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日記・コラム・つぶやき

2017年5月23日 (火)

コンピュータにはできない将棋や囲碁のプレイ つづき

 もともと、囲碁や将棋が日本で長い時間をかけて、独特の発展を遂げて、広く普及したのは、武装集団である武士たちにとって戦場のシミュレーションとして、教育や訓練の働きを持っていたからではないかと思います。囲碁というのは、陣地取りの攻防ですし、将棋は機能の異なる駒を駆使した戦略の駆け引きを抽象化したものだろうと思います。そのうちに、囲碁や将棋をゲームとして楽しまれるようになった、ということを想像します。
 そこで、前回の続きですが、コンピュータによって、このゲームで勝つことを、確実に勝つ、効率的に勝つことを追求することは、戦場のシミュレーションという本来の目的に適ったものと言えると思います。しかし、それでは、そのシミュレーションを実際の戦場に応用できるのでしょうか。囲碁や将棋は、戦場の駆け引きや敵味方の形勢の流れをエッセンスとして取り出したものだろうと思います。しかし、実際の戦場では人間である兵士が動くわけで、ゲームの駒のように疲れ知らずでもなく、決められたとおりに動けない場合も多々あるでしょう。その他にも、ゲームでは切り捨てられた要素が沢山あり、それらは時々刻々変化している、ということでしょう。したがって、囲碁や将棋は、戦場での姿勢とか原則的なところのシミュレーションということでしょうか。しかし、その姿勢とか原則があって、多様な情報を整理して活用し、実際の戦略や行動に移っていくというところでしょうか。そのなかで、囲碁も将棋も二人が相対するという形式の意味というのが、あると思います。それは、戦場では部隊が相対するとき、それぞれの部隊はバラバラではなく統一された行動をとるわけで、それは指揮官が統合しているわけです。そこで、その指揮官はどのような行動を指示するかを予測することになります。その時、指揮官は機械ではないので、予想できないような指示をするかもしれない。というのも、人間は感情によって突飛な判断をすることがある。だから、相手の心を読むといったことを必要とするわけです。囲碁や将棋には、その要素があります。場合によっては、相手の心を読むだけに留まらず、相手の心に何かを書き込もうとすることすらあります。例えば、相手を心理的に追い詰める、騙す、油断させるといったことです。それは、実際の戦場においても、応用可能ではないかと思います。
 そして、現代の囲碁や将棋の棋士たちのゲームを人々が楽しんでいるのも、実は、相対する二人の棋士の心理的な駆け引きを、見ることができる点は大きいと思います。それは、見る側にとっては、物語を生んでいくものでもあると思います。というのも、戦場では天候とか、地形とか兵士の状態(士気、疲労他)などといったゲームに入ってこないことが、現代のゲームではその代わりに別のことがあると想像できるからです。それが、見る者の想像をふくらませて、物語を豊かなものにしています。そうでなければ、将棋や囲碁を題材にしたマンガや映画が生まれることはなかったでしょう。しかし、それらのことはゲームで確実に勝つということとは関係ありません。むしろ邪魔です。だから、コンピュータによって行われるゲームでは、そのような要素か切り捨てられてしまうのでないかと思うのです。そうなった囲碁や将棋を人々は見たいと思うでしょうか。そうなった囲碁や将棋に、人はどのような楽しみを見出すのでしょうか。それがよく分かりません。

2017年5月22日 (月)

コンピュータにはできない将棋や囲碁のプレイ

 人工知能の技術の進展のめざましさは、囲碁や将棋といったゲームで人間のトップ・プレイヤーをコンピュータが打ち負かすことが珍しいことではなくなってきています。もはや、人間はコンピュータには勝てない、というところに来ているのではないか、というほどでしょうか。ある棋士がインタビューでコンピュータと人間の違いについて、コンピュータは手に思い入れがないということを言っていましたが、それは、人間の棋士は、次の一手を考えるときには、これまで経過を物語の流れのように捉えていて、その流れで考えるといいます。当然、そこには、それまでの自分が打ってきた手に対して思い入れのようがあるということで、その棋士がいうには、人間は、その物語に思考を縛られてしまうといいます。そこで、選択された手は、後で考えれば、その局面で最適の一手でないこともある。これに対して、コンピュータの場合には、その時の最適の一手を、何の思い入れなしに選択できる。それが大きな違いといいます。おそらく、コンピュータは、次の一手について可能性のあるいくつかの選択肢について、リスクとメリットを比較衡量して、確率の高いものを選択していることになると思います。もしそうであるとすると、純粋に確率計算だけで成り立っていて、偶然性が排除されれば、確率の確度が高まっていくのと同時に、次の一手が決まっていってしまうことになるのではないでしようか。偶然のハプニングが起こらないのであれば、勝つための確率の高い手を選択する。つまりは勝利に向かって最短コースを一直線に向かうわけで、まわり道を必要はないでしょう。それを突き詰めれば一本道ということになるのでは。つまり、最強の手です。もし、そうなってしまったのであれば、最初の一手で、あるいはゲームが始まったときに、すでに結果は決まってしまうことになるわけです。その時、ゲームは果たして面白いのでしょうか。
 おそらく、人間のプレイヤーであれば、さきほどの棋士が語っていたように、必ずしも最適の一手を選択するわけではないため、究極の勝利に向かって一直線ということは、目標としていても、到達は不可能に近いものだったはずです。不可能であったからこそ、それを目指して切磋琢磨する棋士たちのプロセスを見て、面白かったり、感心したりすることができたわけです。たぶん、そういうことはゲームに勝つということに関しては、役立たないノイズでしかありません。しかし、もしかしたら、将棋や囲碁を人が楽しむのは、実は勝つという確率計算の部分ではなく、ノイズの方だったのではないかもしれないと思うようになりました。それは、おそらく、コンピュータがゲームをする場合に、ノイズを排除していると思えるからです。その行き着く先が究極の一手ということになるのではないか。そして、もし、その究極の一手が実現した時に、将棋や囲碁の意味、それを人がプレイする意義とは何か、ということが問われることになるのではないか、と思います。
 現在のところでは、そのような意義を考えることは、誰もしていませんが。なぜ人は将棋をするのか、囲碁をするのか。トランプでもなく、サッカーでもなく、その他のもろもろではなく。そして、そのなぜをゲームにおいて体現するようなプレイを目指すプレイヤーがいてもいいのではないか、それは必ずしもゲームに勝つこととイコールではありませんが、全く別ということではないでしょうが。もし、それが実現したとしたら、それはコンピュータでは、到達できないのではないかと思います。

2017年2月16日 (木)

IRの腕の見せどころ、あるいは存在価値?

