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映画・テレビ

2019年1月16日 (水)

ゲーリー・クーパー主演、アンソニー・マン監督の映画「西部の人」の感想

000002  強盗団から足を洗って平穏な生活を送っていたかつての無法者(ゲーリー・クーパー)が、再会した昔の仲間や残忍なボス(リー・J・コッブ)との縁を切って真人間になることを目指すというストーリー。クーパー演ずる主人公は、逃れたい過去に強制的に捉われることになる。主人公の伯父に従っていた過去の姿を彷彿させる分身のような従兄弟が、彼に対して裏切り者と敵意を露わにする。つまり、否定した過去に捉われている主人公が、克服すべき過去が強盗団、とくに分身のような従兄弟(ジョン・デナー)として現実に現われ、実際に彼を捕えてしまう。そこから逃れ、彼らと対決することが、主人公にとっては内なる過去の記憶の克服と重なる。
 彼と従兄弟の対決は、撃ち合いの後それぞれクーパーは肩を、デナーは足を撃たれ、クーパーは廃屋の玄関ポーチの床に、デナーはその床下に倒れ込む。二人はポーチの床の上と下で「とうとう二人きりだな」、「お前がずっとそうなると思ってきた通りになったな」と話し、その二人を同じ画面に捉える。この敵同士を上下の構図で映すのはアンソニー・マン特有の垂直の対決構図なのだろうが、狭い空間で接触するほど両者が接近していると、彼らが対決するべくして対決する宿命性が強調される、というより、互いに分身のように見えてくる。最終的には、クーパーはデナーを殺すことで、自分の過去そのものを葬り去る。この対決は自分自身との対決であり、自分の中の悪との対決。それゆえ、戦いに勝ったクーパーは陰鬱な表情を崩さない。周囲に広がっているのはゴーストタウン。勧善懲悪とか、ノスタルジーといった西部劇のスカッとするものとは正反対。現代劇にしてしまっては、身につまされってしまうので西部劇という舞台に移すことで、かろうじて娯楽映画になっている。しかし、このような主人公を脳天気なハリウッド・スターの代表的存在ゲーリー・クーパーが演じているなんて。

2019年1月 6日 (日)

小津安二郎監督の映画「早春」の感想

0343042914219632911  前作「東京物語」の2年後に公開され、「晩春」以降1年1作ペースで制作していた小津には珍しい。それほど「東京物語」というピタリとハマった作品の後で悩んだ小津の姿が想像できる。この作品と次の「東京暮色」の2作は戦後の小津調のなかでも異質な作品となっていると思う。例えば、始まってすぐに蒲田駅の朝の通勤風景のシーンがある。駅に向かって人々がまるで行進するかのように一方向に同じ歩調で歩いている。そこに異様さ、不自然さ、を感じさせられる。これは、画面について小津が美化句を徹底したためと言う人もいるが、しかし、同じようなシーンは実は「東京物語」にもあって、早朝の尾道の港の風景のあとで通学の小学生が倉庫の前を同じように歩いているのだが、そこに違和感はなく、むしろ朝の懐かしい風景として映る。それだけ、「早春」全体に、このシーンを不自然と感じさせる統一感があるということだ。そういう不自然なシーンはそれだけでなく、例えば主人公の勤め先のシーンで社名が書かれているドアを正面に廊下を置くに移動して寄って行くように撮っているのは意味がわからず不気味ですらある。しかしそういうところが、この作品の特徴的な魅力となっているのではないかと思う。
 物語は池辺良と淡島千景の倦怠期にさしかかった夫婦の危機を柱に浮気やサラリーマンの悲哀が絡む。夫婦の危機であれば、「お茶漬けの味」もそう。しかし、「早春」での小津はずっとシニカルだ。「お茶漬けの味」は、もともと出自の違いによってしっくり行っていなかった夫婦が、その違いを乗り越えていく話で、欠落を抱えていた家族が再生していくというパターンだ。これに対して「早春」の夫婦は、夫婦の間に隙間風が吹き始めて、些細なズレがうまれ、それが拡大していくという関係が崩壊していくという話。物語では最後に夫婦はヨリを戻して、一時的な別居は解決して再出発することで終わる。しかし、そこには「お茶漬けの味」の夫婦二人で深夜の台所をあさりお茶漬けを食べる長回しのワンシーンワンショットのようなポジティブな高揚はなくて、夫婦は同じフレームに収まらず、「東京物語」の笠智衆と東山千栄子の老夫婦が同じ方向を向いて並んで座ることも殆どない。「早春」では最後の最後、別居したまま転勤した池辺良の単身赴任先に、淡島千景が訪ね、下宿先の窓辺で二人が並んで外を見る。それがとってつけたように見えてしまう。それゆえ、シニカルな苦味を伴った諦念が漂う。それは、「東京物語」で完成した小津調の映像を自己パロディのように形式化した上でズラしてみせて、見るものに違和感を抱かせることによって。
「早春」が公開された1956年の経済白書には“もはや戦後ではない”と書かれ、戦後復興から高度経済成長へと時代が大きく転換し、伝統的な社会の崩壊が始まった。それまでの小津の作品では戦争で欠落を生じた家族が再生していく話だったのが、この「早春」の夫婦は欠落を抱えておらず、それが崩壊していく話に転換している。時代の変化の影響を受けたとは言わないが、小津自身の作品の転換と時期が重なったのは偶然とは思えない。そこには、小津自身が小津調と言われる映像を距離をおいて客観視し、そこでそれまで疑問すら抱いていなかった自身のアイデイテティを見直している苦味が作品に表われているように気がする。それゆえに、小津ファンとしては、とりわけ愛しい作品。

