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最近読んだ本

書籍・雑誌

2020年11月30日 (月)

伊藤亜紗ほか「見えないスポーツ図鑑」

11112_20201130204001  スポーツの臨場感を視覚障害の人に伝えるにはどうしたら良いのか。専門家を呼び、その競技の特性を考えながら身の回りの道具を使いながら近い感覚を探っていくという試み。例えば柔道なら座って手ぬぐいを握ってもらい、両端を二人の「翻訳者」が握って、各々(おのおの)がビデオを観ながら割り当てられた実際の対戦者の動きをまねる。すると言葉で説明出来なかった柔道の力の変化が触覚によってまざまざと伝わり、そもそも「柔道とは何か」という競技の持つ本質に近づいてしまうという発見は、エキサイティング。
 例えば、テニスはボールを打ち合う競技で、打つといっても野球のバッターのような打ちっ放しでお終いというのではなくて、一つ打った時が、次に打つ行為の始まりになる。つまり、打つという行為が連続している。この連続した動きをトップ・プレイヤーは、とてもいいリズムを刻む。そのリズムが心地よいのであるが、トップ・プレイヤーどうしのゲームの醍醐味は、互いに相手のリズムを崩す駆け引きが戦術的に行われるところにある。例えば、ラリーが続くときに、相手のいるところにわざと返すことがあるが、それはラリーによって相手とのリズムを生みだすことで、逆に、リズムを崩すタイミングを作り出す戦術なのだという。その駆け引きは、むしろ目をつぶって耳を澄ませているほうが分かるという。テニスの見方が変わってしまったと思う。むしろ、これまでテニスのゲームの解説や記事にたくさん触れてきて、こんな本質的なことが、なぜ教えられなかったのか、とても残念に思った。

 

2020年11月25日 (水)

坂口菊恵「ナンパを科学する ヒトのふたつの性戦略」

11113_20201125223101  書名や装丁、「美人がナンパにあいやすいとは限らない,どうして「だめんず」好きになってしまうのかなど,ヒトの恋愛・性行動にまつわるさまざまな疑問を,進化心理学の立場から,豊富な研究結果を用いて解き明かす一冊。」といった惹句からウンチク読み物かと思って手に取ったら、ヒトの性行動に関する様々な実験やデータを駆使した、けっこうハードな専門書だった。ちなみに、上述のナンパにあいやすいタイプについては、アメリカの刑務所で性犯罪者に対して行われた調査の結果から、彼らが真っ先に手を出そうとするのは、美人でも、露出した服装をしている女性でもなく、不自然なシルエットの女性だという。ぎこちない動作がそう。例えば、履きなれないハイヒールを履いて、足元がおぼつかない足取りで歩くようなシルエットだという。それは、動物的な狩猟本能が、群れを作っている動物のなかから、群れの動きについていけなくて逸れてしまった個体を獲物としてターゲットにするのと同じ傾向だという。そこには、文化とか趣味趣向に基づいた美人とか、セクシーというのではなくて、生理学的というか、動物本能に近いことになる。また、恋愛は発情のホルモンの分泌の成分比によって、女性の男性に対する嗜好に一定の傾向がみられるという。ただ、その記述は論文なので、その内容を汲み取ってあげなければならない。むしろ、糞真面目に論文しているところが楽しい。ちょっと、イグノーベル賞っぽいテイストを感じてしまった。

2020年11月11日 (水)

菅野恵理子「MIT音楽の授業 世界最高峰の『創造する力』の伸ばし方」

11112_20201111213701  病院に行った帰りに、書店に寄って、パラパラ眺めて面白そうと思って購入した本。マサチューセッツ工科大学という最先端の技術を学ぶ学校で、なぜ芸術分野である音楽科目の人気は高い。それには、多くのエンジニアが、創造的な問題解決者となるには、アートや人文学での経験が必要であることを認識していて、テクノロジーや科学的な発達が直面している問題の多くは、人間性の理解や関心の欠如など、エンジニア以外の領域で起きていることが関わっている。ここで紹介されている、この学校の音楽の授業は、たしかに日本の学校で私が習った音楽の授業より、ずっと面白そうだ。それは、科学の分析にも似ていて、魅力的な音楽の作品の構造を分析し、その技法や構造を利用して、新しいものを創りだすことを試み、そのことを通じて、さらに理解を深めるという実践だという。例えば、ビートルズの作品を一つ取り上げて、その作品で使われている伝統的なクラシック音楽の技法を深耕し、学生自身の個人的な音楽体験や環境を顧みて、どこがシンクロしているかを、グループ・ディスカッションで探り当てようとするとか。
 ただし、著者の文章は、この学校のプロパガンダというのか、公式の講座紹介とかシラバスの文章をそのまま使っているようで、タテマエ的に表層をなぞっているだけのように見えて、上記の例でも、具体的な記述に欠ける。だから、ビジネス書のハウツー文章程度の手ごたえしかなかったのが残念。