 こんなブログを見た。
 この会社に酷似した会社を知っている。
 B to B の機械メーカーで、独自の技術をもつ特殊な装置を扱うことから堅実な経営を続けてきた。一昨年、新社長が就任し、経営陣の世代交代が進み、ここで紹介されている会社と同じように
 ◇経営陣の報酬制度の変更 (固定報酬のみだったのが、一部について業績連動報酬を導入)
 ◇監査等委員会設置会社への移行
 ◇外部人材・若手人材の積極的な登用
 ◇コーポレートガバナンスポリシーの明示(ジャスダックでは義務ではないので、自発的)
 これらは氷山の一角で、水面下ではこのようなことが矢継ぎ早にでてくることが可能になるような体制の根本的な変化が起きている。
 そういうことがIRが伝えきれていないのは、たいへん寂しいことだ。多分、それは「別にそんなにアピールすることではないでしょ」ということではなくて、IR担当者は、その会社で何が起こっているかを把握できていない、その意味が分かっていないのだろうと思う。こういうとき、IRは投資家や市場に伝えることも重要なのだけれど、それと同じくらい、今、この会社で起こっていることの意味を明確に言語化し、定義づけること、それを経営陣に市場の視点としてフィードバックし、おそらくこの会社の社内で、分かっていない従業員が大半のはずだから、そこにメッセージをおくって認識を促すサポートをすることが重要なのだと思う。それは、IR担当者の腕の見せ所などではなく、IRという業務の存在意味を問われていると思う。
 また、10年近く金庫株として保有してきた自己株の消却を決めたということは、それまで漠然と将来に備えてと金庫株で保有していたのは、実はどうするか方針が定まっていないから、とりあえず保有していたはずで、それを敢えて消却することにしたということは、方針が定まったか、あるいは漠然としていた方針が絞られたということだ。多分、その会社のIR担当者は自己株消却の決定という事実しか見ていないと思われる。それで、慧眼の投資家とミーティングをすれば馬鹿にされてしまうだけのことで、折角、経営陣がリスクをとって挑戦的であるのに、それが伝わらないと見られてしまうのは、寂しい。多分、当事者であるIR担当者は、そのことを指摘しても、何を言われているのか意味が分からないのだろうと思う。

2017年1月 3日 (火)

