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2026年6月

2026年6月17日 (水)

読売日本交響楽団 第693回名曲シリーズ演奏会

001_20260617234901  サントリー・ホールで小林研一郎指揮読売日本交響楽団の演奏会を聴いてきました。コバケンの熱演でしたが、約二十年ぶりに見たコバケンは爺さんになったという印象。たしかに演奏らは熱がありましたが、何か晩年の朝比奈隆の指揮した演奏会みたいな熱狂的な信者の集会のような雰囲気が少なからず感じられました。私には、ちょっとついていけない。
 プログラムは次の通り
ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調Op.10
  ピアノ 牛田智大
   アンコール:ブラームスの間奏曲Op.118の2
チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調Op.64
   アンコール:アイルランド民謡「ダニーボーイ」

 

 前半の演奏が終わって休憩時間となり、人々が席を立とうとしたちょうどその時、地震がありました。けっこう揺れて、サントリーホールの天井から吊られた雲形が揺れによってぶつかって、ガチャンと大きな音がしていました。また、人々のスマートフォンのアラームが一斉になり出して、一時場内が騒然としました。ちょうど演奏が、おわったところで地震が起こった、そのタイミングはよかったと思いましたそれが、この演奏会では、一番印象に残りました。あと、指揮者がコバケンだからなのでしょうか、これまでいってきた読響の演奏会に比べて老人の客がとくに多かったように見えました。
 前半の演奏については、ショパンの第2ピアノ協奏曲は、ショパンコンクールの決勝で、この曲を選択して優勝した人はいないという噂を思い出しました。同じショパンの第1ピアノ協奏曲に比べて、劇的な盛り上がりがないというか、よくいえば淡々としている。悪く言えば、曲そのものが平板としている。今回の演奏を聞いていて、そういう曲だということがよく分かりました。そんな曲を盛り上げるのはピアニストの力量に負っているのでしょう。今日のピアニストは、そういうピアニストだったと思います。バックのオーケストラもどこか気の抜けたような薄い音で、それは、後半のチャイコフスキーのオーケストラとは別のオケかと思わせるほどだったので、分かりました。
 後半のチャイコフスキーはコバケン節が炸裂といっていいのでしょう。コバケン節といっても、メロディを歌わせるというのではないのですが、例えば、終楽章にはいった冒頭でロンド主題を朗々と謳うところなど、この指揮者は、メロディを歌わせることもなく、メロディを長くフレージングするのではなく、メロディの途中で細かく切ってしまう。それでは無機的で無愛想になってしまうが、この演奏はメロディの中に細かな強弱をつけて、メロディの演奏が波打つようになると、そこに動きが生まれる。それでうまれるグローヴがコバケン節なのではないか思います。それと、フレーズの入りに力が入る弾き方がされているので、弾きぶりに気合が入っている印象を全体に与える。オーケストラ全体が、がなり立てるといっていいほど、鳴らしている。各演奏者が、まるで競っているかのようで、それが全体としての演奏に強い緊張感を生み出している。それが、コバケンの熱演なのだということでしょうか。また、この指揮者は、あまりテンポを変えません。終楽章はロンド主題の繰り返しで、終わりに向かって段々とテンポが上がっていって、それにつれて盛り上がる演奏が好きなのですが、この指揮者はテンポを上げることをしません。盛り上がりは、主に音量の大小のメリハリで作り出しています。それに加えて、メロディの弾きぶりに強弱をつけて波を作り出すグローヴを指摘しましたが、それをロンド主題の繰り返しでは強調するように行い、繰り返しが重なるようになると、波が重層的になって、波が波を生むようなダイナミックな動きとなって、独特の盛り上がりをしていました。こういうのもありなのか、と思いました。独特のノリです。会場はかなり盛り上がっていたようです。たた、私の好みではありません。この曲は、もっと盛り上がるはずなのだが、というのが正直な感想です。

 

2026年6月 4日 (木)

