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書籍・雑誌

2024年5月22日 (水)

小坂井敏晶「責任という虚構」(3)~第1章 ホロコースト再考

 この章ではホロコーストを遂行した人間の心理に焦点を合わせ、状況次第で誰もが同様の犯罪に加担する可能性を検討する。
 狂信的指導者が政治機構の中枢で決定するだけで数百人の人々を殺せない。銃殺や毒ガス処刑に手を汚したのはナチス指導者ではなく、普通の警察官や役人だ。どこにでもいる普通の人が多くの人を殺す行為ができたのは分業というシステムによるところが大きい。近代企業の活動を思わせる高度な組織化の下にユダヤ人の名簿作成・検挙に始まり、最終的に処刑に及ぶまでには多くの段階の任務がある。各作業を別々の実行者が担当する時、責任転換が自然に起きる。「私だけが悪いんじゃない」「私がしなくても結果は変わらなかった」「私は単に名簿を作成しただけだ」などと正当化される。殺人の流れを一括して把握せず、流れ作業のほんの一部だけに携わるたに自らを責任主体と認識しにくい。普通なら道徳観念が禁止する行為もそれほどの抵抗なしに実行してしまう条件がこうして用意されるのだ。また、命令する者と、自ら直接手を下す者とが分離されると、犯罪に対する心理負担が減り、結果的に殺戮装置が機能する。責任が雲散霧消するメカニズムがここにある。さらに、殺害方法が銃殺からガス室に変更され、血みどろの殺人を犯す必要がなくなった隊員の心的負担は大幅に軽くなった。人を殺す現実感がなくなる。現実感を覚えなくなると、人は残虐行為を簡単に成し遂げる。犠牲者が苦痛を感じる生身の人間であることを忘れ、家畜か害虫であるかの錯覚が生まれるというわけだ。
 アイヒマンやヘスだけでなく、捕えられたナチス指導者はヒトラーの命令に従ったのでだと主張したが、それは必ずしも責任逃れの言い訳ではない。何層もの正当化システムが重なり合って機能しなければホロコーストは遂行され得なかった。したがって殺戮メカニズムに荷担した人間が自分に責任はないと感じるのは当然だった。逆に言えば、このような無責任感覚が生じる環境を作り出せなければ、何百人もの罪なき人々を殺せない。

2024年5月21日 (火)

小坂井敏晶「責任という虚構」(2)~序章 主体という物語

 この章では人間の根源的な他律性を検討し、責任概念を支える自律的人間像の脆弱さを確認する。
 人間は主体的存在であり、自己の行為に責任を負うという考えは近代市民社会の根幹を支える。人間は自由な存在であり、自らの行為を主体的に選択した結果として責任が生じる。これが近代の責任を考えるときの前提だが、実際はどうなのか。そこで、実際の例として本書が取り上げたのがナチス・ドイツによるホロコーストだ。ハンナ・アーレントは『イェルサレムのアイヒマン』において、ナチスのユダヤ人虐殺は、ナチスという精神異常者が起こした事件ではなく、普通の人間の正常な心理過程を経て生じた出来事だと主張した。普通の人なら、このような組織体制と精緻なメカニズム、社会状況の中では、加担してもおかしくない。そうなると、実際にホロコーストにコミットした人々の責任を問うことができなくなる。彼らは主体的にホロコーストへコミットしたとは言えなくなるからだ。そこで、アーレントの主張には、その当時、批判が相次いだ。
 本書では、そのアーレントの主張の基本となる考え方について、社会心理学の実験(ミルグラムの実験など)結果や豊富な実例で検証している。人間の行動は他者に強く影響されるが、かといって外部環境の情報によって行動が完全に決定されるわけではないのである。心理学では、意志が行為を導くという「のはバイアスであるとして根本的帰属誤謬」と呼ぶ。人の行動を根本で規定するのは精神分析では無意識であり、行動主義では条件反射である。意識という観察不可能な存在は人間行動を理解するうえで無用だと切り捨てた。
 理性的精神が行為を司るというデカルト的自己は間違っている。そのような統一的視座はどこにも存在しない。意志決定があってから行為が遂行される構図は脳科学によって否定されている。ベンジャミン・リベットの実験により、手首を動かす指令が無意識のうちに生じると、運動が実際に起きるための神経過程と、手首を動かすといった意志を生成する心理過程とが同時に作動し始める。自由に行為すると言っても、行為を開始するのは無意識過程であり、行為実行命令がすでに出された後で、「私は何々がしたい」という感覚が生まれる。意志や意識は行為の出発点ではない。社会心理学では、意識は行動の原因ではなく、行動を正当化する機能を担う。意識が行動を決定するのではなく、行動が意識を形作るのだ。
 そもそも、外界から影響を受けずに自律する自己など存在しない。互いに拮抗する多様な情報に包まれて自己の均衡が保たれる。影響されるという言い方は実は正確でない。影響されるというとき、外力が働かない限り自己同一性を保つ我々は存在を前提している。そのような同一性はない。

2024年5月20日 (月)

南直哉「超越と実存─「無常」をめぐる仏教史」(1)

