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2026年5月

2026年5月27日 (水)

読売日本交響楽団 第692回名曲シリーズ演奏会

2026年5月26日(火)サントリー・ホール
002_20260527005101  サントリー・ホールでシルヴァン・カンブラン指揮読売日本交響楽団の演奏会を聴いてきました。プログラムは次の通り
  メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」Op.26
  コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.35
     ヴァイオリン イリア・グリンゴルツ
  ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調Op.88
 会社を退職して、学生の身分となり、時間の余裕ができたので奮発して年間会員になりました。席は2階席の前から5番目の真ん中あたり。悪くない場所だと思ったのですが、意外と音が来ない。今日の演奏でも、オーケストラは音は出ていたようなのですが、席まで迫ってこない。ライブの迫力を感じたいと思うのですが、ちょっと物足りない。定期会員なので、1年間ずっとこの席です。オーケストラのコンディションもあるし、次回は違った感じになるかもしれないと、前向きにいきましょう。
 最初のメンデルスゾーンは結構カラフルな演奏ですが。この曲はシンプルなフレーズを繰り返していくのですが、その繰り返しを各管楽器が持ち回りで受け渡すようにソロのように演奏しているところなど、各管楽器のそれぞれ音色のコントラストが鮮やかで、とてもカラフルに聴けました。しかし、この曲の全体としてほの暗い音色はあまり感じられず、明快で、ちょっと明るいかんじ。弦楽器によるさざ波のようなリズムが、波というよりは機械的なリズムのようで、ロマンチックな雰囲気のしない演奏でした。
 コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲は初めて聴きました。コルンゴルトはオーストリア人で年代的にロマン派の影響が強い人かと思っていたら、ヴァイオリンの曲なのに、思い入れのあるようなメロディが聞こえてくることはない。ロマンチックな感情移入という雰囲気はなくて、美しいのでしょうが、どこか突き放した感じの曲でした。ヴァイオリニストのグリンゴルツも思い入れたっぷりに歌い上げるというタイプではなく、淡々と美しい音色とサラッと弾くタイプの人だったのも、そう聞こえた要因かもしれません。第1楽章の真ん中あたりでカデンツォのパートがてできたりして面白い趣向もありましたが、全体の構成が凝っている感じですが、曲全体の盛り上がりとか、メロディに魅入られるといったところはなくて、趣味的というか、凝った趣向を、こんなことやっていると知的に楽しむような曲ではないかと思います。高級志向の、よくできたBGMという印象です。
 最後のドヴォルザークの交響曲第8番で、この指揮者の傾向がよく分かりました。私の好みからいって、この指揮者はこういう曲は向いていないと思いました。この人は、すごく冷静で、細部に目を配って、均整のとれた美しい演奏をするような指揮者だと思います。まずテンポをきっちり守る。それが演奏全体のプロポーションをハッキリさせるところはあます。しかし、この曲はノリで大きく盛り上がる魅力があります。しかも、この指揮者のリズムはアクセントが弱く、平板にきこえるので、リズムのメリハリがなく、それがこの曲では、生き生きとした感じが失われるように感じられます。ダイナミックな、この曲が、止まっているように感じられるところがありました。でも細かいところでは、管楽器の音色が際立っていたり、聴きどころはあるのですが、とはいえ、管楽器もあまり歌っていないように感じられました。終楽章は、テンポが色々に変化して、ノリが変わっていって、その変化に聴衆が巻き込まれていくところがあると思うのですが、そういうところは単調に聞こえてしまい、聞いていて乗せられてしまう感じはしませんでした。オーケストラは、よく音は出ていたと思います。ただ、先週聴いたチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の鳴りを経験してしまうと、いまひとつ物足りない。
全体としては悪くない演奏だとは思うのですが。

 

2026年5月21日 (木)

パーヴォ・ヤルヴィ指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団演奏会

2026年5月19日(火)サントリー・ホール
002_20260521005001 シューマン:歌劇「ゲノフェーファ」序曲 Op.81
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.77
   ヴァイオリン:ジャニーヌ・・ヤンセン
   アンコール:JSバッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番よりガボット
チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調OP.64
 オーケストラの来日演奏会何で何十年ぶりだろうか。以前に聴いたときに比べてチケットは倍額以上、年金生活者で、他にお金を使うようなこともないので、演奏会を選べば、行けないこともない身分だから、これを機に海外オーケストラも聴きに行きたいと思う。この演奏会は、それほど高価でもなかったので、最初はこの辺りでとチケットを買ったのだったが。よかった。とてもいい演奏会だった。
 席はシルバー割引のS席で、1階の前から9列目の右端。舞台を見上げる角度で、オーケストラの弦楽器奏者を間近に見ることができる。オーケストラの配置が対向型なので、目の前にいるのは第2ヴァイオリンか。
最初のシューマンの序曲は、いかにも変拍子というのが対向型の弦楽器配置のせいでよく分かる。リズムを刻むのが、管楽器によるメロディとちょっとズレているように感じられる。はっきりズレているわけではないので、何か不安定な感じがする。それがいかにもシューマン。ただ、オーケストラは、そういう変な曲についていくのが精一杯という感じ。
 次がブラームスのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリニストは背が高くて。がっしりとした体格の女性。指揮者のヤルヴィよりも大きい。その女性が全身を大きく動かして演奏する。まるでダンスをしているように見えるほど。ダイナミックといえばよいが、落ち着かない。演奏は元気いっぱい。この人の演奏で、この曲を聴いていると、ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、ヴァイオリンがソロで、歌でいえばアカペラで演奏される場面がない曲でないということがよく分かった。独奏ヴァイオリンがソロで弾き始めようとすると、オーボエやフルートがすぐに絡んできて、戦慄が掛け合いをしたり、相互に前に出たり後ろに下がったりする。今日の演奏では、それがたまにヴァイオリンの演奏を邪魔しているようにも聞こえてくるところがある。このヴァイオリニストは、まるでバトルをするようにエキサイトして弾いていく。一節を引き終わると、拳を握って高く掲げあげそうな表情をしている。「カモーン!」とか言いそう。そんな雰囲気。見ていて、独奏ヴァイオリンはこの曲では、絶えず他の楽器の侵入をうけ、単独で気持ち良く弾かせてもらえない。これって、ヴァイオリニストには結構つらい曲なんだろうな、そんな感じがした。このヴァイオリニストのバトルしているような雰囲気は、緩徐楽章である第2楽章もあって、この人は味わい深く旋律を歌わせるというタイプではないようだ。音色も、とりたてて甘美というのでもない。それが第3楽章は、この人のタイプに一番合っているのか、生き生きして、盛り上がる。かなりテンポを変えて、オーケストラを煽る。もう若手という年齢でもないが、若いという感じの元気のいい演奏だった。たまには、このようなブラームスも悪くない。会場も盛り上がったし。それが、アンコールでバッハの無伴奏のひとつを弾いたのだが、これがよかった。元気のいいブラームスとは打って変わって、落ち着いた演奏。盛り上がっていた会場を一気に沈黙させるほどの迫力があった。
 後半のチャイコフスキーは冒頭のオーボエのソロから、オーケストラの音が、これまでとは変わったような気がする。最初は、よく鳴っているという感じだった。演奏のつくりは、強弱のコントラストをつけたり、劇的に盛り上げたり、あるいは憂愁のメロディに惑溺させるというような、特徴的なものではなく、淡々と演奏するという傾向。よく言えば純音楽的、その一方で、物足りないと感じる人が出てきてもおかしくない。第2楽章になって、ホルンが長いフレーズを途切れることなく、音が霞むこともなく吹ききった辺りから、「もしかしたら…」という予感がしだした。最初よりもオーケストラの鳴りがよくなっているのだ。ホルンの演奏は、気合が入っているのが伝わってくる。それを感じたのは、私だけではないらしく、周りの客席でも、期待感みたいな雰囲気が高まってくる感じがした。それは、オーケストラの面々にも伝わっているのも分かるような感じする。音の気合がさらに高まったような気がしたから。それが終楽章になって、ロンドのような繰り返されるテーマを弦楽器が弾いた時、これは来るということが、会場全体で分かった、という雰囲気。終楽章の演奏は、具体的に語ることはできない。何度も演奏会に足を運んだとしても、滅多に出会えることもない本物、そういう演奏だった、と私は思う。久し振りの海外オーケストラの演奏がこれほどのものだった。そうしたら、これから何度も行かざるを得なくなるではないか。最初にこれほどの演奏を聞かされてしまったのだから。

 

2026年5月19日 (火)