 

2020年11月 9日 (月)

佐藤俊樹「社会科学と因果分析 ウェーバーの方法論から知の現在へ」

11112_20201109222501  マックス・ウェーバーというと、近代の資本主義経済や合理的な官僚システムがヨーロッパでのみ成立したのはなぜかという問題意識で「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を著した人だが、社会科学の創始者の一人として方法論の著作も少なくない。私には、「社会科学と社会政策にかかわる認識の『客観性』」において、し「社会科学と社会政策にかかわる認識の『客観性』」社会科学が科学であるためには、どうすればよいのかということを、社会科学が成立するために模索したと思っている。時代はズレるが、マルクスが、自身の社会主義を科学的と称し、プルードンたちを空想的と呼んで差別化したのは、客観的であることと実践的であることと、いわば直線的な論理でスパッと切り分けたのが、大学時代の私には、2大巨頭と捉えていた。マルクスに対して、ウェーバーは紆余曲折していて、割り切れないところがあって、つかみどころがない印象が強かった。
 しかし、この著作では、ウェーバーの「社会科学と社会政策にかかわる認識の『客観性』」は過渡期の思考で、方法論の代表作は「文化科学の論理学の領域での批判的研究」だという。それが世界標準で、前者の論文を殊更に取り上げるのは日本の学界の特徴だという。前者では、社会科学は価値を創造する科学であるのに対して、自然科学は法則を追求するとして社会科学を称揚するところがある。それゆえ、私は、その姿勢に感動しもした。しかし、後者にあるのは、そんな差別化、というよりも対立を超えようとした。ということは自然科学をも取り込んでいくことを可能にした。それが実践面では、統計学的手法を社会科学が取り込むことを可能にした。それは、後のマーケティング理論に分化していくし、それが理念が裏付けるという方法論をうみだしていったとする。私の個人的に思っていたウェーバーの姿を作り直させる、目から鱗の議論だったと思う。私には、かなり難しい。

 

2020年10月30日 (金)

伊藤亜紗「手の倫理」

11113_20201030230001  手で感じるのは触覚で、これを表わす日本語の動詞は「さわる」と「ふれる」の二語がある。両方とも「触」の字があてがわれ、英語では「touch」と訳される。例えば、怪我をした時に傷口に「さわる」というと何だか痛そうな感じがする。しかし「ふれる」というと手当をしてくれそうな感じがする。「ふれ」あいという言葉はあっても、「さわり」あうというのはわざとらしい。そこに、「ふれる」一方的で物的なかかわり、「ふれる」には相互的で人間的なかかわりというニュアンスの違いがある。英語に代表されるヨーロッパ系の「touch」は物に対する触覚が中心で、視覚の構造、つまり、主体が離れた対象を感覚するという一方的な関係の、対象との距離が接触というゼロというもの。それゆえか、感覚としては視覚よりも下等な感覚に位置づけられる。そこには「ふれる」の意味合いはほとんどない。そこで、著者は、とくに「ふれる」に焦点を絞っていく。実際のところ、相手に触れるというときには、暗黙で相手はふれることを拒否していないことが前提されている。そこで「ふれる」ことが可能となるには、相手との信頼が暗黙のうちに前提されている。それは、接触は容易に相手を傷付ける暴力に変わりうるリスクを伴うから。だから、信頼をするには、それなりの決意を伴う。それゆえに、「ふれあい」は親密さを得ることが可能となる。この「ふれあい」というには主体が対象へという一方性ではなく、どちらが主体か対象かという垣根が消失する。主体という垣根がなくなるのは、共鳴とかいうように相手との融合するような感じがうまれる。ただし融合という名詞化された状態ではなく、「ふれあう」という動作を相互にアクションを交わしている。これは、主体と客体という固定枠がなくなって絶えず動いているという、流動的でかたちのない曖昧になる(その端的な例はセックスの融合感、一体感ではないか)。そういう曖昧な感覚、関係、あるいはコミニュケーションも手でふれるということに表わされているのではないか。それがまた、日本語に独特の「ふれる」という言葉。これは、例えば河合隼雄の言う「あいまい」という概念に通じるが、西洋哲学の認識という枠におさまらない、人の周囲との関係の発見がある、知の新しい地平を開いていると思う。そう思うと、「見る」ということが、いかに制約されたものであるかということ、普段の私がいかにそれに縛られているかということが、分からせられてしまう。