2018年12月28日 (金)

映画「駅馬車」の感想

1111111  ジョン・フォード監督の代表作というより西部劇といえばこの作品ともいうべき代名詞ともいうべき作品。ジョン・フォード的空間としか言いようのない、遙か遠くまで、見渡す限りひろがる平原を、俯瞰で見下ろすように駅馬車が走る姿。それをみただけで、見る者は、その世界に入り込んでしまう。映画冒頭の騎兵隊に守られるような駅馬車に続いて、逆光の中の騎兵隊、続けてインディアンの騎行が映し出される。この駅馬車、騎兵隊、インディアン、三つの映像だけで、見る者は物語の枠組みが想像できてしまう。これは「むかし。むかし…」ではじまる昔話のように、それだけで現実の世界を忘れて、古老の話す世界に導かれるようなものだ。
 しかし、その入った世界で語られるのは人間ドラマだ。実際、物語は駅馬車の車内や停車場の室内という閉ざされた空間の内部なのだ。そこに居合わせた種々雑多な境遇の乗客たち、彼らの車中の会話、停車場での行動から、本性が次第に明らかになってくる。例えば乗客たちの席の変化だ。最初、売春婦のダラスから離れて座っていた将校夫人のルーシーが距離を縮めていく。車外の平原がどこまでも広がっているのと対照的で、そこに閉じ込められるような車内は密度の高い空間となって、その中の乗客たちの人間関係が濃密に現われる。それは社会の縮図、一種のミクロコスモスでもある。しかも、インディアンの襲撃の脅威がひたひたと迫ってくる。インディアンは姿を現わさずに、護衛すべき騎兵隊が移ってしまったり、停車場の男達や馬が消えてしまったりと恐怖感がじわじわと高くなる(まるでヒッチコックのサスペンスのようだ)。大平原は、どこにインディアンが襲ってくるか分からない空間として駅馬車をとりまいているのだ。それは閉ざされた乗客たちの緊張感を極限まで高める。そして、インディアンの襲撃。疾走する駅馬車は、極限の状況に乗客たちを導く助走なのだ。その結果として、型破りで、善良な市民の顰蹙を買うような人間が危機のときにその人間性を発揮する一方、社会的な権威が失墜する。例えば、気障なギャンブラーのハットフィールドはインディアンに襲われて死んだ女性に自身のコートを脱いでかけてやったり、駅馬車が襲われたときに、ルーシーに自殺のための銃弾を一発残しておいてやったりする。また、飲んだくれの医者ブーンは、酔ってさえいなければ彼の腕は確かであり、ルーシーのために彼はコーヒーで必死に酔いを醒まし、見事子供を取り上げてみせる。一方、その醜悪な本性を明らかにするのが銀行家ゲイトウッドで、彼は護衛の騎兵隊が帰ってしまったことに腹を立て、怒りついでに政府が実業家に干渉しすぎ、銀行に監査に入るなどもってのほかと不満をぶちまける。しかし、それによって自分が監査を恐れている、横領の罪が露見する前に逃亡し、さらに行きがけの駄賃に着いたばかりの大金を持ち逃げしたことが見る者にわかってしまう。そんな乗客たち、敵対していた人間同士が、本来の姿を現わし、危機を共に乗り越えることで連帯する。そこに、この映画のカタルシスがあると思う。
 だから、意外に思われるかもしれないが、この映画では夜の闇と光の対比が活用されている。それが、初めて宿泊するアパッチ・ウェルズでのこと。そこでルーシーが急に産気づき、ダラスがその間ずっと彼女の看病をする。生まれた赤ん坊を抱くダラスが聖母マリアのように見える。その一連のダラスの振る舞いを見てリンゴーは、ダラスが自分の伴侶にふさわしい女性と確信する。この場面が夜に設定されている。ここで、このシーンは仰角気味のカメラアングルで、人々の影を黒々と河辺に投影し、これまでの場面と打って変わった深々と暗い空間を演出する。その暗い空間は、無論赤ん坊が無事に生まれたのかという不安を書きたてるものであるが、それ以上に、このことを機に心を一つにする乗客たちの間の、そしてとりわけダラスとリンゴーの親密さを醸成する。赤ん坊が生まれた後、ダラスとリンゴーは二人、狭く、暗い、遠近法で奥へと抜ける廊下を通って月明かり射す中庭に出るのだが、それは暗い過去を通り過ぎ、明るい場所へ出ようとする二人の未来を象徴している。