ゴールデンウィークの花の奈良(3)~第3日目 長谷寺、室生寺

 3日目の今日は最終日。山の中の寺院をまわるので、2カ所。それで、東京へ帰る。最初の訪問先は長谷寺。昨年の11月、紅葉の季節にはじめて訪れてから、まだ半年しか経っていないのに、これで3回目。けっこう、勝手知ったるになっていると思う。紅葉の秋、冬枯れの静けさ、そして今回は花の季節という。バスは奈良の市街から1時間ほどで山間部に入り、長谷寺が近い。まだ、朝というに、花の季節は訪れる観光客も多いようで、狭い駐車場は案内係が何人も出て誘導している。ここは、駐車場のスペースが限られているため、観光バスは寺の近くでいったん乗客を降ろし、すこし離れたところに停車する。帰りは、その離れた駐車場まで行かなければならないので、ややこしい。
1000001570  長谷寺の仁王門の前は広場になっていて、そこから高い石段の上に見上げるように建てられているので、長谷寺のなかでも一番威容のある建物だと思う。仁王門をくぐると、すぐに登廊が始まる。ここが長谷寺観光のメインだろうと思う。四百段ちかい石段に屋根つきの廊下となっている。その両側、廊下の外には花が植えられていて、来た者の目を楽しませる。名物の牡丹は例年なら、今頃が盛りということだったが、残念ながら、今年は開花が早く、今日の時点で散ってしまっていた。しかし、登廊の石段に鉢植えの牡丹を、いくつも置いてあった。外の花壇の牡丹が散ってしまったので、花の咲いている鉢植えの牡丹を調達してきて、観光客にサービスしているというのでしょうか。何か、わざとらしいというか。正直、この登廊は行き来する人が多く、その真ん中に多くの鉢植えが置かれているので、通行の邪魔です。この光景を撮影しようと、突然立ちどまる人が後を絶たないので、歩きにくいこと甚だしい。庭に植えた牡丹なら、今年の花は散っても根づいているので、来年も咲きますが、鉢植えの方はどうなんでしょうか。そんなことを考えていたら、空しくなってきた。1000001572 大きく三段に分けられる登廊の下段を上りきって、右に曲がるところ、正面の小さな石段、そこを埋め尽くすように鉢植えの牡丹が置かれている。撮影ポイントなのでしょう。たしかに映える風景です。が、刹那的という言葉が思い浮かびました。登廊の中段、上段は本堂を見上げながらの上がりです。本堂は京都の清水の舞台を思わせるような崖から舞台のようなテラスがおおきな建物です。しかし清水寺のように舞台の全容を眺められるような、ちょっと離れた同じ高さの場所がなく、下から見上げる場所もないため、全容をみることができず、その建築を見る機会がありません。なお、遠くならば、仁王門に近い本坊から遠く見上げるように望むところからなら、舞台の全容を見ることができる。しかし、遠目にみるので、迫力という点は欠ける。さて、本堂では本尊の特別拝観をやっていた。11月の時に見てきたが、今回はかなりの人の行列ができていたので、今回は遠慮した。本尊の木像の足を触るだけだもんね。足元から見上げたときの迫力を感じるのは捨てがたいものではありますが。でも、今回は本堂の通路をとおって、本尊の観音像を見ていたら、照明が当てられていたのに気づいた。前回、そんなことあったっけ。堂内は薄暗かったように覚えている。そのおかげで、観音像の両脇の雨宝童子立像と難陀龍王立像に照明が当たって、これまで、その存在すら気づかなかったのを、よく見ることができました。像としては中央の十一面観音像より、こちらの方が出来がよいのではないか。写実的だけれど愛嬌がある。今回は、この両像をしげしげと見ることができたという収穫がありました。昨日の雨が嘘のように晴れた天気で、本堂の舞台から見下ろす風景は、雨の水分を含んで瑞々しい山々の新緑の風景。寺をみるより、こっちの方が見ごたえがある。
1000001576  さて、本坊の特別公開があるようで、11月にきたときゆっくり見ることのできなかった、長谷寺の縁起絵巻をじっくり見たいと思うので、このへんできりあげて、そちらに向かう。本堂を過ぎると、他にもいくつもの建築がありますが、私には、じっくり見るほどのものでもない。ただ、行く人があまりいない、遠回りとなる回遊コースは静かで、本堂を遠望できるし、なによりも森の中を散歩するように歩けるので、とくに見るものはないけれど、長谷寺のなかでは一番心静かに落ち着けるところです。ここは、お寺なのだと感じられるというか。そこから坂を下ると本坊があり、特別拝観の500円を別に払って、見学します。長谷寺の縁起は、絵巻物が5巻あって、それを全部展示すると長い廊下を行ったり来たりして見ることになります。それでも、描かれている絵は細かく丁寧に描き込まれていて、描写も分かりやすい。さすがに文字の部分をひとつひとつ読んでいる時間はありませんでしたが、それぞれの絵をゆっくりと見ることができました。
 1000001583 次の目的地は室生寺。山中の細い道をバスで行きます。室生寺の門前の旅館で山菜の昼食。ここも長谷寺と同じように、それ以上に山間の狭い土地なので、バスの停められるような広い駐車場もなく、寺の門前といっても参道の両側に1軒ずつ小さな旅館があるくらい。室生寺には太鼓橋をわたって、川沿いに進み仁王門を入ります。そこから、山の中腹に散在するお堂を目指して石段を上がっていきます。この石段は長谷寺の登廊のように整備されていないし、屋根もないので、昨日の雨で濡れたのが、ところどころ乾いていなくて、足元に注意しながらの上りです。まずは奥ノ院までいくので、五重塔のでは帰りにゆっくり見ることにして、奥ノ院に向かいます。このあたりの石楠花は盛りをすぎて散り始めていますが、五重塔の先の奥の方は、まだ残っていました。鬱蒼とした森のなか、長い上りの石段がのびていて、そこに点々と石楠花の白やピンクの花が、まるで山の深閑とした風景のアクセントとなっている。そこを上っていくのは、足元も不安定ですが、けっこう疲れます。でも、これがあるから室生寺はいいんですよね。何か、深い森に分け入っていくというような、ちょっと神秘的な雰囲気。これは、他の奈良の寺では味わえないものです。上った先の奥ノ院の建物とか仏像とかは、それほど見たいと思わせるほどの立派なものはないんですが、ここに行くまでのプロセスというか、行くところの雰囲気、空気が、室生寺の最大の魅力ではないかと思います。これは、写真などでは伝わりません。まさに空気です。触れて感じられるものです。だから、言葉にもできないんです。
1000001590  で、引き返して、五重塔から見ていきます。山間に建つ、小さな塔です。他の寺の五重塔にくらべて一番卒塔婆という感じがします。小さいゆえに、チャチな感じもしないではないのですが。石段を下りて、本堂はお寺というより庵のちょっと大きいという感じ。靴を脱いで堂内に上がります。本尊の如意輪観音菩薩像があります。床は板張りですが、小さなベンチがあるので、そこに座って、ゆっくり見ることができます。蓮の花の上に乗って片膝を立てているポーズはチベット仏教みたい。正面から座っていたりする日本の多くの仏像からは珍しい。さらに石段を下りて、金堂は、小さな舞台のようなテラスになっています。山肌に貼り付くように建てられている。外回りの廻廊のようになっているテラスから内部を見ることもできますが、特別公開で靴を脱いで堂内に入ることができます。200円の特別拝観料を払うとスマートフォンでの撮影はOKとのこと。堂内には撮影禁止の掲示がありますが、どういうことなのでしょう。200円払ったからOKなのかな。釈迦如来蔵。ここも大日如来ではない。真言宗は大日如来だとばかり思っていましたが、高野山だけなのでしょうか。曼荼羅に1000001595 あるように、宇宙(コスモス)として認識するので、宇宙全体を統べる大日如来が真言宗のシンボルと思っていたのは間違いだったのでしょうか。この仏像は写実的な鎌倉物とも、ちょっと異国風な飛鳥や奈良の仏像とも違います。ちょっと平板にところが特徴的でしょうか。ここもベンチがあったので、腰かけて、しばらく仏像を眺めていました。室生寺は、とくに訪れる人が少ないというわけではないのですが、それでも静かで落ち着いた空気があります。山間部にあるからでしょうか。金堂をでての帰り道、仁王門の前のところで、野点のお茶を開いていたので、こんなことは珍しいのですが、一服お願いしました。自作の茶碗に蓬餅とともにいただきました。
 これで今回の観光はおしまい。あとはゴールデンウィークの帰宅ラッシュが待っています。

 

2026年5月17日 (日)