2020年10月26日 (月)

若松英輔「不滅の哲学 池田晶子」

11113  哲学とは、学業や学科の名称ではなく、哲学者という職業学者の学説で学習する対象ではない。池田晶子という人は、哲学という学問ではなく、叡智(sophia)を愛する(philo)という本来の意味のフィロソフィを実践しようとした人だと思う(哲学者なんて、本当は、みんなそうで、カール・マルクスが書いた著作の内容とマルクス主義とは全くの別物だ)。それゆえに、池田のことを論じようとしても、学問的体系が整っていたり、学説として明確な形態をもって池田の考えたことはこうだと手際よく概説することは難しい。著者は、そこで、あえて池田の思想はこうだという書き方はしていない。ではどうしたか、正面から攻めることを避けて、搦め手から、読む者に池田が考えを実践するイメージを喚起させようと、池田の語る言葉をひとつひとつ取り上げ、エッセイのようにその都度語ることを試みる。したがって、この著作については、このようなことが、このように論じられているという概説することはできない。だから、この著作で試みられた方法は、池田の方法そのものを使っているといえる。それは何も池田に限ったことではなく、プラトンの対話編に表われているソクラテスの産婆術といわれる対話が、自身の学説を主張するというのではなく、相手と対話しながら考えるというものが、そうだ。だから、著作を読んで、その内容を情報として取得するという読み方ではなく、考えということが、この著作の読みとなるのだと思う。だから、内容は頭の中に残っていない。

 

 

2020年10月19日 (月)

三浦佑之「神話と歴史叙述」

11112_20201019224001  古代大和王朝が白村江の戦で唐に大敗して、防衛を固めるために、国家体制を強化する必要に迫られ、そこで導入したのは中国の中央集権体制であった。その制度の根幹は法としての律令をベースとした現実の統治機構と権力の正統性を保証するための歴史としての史書だった。つまり、国家というのは、権力としての法(律令)と幻想としての歴史を車の両輪としてもつことによって、安定した持続が可能となる。この両輪は互いに支え合うことによって機能する。権力を補完するためにはそれに寄りかかろうとする幻想が必要であり、その幻想は、始まりの正統性を保証する神話とそこから今へと続く歴史によって共同化される。それゆえに、歴史は事実の集積である必要はなく、権力を支える幻想、敢えて言えば物語でよかった。そのお手本が中国の史書、例えば漢の正史である「漢書」や隋の正史である「隋書」だった。それを真似て編纂しようとしたのが日本の国の正史としての「日本書」だった。ちなみに中国の正史は皇帝を綴った「紀」、国家を支える制度や支配する地方の記録である「志」、そして功績のあった臣下たちの物語の「伝」の三点セットで構成される。しかし、「日本書」は天皇の事績を編年体で記録した「紀」しか完成しなかった。「日本書」の「紀」しかできなかったので、それを続けて「日本書紀」と後世に残されたという。本来なら「日本書志」と「日本書伝」が揃って「日本書」が完成するはずが「日本書紀」しかできなかった。それが先例となって「日本書紀」に続く六国史が正史として編纂された。
 これに対して、「古事記」は「日本書紀」に対しては、反正史ともいえる立場をとるものといえる。「日本書紀」の編年体、「古事記」の紀伝体といわれる。この紀伝体というのは個々の伝承の独立した記述が寄り集まって大河小説のようになっている。そこには編年体のような絶対年代でとくていされる歴史の流れはなく、伝承は「昔々」でいっしょにされ、そこには現在と過去の断絶はなく伝承で語られる人とその語りを聞く人が同じ次元を共有する。「古事記」は「日本書紀」で語られる歴史の構造の破壊者と言ってもよい。
 この二つの相矛盾するよう書物を古代大和王朝は、相次いで編纂した。そう考えると、日本の歴史の構造というのは、単純な系統の流れと考えられていなかったと言えると思う。こじつけかもしれないが、今、復古的な史観と自虐史観とは対立的にとらえるのではなく、それを相対立するものが同時にありうる構造として日本の歴史を捉えるというのを古代の史書は試みていたのではないかと思った。だって、日本の歴史は幻想でいいのだから。

