佐々木隆治「マルクスの物象化論─資本主義批判としての素材の思想」(4)~第3章.哲学批判と「実践的・批判的」構えとしての「新しい唯物論」
第1節.「哲学的良心の清算」と「新しい唯物論」の確立
いわゆるマルクス・レーニン主義は、主にエンゲルスの「フォイエルバッハ論」と「反デューリング論」の叙述に基づいて、マルクスの理論を一つの世界観のもとに包括的に体系化した。その際、体系の基礎には哲学的唯物論および弁証法が据えられた。このうち、哲学的唯物論はフォイエルバッハ・テーゼ以降のマルクスの理論と対立するものであった。
新しい唯物論は、たんに物質の第一次性を承認するにとどまるものでも、フォイエルバッハのようにただ幻想を否定して現実や人間を対置するものでもない。むしろそれは、幻想がなぜ、いかにして現実的諸関係から生成するのかを思考するむという唯物論的方法によって、人間の諸実践を制約する諸関係を把握し、社会変革の現実的条件を批判的に捉え直す立場のことを指している。このようなマルクスの唯物論がエンゲルスとは異なり伝統的な哲学的世界観を表わす概念ではなくなっている。エンゲルスは「フォイエルバッハ論」で哲学の根本問題、すなわち思考と存在の根源性をめぐる問題を提出し、世界の根源を精神とみなす立場を観念論として、逆に自然を根源的なものとみなす立場を唯物論として定義した。つまり、エンゲルスでは、唯物論は世界の根源性をめぐるひとつの哲学的世界観をあらわす概念というものだった。ところが、マルクスは、フォイエルバッハのような感性的現実を承認するだけの哲学的な唯物論を批判することによって、新しい唯物論を生成してくる。
第2節.「経哲手稿」と「テーゼ」・「ドイツ・イデオロギー」における哲学批判の差異
「経哲手稿」における哲学批判の論理は基本的にフォイエルバッハの哲学批判に基づいている。つまり、人間的本質の疎外態である宗教や哲学に感性的人間の類的本質を対置するという仕方での批判は、ヘーゲル弁証法の弱点を無自覚的に繰り返しているバウアーへの批判を意図している。思弁における抽象的な自己意識の弁証法を感性的人間の次元で捉え直すことが課題とされていた。ヘーゲル弁証法の思弁性に感性的現実を対置するだけのフォイエルバッハと異なり、感性的現実そのものにおける歴史の運動そしてこの運動における矛盾を捉え限りで、マルクスはフォイエルバッハを乗り越えている。「経哲手稿」は、その試みであった。しかし、そのような感性的現実における運動と矛盾の把握は、感性によって哲学の思弁性を斥けるフォイエルバッハの論理に基礎を置いていた。したがって、ここで批判されているのは哲学の思弁性や抽象性である。
これに対して「ドイツ・イデオロギー」では、哲学はさらに根底的な批判の対象となる。フォイエルバッハのように、思弁的・抽象的な哲学に感性的人間を対置することで批判すること自体が哲学的なやり方である、啓蒙主義であると批判するのである。ここでのマルクスの批判は、思弁や抽象画なぜ諸個人に対して疎外態として立ち現われるのかを現実的諸関係から捉えようとする態度こそが哲学批判なのだという。それこそが現実的諸関係の転覆に結びつくことができる批判なのである。これが哲学をイデオロギーとして批判するである。
では、このような哲学批判の質の転換はどのような意義を持ち、まだマルクスの哲学観にどのような変化を及ぼしたのだろうか。
マルクスは、たんに旧来の哲学の思弁性や抽象的な性格を批判したのではなく、世界を解釈してそこに内在する真理を見出すという哲学的問題構成から脱出し、現実的諸関係の革命的転覆という実践的問題意識へと移行したという意味において哲学の外部へと超出した。それは、たんに抽象的理念に現実や感性を対置したり、理論を実践に対置して実践の重要性を説くというレベルでの哲学からの超出ではない。たとえ理論において感性や実践を措定しようとも、諸実践が転倒した関係を再生産し続けるのであれば、絶えずそこからイデオロギーが生成し、強固な現実性を帯びる。理論においてはもちろんのこと、抽象から感性の次元に降り、実践するだけではこれを乗り越えることはできない。実践的問題構成において実践を制約する現実的諸条件を絶えず批判的に捉え返し、いかなる諸実践によって現存する諸関係が再生産され続けているかを把握することが、変革的実践の可能性を切り開くのである。
このような哲学批判の質ゆえに、マルクスは現実的基盤を失った哲学的幻想を厳しく批判するだけでなく、哲学というひとつの幻想形態から生成する現実的諸関係を考察の対象とした。「ドイツ・イデオロギー」において、フォイエルバッハのように抽象的理念の現実的支配力を信じ、しかもその理念がたんなる個人の恣意的藩政に基づいていると考えるがゆえに諸個人が抱く理念を別の理念に取り替えればよいとするような啓蒙主義が厳しく批判されるとともに、なぜそのような啓蒙主義がドイツの跋扈するのかが、ドイツに局限された現実的諸関係から解き明かされることになる。したがって、哲学を斥けるだけでなく、現実的諸関係との関連を考察することでそれが発生する原因やそれがもつ現実的効果を捉えるという意味でもマルクスは哲学の外部にいるのである。
第3節.「実践的・批判的」構えとしての「新しい唯物論」
哲学的世界観としての唯物論は、精神に対する物質の第一次性を承認し、物質を世界の根源とみなす。つまり、それは世界を説明する原理あるいは起源として物質を措定しており、明らかに哲学的問題構成のなかにある。これに対して、実践的問題構成に移行したマルクスは、ただ世界を解釈して、世界を説明する原理としての物質や感性を措定しようとする発想はない。むしろ、諸個人の生活実践および変革実践を制約する現実的諸条件を捉えるという問題意識から、人々の行為や思惟を規制してイデオロギーを生み出す現実的諸関係に立ち返り、変革実践の現実的可能性を展望するのがマルクスの唯物論なのだった。