11114_20240520233401  6年前に読んだ本の再読。
 仏教、というよりゴーダマ・ブッダの思想は「真理」も「救い」も求めるものではないという。そもそも、ブッダが修業を始めた時に仏教は存在していなかったのだから、仏教を真実でと信じて出家したということはあり得ない。また、何らかの真実を信じていたとすれば出家して仏教を創始するなどということは、しようともしないだろう。おそらく、ブッダは何か問題を抱えていたとか、何かを見つけようとしていたからこそ、出家したのだろうと。おそらく、やむにやまれぬ、何か切迫したようなものに駆られてのこと。そして、ブッダは「悟り」をひらいた。彼にはたくさんフォロワーが従った。しかし、ブッダは「悟り」について、その内容を語らなかった。経典には、「悟り」とは何なのか、何を悟ったのかについてのまともな説明がない。ということは、ブッダ以後の者はみな、「悟り」に関して確実なことは何も言えなかった。誰がどう悟ろうと、それがブッダのした悟りと同じであると断定する根拠はないということだ。それなら、誰がどう悟りを語ろうと、それは悟ったかのように語っているにすぎない。さらに「涅槃」については、それはブッダの死でもあるので、ブッタ自身か語ることはできない。だから語りえない、語ること自体が無意味なのである。
 しかし、それではフォロワーは困る。「悟り」の内容が明らかでなければ、修行を重ねて何かブレイクスルーの自覚があっても、それがブッダの「悟り」と同じであるか分からない。それで、何らかの説明を必要とした。その説明が仏教の「真実」であり「救い」として独り歩きし始める。それが仏教の歴史であるという。その中でも、そういう歩みを問題視して、ブッダの原点に戻ろうとする人もいた。例えば竜樹であり、そして、日本の親鸞と道元であるという。
 著者によれば、いわゆる哲学もキリスト教などの宗教も「真実」や「救い」を求めるもので、ブッダ(そして親鸞、道元)とは一線を画す。つまり、世界の思想は、ブッダとそれ以外とは二分できるという。納得できるところもあるし、面白い視点だと思う。とくに、親鸞と道元の説明は出色の面白さ。

 

2024年5月13日 (月)