2016年のベスト・セレクション

 この1年間で印象に残った書籍と音楽を順不同にあげてみました。
 まずは書籍です。
「目の見えない人は世界をどう見ているのか」伊藤亜紗
 視覚の不自由な人というのは、例えば私がアイマスクをして視覚を遮断してしまえば、その体験ができるというのではない。私が普通に感覚を介して情報を得ている中で、視覚からの情報が欠如しているというのではなくて、視覚が不自由な人というのは、そもそも、情報の組み立て方が異なってくる。それは、自分の周囲にひろがる「世界」とか、「情報」とか、その「意味」が異なる。例えば、視覚がある人は視るという視点に視野が限定されてしまうけれど、逆に視覚が不自由な人は視点がないので視野の限定を免れることができる。視覚で空間を把握しようとすると、二つの眼で見て網膜というスクリーンに映して情報を得る(比喩的だけれど)ので、それは写真のようなイメージで空間を二次元の平面に置き換えて処理する傾向がある。富士山のイメージというのは裾野がのびている横からみたプロフィールのような、銭湯のペンキ絵のようなイメージではないだろうか。それこそ平面的になっている。ところが、そういう視覚がないとすると、実際に裾野から坂道を登って行って身体感覚でとらえていくと地面が盛り上がって坂道をつくりだす三次元のイメージとして捉えているという。視覚では富士山の向こう側は見ることができず、そもそも視野で形成される世界には存在場所がない。これに対して、富士山の周囲を一周して坂道の実感を綜合すると円錐として捉える。その両者にとって「空間」というのは、まったく違ったものとして捉えられることになろう。その異世界ともいえる捉え方から、視覚がある私たちの世界はどのようなものなるのか。それは、とても興味深い。
「漢文脈と近代日本」齋藤希史
 古代大和王朝の時に朝鮮を経由して仏教の経典とともに漢字が伝えられた。そのあと、蘇我氏や聖徳太子らの中国等の仏教をはじめとした大陸文化導入政策によって漢文による文書が作られるようになった。時代は下って平安時代に国風文化の風潮の中で漢字から派生するように日本独自の仮名がつくられた。日本史の時間にそのように習った。その際に、漢字が伝来する以前は日本語の文字とか文といったものはどうだったのかは習わなかったし、あまり気にしなかった。おそらく文字のない言語などというものが想像できなかったから気にも留めなかったのだと思う。
 漢字が伝来する以前に、そういうことがあったかどうは措いておいて、漢字による文の体系、つまり漢文が伝播したことによって、当時のアジア地域の普遍言語である漢文に対して地域のローカル言語として当時のヤマトの言葉とか書記ということが初めて意識された。もし、漢文が伝来しなかったら日本語は独自の書記体系を生み出たか疑わしい。
しかし、その漢文が教養とか文化として広まったのは近世以後のことで、それ以前は文書関係の専門職集団や僧侶に限られていた。それが徳川期に武士が行政官僚にシフトし、軍備が不要となった時の権威とかエートスのために漢文や儒学が武士階級に広まった。それを形式化し制度化したのが、江戸中期の寛政の改革における寛政異学の禁だった。これがベースとなって現代の漢文の授業でも使われる返り点や訓読の標準的な形式が整備された。
 その形式化があったからこそ、その応用として新しい概念を漢字を操作して繰り入れてしまうことが可能になった。それがあったから、幕末から明治の西洋の学問や技術を翻訳する時にヨーロッパ言語を形式の似た漢文に移し替えて、それを漢文の書き下し文(訓読)にして、機械的に日本語化することができたという。
 それだけでなく、公私とか恋愛といったメンタリティも漢文に移し替えて、それを換骨奪胎したからこそ日本語に移し替えることができた。それゆえの歪みも生じることになった弊害はあったかもしれないが。
 たしかに、アイデンティティというのは自分と他者との関係から形成されるものとして考えるとそうだろうし、中国という当時のグローバル・スタンダードのプレッシャーがあったからこそ辺境の日本がアイデンティティを形成することができたということなのだろう。日本という名前にしても、中国から見て、日(太陽)が出てくる本(日の出の方向である東に位置する)というのが由来だというから。
「ボヴァリー夫人論」蓮実重彦
 学生時代の国語の授業で、文章の読解について、文字面だけを追いかけないで行間を読めと、習った。例えば、小説を読むときに表面的なストーリーだけを追いかけるところに留まることなく、作者が何を言いたかったのかというテーマとか主題を追究しろ、と。しかし、現実の実態を見てみると、我々は、その留まっていられないような文字面すらちゃんと読んでいない。たぶん、文字面→行間→主題→作者の思想(メッセージ)といった読解レベルの段階分けができて、後者に行くにしたがってレベルが高くなって、高いレベルを重視するにつれて低レベルの読解が軽視されたのだろう。そして、それに伴って高いレベルの読解による結果が、手っ取り早く取り出され、それが独り歩きしはじめたことによって、段階を進んでいくような読解という作業が軽視されて、読まなくても独り歩きしたメッセージを手に入れることができると勘違いしてしまうことが起こっている。これは、私の想像なのだけれど。
 著者はテクストをちゃんと読めば、『ボヴァリー夫人』という小説は、“田舎の平凡な結婚生活に倦んだ若い女主人公エマ・ボヴァリーが、不倫と借金の末に追い詰められ自殺するまでを描いた(wikipedia)”作品にとどまるものではないと言う。そのシンボリックな実例が、『ボヴァリー夫人』のどこを探しても、“エマ・ボヴァリー”という氏名が出てこない。つまり、作者は“エマ・ボヴァリー”という氏名を使っていないのである。重箱の隅をつつくようなことかもしれないが、実際には作者が使っていない氏名を、作者でもない者がどうしてわざわざ作り出してまで使っているのか。それは、“エマ・ボヴァリー”という氏名が出てこない。つまり、作者は“エマ・ボヴァリー”という『ボヴァリー夫人』についての言説が『ボヴァリー夫人』のテクスト以前に流通して、その言説を得た時点で完結してしまって、実際にテクストを前にしても、テクストを読む以前の言説の先入観で、その先入観の部分だけ都合よく情報として選択して取得しているのだろう。
 だから、著者の、ひたすら『ボヴァリー夫人』というテクストを読むということが、実は過激な行為になってくる。さらに、著者は、小説の作者であるフローベールがいかなる意図をもって文章を書いたのかという穿鑿を排除するという。つまり、テクストを読むという作業が、作者の意図とか意識を超えたところに行ってしまう。そのようにして読み込んだ『ボヴァリー夫人』は、じつに意外な様相で読者に迫ってくる。そのプロセスを追いかけるのは、予定調和でしかないミステリーをはるかに越えるスリルにみちていて、800ページに及ぶ大著だが一気に読めてしまう。
「敗戦後論」加藤典洋
 日本にとって1945年の戦争終結は敗戦であり、占領下にあった。今世紀でも湾岸戦争で敗戦したイラクはアメリカの占領下に入り、形式的な傀儡政権が続いている、これが敗戦ということ。日本の場合は敗戦を終戦と、占領を進駐と言葉を置き換え、事実を隠ぺいした。また、占領を解放と読み替えることも一般化している。これは、横暴な侵略者の専制下、じっと面従腹背を耐え忍ぶというのであれば、敗戦者には敗戦であっても理は自らにあると信じることができる。しかし、その戦争の理は唾棄すべきもの、非理であり不義であると認めざるを得ず、自分を支えていた真理の体系が崩壊した。その具体的な現われが、国を人々を守るために死んでいった人々を否定することになってしまっている。これを著者は「ねじれ」という。例えば、日本国憲法について占領下では、政府に主権がないのだから、主権を回復した時点で、そのままであるにせよ、改定するにせよ、追認か改定を決議する手続が必要ではないかと説く。それを経ないで、護憲の主張する人々は「ねじれ」から逃げているし、改憲の主張をする人々は「ねじれ」を無視していて、どちらも筋を通していないという。それは、社会論理の課題であると同時に、敗戦後を生きる著者をはじめとした個々の人の生き方の問題でもある。
