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2025年4月 3日 (木)

キャサリン・ホーリー「信頼と不信の哲学入門」(7)~第8章 制度・陰謀・国家

 人間同士の豊かな信頼関係はわたしたちの生活の中心にあり、友人や家族との関係を支えている。同様に、信頼性の価値もまた、このような関係を構築して維持する際の指針となる。信頼や依存や強力のより緩やかな絆もまた、知人や見ず知らずの人との日常的な関わりには不可欠なものである。しかし、制度や公人、社会集団全体にむけられる信頼についてはどうだろうか。
 人は、一般には、医師よりも政治家を信頼しない。誠実さは、道徳的に重要な意味を持つ個人の性格的特徴であるはずが、個人ではなく、社会集団によって包括的な判断をしてしまうことがある。あたかも、人の性格は職業によって決まってしまうかのようだ。職業を同じくする人たちは、少なくとも職業生活において、似たような制度構造の中で、そしてしばしば似たような動機とインセンティブで、似たようなリスク、機会、期待にさらされながら働いている。医師が誠実であることを期待するのは、患者や同僚にとって嘘をつくことで得られるものは少ないし、失うものが大きいと考えられているからだ。一方、医師でも私生活においては、われわれと同じだ。われわれが、特定の専門家の誠実さを信頼するのは、専門家を取り巻く制度的構造、動機、リスクに対する我々の無新様に基づいている。この信頼の対象は、その専門の職務を遂行する個々のメンバーに対する信頼である。
 このような信頼を、個人を超えた組織や集団に対して持つことができるのか。人間同士の豊ら信頼はコミットメントに基づいている。組織や集団がコミットメントや約束を果たすことはできるか。例えば、企業は法的な契約を結び、それを遵守する。国家は条約を締結し、それを遵守する。この場合の信頼には、誠実さと能力の両方が含まれている。わたしたちは組織がコミットメントに従い、義務を遂行することを信頼する時、組織がそのために誠実に努力することと、成功する能力を持つことの両方を信頼している。
 組織や集団の中には、十分な構造と共有された目的を持つものがある。われわれはそのような組織をコミットメント、意図、能力をそなえた準人格的なもので、場合によっては、信頼したり不信感を持ったりすることもできるものと容易に見なすことができる。

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