ゴールデンウィークの花の奈良(2)~第2日目 唐招提寺、薬師寺、長岳寺、春日大社

1000001524  2日目は8時15分出発で、唐招提寺に向かいます。8時半には南大門を入る。東大寺ほどではないにしろ法隆寺も豪壮で立派で、人を圧倒するような迫力があって、寺に入る前に身がすくむというか、畏敬を強制されるところがあります。ところが、この唐招提寺の南大門はそういうところが少なくて、構えることなくスッと入って行けます。東大寺や法隆寺は二層になって背が高いのですが、この門は一層、平屋で、そのため横に広くノッペリとした感じがします。仁王像もない。単に屋根のついた門というだけ。それで威圧感が少ない。門の外は普通の通りで自動車が通り過ぎ、門前には普通に民家が並んでいる。土産物店も飲食店もない。そんな普通の町にぽっかり寺があって、南大門はその境目でしかない。そんな感じです。でも柱は法隆寺みたいにエンタシスしていたし、とても面白い。ただ通り過ぎるだけではもったいない。南大門をはいると広い参道がまっすぐ正面に金堂が先に見えます。屋根の先端が曲線を描いてキュッと釣り上がっているように見えるのは中国風のテイストでしょうか。1000001526 この金堂も平屋です。唐招提寺は五重塔もないし、背の高い建物はないんです。これは、法隆寺や薬師寺と異質の発想ではないかと思います。それが、この寺を法隆寺などより地味な存在にしている理由の一つかもしれません。金堂の中へは入れませんが、土台に石段を上がると金網を張ってある窓越しに中の仏像を見ることができます。昨日見た鎌倉時代の写実的の仏像とは違った奈良時代の古代の感じです。その顔も、中国風というか西方の風味がします。木心乾漆によって制作されているとのこと。木彫の表面に木屎という木粉の練り物で塑形しているという。そのうえに金箔が貼られて、輝きがあるというわけ。ただし、金箔はところどころ剥がれて、ところどころ素地が露出している。それが全体に渋味を帯びた味わいが深い。とくに向かって左の千手観音像は大きく、手が本当に千本あると思わせるほど、まるで鱗のように手が生えている。その一種毒々しいほどの異様にも見える姿は、神々しいというよりは、過剰なもの、非常識なものを見せられたような印象。光背とか仏像を納める厨子とか壁画のようなものもなく、ただお堂に置いてあるというシンプルさが、却って仏像そのものが直接、見る者に迫ってくるような感じがします。ただ、この寺だからこそ思うのは、仏像って本当に必要なものなのか、ということです。寺というと仏像があるのは当たり前というのが常識的な見方なのかもしれません。しかし、そもそも仏教とはゴーダマ・ブッダが輪廻という宿命を脱した、それが悟りということで、彼のメソッドをフォロワーたちが見倣ったものだろうと思います。そこに仏像とか、神様みたいな如来とか菩薩とかなんとか天とか関係ないはずのものです。あとから、教団という組織ができて、その経営のために、人集めとか金集めの有効なツールとして広まったものだろうと想像できます。だから、檀家という信者、収入のためにあるいは観光収入のために寺という建築物や仏像というシンボルが必須だったりするのは分かります。そこで、唐招提寺の宗派である律宗というのは戒律の研究と実践を行うための宗派です。ここに仏像というシンボルの必要性はあるのでしょうか。寺は研究の場が必要のはずで、唐招提寺というのは、そういう場ではなかったのか。研究や実践に仏像なんて邪魔なのではないか、と思ってしまうのです。このごろ、奈良や京都の寺社巡りを始めた者が、こんなことを言うのは変かもしれませんが、寺を回っていて仏像を見るたびに、そういう疑問が徐々に大きくなってきました。仏像は本来仏教というかブッダの考えとは無関係なもの、別なものではないかということです。
1000001528  金堂から左の奥の戒壇院に向かいます。人影の少ない早朝の唐招提寺ですが、このあたりは誰もいません。でも、唐招提寺の創建の経緯から見ても、ここはこの寺で一番大事なところではないかと思っていました。正式な僧となるには戒壇を修めなければならず、奈良時代初期までで戒律が伝えられていたものの、不完全なものでその意義が十分に理解されずに一部の寺院における研究に留まり、授戒の儀式も行われていなかった。つまり、日本の国内では正式な僧とはなれなかった。それで鑑真が唐から日本に来て、初めて正式な戒律を授けることができるようになった。唐招提寺は、その鑑真を継承して戒律を授けるという実践と研究の機関として、後進を育成したというわけです。だから、戒律を授ける場としての戒壇院は唐招提寺の中心機関であるはずと思っていました。期待していったら、建物はなくて、土台しかなかった。ショックでした。それから、唐招提寺は、私には廃墟に見えてきたのでした。
1000001530  気を取り直して、講堂へ、正面からは金堂の裏手になります。この講堂は平城宮朝堂院朝集殿を移建し改造したもので、奈良時代の宮殿建築遺構としては唯一のものだそうです。講堂というと、法隆寺とここぐらいとか、当時のものが残っていないそうです。弥勒菩薩の仏像が安置されています。金堂の三尊像とくらべても弥勒菩薩は遜色のないものだと思います。とはいえ、もともと、このお堂は仏像が置かれるようなところではなかったではないのでしょうか。講堂は、その名の通り講義堂です。繰り返すようですが、鑑真来日の目的は日本で戒律を広めることであり、そのためには正式な僧侶になるための戒律を授ける戒壇の整備と、さらに戒律をうけた僧の修行・教育が必要でした。その教育の場が、この講堂だったというわけです。ですから、ここには机とか書棚といった学校の教室のようなものだったように想像します(現代の学校の風景をそのまま投影していますが…)。そうでないので、ここは講堂としての機能を失ってしまった。廃校、つまりかつて学校だったものの残骸でしょうか。これが、他の寺院のように観光地として見世物化されていれば。そういうものとして見るのですが、それほどあからさまに見世物化されていないのをみると、却って廃墟感が見えてきてしまう。この後に見た薬師寺なんかと比べると、静かで、心洗われるような清澄な空気があって、いいと思うのです。でも、それだけに…と思うのです。
1000001534  講堂の裏に回り、開山堂にいくと、鑑真和尚像のレプリカがガラスケースに納められているのを見ることができます。日本史の教科書に写真が載せられているあれです。実物は非公開だそうです。古い像なので保存のためということでしょう。それから、新宝蔵に200円払って入りました。金堂の瓦だの、古くて朽ちてしまった仏像などが展示されていました。ちゃんとした姿をしているのは週一面観音菩薩像で、目尻がうねる優美な表情と細身の体型が特徴で、胴体が不自然なほど長い、法隆寺の百済観音を思わせるプロポーションで、日本ではなくアジア的な風情です。境内から、ちょっと外れたところ、奥のほうに鑑真和上御廟が、苔むした森の道を行くのが、深閑とした雰囲気が深山に分け入る風情がとてもよかったです。人の姿もない。時間の余裕があれば、ここでしばらく心静かに時間を過ごしたかった。
 ここ唐招提寺は、半世紀前に高校の修学旅行で訪れたはずなんですが、全く記憶が残っていませんで、初めて訪れたのと同じでした。