鷲田清一「所有論」(27)~26.危うい防御

 人は生きようとして、その生存に必要不可欠なものの争議や略奪にさらされる。そうした争闘の歴史のなかで、生存の最低限の保障を維持するために所有権が案出された。ハンナ・アーレントによれば、所有権はもともと人が世界の特定の部分に自分の場所を占めることだという。そこで、世界は自然的目的のことではなく、むしろ世間(社会的共同体)だ。実際、生存が断ち切られるような恐怖においても、皆が同じ厳しい条件下で飢餓の恐怖に怯えることと、弱肉強食の下で他人に踏み倒されわたし一人のこととして恐怖に襲われることは別ものである。ジャック・アタリの『所有の歴史』では、それに抗う算段として多産財の獲得し所有をめぐる争いが始まる。アタリによれば所有の歴史とは多産財という財を生産する財の所有の歴史に他ならない。現代では、情報がそれに当てはまる。情報は物としての固有性の存立があやしく、所有=固有性の失効にいたる。そこから、所有権、つまり人が自分に固有のものと思っているものそのものはイメージでしかないという議論が生じる。そこまで来ると、生命体の争闘の歴史の治療薬として案出された制度だったはずの所有からの逸脱ではないか。
 同じようなことは別の側面からも、所有権それ自体が財産のひとつであるということ、所有の一形態であるということ、これはつまり、個人の存在の自由の基底そのものが所有関係としてあることである。そしてこのことは、わたしたちの自己自身との関係としての自己所有が、主人と奴隷の関係として設定されているということである。この主人と奴隷の関係が近代哲学のなかでは精神と身体との関係として表象されてきたと言える。自分自身の所有者としての自己、西欧の近代哲学が独立の個人として自己を表象する根拠は、このような概念的な道具立てにおいてのみありえた。このように所有の権利がそれ自体として所有の一形式である循環論。これはやがて、所有される物が所有する者を所有し返すという事態へと反転し、ついには所有が所有するという閉回路へと至る。
 この問題を掘り下げると最初の「有」をめぐる議論に戻ることになる。わたしが何かを所有しているという関係は、わたしという同一的な主体が、何かある対象をじぶんのものとして、つまりその有りようを自ら決することのできるものとして保有していると、普通は考えられている。しかし、このわたしと特定の対象との関係を所有として規定し、下支えしているのは、わたしという主体なのではない。所有という関係は、所有する主体と所有される客体とり恒常的な関係ではない。言い換えると、所有する者としてのわたしと所有される物としての対象との関係は、わたしと対象との閉じた関係としてあるのではなく、つねに社会的な承認や受託という契機を内蔵することではじめて所有へと構造化されている。つまり所有関係の形式である所有者/所有物は、それぞれに独立の二項ではなく、わたしは常にある対象の所有権をめぐる係争に晒され、いつ破棄されるかもしれない。一方、対象もまた、どこまで所有権の対象であるかもわたしの意思によって決められない。それゆえ、ある物について所有権を持つことは必ずしも所有する者がそれを意のままにできる自由処分権を意味することではない。しかし、その一方でまた、所有という契機なくしては人の生存は成り立たない。そこかに存在に所有という契機が組み込まれていることを考える必要がある。
 日本語で「金を持つ」ことを「金がある」というように所有は、誰かが何ものかを持つことと、何ものかが誰かに帰属するという二様に表現できる。フランス語でもそうだが、和辻哲郎は、そもそも存在賓辞「がある」であると同時に繋辞「である」でもあるフランス語のetreを「存在」と訳すのは無謀だと批判する。「存じている」という表現にあるように、「存」は忘失に対する把持であり、忘失に対する生存でもあって、その意味では「存」は「忘」や「亡」に電ずるかもしれない生成的な性格のものであると和辻は言う。一方、「在」はある場所、それも特定の場所にいることを意味する、つまり、「在」は「去」に対置されている。また、etreには「有」があてられもしてきた。「有」はあるとともにもつでもある。これは何かがあるという事態は基本的に何かを保持する働きを基盤として成り立つということである。そして、人として存在することは、身を持するという意味で所有を本質的に内蔵して成り立っている。和辻流の言い方をすれば、「存」「在」がともに「有」を含むということ。とどのつまり、所有が存在を支えている。だがそのとき、もつは所有権と言われるときの所有ではない。
 そして、本書の所有を受託として捉えかえすという議論は、この論点につながる。その意味は次の二点にある。一つは所有という営みが最終的に帰着するところは、主体による私的所有の権利要求ではなく、状況にとって何が最も適切な配置かということ、つまりは所有=固有ではなく適切さたという点。もう一つは、所有において最終的に問題となるのは、その権利の由来するところというより、その対象をどう維持し、その可能性を生成させていくかということ。つまり、帰属の問題というより、帰責の問題だという点。所有権はそもそも何を護ろうというものか。食料や水源や土地といった生存の基盤を護ることは、人がその存亡をかけた条件である。そしてそのための資源が稀少であることから、太古より集団の間で、熾烈な争闘が繰り返されてきた。それを調停する第三者が存在しないところでは、争闘は一方が他方を制圧もしくは殲滅するまで続くという所有の血腥い歴史はつねに略奪のれきしとしてあった。争闘に終止符を打つのは力であり、その力は集団と集団の間のみならず、集団の内部でも行使された。そうした集団が、後に、社会として編み直され、さらに集団側でも社会が設定されていく過程で、それと連動して案出されたのが所有権、それも私的な所有権であった。それは人々が互いに最低限の生きる装備を保障すべく編み出した共存の智恵であった。この権利はたしかにある物件をおのれのものとして保持する権利を意味したとはいえ、それが護るのはその物ではなく、人であった。所有権はその人の所有を護るものとして設定された。だから、人は所有権を持つと言われてきたのである。そして、現代では、この所有権が本来それに適合しないような場面にまで拡張され、さらに所有者なる人の生存そのものを攻撃するような所有権の過剰の様相を呈するに至った。
 この所有権を受託として捉え直すとすれば、所有権は、「それを持たせられる人がそれを持つべき」という思想とみなすことができる。それは誰に預けるべきものか、つまりは対象との関係やその配分の適切なあり方を判断するよすがとしてである。ここで、何かを持つことが何かが自分のものとしてあることとは同一のことではない。持つの対象は孤立的なものではなく、それよりむしろ他者に分け与えたり、共有したり、譲り渡したりというように人の間を目巡るものである。「カネは天下の回りもの」というが、所有は単にわたしとものとの固有とか帰属という意味でのプロパティという権利関係ではなく、むしろ、リスクの分散と相互扶助の可能性を担保する一定の社会的調性の行為として捉えるべきものということになる。所有という関係は、人ともの、ひいては人と人との持ちつ持たれつの関係ネットワークのなかに組み込まれている。所有という関係は単独の私的主体とその対象との関係ではなく、ある場、ある環境のなかでの人とものとの関係、つまりものを媒介とした人と人との関係であり、またそのものとそれが置かれた他のものとの配置関係でもある。所有は関係の適切さのことと言える。そうだとすると、受託としての所有も、そうした関係が誰かに預けられることとして、たんに私的な権利ではなくて、各自が負うべき公的な責任のひとつという意味を帯びることになる。そこから、権利としての所有から責任としての所有に始点が移る。
 所有を権利の地平でのみ捉えないということ、それはつまり法的な次元でのみろんじることはしないということ、言い換えると、所有を何かが誰がのものであるとしてではなく、誰かのものになることとして捉えるということ。それはさらに、各人にとってのっぴきならない自身の身体や自信を養ってきた知識や能力についてとわれることでもある。これは誰のものかという言い方は、所有する者と所有される物との分離を前提にしている。ものから独立に所有する主体としてわたしがいるわけではない。人も物も相互にかかわるなかで主体に、そして対象になってゆく、それを所有者/所有物にするのは所有者の発想である。所有する/所有されるという関係とそういう主体と対象の相互生成的なプロセスを前提にしている。所有する者と所有される物もまた、このような過程のなかでその都度存立を得るということである。そして、所有権の概念がその関係に適用されることで、その関係はわたしに閉じたもの、排他的なものとなっていく。所有の関係も権利の関係とされることで、所有権の前提である稀少性を盾に、排他性をさらに私的利益への主張と誘導してしまう。これはわたしの労働の結果としてここにあるのだから、その経済的恩恵を受けるのはもっぱらわたしであるべきだという他者排除の論理へと屈折し、持つ者と持たざる者との関係を断ち切ってしまう。
 所有権が市民一人ひとりの自由を擁護し、防禦する最終的な概念として機能しつつも、しかしその概念過剰適用すれば逆にそうした個人の自由を損ない、破壊しもするということ、そのかぎりで所有権はわたしにとって危うい防具だということである。だからこそそれはその適用の文脈を綿密に選り分けていかねばならない。所有をめぐる調停と約束は、場面場面でそのつど関係者によって様々な思いの不一致や軋轢を選り抜けて探られるものであるがゆえに、一般的なルールや法規範のかたちでではなく、その都度のそこにはたらきだす叡智として辛抱強く持つべきであろう。