2018年12月12日 (水)

映画「東京物語」の感想

200pxtokyo_monogatari_poster_2  小津安二郎の代表作。いわゆる小津スタイルの完成された姿と称える人も少なくない古典的な名作。しかし、「晩春」や「麦秋」といった以前の作品にあったような、ややもするとそのスタイルから逸脱してしまうような突出した細部、つまり破綻が見られない作品ということだ。それは、前作までとは作品の性質の方向性が変っているからと考えられる。「晩春」や「麦秋」は欠落を抱えた家族が娘の結婚という未来が開けたことで新たな方向に再生していこうとする話。あるいは「宗方姉妹」は田中絹代の若妻が夫の死を契機に旧い因習を脱して自立していく話。つまり、これまでの作品はある部分は滅失するところがあっても、新たな展開の可能性がひらけるという話だった。そういう将来というのは、やってみないと分からない未知な部分が多い。それを反映してか、いわゆる小津調のスタイルの映像をはみ出してしまう部分があった。例えば、「晩春」の唐突に映し出される壺とか、「麦秋」の話の展開と無関係に一面の麦畑の映像が映し出されるとか。
 これら対して「東京物語」は東山千栄子の老妻が亡くなる以外には、家族の変化はない話で、それ以前の作品にあった新たな展開の可能性がない。未来が開けていない。つまり、いまあるものがなくなってしまう話だ。ないものをあるという話なら、あるという動きを映像にできるが、なくなる話では、なくなる前のあるということを示して、そのあったものがないという結果を示すしかない。例えば、笠智衆と東山千栄子の老夫婦が同じ方向に並んで座るのを横向きで捉えた場面を、最初の尾道での旅行の準備、長男宅で、長女宅で、熱海の旅館、海岸、上野の寺と同じ構成で場所を変えた場面を何度も映し出す。それは、最後の東山千栄子が亡くなって、残された笠智衆が尾道の自宅で独りで座っている姿と対比させるためと言える。(なくなってしまうことが分かっていて、いまあるものを映し出しているゆえに、叙情的になるのだ)それゆえに、「東京物語」は、なくなる前のあるという状態を見る者に示す。それはいまあるものの確認ということになるので、「晩春」などの作品にあった未知の部分がない。したがって、小津調からはみ出てしまう要素は必要なくなる。その結果、スタティックで安定した画面となる。それが小津調の完成されたと言われる由縁ではないか。そういう先がないからこそ調和した完成されたものと見える。それはまるで、「ファウスト」の中の「時よ止まれ、君は美しい」という悪魔の言葉を体現しているような世界ではないか。
 でも、言い換えれば、それはデッドエンドということではないか。それが証拠に小津は、この後方向性を変えてしまって、これに類するような作品を撮っていない。

2018年12月 8日 (土)