1000001542  次の薬師寺へはバスで10分ほど。唐招提寺とは雰囲気がガラッと変わります。バスが駐車場に入るときから、ここは観光地だとハッキリわかるし、そのように整備されているのがよく分かる。朝の10時というのに駐車場にはたくさんの自動車が駐車しており、すぐ横を鉄道が通っているせいもあって、人出は多いです。南門に拝観受付がありますが、門の上には東西の塔がそびえるように見えます。回廊で囲まれた伽藍は中門から入りますが、漆の朱が映えている。中門は唐招提寺の南大門と同じ平屋ですが、こちらは朱が鮮やかだし、両脇に金剛力士像がカラフルに色塗られていて、派手です。東大寺の金剛力士のような力強い迫力のあるのとは違い、ユーモラスな像です。中門をはいると一面と芝生と石畳の通路がしらえてある広場に東西の塔と、真ん中に金堂、その奥 に講堂が配置された大伽藍があります。半世紀前に修学旅行できたときは、だだっ広い広場で東塔はありましたが、西塔は立っていなくて礎石があるだけも廻廊などももちろんない。そこに団体旅行の集団がいくつもいて、それ1000001546 らを各僧侶がガイドさんになって引き回している光景を覚えています。僧侶のガイドは手慣れていて、時折ギャグを交えながら、気が散り易い高校生の注目を逸らせませんでした。修学旅行のときは列を崩すなとうるさく言われ、前の人についていって順番に見ていったのでした。今回は、一人で好きなように気儘に見ることができます。塔の内部は、見たことがなかった。とうのてっぺんの水煙、ブルーノ・タウトが“凍れる音楽”と言ったとかいうのは、今は、あまり写真などで紹介されることはないようでする。日本のお寺は五重塔が大好きですが、ルーツは法隆寺なんでしょうが、塔を寺のシンボルのようにして、広く人々に売り込んだのは薬師寺の方でしょう。法隆寺に比べて漆喰壁の白が目立つような気がします。裳階の部分で面積が広がっているのも、漆喰の白い部分の面積が大きくなり、壁全体が白を基調として、そこに漆で朱になった木製の柱が白地にくっきりと浮き上がる。そもそも、薬師寺が本山となっている法相宗は、中国の唐の時代に玄奘三蔵がインドから帰国して唯識を中国にもたらしたものを継承するような宗派といえます。唯識といえば無です。それが、どうして物体としての建築や仏像に熱心なのでしょうか。唯識ということなら「無」です。それが建築などの物体に執着しているようで、それが玄奘の持ち帰った唯識の理念とは正反対です。
1000001544  そして金堂。ここに薬師三尊像があります。金堂では、白鳳時代の傑作とか。ちょうど、法話として僧侶が説明をしていました。やっぱり話が上手です。両脇の日光菩薩、月光菩薩は腰をくねらせている姿勢がミロのヴィーナスにも通じる理想の身体としての写実美であるとか。これと、伽藍の外にある東院堂の聖観音菩薩立像が、金堂の薬師三尊像と同じ様式で揃っているという感じです。この仏像を囲むように四天王像は鎌倉時代のダイナミックでリアルな肉体表現であるのと、チグハグで、バランスをとれられていないところが、かえって面白い。この東院堂の建物は漆が剥がれてしまったのか、黒い木地がそのまま出ていて、塔や金堂より渋い感じです。私の好みでは、ここが薬師寺では、一番良かった。講堂の裏に土産物店兼休憩所となっている食堂を抜けて、白鳳伽藍を出て、道路をわたり玄奘三蔵伽藍に向かいます。以前に訪れたときには、そんなものはなく、初めてそんなのがあるというのを聞きました。まあ、法相宗の始祖が玄奘三蔵ということからなんでしょうが、玄奘三蔵は、西遊記分かりやすく言えば孫悟空の主の三蔵法師のことです。そっちの方面で客寄せにちょうどいい、などと妄想をしてしまいます。結局は、この伽藍に入ることはできませんでした。拝観受付のときに一般の入場券の他、特別拝観の入場券を別に買わなければならず、この伽藍のところではそのチェックだけしていて、特別拝観の入場券を持っていないので入れませんと告げられ、すごすごと引き返したという次第です。大音量でJPOPを流していて、お寺というよりイベント会場のような雰囲気でした。薬師寺は寺院というよりはテーマパークのような印象を持ってしまいます。
1000001552  薬師寺で午前中の見物は終わり、昼食の後、午後は長岳寺に向かいます。薬師寺や唐招提寺のある西の京からは離れたところ山の辺の道にあります。山の辺の道の途中にあるような寺なので、駐車場も狭く、団体ツアーの行くような寺ではないとのことですが、自動車のすれ違いができないような細い道を進むと、山を切り開いたようなところでバスを止めます。そこから素朴な門を入り両端に生垣が続く道をしばらく行きます。生垣はつつじなのですが、いつもならちょうど満開ということなのですが、今年はいつもより開花が早く、花はだいぶ散ってしまっていました。整備された生垣ですが、どこかわざとらしいというか、これって意味あるの?と訝しく思えてしまう。客寄せというか、花の寺とかいって、他の寺から差別化して、メディアに取り上げてもらい、観光客にアピールしようとか。曲解かもしれませんが、そういう想像を止めることができませんでした。そこから民家の間を抜ける、武家屋敷の白い土塀が続いているような長い参道を行くと、拝観受付が見えてきます。そこから左に庫裏(地蔵院)をみて正面に鐘楼門があります。広さはないのですが背の高い門です。上層で鐘を吊っていたので鐘楼門というのだそうです。現在は、ここには鐘はありません。この門を入ると左手に本堂があり、靴を脱いで中に入ると、ボランティアの人が案内してくれて、住職が法話をしていました。袈裟を着ている僧侶という格好ではなく、作務衣を着た寺男のような格好で結構、話は長い。しかも、南無阿弥陀仏とか悪人正機とかでてきて、ここは浄土真宗の寺だったっけ、この寺は真言宗ではなかったの?宇宙論とかそういうのではないの?とちょっといぶかしく思いました。本尊は阿弥陀三尊で、中央が阿弥陀如来が蓮の花の乗った坐像で、両脇侍の観世音菩薩と勢至菩薩は蓮の花の上で片膝を投げ出しているのが面白い。平安仏から鎌倉仏の過渡的な様式、あるいは鎌倉仏の先駆と説明されていました。そんなに写実的ではないのに、玉眼を使用しているところがそうだということです。真言宗って大日如来でなかったの?宇宙論というか、その全体を統べる秩序(コスモス)としての大日如来。1000001554 それが、この寺は、阿弥陀如来。阿弥陀如来は死後の世界を象徴するということらしい。でも、真言密教は唯識を突き詰めた思想ではなかったっけ。死後の世界とか、まるでブッダが否定した輪廻ではないか。と突っ込みたくなる。本堂を出ると石段を上がり奥に進みます。ちょっとした広場になっていて左に大師堂があります。ここから林の中を回遊するようになっていて、まわり込むと、さっき見た本堂の前にある放生池の対岸にでます。ここでは池越しに本堂を見ることができます。ちょうど今、カキツバタの紫色の花が盛りで池の3分の1ほどを占めて、さらに池の周囲にツツジの花が最盛期を過ぎたとはいえ未だ残っている。カキツバタの紫とツツジの紅の対照と、その奥に鄙びた本堂が見える。このような落ち着いた風景は、なんのかんの言っても、こういうのは心を落ち着かせる。帰りは鐘楼門を出る。ここで、来た時に左に見て通り過ぎた庫裏、地蔵院に寄ってみた。書院造の建築ということだが、こじんまりした山荘のような雰囲気。ただ玄関は唐風の屋根が突き出たようなので一点豪華主義か。靴を脱いで室内に上がると、襖絵が見事。視線を移すと庭がこじんまりしていて落ち着くものでした。部屋の奥には、普賢延命菩薩像。4頭の像に乗った、チベット辺りにありそうな雰囲気の仏像で、面白かった。ここから来た道を引き返します。雨が降ってきそう。
1000001556  次の訪問先は奈良公園で、ここからはバスで50分近い移動。もう夕方に近いのだけれど、奈良公園は人でいっぱい。しかもほとんどが外国人観光客。奈良公園の奥、上の方、春日大社の駐車場に向かう。雨が降ってきたので、傘をさして見学。春日大社の万葉植物園に向かう。雨も降っているし、閉園時間が近いので、園内の人は少ない。奈良公園は、あれだけ人が多いのに。花の季節のはずなのに、ほとんど花は咲いていない。傘をさして、しっとりとした森の中をとぼとぼ歩く。万葉植物園というだけに、万葉集の和歌が掲げられ、その歌でうたわれていた花や草が植えられています。一応、説明リストを渡され、それを見ると45種類の植物が植えられています。勉強になりますが、花が咲いていないと草は区別がつきませんでした。しかも、掲げられている万葉集の和歌は、私にはまったく馴染みのない歌ばかりで、残念ながら親しみを持つことができませんでした。4時30分の閉園時間となり、追い立てられるように外に出て、時間も時間だからと、春日大社の南門に向かう。11月に来たときは、昼過ぎでかなり混雑していたのが、それでも南門の藤棚のところは人が多かったものの、夕方になって、大宮の特別拝観までしようという人は少なく、宮内はゆったりと見て歩くことができました。まあ、狭いところに、ごたごたと詰め込んで盛りだくさんにしている印象は、前回の11月と変わりません。うるさいくらい。神域なんだから、もうちょっと静かでもよかったのではないか。有名な神社ではあろうけれど、神様がいるという雰囲気はしない。奈良公園のきたついでに寄る程度のものかしら。これで、今日の行程は終わり。観光ツアーは、有名な老舗で夕食とのことだが、私はグルメに興味はない。

