求
ここで、作品の傾向が一変します。1章で展示されていた作品とは連続性を見つけることができません。それほど変化は唐突です。私が今まで見てきた抽象絵画、例えば、カンディンスキーやモンドリアンのような人々の作品は最終的には何を描いているのか見ても分からないものになっているにしても、最初は何か具体的なものを描いていたのが、段々と対象の見て分かる形が崩れ始めて抽象的な画面になっていくというものでした。回顧展で、彼らの作品を年代順に見ていくと、具象的な画面から抽象的な画面に移り変わっていくプロセスが分かるのでした。しかし、この人の場合、1章と2章の展示の間に、そういう移り変わるプロセスは見えてこない。両者は全くの別物です。
ここで展示されているのは、クリントを含む5人というグループが交霊会を行って、そこで霊的存在からメッセージを受け取り、それを記録したものだそうです。
ここでちょっと立ちどまって、作品を離れて考えてみます。解説にもありましたが、クリントの生きた19世紀後半の社会では、女性は家庭に属する存在であり、当時の美術界を仕切っていたのは圧倒的に男性だったそうです。そんな厳しい状況でクリントは画家になります。そこでは仲間が欲しくなるでしょう。学校で同性の美術を学ぶ友人を得ます。その縁で、スピリチュアルな世界への強い関心と瞑想や交霊術の実践のサークルに参加する。クリント自身にも志向があったそうですが、ストックホルムの上流社会でもスピリチュアルな世界への好奇心は非常に強く、交霊会への参加もそれほど特異なことではなかったということです。クリントは仲間と「5人」といグループを結成し、メンバーの家で定期的に瞑想と交霊の会を開き、絆を深めていったというわけです。そこで、トランス状態になりながら、霊からのメッセージを受け取ると、それを記録する。記録は文章ではなく、ドローイングで、それが、ここで展示されているものです。このドローイングは、いわば霊からのメッセージをそのまま、一種のトランス状態で自動筆記のような形で描かれたと言えるのではないかと思います。つまり、クリントが描いたかもしれませんが、自身が意識して描いたというのではなく、霊な憑依されて、自分ではない自分で描いた、といえるかもしれません。そういう突き抜けた状態で、それまでの人生とか、学んできた描くということから、いわば解放されて、描けたのではないか。
ここで展示されているドローイングは、作品として描かれたものではないでしょう。シンプルな線の運動や波線の連なりのような何を描いているのか意味の分からないものから、植物、細胞、天体などのモチーフをアトランダムに配置したものまで。これらは、後に制作される抽象的な作品の基となったと言えると思います。
そこでまた、立ち止まって考えます。この5人のノートのドローイングは作品ではなく、公表して人々に見せるものではないでしょう。あくまでも、5人の仲間の内輪のためのものでしょう。そうだとすると、職業画家であるクリントはどのようなものを描いていたのでしょうか。それが、同じ並び展示されていた「ユリを手に座る女性」のような具象的な作品なのでしょう。おそらく、クリントは職業画家としては、このような作品をずっと描き続け、自身と仲間のためには抽象画のような作品を制作するという、いわば二重生活をしていたのではないか。だから、抽象的な作品は人々とか画家の世界とか社会といったことを考慮することなく、好きに描いていたのではないか。そんな気がしま
す。というのも、展示されているドローイングを見ていると、全体として、何やら楽しげな雰囲気が伝わってくるような気がするのです。敢えて言えば“あそび”の感覚とでも言ったらいいか。5人の会は、交霊や神秘主義の集まりなのでしょうが、今でいう女子会のような性格も強かったのでないでしょうか。5人の女性が集まって、お茶でも飲みながらお喋りに興じる。その中で、紙とペンで、ああでもないこうでもないと、線を引いたり、こんなのはどうだと、かわいいモチーフを描き加えたり、時にはむちゃくちゃな線を引いて、冗談のように笑い合ったり、結果として残されたのが、ここで展示されているドローイングです。だから、当時の美術の常識とか教育された美術とか外部のことなどを一切考えず。内輪の中だけて面白がって描いたものだったのではないかと思います。
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