2024年5月12日 (日)

鷲田清一「所有論」(26)~25.所有と固有、ふたたび

 遊動生活から定住生活への切り替えによって人間は、ゴミや排泄物の廃棄とか、成員の死体の遺棄ないし埋葬とか、寄生虫や伝染病からの隔離、そして成員間の不和や確執の解消、他集団との緊張の回避といった、遊動することでおのずと解消していた数々の問題を内に抱え込むことになった。定住によって集団の規模もしだいに拡大し、そういう至近距離の共同生活の中で、取り合い、奪い合いといったストレスフルな対立の場面も増え、そこでより有利な場所を占め。より多くを占有するという、予備的な防御と駆け引きの体制が成員間で講じられるようになる。所有をめぐる約束や掟もまた、ある場所と物との関係を独占的に保持することの各成員からの要求を調停する算段として成立した。これが一点。もう一点は、死を遅らせる算段としての所有の取決めである。それは、人間という存在の有限性の観念ともつながるものであった。つまり、たんに時間的・空間的に限られたものであるという意味よりも、むしろその存在がおのれのうちで完結しえないという、不可能性の視点である。そのかぎりで、所有が秘め隠しているとされる死は、じつは様々の対象を所有するとされるわたしの存立そのものにも内蔵されているものであった。
 あらためて所有のもっとも基本的な場面に戻る。所有とは、誰かが何かを自分のものとして持つという風に想定されてきた。あるものを所有するというのは、それの所有権を持つということ、それも「~の相におけるかぎりでの」特定の対象について所有権をもつということである。実際、ある物を所有するといっても、その存在の全体ではないし、またその全体をわたしが自由にできるというものでもない。その存在は最終的にはわたしによる所有の外にある。誰もがわたしのものとみと手きたにしても、局面しだいで簡単に私だけのものでなくなるし、そもそも普段はことさらにわたしのものといしきされてはいない。それが殊更にわたしのものとして浮上し、その権利根拠が厳しく問われるのは、自他の間に所有権をめぐる係争が起こるときである。そのときは、あらためて誰に否認されることもないわたしのものとなる。それはわたしがそれを物として持つからではなく、それの所有権を持つからである。前者の持つは何かある物を手中にしていることを意味するのに対して、後者は自分のものとして持つこと、すなわち帰属するという意味での所有である。
 本書では、21章から所有を受託という地平から捉え直してきたが、わたしという人がいてそのわたしに何ものかの所有が受託されるのではなく、誰かに受託されることで、その誰かが人となる。そういう擬制のもとで、人は所有する主体、つまりは人格として構成される。しかし、その人格としてわたしは普段の生活のなかではそうでもないとしても、その物件が係争の種となったとき、所有の権利を持った者として強く現われる。つまり、物との関係にしても、その所有権が係争の種となっていなければ、それが自分のものであっても、ことさらに他者による使用をこばんだりしないし、あえて自らの自由処分権を口にすることもない。
 近代の市民的主体は、所有者として自己形成することでその存在を獲得すると考えられてきた。彼が何を所有しているかが、誰であるかという彼の存在の実質をなすとされた。そのとき、所有/固有の二義を内包するプロパティの概念が、同一性、主体性、個人性、自律性、直接性、内面性といった概念群と連動しつつ、自己決定と自己支配の主体像がレトリカルに構築されたのだった。まさに所有権者としてである。
 そういうふうに考えてくると、ロックが所有権の成り立つ根拠として提示したもっとも基礎的な事実である自己の身柄の所有という事態も根本から見直す必要が出てくる。つまり、人は誰でも自分自身の身柄に対する固有権をもつ。しかし、必ずしも、自らの身体が思い通りになるわけではない。その限りで、ひとの身体には不透明さが伴う。それゆえ、ひとはその身体を所有しえないし、また所有しきれない。このことは、じつは人はおのれの存在を所有/固有というかたちで、そして自己同一的なものとして閉じることを不可能にしている。これは自己所有の否定、つまりは人が自己自身を所有できないということである。人の生は本質的に、その人のうちで完結しえない、それが、人の有限性ということである。このようにわたしの存在がわたしのものでないこと、つまりわたしではないものに根を張っていること。こうしたことへの根源的不安が、自らの存在をプロパティとして自らの制御下におき、自己を内的に完結した系として閉じることの要請へと、人を駆り立てた。

2024年5月11日 (土)