 

2026年5月16日 (土)

ゴールデンウィークの花の奈良(1)~第1日目 安倍文殊院、岡寺

 東京駅はゴールデンウィークの下りのピーク日とあって人でいっぱい。新幹線の指定席は満席。しかも自由席に乗り切れないひとが指定席のデッキに立ち、それだけでなく通路にまで立っていた。ゴールデンウィークの新幹線に乗るのは初めてだったが、これほどとは思わなかった。これでは、途中でトイレにも行けない。名古屋で乗り換えはトイレの時間の余裕がなさそうなので、車中で済ませたかった。結局、名古屋で乗り換えの近鉄で急いでトイレに駆け込んだ。そうしたら、同じツアーの人も一緒だった。近鉄線は津駅を過ぎると奈良に向かって、山の中に入って行くようで、トンネルが増える。トンネルを抜けるごとに山の中、緑が濃くなっていく。ちょうど新緑の季節で、濃淡さまざまな緑が映える。花咲く奈良というツアーだが、いつもより花は早く季節が進み、大方終わっているとのことで、そのかわり新緑の奈良を楽しめそう。津から30分ほど山を越えたところ名張で下車。ここからバスに乗り換え。山間の道路を行く。昔からの街道なのだろう、斜面にへばりつくような曲がりくねった、上り下りを頻繁に繰り返すような道。そこからの景色は、段々畑や棚田が続き、古い、しかし格式ありげな民家が見える。古式という言葉を否応なく思わせさせられる。そんな風景。それが新緑にはえる山中に、ドッシリと根をおろしたように確として現れている。ちょっと感動的。今日、このあと二つの寺を見学したが、それらよりも、この風景がより心に残った。歴史の重みを感じさせられた。
001_20260516000401  近鉄の桜井駅をとおり街中に入り、少し山が近くなって郊外にでたというところで駐車場に入った。晴天のゴールデンウィークの午後にもかかわらず駐車場にバスは1台も留まっていなかった。駐車場をでて、町の電気屋さんがある普通の通りを歩き、ちょっと入ると山門がとってつけたようなのが通りの奥に見えた。安倍文殊院は、飛鳥時代創建の古い寺院のはずだが山門からの参道は桜並木の公園の散歩道のような風情。桜の花はとうに散って緑の葉が繁っている。左側にコンクリートの白い建物をみながら正面の石段を上がると本堂がある。本堂の前で、赤い作務衣のようなユニフォームを着たアルバイトの若い女の子に団体さんはこちらと、さっき見た白いコンクリートの客殿に案内され、靴を脱いで座敷に上がるとテーブル席が用意され、茶菓子が置かれ、席に着くと、さっきの女の子が抹茶を配ってきた。お茶をいただきながら黄色い袈裟の坊主の話を聞く。寺の由緒から、安倍晴明の生地がここだとか、結界がどうだとか、同じ毎日が繰り返すのが実は幸せなのだとか。この寺は華厳宗だよね。華厳経ってナーガジュルナの唯識をまとめたやつだよね。無だよね。えっ!靴を履いて本堂に行こうとすると、さきほどの茶菓子の予約を勧誘している。本堂見学の後お渡しするように用意します。本堂では団体さんはこちらの下足箱を使用してください、と。本堂にあがると長椅子が用意され、順番にすわる。さっき法話?した黄色い袈裟の坊主が待っていて本尊の説明。親切なことだ。この寺は檀家がなく祈祷で食っているとのこと。つまり観光客あいての商売ということか。団体まとめて本尊にご祈祷で、あとは自由に見学。本尊は文殊菩薩。なんで?法話ではその説明はなし。肝心な話だと思うが。日本三大文殊菩薩?のひとつだという。鎌倉時代の仏師快慶の作とのこと。木造の本堂の奥に付け足しのように耐震の最新建築の白い空間に間接照明のライトアップで置かれている。そこだけ博物館のよう。一応、仏像の前に賽銭箱が置いてある。仏像は鎌倉時代の写実的な身体表現で、ああ快慶だ、と安心して見ていられる。一緒に並ぶ4体の脇侍も写実的で、痩せて浮き出たあばらの様子、走り去る童子の動感…。たしかに悪くない。ただ、この仏像だけを見に、わざわざここまで出かけてくるというほどのものではない。この一帯の寺めぐりをして、いくつかの中のひとつとして他の仏像と比べて、ポイントとなるほどに、いい仏像だと思います。本堂から出て、池に突き出るように建っている八角形の金閣浮御堂は寺というよりビルディング。小さな御堂や像が散在しているけれど、観光客にひとつでも多くの見るところを設ける。数をとりあえず揃える。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるてなもん。一通り全部回ってみたけれど時間の無駄。
1000001517_20260516000601  次の岡寺まではバスで10分ちょっと。山の端をいき、細い道をすこし上がったところ。駐車場でバスを降りて、左手の急坂を上る。寺参りに来たのに山登りをするなんてというほど。なれない人はとなりに階段をきってあるので、そっちを上る。坂を登り切ると左手奥に小さな仁王門。その手前に拝観受付。門の両脇の仁王像は素朴、稚拙な味わい…と言っておこう。門を入ると手水場そして小さな池。そこに色とりどりの花が池面を覆い尽くすように浮かべられている。絶好の映える撮影スポットというところ。ここからZ型に石段を上がると、ようやく本堂が見えてきます。正面ではなく横向きで、山の中腹にへばりつくように狭いところ建っているため仕方がないのでしょう。唐破風の立派な構えで、風雨にさらされて、渋く枯れた風情が、私の好みかもしれません。本堂へは、靴をぬいで入ることができました。本尊の如意輪観音は高さ4.85mもある日本最大の塑像ということです。室内で座して見ると、大きくて、かなり見上げるようです。塑像なので、そしてちょっと引っ込んでいるので、印象は茫洋としている。本堂には本尊の後ろ側へと回廊が設けられており、自由に巡ることができます。脇士の勢至菩薩と観音菩薩は動感があって、こっちはいいです。本堂からさらに上がって奥の院は石楠花が多数生えていましたが、花は終わってしまっていて残念でした。本堂と仁王門以外は、建築も見るべきものはないと思います。奈良の寺は、京都の寺と違って商売があからさま、よく言えば素直、すれていない印象です。今日回った寺は外人さんがいませんでした。要は、そういうことです。晴天のゴールデンウィークで、混雑とは言い難い状況。閑散としているわけではありませんが。まあ、だからいいのかもしれません。今日はこれでおしまい。あとはホテルへ。

 

2026年5月10日 (日)

チュルリョーニス展 内なる星図(5)~3章 リトアニアに捧げるファンタジー

 故郷のリトアニアに戻ったチュルリョーニスは、民族主義運動に与するようになり、民族主義的なファンタジーなどといった、一見、人々に分かりやすい画面に変わっていきます。
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 「ライガルダス」という三連の風景画。これまで、抽象画っぽい、図式的な作品から、具象っぽい風景画に変わってきたので、少し驚きました。チュルリョーニスの故郷の風景ということなのでしょうが、ただ写実というのではないような気がします。というのも、この画面には2章で見た音楽のような構成がされているように見えるからです。例えば、三つの作品を串刺しのように横断するように流れる白い川は、「第3ソナタ」のシリーズの諸作品を横断する蛇のようです。この作品は水平が基本構造で、その川がその軸となっている。しかし、その軸となっている川は屈曲もしている。その川に沿って並木のように木立が反復しています。水平の軸である川に直交する縦の楔のように立木の垂直線が反復し、それがリズムを生んでいる。その垂直の楔の反復ははるか遠景にも見られ、楔の反復が、今度は遠景、中景、前景と反復している。
Ciurlionisgrand_20260510000101  「リトアニアの墓地」という作品。藤城清治の影絵みたいです。夜の墓場の光景なのでしょうが、恐さとか不気味さは全くありません。墓標が林立している黒い影は、影絵の装飾的な塔のように見えます。これは、リトアニアの十字架というものだそうです。夜の空は水平な層をなして、暗い緑のグラデーションが施され、そこにアクセントのように白で星が点々とある。装飾的な図案のようでもあり、幻想的でもある。
Ciurlionislightning  「稲妻」という作品。リトアニアの神話。伝説をもとにしたオペラの舞台装置を考えるなかから描かれた作品ということらしいのですが、画面中央の稲妻でしょうか、まるで氷化したように白く固まって実体化し、それが水面に映っている(チュルリョーニスは水面に物が映るという光景を好むようです)。7本立ち並んでいるかぎ裂き型の氷柱が、まるでダンスを踊っているようにも見えます。背景の暗くうねる雷雲は、壮大な宮殿のように広がっています。舞台装置としての効果を意図したものでしょうか。それが、神話的な荘厳な雰囲気をつくりだしていると思います。
 自作の音楽作品の楽譜を出版するさいに、その装丁として描かれたペンにインクで描かれた作品だろうと思います。図案というせいもあって、シンメトリーになっています。しかし、それを感じさせないフリーハンドのテイストが強く感じられます。チュルリョーニスの作品には、どこらフリーハンドの手作り感というか、完璧さの一歩手前で立ち止まるような雰囲気があって、それが素朴な感じ、あたたかみのようなものを感じさせるところがあります。しかし、これらの作品は細密に描き込まれています。その細かさには感心します。
Ciurlionisatls  「祭壇」という作品です。展覧会チラシでも使われていたので、代表作ということなのでしょう。ピラミッドのような巨大な祭壇の背後に、金色の海原が広がる。「モニュメンタルな量塊感と海の平面性が対比され、静けさの中に存在感がある」と説明されています。はるか上空からの鳥瞰的な視点は、ブリューゲルの名画「バベルの塔」を思わせもする。祭壇の各面には太陽や騎士、塔、天使といった、チュルリョーニスが好んだ神秘的なモチーフがちりばめられている。橋の下には二つの太陽が潜み、騎士は竜に向かって弓を引き、天使たちは一列に並んで階段を上る。祭壇の右側の面は影に沈み、画面の外から降り注ぐ太陽光線の明るさを、かえって強調している。祭壇の左側の海面に目を凝らせば、煙突から白い煙がたなびく船が点々と浮かんでいる。世俗の煙と聖なる共鳴は、人間の卑近な営みと精神的な世界が、実は地続きなのだと示唆するようでもある。少し、ヒルマ・アフ・クリントの「祭壇画」を思わせもする。
Ciurlionisrex  「レックス」はチュルリョーニスには珍しい大作です。これまでの作品の集大成のような作品です。図式的といっていい構成で、画面全体は、茶、紫、金を基調とした抑制されたモノクロームで統一されています。この構成は、どこか、ドイツ・ロマン派のフィリップ・オットー・ルンゲの作品を思わせるような、内面的ななにかを象徴するような感じがします。この作品で描かれている個々のモチーフには、それぞれシンボリックな意味があるのでしょうが、私は、画面の構成と配置が、これまでの彼の作品の集大成であると思います。
 展示会場は、展示作品が80点と少ないようで、会場のスペースが余っていて、そこに葛飾北斎の富嶽三十六景の版画が展示されていました。そっちの方が混んでいました。とくに外国人が多かった。チュルリョーニス展の方はそれほどでもなかった。でも、今回は、昨年のヒルマ・アフ・クリントに続いて、こんな画家が隠れていたんだという驚きを含めて、いい展覧会でした。