映画「薄桜記」の感想

13a524ff658ec56f053b3a22a25a6540ven  市川雷蔵主演、森一生監督の映画「薄桜記」を見た感想。
 市川雷蔵等の大映時代劇と片岡知恵蔵や市川右太衛門等の東映時代劇との画面上の大きな違いは、室内の柱が黒いのと白いことだ。東映の時代劇は建物の柱の新築のような白木で画面が明るく開放的になる。そこでヒーローが明朗快活に活躍する。これに対して大映の場合は、柱は古い寺院などにあるように黒光りしている。その黒い柱は古い伝統を思い起こさせ画面は暗くなる。それは武家社会の伝統が重くのしかかるようだ。眠狂四郎は、異例な出自のために伝統的な制約のために武家の社会から疎外され、自身のアイデンテティに対してシニカルにならざるを得ない。しかも、この作品はシネマスコープの横長の画面で上下が狭く、上から抑えつけられるような空間の閉塞を見るものに強く感じさせ、それは武家社会の抑圧のように、直接には見えてこないが感じさせる。
 この映画は、忠臣蔵の外伝といったストーリー。中山(堀部)安兵衛のいわゆる高田馬場の決闘を陰で助けた主人公が逆恨みにあって留守中に妻を襲われてしまう。妻を襲った相手への復讐のため、愛する妻と別れ、職を辞し、自身は浪々の身に、しかし片腕を失ってしまう。その後、別れ別れになった妻と夫は、忠臣蔵の討ち入りの進行と併行して再会は悲劇的な結末に・・・。
 忠臣蔵という話も、武士のメンツという建前のために自身の生命や家族の生活を犠牲にして人殺しをするという、人間性を抑圧する話ともいえる。主人公の丹下典膳は、当初は純粋で正義感の強い青年で、新婚アツアツの幸福感溢れています。妻が襲われても、武家でなければ忘れよう、出直そうということができるのに、武家はメンツがあってできない。離縁しなければならないし、彼女も自害することになってしまう。なんとかの自害を避けようと一計を案じるが、家を断絶し、片手を失う。全てを失い半身不随となった典膳は、復讐の念に凝り固まり、当初の清新さのかけらもない無残な姿に変わり果てていた。それは眠狂四郎には世を拗ねる余裕があったが、落剝した典膳には救いようのない絶望があった。最初の青春そのもののような姿があったので、その落差が、一層凄惨なのだった。その復讐の中で、典膳は片脚を撃たれて、立てなくなる。最後は雪の夜に、もはや立てない典膳が敵に囲まれて決闘するという凄惨なシーン。それを上からのカメラで俯瞰で撮る。最後の最後でも上から抑えつけられるような圧迫の視点。そこだからこそ、斃れた瀕死の典膳と妻が雪の白い地面に真紅の血まみれになって手をつなぎ息絶える二人は、純粋に愛を貫き、美しかった。

2018年11月20日 (火)