鷲田清一「所有論」(25)~24.<場所>と<死>と

 21章では、ハンナ・アーレントが「財産」と「富」を区別し、西洋近代では前者が後者に取って代わられるという主張を見た。財産とは本来、人が世界特定の部分に自分の場所を占めることであり、それは政治体という公的領域にメンバとして属していることを意味した。しかし、16世紀から17世紀にかけてイギリス起こったエンクロージャー(囲い込み)によって、私有財産は公共的なものへの対抗概念として理解されるようになった。私有財産権を、この世で最も私的に所有されている身体の労働力のうちに基礎づけようとするロック的な所有権の根拠づけも、この脈絡のなかで提唱された。このように財産の源泉が労働力という、人間の内部に存在するもの求められ、財産権が個人的=私的なものとして公的領域に対置されるようになるというのは、アーレントにいわせれば、構造としての財産が過程としての専有に取って代わられたということである。言い換えると、財産権として追求されたのは、じつは財産そのものではなく、むしろ専有、つまり、富の増大と蓄積の過程を承認し、保護することへの要求であった。そこで求められたのは、個々人の世界を専有する活動が適正に私的なものとして承認されることであった。
 アーレントが言うように、プロパティが世界の特定の部分に自分の場所を占めることであるとすれば、その場所は、単なる物件としての土地、商品として土地ではないことになる。それは、世界の中での位置取りともいうべきものであって、そこに人がこの人という特異な存在として現われる場所のことである。アーレントが、ここで導入するのは、ひとの「なに」と「だれ」の区別である。公的領域こそ、人々が、自分がだれとして、リアルに、そして他のダレトモ取り替えのきかない仕方でここにあるかを示しうる唯一の場所である。ここでは、その人が「だれ」であるかがあらわになる「現われの空間」であるという。しかし、歴史はそうならなくて、場所であるはずものが単なる物件、ないしは商品として土地に取って代わられたのだった。その過程で焼失したのが、ひとが他人によって「だれ」として見聞きされる、その他者だった。
何かを所有しているという事態では、所有される対象と所有する者は、どちらも一定の永続性が前提されること前に見た。一方、協同して生存を営む人にとって緊急ともいえる関心は、まず身をフィジカルに養うものと身を安らえる場所、つまりは食糧とテリトリーの確保である。そこで突き当たるのが定住という問題である。もともと人々は遊動生活をしていたのが、定住するようになると、異動することで解決していた問題を内に抱え込むようになる。それは汚れたもの、不快なもの、忌まわしきものや事態の隔離であった。所有も定住によって生じた社会的確執を回収する算段の一つとして設定された。定住の開始とともに、集住の場所は固定され、有限のものとなった。ここからこっちは私の領分だ。これは集団の中での私の取り分であり、だから自分以外の誰にも手を付けさせないものだ、という境界の明示、侵犯の禁止。つまりは、自部名が生き延びるためには欠かすことのできないものを、自分だけのものとして確保すること。こうした行為が所有という観念の発生と同期している。そしてさせに、定住とともに生まれてきた、自分の領分の中では、あるいは自分の取り分に関しては、自分のものとして排他的に意のままにし得るという感受性、自然を恵みとして受け取るというよりは、むしろ伐採し、土を掘り、水の流れを変えると言った、自然への操作的介入というマインドへ膨れ上がった。
 所有という現象が、このように定住を基本とする、生存の最も基本的な局面から立ち起こったのだとすれば、所有はいやでも死という問題に絡んでくる。性の存続は死の先送りに他ならない。所有が秘め隠しているものが死の恐怖であることは14章で見た。人々が念願したのは存続し、死を遅らせることであった。そういう生存の原型に所有はかかわっている。だからこそ、財を生産する財、つまり多産財が所有意識の核心的な対象となってきた。歴史的には、最初に女性、次に土地、そして貨幣がそれである。

2024年5月10日 (金)

鷲田清一「所有論」(24)~23.共にあることと特異であること

 所有権をていぎするものは法である。法という観念的な体形によってその内容は規定される。しかし、所有という関係は、権利としては法によって規定されるとしても、その関係自体は法のみによってかたちづくられているわけではない。対象となるモノの存在形態や価値、そのモノをめぐる様々な社会関係、さらにはそれらを調整し、調停し、裁定する様々な慣習的な枠組みが、むしろ所有の内実をかたちづくってきた。所有という関係には、理念的な次元と事実的な次元があって、しかもその二つは深いところで縺れ合っている。
 所有権の主体であるかぎりでの諸個人は、社会という法治を基本とする一つの全体をともに形成するかぎりで、同型的でありながらも、それぞれに個別の存在でなければならないのは、それらが同じ存在資格をもつ同型的な主体として社会の単位をなすはずのものだからである。ここで想定されている社会と個人の関係は、全体とその成員との関係であって、全体の一が各個別の一との、互いに映し合う鏡像的な関係をなしている。その両者を接合する媒体を担うのが、一方で社会的な財を意味しながら、それを自分のものとして所有する権利を有するプロパティ概念なのであった。あるいは、社会を構成する単位としての個人は、自己同一的なものとして統合された主体、つまりはもはやそれ以上には分割できない存在としてある。それは他のいかなるものにも媒介されない、自己自身との直接的な関係において在る。そのかぎりで、いわばおのれを一つの閉回路として保持しているものであって、そのことが内部性として捉え直される。そしてそれに基づいて、所有する個人主体は、何よりも自己の主人として自己の存在を専有/固有化するものであるとされた。近代的な所有における絶対的な排他性の底から帰結するのであった。
法的な秩序としてある社会はいわば分身たちの共同体であって、そこでは全体として社会の「一」の下、個々の主体の「一」が互いに合わせ鏡のように映し合っているのを見たが、注目すべきはこの鏡像関係で、個々の主体の「一」が互いを排除するような関係にあるということである。これは個人が自由であることと、その個人があるものを自らに排他的に帰属するものとして所有しているということが同一の事態とみなされということだが、そのことによって、他者はわたしのものである財産の所有に外的なものとなり、その他者とともに何ものかの共有もわたしの私的所有とは対立的な事態へと転化してしまう。それだけではない。個々のわたしの私的所有ではないものについては、みなで分かち持つという意味で共有のものではなく、むしろ誰のものでもない公有のものとして、行政機関に管理運営が委託されるようになる。所有が公有と私有へと二極分化するなかで、共の場所が消失していくのである。
 ここでわたしたちは、法=権利のシステムとしての所有の観念性の彼方に、共同体内部の葛藤を調停し、解消してゆく事実的で自主的なプロセスを再発掘することが求められているのである。所有の対象としての共有物ではなく、所有における共にという契機を前景に引き戻すことを求められているのである。このような共に身をさらしている一人一人は、相互な入れ替え可能な、同型的な個ではない。いわば単独な「わたし」である。
 そこで、みの単独な「わたし」たちの共同性を考えることになる。共同性というのは、自他の間を媒介する約を果たす何か共同的なものが不在であるところに出現するものである。それは横並びの同型性によって交換可能な共同性でしかない。それは、単独な私の共同性ではない。
そこで、「共」と「共に」の際にこだわるジャン=リュック・ナンシーを参照する。この際は内在主義を遠ざけるためだったという。ひとびとがある一つのものを分有することで形成される合一体として共同体を捉えるのがそれだが、ナンシーはそうではないという。そうではなくて、先に関係というものがあって、そういう関係の分割としてそれぞれの存在が露呈してくるものであるという。現象として根源的なのは、諸主体の合一でも共でもなく、このぶんかつそのものだとナンシーは考える。つまり、人々の「共に」というあり方は、個的な主体が互いに傍らにあることでも、互いに横並びであることでもなく、それぞれが特異なものとして複数で同時的に、そして等根源的に生成するという、出来事であるという。異なる者たちの合一ではなく、分割こそが根源の出来事であり、この分割において「共に」(複数性)と「特異」(単独)とが同時的に生まれるというのがナンシーの考えである。