 

2026年5月 9日 (土)

チュルリョーニス展 内なる星図(4)~2章 交響する絵画

 ここで展示されている作品は、タイトルが「プレリュード」とか「ソナタ」という音楽用語から採られているものばかりです。チュルリョーニスは作曲家でもあったわけで、音楽と絵画の融合などと説明されていたようです。そのどこが?私には分かりません。この展示スペースではチュルリョーニスの管弦楽作品の一部がリピートで流れていました。ファンファーレが繰り返されるように聞こえて、そのわりに力が抜けている、なんだか不思議な音楽でした。
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 「プレリュード(二連画「プレリュード、フーガ」より)」は、並んで展示されている「フーガ(二連画「プレリュード、フーガ」より)」とセットだろうと思います。画面中央にバナナみたいな物体が、水に浮かんでいるように在ります。そのバナナみたいなものが短い線が無数に集まって作られているようなのが、その線がムズムズと蠢いているようで、どことなく不気味です。このような感覚は、最初に見た「森の囁き」にも感じられたものです。おそらく、このような不気味さをチュルリョーニスは底流に持っていたのではないかと思います。普段は隠れているのに、時折、ふとしたはずみで顔をのぞかせる。それがこの作品だったり、「森の囁き」だったりする。ところで、この作品の画面の右下に波形が黒くシルエットのように描かれています。その波形が、次の「フーガ(二連画「プレリュード、フーガ」より)」の右下の樹林のシルエットに続いているのでしょうか。つまり、「プレリュード」の波形が「フーガ」に引き継がれると樹林のシルエットになり、その樹の形が画面の上の方では変化しつつ繰り返される。画面上部の水平な線の上下で樹木が並ぶように反復される模様は、バッハの「音楽の捧げもの」の反転フーガの楽譜を見ているような感じがしました。樹木は大きくなったり小さくなったり、色が濃くなったり薄くなったり、上向きになったり下向きになったりします。また、画面下部で、樹林のシルエットが前景と後景の二つのラインで描かれているのは、さながらフーガの通奏低音といったところでしょうか。チュルリョーニスは音楽と関係して描くといっても、楽譜の音の関係の構図を絵画の構成に置き換えたと見ることもできるのではないでしょうか。それは音楽の情緒などとは関係なく、音楽の音と音との関係を視覚イメージにしたものだと思います。“《フーガ》は《プレリュード》から引き継いだ抽象的な形態─首を垂れて座る人間や上方を指差す手、あるいは塔を思わせるシルエット─に加え、モミの木を主題とする。各モティーフは形や色の微妙な変奏を伴いつつ反復され、しだいに大きく、やがて小さく、まばらになることで、静謐でありながらも劇的な音楽性を喚起する。両面を水平に分節する複数の層は多声音楽を構成する複数の声部に相当し、おのおのが独立しつつ、相互に補完している。一見したところ水面の反映像のようにも見える反転したモミの木のイメージは、「転向」(主題の反転)という、フーガ形式においてしばしば用いられる対位法的技法に相当するものである。(図説P.89)”と要領よく説明されていました。
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 「第3ソナタ(蛇のソナタ)」という4作品のシリーズです。クラシック音楽のソナタという楽曲が、通常4楽章という4つの部分から構成されていることにならったのでしょうか。4つの作品の画面の中心には蛇がいて、淡い緑の色調で統一されています。前の「プレリュード・フーガ」もそうですが、ここで展示されている作品は、淡い色彩で、それゆえに描かれたもののかたちが霞んだりしていて、それが幻想的・神秘的な雰囲気を与えてくれます。一つ目が「アレグロ」という作品。蛇はどこにいるかというと、前景、中景、後景にある建物を結んでいるS字に曲がった道路のようなものが、実は蛇です。ソナタという楽曲の第1楽章は通常、ソナタ形式で作られています。ソナタ形式とは、簡単に言うと、最初に主題という中心となるメロディが提示され(提示部)、それがいろいろと細工を加えられて繰り返し(展開部)、最後にもとの主題に戻ってくる(再現部)という三つの部分から構成されているものです。それが、この画面では、前景、中景、後景の三つの部分に分かれており、それがソナタ形式の三つの部分に当てはまるということでしょう。そして、三つの部分を繋ぐように、屈曲しているのが蛇で、さながら、それは音楽の大きな流れに擬えているのかもしれません。そんな難しいことを考えなくても、手前から上方、奥の方に向かって、曲がりくねった道を、段々と奥に向かっていくと上昇し、山の頂上の神殿みたいなところに至るように視線が導かれるようになっているのが分かります。この作品で感じられるリズムは、屈曲する蛇を支えるように立ち並ぶ柱や点々と並ぶ木々。そして、アクセントとなっているのが建物の石垣です。全体に淡くぼんやりと描かれているなかで、この石垣だけが明確な線で輪郭がはっきり引かれていて、強調されているかのようです。次の「アンダンテ」は、普通、ソナタの楽曲では、がっちりとした構成的なアレグロについて、ゆったりとして感情のこもったメロディをシンプルに聞かせるところです。この作品でも、「アレグロ」に比べて画面はシンプルです。蛇は、画面を水平に横断するように直線になって浮いています。「アレグロ」のように細かくリズムを刻むものはなく、全体がゆったりしています。「アレグロ」では明確に強調されていた石垣が、ここでは画面中央で輪郭線は薄くなり、ぼんやりと霞んでいます。構築的なものは薄まっている。その後の「スケルツォ」はソナタの楽曲のなかでは、いわゆる舞曲で、それまで聞かれてきた休憩のように軽く身体を動かしてリラックスするような箇所です。その感じは、画面左上、垂直な柱が稠密に立ち並んでいるところから生まれてくるリズムや、夜空に浮かぶ星がゆったりとしたリズムを生んでいます。そして、それ以外の画面左側は静かな夜の海がひろがり、地上の建物を水面に映し出しています。そして、蛇は、画面の中央で直立して鎌首をこちらに向けています。一見では、塔のように見えます。よく見ると手前の緑の陸地には、小さな花が咲き、虫が飛んでいます。しかし、それはよく見ないと分からないほど、さりげない生命感です。最後の「フィナーレ」は全曲の締めです。再び攻勢が緊密になりますが「アレグロ」の場合のように、あからさまではない。山々が多層的にかさなりますが、その山々を覆う半透明の霧は、とても油絵では描けないようなものではないでしょうか。そして、淡いグリーンのグラデーション。この作品をみると、チュルリョーニスがテンペラ画を描くわけが分かるような気がします。最後に蛇はいなくなってしまったのでしょうか。
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 「第5ソナタ(海のソナタ)」のシリーズは3つの作品から成っています。チュルリョーニスという人は何かを描く人ではない。具象画のように対象を描くというのでもない、抽象画のように見えないもの感情や理念を描くというのでもない。だから、彼の絵画を抽象画というのは適切ではない。絵画を描くのは、彼にとっては画面を構成する、構築的にデザインするということなのかもしれません。それも、頭で考える、構想するといより、描く=構築するという作業を手で行うことを楽しむ。それゆえにフリーハンドの歪みのようなものがあってもよしとする。そんなように思えます。最初の「アレグロ」は、何層にもなる波と、その波が生み出す泡沫が作り出すリズムと、上部の陸地が波と鏡像のように山の連なりが波のように見えて、下部の海とは違うリズムを作っています。一番下の層では泡沫が黒い丸としてクッキリ描かれていて、それが水平な層で並んでいるのが、波とは別のリズムを作り出し、一方画面の最上部では山の木々が黒い点にように描かれていて、これもまた、山とは別のリズムを作り出しています。その一方で、海の中層は半透明の波が何層も重なって、その透き通った底には魚が透けて見えます。それが、どこか牧歌的な平和があります。次に「アンダンテ」は「蛇のソナタ」の「アンダンテ」と似て、水平で穏やかな印象の作品です。重層的な奥行きを備えた空間に、最上層の水平線上の二艘の船がかたちづくる眼から零れ落ちる涙のような泡が日本の垂直線にように映る。その垂直は中央の帆船を縦断している。この構成は、シンメトリーのようでいて、正確な左右対称ではない。その崩れが、却って落ち着きと平穏をもたらしている。ここでの水平の層は細かく微妙に明暗のグラデーションが施されていて、その細かさはさりげない。それは、音楽の演奏の強弱、だんだんと弱くなったり、強くなったりというクレッシェンドとディヌミエンドを彷彿とさせます。「フィナーレ」では、その平穏と均衡が破られます。
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 「第6ソナタ(星のソナタ)」は2作品から成っています。だんだんとファンタジー的から図式的あるいは抽象画的になってきました。極端なことをいえば、チュルリョーニスの作品はテンペラ画ですが、この画面を、仮に、油絵で鮮やかな原色が対立するように描くとカンディンスキーの作品に見えるのではないか。そういうメリハリがあります。画面を横切るような水平の帯が半透明の白で、チュルリョーニスならではというもので、これはカンディンスキーには見られない。
 ある意味、ここで展示されている作品は、チュルリョーニスの作品のなかでもっとも突出していると思います。