 たしかに、日本は近隣諸国を侵略した責任を負っている。著者への批判として、「侵略者である自国の死者への責任とは、死者としての死者への必然的な哀悼や弔いでも、ましてや国際社会の中で彼らをかばうことでもなく、何よりも、侵略者としての彼らの法的・政治的・道義的責任を踏まえて、彼らとともにまた彼らに代わって、被侵略者への償いを、つまり謝罪や補償を実行することでなければならない」という主張は正しい。しかし、この主張は正しいにもかかわらず、正しいからこそ、日本の総意とはならないし、実行されない。それは、論理的にも倫理的にも日本は鈍感で倫理的でないということでしか説明できない。しかも、それを貫徹したとすれば、例えば靖国神社を非とすれば、世界中の戦士の慰霊を否定することになる。現実に「ねじれ」をかかえ、対向していかなければならないのであれば、スタート時点において正しさとは離れた所にいるわけで、正しくあるには無理がある。
この著作は、発表時には、業界で話題となって、保守的とか改憲の主張とか戦後民主主義の否定といった批判がされていたと思うが、そういうのとは物差しをずらして、原点に立ち返ろうとした議論だということが分かる。しかし、個人の生きる姿勢まで遡るというスタンスをとっている限り、そのスタートの理由には遡っていない曖昧さが、最初は感覚、思いつきじゃないかと言われて、それに対する説明が為されていないので、腰砕けのように見えた。それが、真ん中部分の核心部の分かりにくさに通じているように思う。
「日本─呪縛の構図」Rターガートマーフィー
 外国人の著した日本論だろうかと思っていたら、そんな浮ついたものではなく、腰を据えて分析したもので、とくにここ数年の政権や国内企業の経営者の動きを、日本の外で少し距離をおいて見ることによって、日本の新聞等のマスコミとは異なった視点で、全体像を鳥瞰的に呈示してくれたのは、たいへん興味深く読んだ。しかも、読みやすかったので、上下二巻で約600ページ強を一気に読み通すことができた。
 著者によれば、日本は第二次世界大戦の敗戦以来、アメリカに外交や安全保障を依存し、従属国になっている。それは中国などからみれば、主権を持っていないように映るということです。しかし、そのアメリカは日本のことを親身に考えてはおらず、アメリカの利益、さらには最近ではアメリカの対日政策の専門家グループの保身の道具にされているという。他方では、日本の側においても明治維新では元勲たちが主体的なリーダーシップによって責任ある意志決定がされていたが、彼らが亡くなった後、主体的なリーダーシップがいなくなり政権が形骸化してしまった。そこで、本来リーダーシップの下で動く官僚機構が自動的に動くようになり、方向を示す者がいないままなし崩しに戦争に突入してしまった。敗戦後も占領軍は、軍隊と内務省という官僚は解体したが、それ以外の官僚(経済官僚)には手を付けなかった。その官僚機構が、アメリカのリーダーシップに服し、経済や財政という自分たちの持ち分の既得権益を保障してもらった。つまり、アメリカと日本の官僚が保身という共通の利害で、外交と安全保障の面で日本をアメリカに属国にしていたほうがよかったというわけ。いわば、アメリカの軍事官僚や利害関係者の思惑に「呪縛」された状態から、自主性を回復し、従属国から脱却しようとしたのが民主党の鳩山政権で、それに対して、アメリカ政府の態度が冷たく、日本の官僚、司法、マスコミが一世に敵対し、知らずうちに国民も加担してしまうという事態が起きてしまった。この主張は、陰謀史観のようでもあるけれど、呈示されている資料等からは説得力があって、個人的には、目から鱗が落ちるようだった。
 著者は、このような呪縛が、そもそもどうして日本に生じたかを敗戦という事実で偶然に生まれたものではなく、もっと根の深いものだとして、日本の歴史を遠く遡る。日本新の体質として、物事をあるがままに受け入れ、そして心のどこかで矛盾を感じても、それを追及することをしないのが「大人の態度」と考えるような思考様式が国民レベルで内面化されている、という。それは、不祥事を見て見ぬふりをするという面と、大災害で生活が崩壊してしまっても規律や秩序を失わないという面と、両面が表裏一体として表われているという。
個人的には、歴史を遡る分析には、偏りがあり、知識が足りていないので目配りができていないと思わざるをえないところは残念で、司馬遼太郎を生半可に消化しているような印象で、そこがひっかかったが、著者の視点と、(鳩山政権について以外にも)現状の捉え方は、興味深く、説得力があった。
 へんな想像かもしれないが、取締役会で、社外取締役に求められる意見というのは、著者がこの本で日本について語っているようなスタンスの取り方のようなのではないかと思った。この部分は、蛇足。
「愛国、革命、民主:日本史から世界を考える」三谷博
明治維新を他国の近代社会への革命との比較で考え、それをもって現代を見ようとした著作。
 論点は多彩で興味深く、それをフィードバックして明治維新に再び目を向けると、その特異性が際立ってくるという、読書の楽しみを満喫させてくれる著作。
ナショナリズムと民主化との関係は、現代では相反する対立的に扱われるが、明治維新においてはナショナリズムこそが民主化を進めていた、という事実。幕末からの幕府という将軍を頂点とした権威主義的体制が崩壊した大きな要因に公論とか公議ということがあったという。これは、現在の視点では民主的な議論といったことになるかもしれないが、当時は、老中の寄合の結論を将軍が決裁するという手続が幕府の当初からあって、その展開と考えればいい。これは現代でいえば、会社の決定手続きに置き換えれば稟議制に近い。これが幕府の体制が形骸化するにつれて、形式化が進み、将軍といえども、この手続きを踏まないと権力を行使できなくなっていった。つまり、正当性の根拠が手続を踏むこと。外観からは近代ヨーロッパの民主政体の法の支配とっくりな形ができていた。その体制が成熟化したころにペリーの来航があり、老中の安倍正弘が前例を破り広く意見を求めたことを契機にいわゆる雄藩の大名が、その手続に参加しようとした。そうなると実力のある大名が新たに幕政に参加しようとするのと、従来の小藩の大名で実力のない老中との権力争いが生じ、将軍の継承争いも絡み、対立が先鋭化する。この雄藩の家来の西郷隆盛や橋本佐内、あるいは水戸の藩士たちが藩主のために根回しの奔走していたのが、ボトムアップの議論の発生を促す。このとき、雄藩の大名たちが自身の政策的意見の根拠としたのが、国のため、いわゆる人為的なナショナリズムであった。ただ、幕府内で、その主張するためには幕府=国としてしまうと改革ができない。そこで持ち出したのが天皇という別の権威だった。それが勤皇ということでだった。一方、ボトムアップの方向の議論が広がり長州などではエスカレートしていく。そして、正しい主張をしているのだから手段は正当化できると暴力と結びついていき、そのプロセスで勤皇が尊王に変質していった。それが討幕に発展していく。つまり将軍は公論の邪魔になるという正当化。ここに民主は出てこない。
 それが民主と結びつくのは、明治維新後の自由民権運動。こんどは反政府の主張は薩長の専横は国のためにならない公議を歪めるという、討幕の論理を逆に突きつけていく。この自由民権運動を支援したのが、地方の有力者、豪商や地主といった武士以外の人々。かれらは経済活動に従事していたので、内乱は経済活動の障害となることから、内乱を嫌い、議会での討論を支持、これが全国展開する。これが西欧列強からは市民に見えた。それを目ざとく発見した伊藤博文のような元勲たちが、西欧への受け狙いと、著者はエエカッコしいとか見栄を張ったという言い方をするが、後世へのかっこうつけのような、いい意味での矜持があったから、国会開設を決断したのではないか、という。
 一部を抜き出しただけだけれど、NHKの大河ドラマのような怒鳴り散らしながら若い男の子が刀を振り回す幕末ドラマなんぞより、意外性もあるし、展開に手に汗握るほどの面白さがある。
 次に音楽は、よく聴いたものもあれば、数回しか聴かなくても強烈な印象を残したものもあります。ただし、この1年間でリリースされたものとは限りません。
「LIVE AT WEMBLEY」BABYMETAL
プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第2番」ユージャ・ワン
「Zephyros」藤井聡子
「25」アデル