小山実稚恵リサイタル<未来永劫>

001_20260604231101  2026年6月3日(水)サントリー・ホール
 サントリー・ホールで小山実稚恵の演奏会を聴いてきました。
 プログラムは次の通り
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番ホ長調Op109
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番変イ長調Op110
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番ハ短調Op111
アンコール:JSバッハ:平均律グラヴィーア曲集第1巻から第1曲プレリュード
 東京は台風直撃の暴風。日中の予定はすべてキャンセル。でも演奏会は予定通り開かれるとのことで、夕方から都心にでかける。ちょうど雨がやんだが、電車は台風で外出を控えた人が多かったようで、空いていた。サントリー・ホールのあるアーク・ヒルズは、今日は人の姿はすくない。いつもと違う雰囲気で会場にはいった。1階席はだいたい埋まっているが、2階席は半分ほどが空席。私の席は舞台の後ろ側のP席。一番前で、ピアニストはすぐ目の前で、指の動きがよく見える。この人の実演を聴くのは初めてですが、テレビで演奏する映像を何度も見ていて、スムーズに弾く人だという印象を持っていました。しかし、曲目がベートーヴェンだからなのでしょうか、妙に力が入って、とくにフォルテのところは力ずくで弾いているように見えました。それゆえか、意外とフォルテの音が濁っていて、テレビで見たショパンの演奏とは印象が異なっていました。とはいえ、ショパンの演奏で感じた、サラッと弾いてしまうところは、今日のベートーヴェンの演奏でもそうでした。
 最初第30番のソナタの冒頭。ベートーヴェンの晩年のピアノ・ソナタではめずらしい前向きで推進力のあるメロディですが、このひとの演奏は、楽譜の小節ごとに完結しているような弾き方で、整っているのですが、繰り返すメロディがつながって、まるで一本の糸のように繋がっている感じがしません。それゆえ、メロディが曲を進めていくような感じがしなくて、ひとつひとつのメロディが整って配置されている、という感じになっていました。それゆえ、第2楽章で、音が強くなって、アグレッシブにテンポアップするところが、推進力が一気に高まるという、この曲の前向きなところが強く印象付けられるところが、ゆっくりした第1楽章から、活動的な第2楽章に場面転換するという感じになります。ピアノ・ソナタの演奏としては、今日の演奏の方が整っているのでしょうが、私には、ちょっと物足りない。第3楽章はベートーヴェンの晩年のソナタに特徴的な変奏曲形式で、長くなってしまうところ。悪く言えば、呆け老人の繰り言といもいえる垂れ流しのような音楽。この人の演奏は、節度があるというか垂れ流しになるような惑溺を許さない。ややもすると単調になってしまいがちなところが、そうさせないのは、上手いピアニストだと思いました。とはいえ、変奏曲なのに、各変奏が始まったときに驚きとか、ワクワクするところがあまりなく、サラッと流れてしまう。引っかからない、キレイな演奏なのですが。
 第31番のソナタのつくりは第30番のソナタと同じようです。しかし、こちらは第30番のように前向きなところがない。第1楽章がゆっくりとしたメロディで始まりますが、こちらは後ろを振り返るような印象で、後ろに重心があるメロディです。それを、この人は、やはりサラッと弾く。それゆえ、重くならず、曲は止まらないで進みます。そして、「嘆きの歌」のある第3楽章あたりから、本人も乗ってきたのか、顔の表情をいろいろつけたり、上体を揺らしたりして、外からは没入しているかのような仕草をみせるようになると、フォルテの音が濁りがちに。しかし、演奏じたいは、キチッとテンポは守るし、整った演奏を崩すことはありません。しかし、この人は自然体で弾く人かと思っていましたが、没入する仕草をしているのは意外でした。似合っていないと、私には思えます。
 休憩のあと、最後の第32番のソナタ。第1楽章のいかにもソナタ形式というカッチリとした音楽は、今日のプログラムの中では、この人の演奏スタイルに最も合っているのではないかと思われるところで、とてもいい演奏だったと思います。安心していられる。本来、この人は職人的というのか、突出した名演をするような天才型のタイプではなく、度重なる演奏を安定したレベルを維持して、毎回、安心して聴いていられる、というタイプの人のように思います。そういうのに、この第1楽章の演奏は、ユニークとか突出しているというのはないが、安定している、というのは、この場合褒め言葉です。それが第2楽章では、早めのテンポでサラッと弾いてしまう。引っかかってこない。ゆっくりとしたメロディックなところから急にテンポアップするところは、たんに速度が変わったというだけにしか聞こえない。ここは、ゆっくりした瞑想的なメロディかに一転してダンス・ミュージックのような身体が動き出すような感じと、清澄なところから一転して俗的なところに降りてくるような(その後、再び上がっていくのですが)そういうイメージを抱かせるところなのですが、テンポが変化したというだけで終わってしまう。純音楽的と言えるのかもしれませんが・・・
 会場には、ピアノを習っているという感じの親子連れの姿が多く目立ちましたが、そういう人には、お手本として聴かれるような演奏なのでしょう。私には、いまひとつ、物足りない演奏でした。

 

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