 

2026年5月 7日 (木)

チュルリョーニス展 内なる星図(3)~1章 自然のリズム

 このコーナーの入り口のところ、コーナーの説明の掲示の前に折鶴のような鳥が1羽、糸で吊るされていました。それに照明があたって、掲示に影が映っている。チュルリョーニスは絵画にサインを残さなかったそうです。その代わりに鳥の象徴が彼自身のサインと見なされていたということです。吊り下げられた鳥は、チュルリョーニスのサインのシンボルということでしょうか。これは、この後、2章では2羽の鳥が吊り下げられていました。
Ciurlionismountain  1906年の「山」という作品です。巨大な山塊が波や人物の横顔にも見える不定形として現れます。1905年にロシアのコーカサス地方を旅した時に見たエルプルス山の思い出がモチーフになっているということです。しかし、“チュルリョーニスの作品においては、写実的ないし地誌的な風景描写はごくわずかな例外を除き存在しない。そこではむしろ、自然の生命感が抽象的に捉えられ、抒情的な気分や象徴的な意味を吹き込まれている。自然のモティーフはしばしば擬人的な形態で表わされ、時には画材が生み出す偶発的なイメージを利用することもあった。(図録P.54)”と説明されています。私には、おそらくテンペラ画をはじめて未だ慣れていないのか、山に積もった雪の白が絵の具が伸びずに、粒のように固まってしまっているのが、油絵の具のマチエールのような盛り上がりに似たものに見えて、それがチュルリョーニスの作品としては珍しい。
Ciurlionissea  同年の「夜の海」という作品です。この作品でもテンペラ画に慣れていないのか、筆の塗り跡が残ったり、かすれた跡が見られます。それらが却って画面に風情を生んでいる。水平に塗った筆の跡が画面上に帯のように残っていて、それが夜の海の波だったり、星空の暗さの段階の表現の様になっていて、時に絵の具が掠れたのがそのまま残っているのと相俟って、夜の暗い海で、よく見えないまま、波が寄せては返す動きを、巧まずに見る者に感じさせる。画面のいくつもの水平の帯が、画面にリズムを生んでいて、それが波の動きを感じさせる。チュルリョーニスは繰り返しが好きなようで、ここでは水平な線を繰り返していますが、繰り返しがリズムを生むというのは、この作品でも見られます。
Ciurlionisdry  この後、銅版画作品が並んでいました。フッ素エッチングという珍しい技法なのだそうですが、そういう説明は流して、並んでいる作品を見ていると、雑という印象を受けます。これらを見ていると、この人は画面を完璧に仕上げるという志向はないということが分かります。おそらく、自分は、これを描きたいというのがあって、それが描けたら、それでオッケー、という人なのではないかと思えてきます。それに加えて、この人は絵画の要素の一つとしての“線”へのこだわりが見られないということです。線だけで画面がつくられる銅版画をみていると、それが顕著に分かります。その中で「枯木」という作品です。葉の落ちた1本の木を描いたものですが、写実的なものとはいえず、象徴的というか、「枯木」なるものを抽象化しているような感じです。これを見ていて、モンドリアンの林檎の木の連作を思い出しました。モンドリアンは林檎の木の連作は写実的な絵画から徐々に色や形が取り払われて抽象的になっていくのが段階的に分かるようになっていますが、このチュルリョーニスの「枯木」は、この木という個別性が取り払われて、枯れ木に見える「形」が描かれている、というように見えます。
Ciurlionisspring  続いて、四季の連作が並んでいました。その中から「春のモチーフ」です。四季の内、春は4作品が続き、これは、その最初です。左右から、数輪の花をつけた枝が鐘楼に向かって伸びている。鐘楼の鐘は春の訪れを告げる。その背後には雲が地平線全体を覆い、雲が近づくにつれて隙間が増え、青空がより多く見えるようになる。この画面は全体としてシンメトリーのような構成になっていますが、正確には対称ではない。そのあたりの緩さにより、画面は図式化を免れている。悪く言えば、雑で大雑把。その大雑把さは、空に浮かんでいる雲にも言えます。同じようで、同じでない。似たものが、いくつも、反復するように並び、それらは同じようでいて少しずつ違っている。それは、まるで、ピアニストが演奏の中で、同じようなフレーズを決して同じようには弾かず、必ず何かしらの変化をつけて弾くかのようです。この作品では、空を覆い尽くすように、雲がびっしりと並び、それらが反復することで、画面にリズムを作り出しています。そしてまた、その雲の間に見えている青空の描き方も大雑把で、筆の跡が残されています。その筆跡が、まるで風の流のようで、それがまた、雲とは違うリズムを生み出しています。画面では、雲の作り出す大きなリズムの陰で、空のリズムが違う流を別に作り出している。
Ciurlionisspring2 Ciurlionisspring3 Ciurlionisspring4