2016年12月27日 (火)

スマップは話題だけで業績の評価がないのか?

 SMAPという“国民的”グループが終わりを迎えるということで、色々なイベントやら騒動やらが度重なるように起こって、ニュース報道までされたり、いわゆる“芸能ジャーナリズム”では連日扇情的になっているようです。何か、ご隠居さんの繰り言のような言い方になってしまっていますが、とくに、私はそのグループのことはテレビ等で目にしたことはあるかもしれませんが、よく知らないし、騒動には興味がないのですが(これって、ご隠居さんの繰り言そのものですね)、私は、こういうことに寡聞なほうなのですが、このグループの評価というのは、全くなされていないのが、不思議かつ、この人たちがかわいそうな気がします。
 SMAPというのは一応ボーカルグループでヒット曲もあるそうですが、そうであれば、実績があるわけですから、彼らの音楽性はどうだったのかということは、きちんと分析されて、評価されてしかるべきなのではないでしょうか。そういう評価があった上で、このような音楽は彼らにしか作れないものだからこそ、解散してしまうのは大きな損失であるという客観的な議論ができる。つまり、失われてしまうものが、客観的、かつ具体的に明確化されるみことになると思うわけです。
 それがなされていない、もしくはできないということは、彼らの音楽的な業績は評価するほどものでないということなのでしょうか。そうであれば、現在の大騒動というのは単なる空騒ぎでしかない、話題づくりとかそういわれでも反論できないことになります。また、そういう評価できる人がいないということであれば、いわゆる“芸能ジャーナリズム”って何のためにあるのか、ということになるのではないかと思います。少なくとも、私のような門外漢に対して、SMAPの音楽的な特徴はどうだということを明確に言語化してくれる人がいないと、彼らの音楽と他の音楽とを、私は区別することができなくて、別に解散したとしても、同じような音楽グループと取替えがきくとしか思えないわけで。それは彼らもアーティストを自称している(音楽グループや歌手の人たちはみんな自称しているようです)わけですから、当然コンセプト(現代のアートではコンセプトは必須のはずです)を明らかにしているはずですから、そのコンセプトを分かり易く説明してもらって、それがどのような方法論で具体化されているのかということくらいはプレゼンできるのは、アーティストとしての最低条件になっているはずですから、それを“芸能ジャーナリズム”あたりが再確認して、提示してくれるだけで十分ではないかと思います。それすら為されていないでいて、騒いでいるというのは、ジャーナリズムといえないのではないか。当のSMAPの人たちも活動期間が短くはないはずなので、その活動の評価もしてもらえないのは、繰り返すようですが、かわいそうではないか思えるわけです。後の時代になって、かつてSMAPというグループがあって人気があったということくらいしか語られない羽目になってしまうおそれが十分あります。
やっぱり隠居の繰り言になってしまった・・・

2016年12月24日 (土)