 

2020年10月13日 (火)

加藤陽子「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」

11112_20201013202201  今、話題の日本学術会議に推薦されて任命を受けなかった6人の学者のうちの1人。19世紀列強のアジアへの侵略が進むなかで独立を守り、近代化を戦略的に進めてきた日本が、20世紀には軍国主義にはしり無謀な戦争に突入していくのを、止められなかったのかを問い続けている歴史家。第1次世界大戦への深刻な反省もあって、理性では戦争は割に合わないという考えが広まったにもかかわらず、敢えて悲惨な戦争に飛び込んでいったのは、不条理であり、そこに理性でははかりきれないものが働いていたのではないかという視点で、丹念に事実を拾い上げていく。そこで現われてくるのは、教科書に記述されているような分かりやすいストーリーではなく、当時の世界や国内の指導者やフロントの当事者たちには、どのように物事が見えていたか、そこで現われる選択肢を見つけていくと、決して教科書のようなストーリーではないということ、そういうものとして歴史を分かったふりをしてしまうと自己欺瞞に陥ってしまうことを、事実として呈示している。というよりも、著者がこの中の議論で自身がその可能性を見出していくのを読者に隠すことなく露わにしてくれるところは感動的。
 このような著作を業績として残している歴史家のどこが、「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点」で問題があるのか、著作を普通に読んでいて、そういうことに思い至るということが疑問に思える。

 

2020年10月 8日 (木)