映画「旅情」の感想

131487_01  アメリカ人で秘書をつとめているオールドミスが、初めて休暇でベニスを訪れて、旅先のアバンチュールにあって・・・という話で、以前は、その手の映画と思っていたのだけれど、何年か前、機会があって50歳を過ぎて再見したところ、身につまされるような感じで見ていた自分に気づいたりした。個人的偏見かもしないが、中高年を過ぎたと思ったサラリーマンは見るべき映画かもしれない。
 主演のキャサリン・ヘップバーンは、いわゆる中高年の年齢で、仕事はバリバリやってきたのだろう、それなりの貯えもありそうで、彼女の些か強引ともいえる行動力や多少ギスギスして見える几帳面さがヘップバーンの演技からよく窺える。多分、一緒に仕事をする際には有能で頼りになるだろうが、個人的には一緒にいたくないタイプ(ヘップバーンの代表作「フィラデルフィア物語」での演技に通じてもいる)。しかし、根はちょっとはにかみや人の好いタイプだったのがキャリアを経るうちに鎧をまとった。そのよろいが、旅先で少しずつ脱ぎ始める彼女の変化が素晴らしい。ロッサノ・ブラッツィという相手もいることはいるが、むしろ彼は、ヘップバーンの再生に感化されて惹き付けられてしまったにすぎない。そのクライマックスがラストの列車のシーン。作品冒頭の列車でベニスに来るときには一種の躁状態のような無理に力が入っていた。しかし、ベニスを出るときには、そういった余計なものを洗い落としたような、素の好い人になっている。想像するに、初めてのバカンスでヨーロッパというのは、それまではキャリアを進めるに精一杯だったということではないか、そして今更初めてということは、そういう無理をすることがなくなった、旅先でのオールドミスとしての寂しさを見せる、ということは何らの挫折か、そこまでいかなくても、キャリアを詰めていくに先が見えたとか、今まで通りのがんばりに意味を見出せなくなった、そんな境遇だったのでは、それは私の個人的な思い入れかもしれないが、彼女の行動がカラ元気と一瞬の寂しげな仕草(例えば、まとわりつく浮浪児への態度がコロコロ変わる変わり方)にそういうところはある。その振り幅が彼女の行動にあらわれているのがラストに向けて、その振り幅が収斂するように、また、顔の表情から力みが消えていく。列車に話を戻すと、冒頭のベニスに来るときは窓からカメラで撮影するだけけれど、帰るときは窓をいっぱいに開けて自身の上半身をまどから乗り出し、いうなれば一線を超えた結果ということなのだろうか。多分、ここで彼女は自身の原点にもどって再生してきた、そういう物語として、見えてきた。まあ、そもそも、キャサリン・ヘップバーン、同じラストネームのオードリーというひ弱な少女と違って、転んでもただでは起きないのだ。中年過ぎても列車から半身乗り出して、暴走族のハコ乗りみたいなことをやってしまうのだ。多分、帰国して職場に戻っても、社内のあっちへチョコチョコ、こっちヘチョコチョコ動き回って周囲にうるさがられのだろうけれど、それをキャリアのためとか、仕事だからなどと他律的なことをいうのではなく、「アタシがやっての文句ある?」とか言いそうなのだ。その時、きっと目は微笑んでいる、そう想わせるラスト。ちょっと長い割には分かり難い説明かもしれないが。
 一方で、余談として、この映画の制作年代は1950年代で、アメリカが一番輝いていた時代で、今の中国の爆買ツアーみたいにアメリカ人が大挙してヨーロッパにでかけ当地でマナーが悪いとか顰蹙を買っていた時代で、この映画は、それにも行けないアメリカの人々に、旅行気分を味わう機能も果たしていたといえる。誠実なデビット・リーン監督は、運河にゴミを捨てるシーンをわざと入れたり、浮浪児を登場させて、単にキレイなだけのベニスで終わらせないようにしている。事実、ロッサノ・ブラッツィ演じる人物はアメリカの田舎者を食い物にしてひと儲けしようと思っている。当時のヨーロッパとアメリカの関係の縮図のようなものも、そこに反映していた。
 主演のキャサリン・ヘップバーンは、この後の枯れた演技が日本では好まれるようで「アフリカの女王」とか「黄昏」などが人気だけれど、この人の真骨頂は嫌になるほど強引で元気が良くて、だけど洒落っ気たっぷりのところだと思う。「フィラデルフィア物語」「アダム氏とマダム」「赤ちゃん教育」も日本での人気はイマイチなのが惜しい。

2018年11月15日 (木)

映画「牯嶺街少年殺人事件」の感想

111111  エドワード・ヤン監督の映画「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」の感想。
 この映画の舞台は1960年の戒厳令下の台湾。蒋介石が共産党との戦いから台湾に敗走し、人民解放軍がいつ攻めてくるか分からないという切迫した時代の空気が充満していた。その台湾では、中国本土から多くの人々が共産党支配から台湾に逃亡し、外省人と呼ばれ、もともと台湾に住んでいる本省人との仲はきわめて微妙な緊張感が張りつめていた。本作の主人公の少年の家族は外省人であり、彼は優秀な成績でありながら中学の夜間部にしか入れない。その中学では、彼と同様の境遇の少年たちが徒党を組んで、暴力構想を繰り広げていた。しかも、同じグループのなかでも内部対立を抱え、事態は錯綜し、混迷を深めていた。その中で、主人公の小四は一人の少女と出会う。登場人物も多数に渡り、粗筋を要約しようとして途方に暮れてしまう複雑な話なのだが、同じカメラアングルで捉えた空間を何度も異なる瞬間に描きだすことで、位置関係や人物関係の推移を表現していて、映画を見る目線は、そこにも吸い寄せられる。例えば、主人公が父親と自転車で並んでいる場面が数回出てくる。そのたびごとの微妙な違いが、父と子がそれぞれに追い詰められていく変化を表わしている。そういう映像が約4時間にわたり、弛緩することを許さないが如く、緊張を強いられる。というより、目が離せない。というと、楽しいとはかけ離れた難しい映画と誤解されそうだが。例えば、少年たちの抗争のなかで襲撃するシーン。台風による暴風雨の夜、停電で真っ暗となった状態で、気配を察した敵側が何本も灯されていた蝋燭を一息に吹き消す瞬間に、暗闇の中で暴力が炸裂する。罵声と共に少年たちは相手に襲いかかるのだが、暗闇の中で、時折わずかな光の中で人影がもつれ合う部分だけか断片的に映る。全部見えないだけに、切迫した緊張と血腥い暴力の匂いのようなものが強烈に感じられる。その禍々しさや生々しさが迫力となって迫ってくる。死の匂いというのか。そういう時間と空間に包まれるというのは、滅多にあるものじゃない。
 私は、この映画のどこまでを見れていたのだろう、と見終わった後、途方に暮れてしまい。また、見なくては、見たいと思わせられてしまう。そういう映画だ。私にとっては。