標準化とマニュアルの雑感

 メソッド、つまり手順という姿勢。ビジネスにすれば、仕事の手順を明確化、標準化し、それをマニュアルというかたちに残すということになるでしょう。仕事の手順を明確化、標準化するということは、属人的な特殊技能とか熟練といったもの、Aさんにしかできなくて、その仕事をBさんが替わって同じようにできないようなことを排して、AさんでもBさんでも、誰でもできるようにする。一般化すること。それは、言い換えれば共通部分をピックアップすること。それは、少し言い過ぎのところはあるかもしれませんが、本質を抽出するということに近いと思います。
 以前ある人に言われたことですが、哲学というのはHOWという問いを突き詰めたものだというのです。近代ヨーロッパに始まる学問というものは基本的にはすべて方法論です。哲学はその究極というわけですから、首肯できるものと言えます。したがって、仕事の手順を明確化、標準化し、それをマニュアルにするということと、西欧発の学問もベースは同じで、現象を抽象化、概念化してロジカルに記述するという操作と言うことができます。つまり、マニュアルに記された手順というのは、その仕事の本質ということになります。普遍化した本質を各個人が実行するというのは、普遍に対する個別、本質に対する実存、こうなると、まるで哲学と同じではないかと思います。
 実際に仕事の手順を明確化、標準化し、マニュアルを作るという作業は、客観的であること─例えば、その仕事の現場の当事者だけでなく外部の者、新入社員のような予備知識を持たない人やISOの監査官のような社外者のような人にも理解できるようなこと─が求められます。そのためには、客観的に仕事の手順を見ることから始めなければなりません。それは、その仕事の渦中から一歩退いて、冷静に観察することが最低限必要となるものです。それは、こじつけると反省的意識(認識)ということになり、その反省的意識によって、マニュアルという体系を論理的に組み立てるということは、反省的意識を出発点にして、実際の存在を括弧にいれて、概念を論理で組み立てて理念的な世界を構築するということになります。まさにカントの純粋理性にちかいものではないかと愚考するのです。そこでは、その理念が人の行為の理想ということで、それを目指すということが善ということになります。つまり、カントの倫理学でいうと善意志ということになるでしょうか。つまり、マニュアルに示されたものが本質的な理想であるとして、それを目指すことが善とされます。そこでは、実際に実存している個人の個性のようなものは本質的な理想に対するノイズとみなされます。さらに、機械であれば、人とは違って個性はないからノイズは抑えられるという発想に進んでしまう可能性が高いということになり、機械化に対する親和性が極めて高いということになります。
 その結果、マニュアルは、極言すれば、反省的意識で仕事の本質を抽出したあるべき姿をロジックで構築した理念的な世界だということになります。例えば、Aさんという人がAさんであらしめているのが本質。その本質をとりだして、例えばDNAでもいい、それを完全にコピーして再現することができたとすると、そこで再現したAさんの本質は、しかし、片Aさんである私ではない。完全にコピーしたはずなのに何が違うのかというと、難しいことでなく、単に、私ではないからということになります。私はわたしであることは、それだけでコピーも置き換えもできません。その私ではないということだけをピックアップしたのが実存ということができます。それは、マニュアルにとってはノイズとなるものです。なぜなら、Aさんのやっている仕事の本質を他の人が完全に再現しなければいけないから、それができてはじめて、Aさんの仕事を他の人が替わってできるから。そうでないと効率的な、正確にいうと生産性の高い仕事の体系がつくれないから。それは、難しげな言い方をすれば、理想である本質の体系とか世界をつくって、存在をそれに適合させるように改造していく。いってみれば世界を操作するという人工的な世界に作り変えてしまものです。それは、理念にもとづいて構想した理想世界に現実を変えていこうというもの。それは、マルクスが夢想し、ソ連が実現させようとした共産主義社会もその例だろう。マニュアルの目指すものは、形こそ違え、目指すという点では同一だということになります。

2016年12月21日 (水)

歌舞伎とシェークスピアの違いはビジネスの違いに通じる?

 とりたてて大ファンというのでもないのですが歌舞伎の世界では役者が舞台で演じる際に『型』というものがあります。演目の筋やセリフは台本に書かれていますが、どのように役を演じるかはここでこういうポーズをとってとかパターンができていて、それを『型』というそうです。その『型』は一通りと限らず、同じ演目の同じ役柄でも複数の『型』あるといいます。例えば、「仮名手本忠臣蔵」のお軽勘平のエピソード、五段目の鉄砲渡しの段の勘平には菊五郎の型と羽左衛門の型があります。二つの型の大きな違いは、お軽の実家で猟師となった勘平が鉄砲を担いでひと休みしている際に、右手で火縄をくるくる回しているかどうかで見分けることができます。その違いが、勘平という役柄の性格の微妙な違いに結びつくので、そのどちらをとるかは役者の個性や共演者などの理由によるのだそうです。
同じ演劇の分野でも、ヨーロッパ演劇、例えばシェークスピア劇では、スタニスラフスキー・メソッドという演技の方法論に基づいて俳優は台本を土台として役柄の人物になりきって、ハムレットやオフィーリアといった人格を表現するのだそうです。
 日本のユニークさを際立たせるような極端な例を用いているのかもしれませんが、歌舞伎とシェークスピアという演劇の性格の違いをひとつのシンボルのようにして、違いを思いついたので、簡単に述べてみたいと思います。飽くまで思いつきなので、矛盾や無理はあると思いますので、そのことを先に断っておきます。シェークスピアを演じる場合はメソッドつまり方法を固めてその方法に則る。これに対して、歌舞伎を演じる場合は『型』という演じた結果このようになるというお手本が決まっていて、その型にどのように行き着くかは役者の各自の経験や工夫に任されています。シェークスピアの場合のメソッドを簡易にしたものはマニュアルと言えます。これに対して歌舞伎の『型』はお手本ということです。
 この話をビジネスの方に転じて考えてみます。この辺で無理があると思われるかもしれません。企業の品質とか効率とかいった標準的な規格、欧米がリードするISOとかCEとかCOSOとかいろいろあるのですが、そこに共通しているように思えるのは方法論、メソッドといったものです。例えばISOの品質規格では、生産工程のひとつひとつの手順を明確にしてマニュアルをつくり、誰でも同じように作れるように整備することを原則的に求めています。シェークスピアの演劇の場合と同じように方法をしっかり固めることを重視します。これに対して日本企業ですが、私の経験しているのは一中小企業のものづくりの現場を見ているだけだけれども、発想が方法から少しズレていると感じています。今はズレは少なくなってきているとは思います。しかし、以前ではマニュアルのようにメソッドを明確化して固定化するという発想はあまりなかったです。では何が明確であったかというと、方法ではなくて、その工程によって出来上がった結果、例えば熟練した職人が作るのはこういうものだという出来上がった製品、つまりお手本です。それがはっきりしていて、それをどのように作るかは各職人が各自工夫する、方法論はマニュアル化できるような一様の固定化したものではありません。このお手本というは、まさに歌舞伎の『型』に通じるものではないかと思うのです。
 この違いは生産された製品の品質に対するリスクの考え方の違いにも表われていると思います。マニュアル重視の場合には正しい方法で実行することが第一で品質は、その結果として現われることになります。しかし、偶然的な事態があるので、正しい方法であっても欠品がでる危険はある、という考え方です。これに対して日本の場合は、お手本という結果が決まっているから、偶然でも欠品がでないことが目指されます。しかも、熟練した職人であれば、偶然の事態にも柔軟に対応できます。そこでは正しい方法から逸脱することもあるのですが、欠品を出さないことが前提です。
 また、教育や訓練でも、その違いが反映していると思います。マニュアルが整備されている場合には、手順が明確で規格化されているので、トレーニングの方法も明確になっています。したがって、だれでも一定の段階を踏んでトレーニングによって方法を身につけることができます。さらに、手順が明確でパターン化されているため機械化することも難しいことではありません。これに対して、お手本がはっきりしていて、それをどのように作るかは各職人が各自工夫するという場合には、どのように作るかは各人に任されているコツとか身体的な感覚に近いものであるため、方法論はマニュアル化できるような一様の固定化したものではなく。だから、教えられないので、技術を盗んで身につけるなどと比喩的に言われることになります。