このように考えると、マルクスの唯物論的な歴史の見方を唯物史観という名のもとに再び哲学化し、固定した理論図式として捉えることの誤りは明らか。マルクスは、「ドイツ・イデオロギー」や「経済学批判」で歴史を分析するための一定の理論図式を提示しているが、それはあくまで変革の現実的条件を具体的・批判的に分析するための導きの糸にすぎなかった。固定した理論図式では固有の対象の固有の論理を明らかにすることはできず、したがって、現実的諸条件による制約を深くつかみ、変革の現実的展望を指し示すことはできない。マルクスの唯物論は、固定した理論図式を機械的に適用するのではなく、むしろ諸実践に対する制約を表現した理論図式を導きの糸とすることによって、具体的な対象の具体的条件をつかみ、変革の可能な領野を示すことを志向する。そこでは、真理とは何かを問うのではなく、なぜ、どのようにして真理がそのような形態をとって現われるのかを問う、新しい唯物論が哲学的問題構成に陥ることを回避し、変革の可能の現実的条件を明らかにし得るのである。
第4節.哲学批判の深化とプルードン批判
マルクスが新しい唯物論を確立することによって、フォイエルバッハだけでなくプルードンなどへの評価も一変した。
1.「経哲手稿」および「聖家族」におけるプルードン評価
この時点では、マルクスはプルードンを高く評価している。プルードンはヘーゲル左派とは異なり、経済という現実的、実践的な領域の批判を遂行した。そのなかで、経済学が無批判に前提していた私的所有を検討の対象とした。しかし、他方で、マルクスはプルードンの限界も指摘していた。プルードンは私的所有の非人間性を告発しながらも、してく所有を生み出さざるをえない、労働の一定の社会的形態そのものの矛盾を見ていないのだった。
プルードンは、基本的に所有を平等の原理に基づくものとして理解する。土地が平等に占有され、各自が自らの労働の成果を自分のものとするという社会を想定し、そのような社会から所有権が発生したと考える。そこでは、人々は等しい労働量の生産物を等価交換し、経済的な均衡が達成され、平等、正義が実現されている。しかしながら、現実の所有においてはこのような平等の原理は侵害されてしまう。なぜなら、生産手段を所有する資本家は、労働の結合から生み出される集合力をまるごと領有しながらも、労働者に対しては彼らが個々に生産した場合の賃金しか払わないからである。ここから生産と消費の不均衡が生まれ、恐慌など様々な矛盾が生み出される。それゆえ、プルードンは等価交換による均衡、またそれによる平等と正義の実現のために、平等な土地の専有にもとづく労働を主張した。つまり、プルードンは、等価交換を可能とするとされる個人的占有の立場から、所有を批判した。
当時のマルクスは、自己意識を問題にする哲学とは異なり、プルードンは所有という現実的、実践的な領域を問題にしたところ、現実の貧困から出発して私的所有を批判したところを高く評価した。
2.「アンネンコフへの手紙」および「哲学の貧困」におけるプルードン評価
ところが、プルードンの評価は「アンネンコフへの手紙」および「哲学の貧困」で放棄され、きわめて厳しい批判の対象となる。
フォイエルバッハが「聖家族」の時点で共産主義の理論的代表者とされていたにもかかわらず、「フォイエルバッハ・テーゼ」では、市民社会の唯物論に一括されたのと同様に、プルードンの位置付けも変わった。経済学の立場にとどまっているという限定付きながら、私的所有の本来の原理と現実との矛盾を鋭く暴き出すプルードンの舌鋒は啓蒙主義批判として大きな意味を持っていた。4しかし、たとえそれが感性的実践であれ、抽象的理念に別の何かを対置して批判するという方法に至る啓蒙主義として斥ける新しい唯物論の立場では、もはや批判の対象でしかない。それは、私的所有を非歴史的に把握し、そこから恣意的に抽象された原理によって、現実の矛盾を批判するものでしかなく、この現実の矛盾を生み出す私的所有、あるいはそれを成立させる社会的諸関係を批判しうるものではない。哲学の立場から脱しきれなかったフォイエルバッハと同じように、経済学や哲学の立場から達することができなかったプルードンが小ブルジョアの科学的代弁者と評価されたのだった。
3.哲学批判から経済学批判へ
マルクスは、経済学のカテゴリーを哲学的に理念化するのでもなく、それを実践的契機を欠いた単なる理論的抽象だとして斥けるのでもない。むしろ、マルクスは古典派経済学の経済学的カテゴリーがブルジョワ的生産様式に対応するものであることを見抜き、永久の自然的関係の表現としての古典派のカテゴリーを歴史的な視角から批判するとともに、現実的諸関係と経済学的カテゴリーの連関を再吟味しようとした。この作業を通じてこそ、歴史的に超えることのできる体制としての近代ブルジョワ社会の運動法則を把握し、変革の現実的条件をつかむことができるからである。問題なのはたんに感性の立場から私的所有や疎外を理念的に批判することではなく、むしろ疎外が生成する現実的条件、現実の運動を把握し、変革の条件を指し示すことである。ここに、経済学的カテゴリーの批判であり、体系の叙述であると同時に、叙述による体系の批判でもある経済学批判の基本的な構えが成立したと言える。





























































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