2018年10月25日 (木)

映画「真昼の決闘」の感想

11  フレッド・ジンネマン監督、ゲーリー・クーパー主演の映画「真昼の決闘」の感想。
 新婚の妻(グレース・ケリー、実はデビュー作)と共に町を去ろうとしているゲーリー・クーパー扮する保安官のもとに、かつて逮捕した男が出獄、お礼参りにやって来るとの知らせが入る。このまま去ろうという妻の意見を振り切って町に戻った保安官は住民に加勢を求めるが、誰も助けてくれない。男の汽車が到着する時間が迫る。それまでの1時間あまりを実時間として、頻繁に時計の針を示して、緊迫感を高める構成が斬新と言われた。ハワード・ホークスは、こんな情けない保安官と殺伐とした話に反発して、名作「リオ・ブラボー」を制作したという。
 この映画の魅力は保安官が孤立無援になっていくプロセスの陰惨さにある。彼は、自身の誇りと職業倫理のために町に残り、男を迎え撃つ決心をするが、妻にすら理解されない。町の人々は彼の功績を評価すると言いながら、彼がいるから男は復讐に来るのだから、さっさと逃げてくれればいいと思っている。かつて、彼を温かく包んでいたはずの環境が、掌を返したようによそよそしいものに変わってしまう。もはや何を信じていいのか分からないという底なしの不安。それをカメラは常に俳優の目の高さではなく腰のあたりのややローポジション、そこから仰ぎ見るショットは映画に重苦しい雰囲気を与えて、しかも、頻繁にカットを変えて落ち着かない。画面の中の保安官は、最初は人々と共に映っていたのが、次第にひとりだけの画面になっていく。
 そして、最後、彼は保安官のバッジを路上に投げ捨てて街を去る。彼は町そのものを捨てたということだ。その前に彼は町から見捨てられていた。彼にとっては、その町は守るに値しなかったという苦い認識。そういう、社会が一瞬のうちに、個人に対して暴力的になる。その恐ろしさを現代劇では、あまりに身につまされる。西部劇だからこそ可能になった。だから、現代の私が見ても、リアルに共感できる。そういう作品だと思う。

2018年10月12日 (金)