2024年5月 9日 (木)

鷲田清一「所有論」(23)~22.<共>の縮減

 所有という関係を受託の関係として読み直すことで、最初に解除されるのは所有の概念と自由処分権の概念の等置である。所有者は、あるものを預かる当座の主ということなって、それを前代から引き継ぎ、次代へと引き渡してゆく途上にある者とし、て、微妙に調整したり改善したりすることはあっても、当座という限られた時間の中で己の利を図ってそれを意のままにすることはできない。そして、近代の法制度は、私有財産の保護をあつくうたっている。各個人または団体がその存続に不可欠なおのれ自身のものとして所有することを正当な権利として認め、それを他者が勝手に使用したり、既存したりすることを激しく禁じるものである。というのも、個人のたは団体が自身に関する事柄を自らの意志によって決定し、また実行する自由は、その自由を行使するための基盤となるべき一定の財を必要とするからである。この意味で、所有権は、市民が国家や権力者に対抗して、自分たち市民の自己統治を原則とする新しい社会を確立するための根拠となる。
 しかし、この所有権の思想は、その拡張に際限がない。本来所有になじまないようなものまで売買可能な商品として私有しようとする危険がある。そうしたなかで、所有を受託として読み換えると、所有を核とした社会に地殻変動を引き起こすことになる。ます、所有権の概念の中に埋め込まれていた自由処分権が解除される。そのことによって、所有物を意のままにしてよいわけではなくなる。プロパティの概念に仕組まれた所有と固有の両義性もまた解除されることになる。受託とは、じぶんたちの財を、みなを代表して管理・運営することである。そして、さしあたっての擬似所有者になるとしても自由処分権が認められているわけではない。ここでみなというのは、一定のコミュニティのメンバー、つまりじぶんたちである。そういう所有の形としてまず思い浮かぶのはコモン(共有)という位相である。
 思えば、近代市民革命以降の西欧社会において一貫して国家・政府の役割として求められてきたのは。私有財産の保護として求められてきたのは、私有財産の保護、とりわけ盗難や毀損といった危険からの保護であり、その前提となる所有権の確立であった。しかし、それは資本主義的な市場原理とあいまって、本来は私的所有のなじまない領域にまで浸透し、過剰適用された。つまり商品という売買や投機、譲渡や貸し借りの対象となっていった。ひとは、生活物資は言うに及ばず、俊樹や資格、快楽も買うことができると確信するようになった。それどころではなく、自身の新しい外見などを買うことで、私の属性・存在は、私の所有となる。キンタ制の市民的主体は自己所有、つまりは自己自身を意のままにできるという自己決定の可能性において、わたしという主体であり得るという条件が、市場で確定されたかのようであった。このように、所有の主体であることで一個の市民的主体となるというこの主体化の過程は、主体の内部が空洞化して行く過程でもあった。このような主体における自立を主体による自己所有に見出す過程は「共」の痩せ細る仮定でもあった。近代の市民社会がその基礎単位として前提にしている自立する個人は、他者に依存することのない存在ではない。精確に不可欠の道具は様々なプロセスを経て出来上がる。それを人は見一つでできない。人々の分業が条件として在り、その過程を持ち合い、分かち合うことで、一人一人の生活基盤が築かれている。その意味で、分業と相互扶助の仕組みなしに個人の自立した生活も成り立たない。そこには「共」の力がはたらいてきた。
 「共」という協同の仕組みは現在、行政によって代行される。言い換えると「共」の知恵と力は国家によって簒奪されている。一方、市民はその過程で利便性の見かけに引きずられ、行政により提供されるサービスの消費を権利と取り違えてきた。そして所有への欲望を際限なく亢進させた。そこでは、「共」という位相は跨ぎ越され、「共」はひたすら縮減してゆくほかなかった。人々は、そういうサービスをおのれの意志や行動に他人からの強制などを受けないという自由の代償として受け入れた。それはハンナ・アーレントに言わせれば、共通世界の衰亡である。
 だが、事態はそこにとどまらない。私的所有の原則に基づく公的なものの民営化は、それが徹底されると、やがて社会の基盤をなしてきた所有権の原則を逆に一つの桎梏とみなすようになる。例えば。情報や知識といった非物質的な財の複製可能性は財の価値を損ねてしまう。意のままにできると私的所有権を損ねてしまうというパラドクスである。ここで生じているのは、所有財産に対する権利や権原はそれを肯定するのと同じ論理によって骨抜きにされるというパラドクスである。これは、西洋近代の所有論の嚆矢となったロックの労働所有論をまっすぐになぞっているが故に発生したパラドクスなのである。ネットワーク上の情報を生産する知的労働は、それを担う者を特定できない。しかし、それ以上に重要なのは、そこに見られる労働が、もはや所有権者の私的な所有権を根拠づけるような個人的な労働ではなく、あくまで人々の協働としての「共」の所有権を根拠づけるものになるということである。
 本章では、所有という関係を受託という概念でと変え直す可能性を問うている。受託という概念を持ち込むことで最初に要請されるのは、所有と自由処分権の等置の解除であったが、それと関連してもう一点、所有関係における所有主体は、所有者としての自己同一性ではなく、「だれ」、つまり特定の誰かに「だれ」として名指しされる「このわたし」というふうに、あくまでも他者たちとの関係のなかで限定される存在だということである。その意味で、プロパティという概念が含意している所有と固有の二義性における後者、すなわち固有性は、けっして各自性ということに還元できない。各自性というのは、一般的に対置される個別性でしかない。固有性には、「ほかでもないこのわたし」という代替不可能な存在という意味が込められている。