2016年12月19日 (月)

先日の日本とロシアのトップ会談への妄言

 日本とロシアの交渉について、テレビニュースや新聞でしか情報は得られないけれど、その限りではいわゆる北方四島の領土問題が目的で、その目ぼしい進展がなかったと専ら報道され、議論されている。日本とロシアという世界の中での経済でも政治でも規模の影響の大きな国のトップがわざわざ会談し交渉するのは、それだけのためなのだろうか。日本で言えば、元島民のひとには切実かもしれないが、日本全体にとっては1%にも満たない人々で、領土問題のメリットは限定される。現在、多くの懸案とか課題があって日本とロシアの関係もそのいくつもにも関係している。そこでの交渉すべき課題はいくつもあり、そのプライオリティを全体として見て、その中での領土問題の意味はどこにあるのかのロジカルな議論。例えば、ロシアとの経済協力はロシアという未開拓の市場へ進出による経済効果はオリンピックなどとは規模が違うだろうし、資源開発での協力によって高額でLNGを購入させられてきた中東への牽制になるとともに、南シナ海のシーレーン防衛のリスクヘッジの可能性もある。とすれば、防衛政策や中国との関係もかかわるのではないか。現代で生活する日本人として、領土問題とそのようなこととで、どちらにプライオリティを置くかといえば、後者で、そう考える方が自然ではないかと思う。他の人々やマスコミはそうではないのだろうか。

 そもそも、政策の方針というのか、日本の国策のなかで、ロシアとの関係のプライオリティはどの程度で、その理由とか意味があって、その進展は、日本の国益でどのようなメリットがあって、そのメリットの中でのプライオリティはどのようなのか。それこそが政策論議ではないかと思うのだけれど、与野党の議論とか報道されている話題には、そのことの説明がなくて、それは国民みんなそのことをちゃんと知っているから話す必要がないということなのだろうか。

2016年12月15日 (木)