小津安二郎『お茶漬の味』の感想

200pxochazuke_no_aji_poster  小津安二郎のフィルモグラフィーをみると戦後は1年に1作のペースで作品を制作し、例えば
  晩春(1949年)
  宗方姉妹(1950年)
  麦秋(1951年)
  お茶漬の味(1952年)
  東京物語(1953年)
という順番に制作されている。このうち、私の印象なのだけれど、「晩春」と「麦秋」の2作品と「宗方姉妹」と「お茶漬の味」の2作品は、印象が異なっている。(そして、敢えて言えば、「東京物語」は、これらの両方のタイプを統合したような作品と言える。)その違いとは。例えば、最初の方で小暮美千代が佐分利信の亭主を騙して、淡島千景らと修善寺温泉に旅行するところで、列車のシーンがあるが、列車の窓にキャメラを進行方向に向けて固定するようにして、前から景色が次々と迫って流れてくる様を映している。まるで、リュミエール兄弟の「ラ・シオタ駅への列車の到着」が列車が迫ってくるのと逆に、景色が迫ってくるとでもいうような迫力あるシーンなのだ。しかし、「晩春」の笠智衆と原節子が電車で鎌倉から東京にでてくるシーンのアクションカッティングを駆使したダイナミックな躍動感に比べると、枠に収まった感じなのだ。どういう事かと言うと、「お茶漬の味」の列車のシーンはストーリーの説明として収まっていて、その中で迫力あるシーンになっている。これに対して、「晩春」の電車は、単に人が移動するという説明を超えて、その列車の躍動感が過剰で、観客に何かがありそうだという期待や不安を抱かせるという、その迫力がストーリーを創り出そうとするところがある。「晩春」や「麦秋」には、そのような個々のシーンや画面の細部に過剰さが、溢れるように見出すことができる。そして、それが実はストーリーを紡いだり、リアリティーを作り出したりしていて、それが映画の豊かさとなって結実している。これに対して、「お茶漬の味」は、そういう逸脱を抑えて骨格であるストーリーである小暮美千代と佐分利信のやりとりに焦点を絞り、個々のシーンはそれを効率よく説明するように作られている。従って、列車のシーンには過剰さが邪魔になってしまう。「お茶漬の味」がそうなっている、ひとつの理由は、たとえば小暮美千代が作品の中頃で、スレ違いの夫婦であることに苛立つところにある。これは、「晩春」で能を見た帰りに、原節子が笠智衆に対して苛立って怒りを爆発させるシーンとの違いに見ることができると思う。原節子の苛立ちには父親への嫉妬だったり、自身に縁談が無理強いされていることへの不満だったり、このままの生活がずっと続かない不安だったりとか、様々なことが複雑に絡み合って出てきたものだ。それは言葉や理屈では割り切れない、言葉や理屈にはならないこと、だから、それは言葉で説明できないし、映像で直接表すこともできない、そういうものを表しているのが原節子苛立ちといえる。しかし、そのことを原節子は言葉にはできないけれど、分かっている。それを小津監督は分かっていて、シーンを作った。だから、そこに至るまでに、過剰な細部が不安な影のようなニュアンスをさり気なく、見せてくれている。つまり、ストーリーと関係ない細部が語っているのだ。これに対して、小暮美千代は同じように言葉にできないのだけれど、そういうものが自分の中にあることを自覚していない。彼女は、自分が苛立っていることを意外に思い、そういう自分にさらに苛立つのだ。そこで、彼女は思ってもいなかった自分を表しだす。それは、今まで、表層の見えるものだけを禁欲的に描いてきた小津映画にはなかったものだ。だから、観客は、突然、彼女が苛立ちことに驚く、その驚きが逆に画面に観客を引き寄せ、共感やあるいは反発といった感情移入に誘うことになる。
 前作「麦秋」で原節子が子持ちの医師と結婚することになり、結果的に親子三代の大家族が散り散りになってしまうという結末を悲劇でもなく、メデタシメデタシでもない、その一日が終わり、また、明日がくるという淡々とした終わり方になる。そこに名場面も名せりふのない。そういう一日の終わりが実は、真実を映し出し、見る者の感情をえぐってしまう作品になっている。しかし、そんなことをしている人間それ自身が、自身がどう思っているのか。その感情とか、内面とかを自身でも分からないのだ。だから、この作品の結末も、夫婦がよりを戻したとも、互いに諦めの境地になったとも取れるものとなっているが、それとても、どうなのか本人達にも分からない。その分からないのを分からないままに描こうとしている。(その時に、現実の場面がリアルに前面に出てきてしまっては、その分からなさに、かってに外側から理屈付けることになってしまうのだ。)それが、見る者にとっては、自身のとって切実なものとして否応なくコミットさせられてしまう。そういう作品になっていると思う。

2018年9月23日 (日)