 「春」というタイトルの作品が3枚続いて展示されていました。この三つの「春」と「春のモチーフ」には樹木をモチーフとしている点で共通、というより反復があります。一つ目の「春」では雪解けの始まった大地で、葉を落とした木は陽光を浴びます。二つ目の「春」では、大地に雪解け水が流れ込み、木には若葉が芽吹きます。そして、三つ目の「春」では豊かに葉を茂られた木は花を咲かせるのです。一つ目の「春」では、画面下部の解け残った雪の白と雪解けで現れた大地の黒の模様が、画面上部の薄暗い空で薄ぼんやりした雲と写し鏡のように見えてきます。さらに、その大地の周りを柵で囲ってありますが、その柵の支柱が垂直の黒い線として稠密に並んでいる。しかも、大地が半島のように川に突き出ているのに応じて、柵も半円状に続いているため、支柱は遠近的に長くなったり短くなったり変化している。しかも、チュルリョーニスはフリーハンドの曖昧さで描いているので不揃い。その支柱の縦の線の反復がリズムを生み、そこに二本の立木が斜めに入ってくる。これは最初に見た「森の囁き」で建てに並んだ木々の倒木の斜線が入ってくるというのの繰り返しでしょう。そして、二番目の「春」では、雪解け水が流れだし、その流れで分断された崖の緑が四つ並んで、反復しているかのようです。そして、三つ目の「春」では三本の木の反復です。この三本の木は二つ目の「春」で画面中央にひょろひょろと立っていた若木とその足元で芽を出していた若草から連なっているのでしょうか。それは別として、木々の上部で緑の葉から白い花でしょうか、それが不規則に並んでいるのが、三本の木にそれぞれあるのと、木々の間を白い蝶が飛んでいるのと、画面に白い点が反復している。さらに、木々の足元の大地で小さな草が花を咲かせている。それが並んでいるかのように反復している。チュルリョーニスの画面は、このように構成的なのですが、決して図式的にならない。それは、彼が几帳面に描くことをせず(もしかして雑にしか描けない?)、例えばシンメトリックな構図でも、シンメトリーにならず、どこか崩れているためでしょうか。これは、音楽でいえば、コンピュータが規則的に刻んだリズムより、人がどこか規則からズレながら作り出すリズムの方にグルーヴとかノリが生まれるのと同じようなことではないかと思います。
Ciurlionissummer  春は4枚の作品が展示されているのに、「夏」は1枚だけです。この作品では“水彩のように薄めたテンペラ絵の具を用いて、絵の具が支持体の上を流れ落ちるのに任せて木の幹を表現している。画面上部の灰色の雲と木の葉は渾然一体となり、そこから大地に伸びる木によって、天と地の調和が暗示されている。(図録P.75)”ということです。要は、画面で縦にひょろひょろと何本も伸びている線は、筆で引かれたのではなくて、絵の具が流れ落ちた軌跡ということです。それだから、途中で切れて宙に浮いているのもあるわけだ。この作品は、この縦の線のリズムと、その線の間に描かれた、というより、描かれた上に絵の具が流れて縦の線になったのが正しいのでしょうが、雲、角の丸くなった白い四角形が少しずつ変化しながら反復している。この二つの反復がそれぞれ違うリズムを作っている。
Ciurlioniswinter Ciurlioniswinter2

 秋はなく、冬は8点の作品が展示されていました。冬は総じて、白が作り出すリズムが中心で、その白は雪です。8点全部は紹介しませんが、「冬Ⅰ」で、降っている雪は、そのひとつひとつが結晶のように描かれています。*印ですが。それが、強い風が吹いているためでしょうか、木の右側にだけ貼りついたように積もっています。霧氷でしょうか。その積もっているギザギザの線、そして木の足元の草に雪が積もって短い垂直線が無数に並んでいる。これらの白が画面上で反復されているのです。「冬Ⅵ」は、「夏」で絵の具を画面で流して木の幹を表現したのと同じ手法で、雪の貼りついた木の幹を白い絵の具を流して表現しています。ここでは、白い絵の具のグラデーションと滲み、そして、絵の具が透き通るのは、油絵ではできない。チュルリョーニスがテンペラ画をもっぱら描いたのは、こういうところにあるのかもしれません。それにしても、まるで白の単色であるかのようにも見えてしまう。どこか水墨画の風情も感じられます。

 

2026年5月 6日 (水)

チュルリョーニス展 内なる星図(2)~プロローグ

 展示室に入ると、ポロロンとピアノの響きが聞こえた。メロディラインがはっきりせず、あまり自己主張のない音楽。エリック・サティの「家具の音楽」のような、いわゆる環境音楽のような、静かで控えめな音楽。チュルリョーニスの作曲したピアノ曲とのこと。
Ciurlioniswoods  「森の囁き」は1904年のチュルリョーニスがワルシャワ美術学校の学生時代の作品ということです。展示されている作品の中で唯一の油絵作品です。最初に、この作品を見たときには何とも思わなかったのですが、この後の作品を見ていって、その後で、振り返るようにこの作品を見ると、彼の他の作品とは異質さを感じます。この後に描かれた彼の作品のほとんどはテンペラ画で、この作品だけが油絵ということで、油絵の具の重さというか、色の強さが、とても目立っています。画面も暗さが際立っているというか、全体に重い。これは、部屋で響いているピアノ音楽とも異質で、おそらく、チュルリョーニスの性格と合わなかったかもしない。黒に緑が混じった木立が林立している暗い森に透明な手の形をしたものが、霧のように漂っている。それは、森の木立が竪琴の弦に見立てられ、その弦をつま弾く手が、あたかも木々の間を吹き抜ける風のように表わされている。この透明な手の描き方がすごい。チュルリョーニスには透けて見えるという半透明、敢えて言えば実体があるのとないとの中間的な半存在とでもいえるものの嗜好があるように思います。こういう半透明は、後の作品でも見らます。それは別にして、この作品は、ただ森の木立を竪琴に擬えた単なる暗示的な作品かというと、木立による垂直の線と半透明の手の水平線が直交し、そこに斜めに倒木が斜交する(この倒木は垂直の木立とぶつかる筈なのに、透明になって透けてしまっている)という図面のような構成になっている。しかも、見ていても図面の感じはまったくない。それが、この人の画面の構成の大きな特徴であると思います。

 

2026年5月 5日 (火)

チュルリョーニス展 内なる星図

Ciurlionispos  4月に入ってすぐ、都心での用事が思いのほかスムーズに終わったので、時間が余ったので、上野の西洋美術館に寄り道。平日の午前だし、上野もそれほど混み合ってはいないだろう。そう思っていて、公園口の改札をでて、駅前の広場には多数の人の姿。ほとんどが外国人。そういえば、まだ桜の花が散っていなかった。でも、西洋美術館でやっているチュルリョーニスは、印象派でもルネサンスでもないし、日本では知られていない画家だから、展覧会の会期も始まったばかりだし、それほど混んではいないと思っていた。しかし、実際に美術館に行ってみたら、入場券売り場に行列ができていて、係員が交通整理していた。並んでいたのは、半分以上が外国人。それで、それぞれの人が売り場で時間がかかり、列がなかなか進まない。予想が外れた。よく見たら、北斎の富嶽三十六景の特別展もやっていた。外国人は、そっちか、と納得した。玄関を入って地下の企画展示室に入ると、チュルリョーニス展と富嶽三十六景の特別展の二手に分かれている。チュルリョーニス展は、それほどスペースをとらないようで、その空いたスペースで北斎をやっているという感じでしょうか。入場券売り場が行列していた割には、展示会場にはそれほど人は多くはなかった。まだ、学校は春休み中なのか、学生や家族連れの姿が目立った。少なくない外国人の姿も。チュルリョーニス展の中身は、それほど悪くはないので、会期が進むと、これから来場者は増えていくと思う。会期の早いうちに訪れてよかったと思う。
 ここで、チュルリョーニスの紹介を兼ねて主催者のあいさつを引用します。
 “このたび、「チュルリョーニス展 内なる星図」を開催する運びとなりました。
本展覧会は、リトアニアを代表する芸術家であるミカロス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875~1911)について、彼の絵画作品を中心にご紹介するものです。リトアニアの地方の慎ましい家庭に生まれたチュルリョーニスは、幼少の頃から音楽の才能を示し、初め作曲を学びますが、しだいに絵画の道へと強く惹かれていきます。ところが、画家としての成熟を迎えた矢先、過労と精神的負担により健康を損ね、わずか35歳の若さで生涯を閉じることとなります。チュルリョーニスが絵画制作に集中的に取り組んだ時期は1903年頃から1909年までのおよそ6年間に過ぎませんが、その短い画業のなかで、実に300点以上もの作品が手掛けられました。一方、彼が作曲家として生涯に制作した音楽作品の数は、400点にのぼるとされます。芸術家の死後、長きにわたる不遇の歴史を乗り越え、今日その絵画作品は象徴主義と抽象を架橋する存在として国際的な美術史のなかに正当に位置づけられています。
 日本で34年ぶりの大回顧展となる本展では、カナウスの国立M.Kチュルリョーニス美術館が所蔵する代表的な絵画や版画、楽譜など、約80点をご紹介します。
 チュルリョーニスの芸術は、20世紀初頭という時代の転換期に、ロシア帝国の支配下で民族解放運動の只中にあったリトアニアにおいてかたちづくられ、同国の近代文化の礎となりました。私たちはその作品を介して、リトアニアの豊かな自然や古より伝わる物語と信仰、穏やかで繊細な気質といった、民族の精神そのものに触れることができます。しかし、芸術家としてのチュルリョーニスは民族的であると同時に、きわめてコスモポリタン的であります。彼は芸術制作を通じ、人間の内面世界や宇宙の神秘をめぐる探究を続けました。その絵画作品は音楽的なリズムやハーモニーを伴いながら、一民族の枠組みを遥かに越えて、見る者の心に深く響くことでしょう。”
それでは、作品を見ていくことにしましょう。

 

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