2024年5月 8日 (水)

鷲田清一「所有論」(22)~21.<受託>という考え方

 プルードンの所有とはじつは受託者という指摘は重要な意味を持つと著者は言う。人々が自分の所有物と称しているものは、じつはその人に託されたものであるということ。その感覚は、あるものを自分のものとして専有するのではなく、預かっているという感覚である。そして重要なことは、だからそこには何がしかの責任が伴う、つまり自分が託されたものに責任があるということになることである。そうなると、所有の主体は受託者というポジションになる。人間は決して自分自身の主人ではなく、自分のものではない物の主人であるかもしれないということになる。
 所有する者と所有されるものとの関係が、受託の関係であるとされることで解除されるのは、第一にね所有権と自由処分権との等置である。受託というのは所有主体による支配や制御を否定するもの、それにおのずと制限をかけるものだからである。ところが、今まで見てきた西洋近代の所有論では、所有権の根拠づけをめぐって、所有する者の存在もしくは活動のうちにその根拠を求めるというかたちで議論され、所有される対象の存在様相については立ち入った分析がされてこなかった。
 そして、第二に、所有対象の永続性という問題である。それの存在が所有関係の存続よりも時間的に長いからである。所有の主体の永続性とその対象の永続性とが、ともに常に失われるおそれに晒されているというのは、一つには所有という関係が成立するためには所有する主体が時間の変化を貫いて同一的なものであることが不可欠である。その条件のひとつが脅かされているということであり、もう一つには所有という関係が成り立つためには所有される対象がその関係を超えて存立し続け眼ことが時要件となるのに、その存立もまた衰減の可能性に晒されている。そしてそのような衰減の関係に脅かされているただ中で、その関係を安定させるために措置されてきたのが所有という関係の主快適な設定なのである。受託の視点はここであらためて所有される対象のあり方をも同時に問うことを求めている。
 これらのことを甘えて、本書はハンナ・アーレントの『人間の条件』での議論を紹介する。あヘレンとは、そこで財産、所有物と富の区別という視点を導入する。財産はもともと世界の特定の部分に自分の場所を占めることだけを意味していた。単なる生命と生活の維持のためではなく、人として生きるための場所を有していることが私的な財産を持つということであった。一方、私的な富はそのような真に人間的な生活に不可欠なものではなく、あくまでも生計の手段でしかない。とはいえ、富も別の意味では不可欠なものであり、それなしでは各人の生が成り立たないからである。友を不可欠なものとする私的生活は、各人の生命が必要とするものを確保し、享受し、消費する場所であり、また人々が共通世界から非難するシェルターともいえる。私的生活は公的生活に参加するための基盤でもあり、公的生活の別の側面、つまり公的生活の暗い隠された側面でもある。ところが近代になって、財産が富にすり替えられ、それに伴い無産が貧困と同一視されるようになってしまった。そもそも、公的世界は存続しなければならないという永遠性が求められている。その客観的リアリティが成立するとすれば、それはそこに数限りないパースペクティヴと側面が同時に現存しているからだという。つまり、共通世界が立ち現われるのは何か共通の尺度や公分母があるからではなく、人々がある場に集いながら、それぞれ互いに異なる場所から互いを見聞きしているからだという。そして私的生活こそその視点の多数性を裏づける。そういう意味で、私的生活は公的生活の基盤となる。しかしそれが、財産が生計の手段でしかない富に取って代わられてゆくと、富を生産する活動が市場交換を通じて拡張されるされるにしたがい、財産の実質ともいうべき永続的な世界の一部分を踏み越えて、富しか持たない賃労働者へと変貌して行く。こうして共同体は社会へと、財産の実質をなす地所=不動産が動産へと転化して行く。このような私的領域そのものが拡大し社会を形成してゆく過程は、本来の私的領域が、ひいては世界の客観的リアリティが崩壊していく過程でもある。財産に代わって私的富が公的領域に加入する条件となり、そのために人々の関心の対象が財産から富の増大に変異することで。財産を持たず富しか持たない人ばかりになり、共通な世界との接触が断たれてしまうからである。そうだとすると、富に取って代わられる前の財産はけっして利己的なものではなく、むしろ協同して永続性の場所を立ち上げ、保つ目指されていた。
 アーレントの議論では財産のみならず所有すること、つまり所有という関係そのものに受託という概念が押し込まれることになる。受託ということが成り立つのは、所有されるもの、つまりは財産が所有する個人の生の有限の時間を越えているからである。これは、言葉と人の関係になぞらえると分かりやすい。言葉は、今の私たちが考え出したものではなく、先行する世代から受け継いだものである。私たちがそれを口にする中で自分というものを象ってゆく。言葉はそれ自体が誰かに用いられなければ存続もしえないが、しかし所有関係と同じで、使う人によりも使われる言葉の方がいのちは長い。つまり、永続性がある。とすると、それぞれ独自の流儀やスタイルで表現する私たち一人一人が言葉の器であるわけで、言葉はそういう一人一人の使用を機縁として、各々の場面を超えて存続する。このとき、私が言葉を大切にするのは、それが自分のものだからではなく、間違いなく自らの身を養ってきたものだから、そして、いずれは別の誰かが使うかもしれないからである。そう考えるなら、所有(プロパティ)とは、それぞれの人が事物との間で紡いできた私秘的な関係を護るために、それぞれの人がとるべき公的な責任を指す。さらには、受託の適切さという概念の実質を指す。