文化財保護と経済原理とのあいだのつづき

 世界遺産ついでに、歴史的町並みといって中世とかルネサンス時代の建物がまとまって残っているものがあります。特にヨーロッパでは、文化的遺産として地元の人々や政府が誇りをもって保存に力を入れているものがあるといいます。例えば、イタリア北部のフィレンツェの街は15世紀のルネサンスのころの建物が街並みとして残っているそうです。それはそれで、結果として、それを現代の人々が物珍しいところもあって、他にはないものだからと誇る気持ちは分からないでもありません。でも、フィレンツェならば、なぜ15世紀のルネサンスなんでしょうか、それは私には疑問なのです。何故それが疑問なのか訝しく思う方もいらっしゃるでしょうか。それは、説明するとこういうことです。フィレンツェという町はイタリアの北部で古代ローマ時代からある古い町のはずです。もしかしたら、その前から集落はあったのかもしれません。つまり、ルネサンスのずっと以前から人々が集まり住んで、営みがあって、建物を建て替えたり、新築をしたりして、不断に町は様相を改めて、発展してきたと思います。古代ローマの時代にはルネサンス時代とは異なる風景が広がっていたはずです。そのようなリニューアルが何度もあって発展してきて、15世紀のルネサンス時代にいたったということだろうと思います。それは、15世紀に町を作ろうとして、その地をゼロから新たに計画して建物をたてて作られた町ではないということです。そして、そのルネサンス当時の町の姿が現代まで残ったということは、ルネサンスの後でリニューアルが行われなくなったということです。それは、15世紀の後の人々が、この姿に誇りを持って、リニューアルできるにもかかわらず、強い意志をもって敢えて15世紀のままの姿を残そうとしてきた結果なのでしょうか。むしろ、15世紀をピークにして町の発展が止まってしまって、リニューアルしたくてもできなかったというのが本当のところではなかったのかと思うのです。まあ、近代以降のある時点で、ノスタルジーとか観光資源とかいうことがあって、取り残されたような町に別の意味で付加価値がつけられたから、それで誇りを持たされたというところではないのかと思います。それは偶然のことで、別に悪いことと言いたいわけではありません。ただ、守り続けたとかいう世界遺産などでよく宣伝されるのは、後付けの作り話に近いもの(歴史とは得てして、そのようなところは多々ありますが)、というよりもそのもののように思います。つまりは、特定のひとの主観的な思い込みという点が否定できないということです。フィレンツェの町並みについて、機能性で劣るとか、古臭くて汚らしいという人がいても、価値観の違いとしか言えないわけです。別に、フィレンツェの悪口を言いたいわけではありません。
 これは、日本でも京都の町家を保存しようという考え方についても、その考えの根拠が明確に意識されているのだろうか、と思うのです。なぜ、江戸期なのでしょうか、どうして室町期ではないのでしょうか(応仁の乱の直後のまま、残っていても文化財として誇りを持てたのだろうか)、どうして平安期の庶民の粗末な街ではないのでしょうか。町並みを保存しようとして、保存したものは何なのか明確に意識されていないのではないかと思うのです。それは別の面からいえば、京都の町が経済的に発展しようとして、旧態依然の町を作り直そうとしたときに、それを止めるために作った話と言う面は否定できないのではないか。別に私は金儲けのことだけ考えて、文化とか歴史を知らない成金だからと言うわけではありません。発展と保存のどちらを選択するかというときの根拠をしっかり考えられて客観性をもたせた説明が可能であるかどうかということなのです。揶揄的な言い方をすれば、経済の発展には、どうしても少なからずイノベーションが伴うことになり、旧態のことを破壊して新しいことに置き換えなければなりません。それには勇気が必要です。そこでの勇気のない人は現状維持という反対勢力ということになります。その反対勢力にとって都合のいい理屈が文化を守れというものだからです。それは前例踏襲の現状に甘んじる姿勢を正当化してくれる都合のいい面が多分にあります。そして、そういう甘えを取り除いた上で、それでも古い町並みを保存すべきという論理を客観性をもって展開できるかというと、そういう例は聞いたことがありません。ただし、そういう古い町並みを見世物として、つまり観光資源として、それで金を稼ごうということであれば、そこに経済的な価値が生まれるわけで、それは尊重すべきことと思います。それは、人が生きていくことに直結しているわけですから。ただし、そこでもっともらしく文化的価値などと取り繕うのは、私には偽善に映ります。で、京都の歴史的町並みということであれば、なぜ町がつくられた平安時代ではないのでしょうか、そのほうが歴史的価値は高いと思うのですが、文化とか歴史とかで考えれば、納得性は高いでしょうが、原理的な議論として、そういう議論はなく、なしくずしに守ることに意義があるということになってしまっているようです。
 そこに、私は個人的に胡散臭さを感じてしまうことを止められないのです。それは、ナショナリズムについてまわる危うさとか胡散臭さと同質の匂いを感じてしまうのです。
昨日、今日と世界遺産に関連して、ネガティブなことを書いていますが、もともと、私はこのようなものには恣意性を強く感じていて、つまりは、中心となっている人々の個人的な好みの押し付けを大々的にやっているとしか見えないので、そこは、私の偏向が強く原因していると思います。

2016年12月14日 (水)

文化財と経済原則のあいだ

 世界遺産でもいいし文化財でもいいですが、文化を保存するということについて、ちょっと考えていることを画然と明確にすることができず、微妙な点もあるだろうと考えている点もあるので、読んで下さる方は分かり難いかもしれませんが、お許し願います。例えば、日本の伝統工芸なんかで無形文化財といって、織物とか染色とか陶芸などの分野で技能を継承しているケース。外国人の好きな人などからは芸術とか文化とかいわれているもので、今は後継者がいなくて悩んでいるといったことなど。よくある話だと思います。そういうものを保護して、伝統だからと保存することを目的にするといったことについてです。これ自体、文化の保存ということなので、否定するつもりはないのですが。
 一方で、このような伝統工芸は、もともとは、それが生まれた時には需要があって、それが商品として売れて、つまり、採算がとれて、それだから生産が増えて、普及して、職人が増えていったものです。それが、今は後継者に悩むということは、そういう商品としての成長がない、需要がないものになってしまっている。芸術であり、文化かもしれませんが、それに関わっても採算がとれないものになっているものです。したがって、芸術とか文化とかいうことがなければ、市場で淘汰されて消えて行ってしまうものです。私は会社員で、企業というのは経済の市場原理に従って生きているもので、そこで競争に負けてしまったら、死んだということになるという世界にいます。工芸品の商品としてみれば、その同じ世界に生きていると言えると思います。そこで、死んでしまったものが、文化財ということで保護されて残っている。つまり、私の生きている世界では、文化財としての工芸品とか技術というのはゾンビのようなものなのです。この市場と世界では、どんなに凄い技術や画期的な発想や美しいものであっても、市場での競争に負ければ退場を免れることはできません。私の長くはない会社員生活のなかで見聞きしたものでも、凄いものでも市場で負けて退場し消えたものは、数え切れないほどあります。それが一時的には一世を風靡したものであっても、現在、跡形もないものは沢山あります。そういうものの凄い技術は、商品が消えれば、当たり前のように廃れてしまいます。それは市場では当たり前のことです。むしろ、市場の原理では、そういう消えるべきものが居座るように居残っていては、新たな技術や商品が登場してくることの障害になってしまうという考え方が強いです。いわゆるイノベーションというのも、そういう考え方のひとつの形態であると思います。用無しになった旧体質に、新しいものが替わって入ってくるということになります。
 さて、そのような考え方にあって、一方で、文化であるからとゾンビが居残っている。そのために、言い方は悪いかもしれませんが、その関係の業界が寄りかかるようにして、市場に居座っている。もし、市場の立場で考えれば、同じように市場から退場したもので、一部が保護されて居座って、その他は消えてしまった。消えてしまった側の立場で考えると、文化かどうかというのは主観的なもので、それによって決められてしまう、かなり不条理なことになっているのではないかと思うことがあります。

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