小津安二郎監督『宗方姉妹』の感想

111  小津安二郎が監督した「晩春」以降の作品は小津調とよばれ、「晩春」で小津調が生まれ「東京物語」で完成したと、一般的には言われているようだが、私には「晩春」「麦秋」に対して「東京物語」は異質に感じられていた。全然違うじゃないか、と思っていた。それが「宗方姉妹」を見て、その間がつながったような気がした。小津の作品には
  晩春─麦秋
 (風の中の牝雞─)宗方姉妹─東京物語
という二つに性格分けできる作品の系統付けができるのではないか。小津調というと、ロー・ポジションでとること、カメラを固定してショット内の構図を変えないこと、人物を相似形に画面内に配置すること、人物がカメラに向かってしゃべること、クローズ・アップを用いず、きまったサイズのみでとること、常に標準レンズを用いること、ワイプなどの映画の技法的なものを排すること、といったことが具体的に挙げられが、これらが、上記に作品に、すべて見られる。しかし、そのあらわれが異なって見える。「東京物語」では、その小津調がスタティックなのだ。スタイルがすでにあって、それに従って作品が作られている。つまりスタイルをなぞっているように見えるところがある。例えば移動撮影。田中絹代と高根秀子の姉妹が薬師寺を訪れたシーンで、寺の風景を横にためるように移動するカメラが映しだす。それは、「東京物語」と行き場を失くした老夫婦が上野で途方にくれて佇むシーンで、寛永寺の塀を移動で映したのを思い出した。固定ショットで画面をつくる小津の作品ではカメラが移動するのはただ事ではない、何かあったのでは見る者の心をざわめかせる。それが証拠に「晩春」では、心にもやもやを抱えた原節子をカメラが追いかけて移動するだけで、画面は不安を掻き立て、それが的中するように原節子は走り出し、感情を高ぶらせる。しかし、「宗方姉妹」の薬師寺のシーンでは何も起こらない。心のざわめきは宙ぶらりんになってしまう。「晩春」や「麦秋」では、そういう個々の小さなシーンが、それぞれ意味をもつように、物語を生んでいく。婚期の遅れた娘を愛しながら心配する父親とのやりとりというストーリーはあっても、小さな物語が遠心的に生じて作品に豊かな広がりをつくっていく。これに対して「東京物語」もそうなのだが、「宗方姉妹」では田中絹代演じる節子とかつての恋人宏と夫の三村の三角関係と、それを妹の高嶺秀子演じる満里子が絡んでくる。そのストーリーが中心となって、ドラマをつくる。いわゆる、小津調は、そのストーリーをうまく表わす手段となっている。そこでの俳優の演技はストーリーを内面化した心情を表わすロマンチックな、いわゆる役になりきるような演技だった。他の小津の作品では、あまり見られないストーレートに愛を相手に告白するところや、恋人どうしを一つの場面で向い合せることまでしている。これに対して、節子と三村の心が離れてしまった夫婦は同じひとつのシーンで向き合っても、部屋の奥と手前で、すれ違うようにしながら、画面はまよこからの場面として、表面的には向き合っているが、実はすれ違っているところを暗示している。小津というよりは、成瀬巳喜男の俳優の演出を想わせる。それは、作品の冒頭のところの節子の登場シーン。大学の研究室でソファーに座った後姿で登場して、教授が部屋に入ってくると、節子が振り返って、顔を見せる。まるで、成瀬の印象的な振り向きのようだ。これに対して「麦秋」では「宗方姉妹」にある激しい感情をあらわすような演技は見られず、画面の中に俳優がいて、その全体がシーンをつくって物語を生んでいく外面の関係が心情を見るものに想像させるようなのだ。だから、「宗方姉妹」も「東京物語」にも悲劇的な要素を多く持っている。笠智衆は癌で余命が短い設定だし、節子が三村と別れることを決心した時に、当の三村は心臓麻痺で死んでしまう。節子は、そういう死の影に囚われて終わる。初めの方で、姉妹が薬師寺を訪ねて、東塔を臨んで二人で並んで腰掛けるシーンがあって、そこでは姉妹は別々に立ち上がって歩き始めるが同じ方向に合流する。一方、最後近くで、同じ薬師寺で、同じように節子と宏が腰掛け、連れだって立ち上がるが、ここで節子は宏に別れを告げる。同じシチュエーションで初めと終わりで対比するように変化させる。これによって、節子と宏の別れの印象を強める。これは、「東京物語」で最初と東山千栄子の葬儀のあとで尾道のフェリーの乗り場で、朝の通勤風景と、人けのない風景を対比的に見せる。同じ手法をつかっている。これに対して「晩春」も「麦秋」もスタートから死による欠落を抱えているが、そういう初めと終わりの変化を対比的に見せるようなことをしていない。小さなシーンを繰り返して、そういう大きな変化はなくて、ずっと続くというのを淡々として見せて、小さな変化が少しずつ起こっていくところに淡い諦念というか、あっけらかんとしたような明るさを感じさせるようになっている。
 おそらく、この作品では新東宝という他社で、気心の知れた小津調を一緒に作ってきた小津組でないスタッフと小津調の画面をつくるために、突き放して、客観化した決まった形のスタイルとして認識したのではないか。画面をつくることがストーリーを生むことはできないので、物語の筋を中心的な柱として、作品を構成させた。その結果、「東京物語」に通じるような一貫したストーリーが、見る者には分かりやすいもの、シンプルで感情移入しやすくなる結果となった。