2024年5月 7日 (火)

鷲田清一「所有論」(21)~20.制度から相互行為へ

 法や権利を、その歴史的な由来によってではなく、あくまで原理的なレヴェルで普遍的な根拠をもつものとして立証するという手続を、カントは演繹と呼んでいる。だから、一般的な帰納と反対方向の推論の仕方ではない。人の現実的な占有の有無にかかわらず何ものかを人の所有とすることの正当性を立証する手続き、つまりは権利問題をめぐって採られた法律上の手続きが演繹なのであった。これを言い換えれば、法/権利の正当化には、事実的=経験的なものから独立に、ということは偶然的な契機を含みいれることなしに権利問題として完遂できるか、つまり、理性の自律という課題としてある。これが成り立つためには、次の二つの条件が満たされる必要がある。ひとつは、所有する者が他者に介入されることのない内的な自己関係を内蔵していること、もう一つは所有する者による占有が正当な占有つまりし所有として社会的に認定されているということである。しかし、これらの要件は自己完結的ではない、端的に言うと、強圧的にしか自己完結的であることを擬装できないとすれば、議論は演繹という地平に収容しきれないことになる。自己関係性の破綻である。
 これを別の角度から法のパラダイムの覇権を破ることとして提示しているのが松村圭一郎の『所有と分配の人類学』である。松村は、エチオピアの農村のフィールド調査から、核としての一つの前提、つまり人々が或る種の一元的な構造をもつ原則に基づいて友の所有や分配を行っているという認識を問題視する。社会は何か一元的な法によって秩序付けられてわけではなく、実際には諸々の契機や脈絡が絡まるような相互行為の力学としてある。そこでは、法には収まりきれない諸々の権威が多元的に作用しているし、所有という現象についていえば、土地の所有や借用や売却、物・非との譲渡や貸し借りの仕組みが有、それらをめぐって様々な思惑がうごめいている。これらの相互行為の力学を駆動させる枠組みは、法よりもはるかに微細に、そして強力に人々の行動を制約している。所有が所有権の問題として法的に顕在化するのは特定の限られた局面でしかない。言い換えると、富の所有や分配のあり方は、ある拘束力を持った行動の複数の枠組みを人々がともに参加しつつ、交渉し合う、そういう相互行為ょ繰り返すなかで形成されるものであって、法という国家が定立する一般的な規則以上にローカルな社会の民俗的な規範や慣習その他さまざまな要素を考慮に入れる必要がある。そういうことから、松村は、権利としての所有は一つの虚構ではないかと問う。
 本書では反所有論として所有の概念は概念として不可能だというプルードンの議論を紹介する。プルードンは『所有とは何か』のなかで、所有について二つの定義づけをしている。ひとつは他人の富、他人の労働の成果をほしいままに享受し処分する権利というもの。もう一つは、所有者が自己の署名で印しをつけた物について僣取する不労所得の権利というものである。この所有の定義は、他者のものを横領し、わたしのものとして濫用することと、自らは働かずして詐取ないし着服するという二つの契機からなる。しかし、この場合、横領する他者のものは所有されているわけで、ここに同語反復が生じているし、概念の混同が生じている。所有が所有権をさしているのか、横領という所有権の濫用を言っているのか曖昧になっている。
 この矛盾は別々に導入された二つの概念のためだという。一つは、『貧困の哲学』で提示された系列の概念である。プルードンは所有について、それを単独の概念、事象として論じることはできず、他の様々な事象や概念とのシステマティックな関係(系列)のなかで現われるとしている。諸々の要素の分類と組み合わせによる系統的な連関の中で所有もまた概念として存立するとともに、所有を存立させている歴史的な布置そのものを変容させていく。そのような動態のなかで所有も捉えられねばならないというのである。もう一つは、受託者もしくは用益権者の概念である。人々が自分の所有物と思っているものは、実は自分に委ねられているもの、託されたものなのであって、その限りで個人はそれの用益権者であっても所有者ではない。しかも、用益権者は自分に託されたものに責任があるというわけで、意のままにできるという自由処分権が失効することになる。

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