柳父章「日本語をどう書くか」

11112_20201008190501  タイトルから想像するような文章入門の類ではなく、比較文化論の視点から、日本語の「書き言葉」を分析したもの。日本語には「話し言葉」と「書き言葉」があって、実は、この二つはまったく別の言葉なのだという。「書き言葉」というのは、古くは漢文の訓読文、新しくは英訳文と、綿々と続く翻訳文化によって成立してきた「人工言語」であるという。たとえば現代日本人が当然のように使っている句読点や段落は、近代に西欧語の表記法の影響を受けて新しく取り入れられたもので、本来の日本語文はひとつなぎに表記するのが一般的だった。現代日本人にとっての「アタリマエの日本語」が、いかに不自然なものであるかを教えてくれる。それは、日本語への翻訳の特殊事情に由来する。例えば、フランス語から英語への翻訳という場合は、ヨーロッパ系言語のおなじ言語文化の土台の上で、言葉の言い表しの置き換えで済んでしまう。それに対して、英語を日本語に翻訳する場合、例えば「society」とかもともと日本にない概念を日本語にしなければならず、そこで既成の日本語に置き換えると本来の意味が伝わらない。そこで、日本語にない概念を理解してもらうために、既成の日本ではない人工的な言葉を便宜的につくった。それが「書き言葉」で、それが直訳ということを可能にし、意訳ほどの手間がかからないため、効率的に大量の翻訳を可能にした。しかし、「話し言葉」と「書き言葉」という二つの言語が存在する二重構造が、日本文化に影響を与えたという。例えば、「書き言葉」は「タテマエ」を語り、「ホンネ」は「話し言葉」でかたる、というように言葉の二重構造に結びつく。日本語の常識を疑う刺激的な一冊だと思う。  日本語への翻訳の特殊事情、例えば、フランス語から英語への翻訳という場合は、ヨーロッパ系言語のおなじ言語文化の土台の上で、言葉の言い表しの置き換えで済んでしまう。それに対して、英語を日本語に翻訳する場合、例えば「society」とかもともと日本にない概念を日本語にしなければならず、そこで既成の日本語に置き換えると本来の意味が伝わらない。そこで、日本語と外国語の間にもうひとつの日本語ともいうべき翻訳用の人工的な言語をつくった。古くは漢文訓読で、漢文という外国語を訓読という文字の順序をひっくり返したりして日本語読みにしてしまう。これが明治以降の外国語の翻訳にも応用され、言葉の順序をひっくり返し、「てにをは」をつけて。ほとんど原文の一語一句を拾い上げるよう、それが直訳。これは外国語を一応理解するための効率的な方法で、原文の意味はよく分からなくても、とにかく辞書さえあれば、日本文を作ってしまえる。あるいは単語を置き換えなくてもカタカナ言葉(例えば、イノベーションとか)をそのまま日本文に当てはめてしまう。そこで、先進の外国語による情報を取り込むことができた。その結果として、これだけ外国語に対して異質で、翻訳に手間がかかるにもかかわらず、日本語に翻訳された文献が豊富に存在している。それほど、外国語を翻訳して受け容れているのに、ほとんどの日本人は自分たちの文化の独自性について強い確信を持っている。普通に考えれば二律背反なのに、その二つを並立させている。それに、翻訳用の日本語、つまり「書き言葉」と、「話し言葉」の日本語が対立しつつ、併存しているということによる。それは、例えば日本に長く住みついて、日本に好意を持っている外国人が、日本人は親切で、歓迎してくれるが、一定の線を越えた付き合いには立ち入らせないという感想を洩らすことに反映している。  下手くそな文章の典型のひとつが「~が~が」と終わりそうで終わらずダラダラ続く文章。しかし、もともと日本語の話し言葉の文末は、「ですが」とか「だけど」のように中途半端に終わり、終わりを相手にあずけて、明確な終止形をとることがない。あるいは源氏物語を読んでも、文章は終止形をとらず、しかも主語が複数あったり、入れ替わったりしてだらだら続く。古典の昔の写本を見ると句読点がられないのだ。実は、句読点をうって、文章を簡潔にして言い切りの形で終止させるというのは、明治以降のヨーロッパ言語の翻訳が進められる中で、これらの言語のsentenceという文章の構造が日本語に導入されたことで生まれたものだという。もともと、日本語には、主語を明確にさせて動詞をつけて文章を言い切りの形で関係させて、メッセージを明確にするということはなかった。それがないと外国語の翻訳が出来ないとして、日本語にsentenceの構造を持ち込んだものだという。そういうシンプルで明確な文章を重ねて、その文章の相互の関係を接続詞や関係代名詞を介して明らかにする。それで論理を構築する。つまり、ヨーロッパ言語のロジックを日本語にすることが、ここで可能になった、と私は、この本を読んでいて思った。そういうsentenceを導入した近代の文章が言文一致体として、日本語の文章の構造を変革させた。そして、文法が生まれた。

 

2020年9月30日 (水)

松崎之貞「吉本隆明はどうつくられたか」

11112_20200930222001  何年も前に読もうとしたが、途中で投げ出してしまった本。期間もあいて、こちらの気持ちも変わったかもしれないので、あらためて読んでみた。吉本思想はいかにして生まれ、形成されたかを、吉本本人が自己の精神形成を振り返った際の発言や叙述に則し、彼がどのような感性で思春期・青年期・壮年期を生きたのか、その延長として何を思想として結実させたのかを辿るという。たしかにそういう体裁になっているが、著者は、吉本の信奉者であることが明白で、吉本ファン向けにお喋りしているような記述になっている。私のような、吉本に距離をおいている者が斜に構えた姿勢で読むと、吉本という人は、今でいう中二病がなおらず、齢をとるとともに、それが頑迷になったような印象を受ける。吉本の「共同幻想論」にしろ「言語にとって美とは何か」にしろ、ユニークな主張がなされているのだけれど、それがどうしてという根拠については、「そういうものでしょ」とでもいっているように思えて、その主張の内容に共感できる人向けというところがあり、その根拠のヒントでもあるかと期待して読んだのだが、「そういうものだ」と納得する人向けに書かれているのが、この本だと思う。

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