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書籍・雑誌

2022年6月29日 (水)

大木毅「指揮官たちの第二次大戦─素顔の将帥列伝」

11112_20220629212101  戦場を見下ろす丘に立ち、一時的な敗勢にも怯むことなく、勝機を見抜いて最後の予備を投入、ついには決勝を得る。あるいは、旗艦の艦橋にあって、砲煙弾雨の中で艦隊の運動を指示して、有利な態勢をつくり、敵を潰滅に追い込む。日本語の「名将」という言葉が連想させるイメージは大方このようなものだ。第二次世界大戦の指揮官で、そういうイメージに適合的なのは、ロンメルとかグデーリアンとかマンシュタイン、あるいは岡村寧次といった人々の名が浮かぶ。しかし、彼らは戦争を勝利に導く存在ではなかった。それを行ったのは、戦場に立つことなく、首都の国防省や参謀本部のオフィスで、外交、同盟政策、国家資源の戦力化、戦争目的・軍事目標の設定、戦域レベルでの戦争計画といった高度な判断と戦略策定を行った人々だった。それは、将軍というよりはマネージャーと言った方がいいかもしれない。
 おそらくドイツや日本は総力戦を貫徹することか困難な「持たざる国」でしかなく、リソースをフル動員し、国民に犠牲を強いながらも、相対的な戦略的優位を獲得することができなかった。そこで、各戦闘で連勝を続け、戦略的な劣勢を挽回する以外にすべはなかった。そこで職人的な指揮官に頼ることになる。
 そう考えた時、例えば戦艦シュペーの艦長ランスドルフはアルゼンチン沖でイギリス艦隊に包囲されて浅瀬に追い込まれ、艦を自沈させ、乗組員を避難させたあと自らの命を絶った。そこでは、いかに有利に戦闘を進めるのかというだけでなく、避難するとしたら、その政戦略への影響はどうなるのか、中立国の港湾に逃れるとしてもその国にどれだけ支援を期待できるかという戦略が考慮されている。そこに指揮官に対する最初に述べた「名将」とは異なる視点がある。
 考えてみると、この「名将」のイメージは、現代の日本では、企業経営者にもそういうものを求めている傾向が強いように思った。しかし、それはマネージャーではない。それは、第二次世界大戦中のアメリカに戦略をシステマチックに構築するウィーナーなどのサイバネティックスが生まれ、彼の僚友であったノイマンがそのツールとしてコンピュータをつくったということが、日本の企業経営にコンピュータが本質的に馴染まないでいるのは、そういうところに由来しているかもしれないと思った。

 

2022年6月24日 (金)

マーク・エヴァン・ボンズ「ベートーヴェン症候群─音楽を自伝として聴く」

11112_20220624220501  ベートーヴェンというと、今はそうでもないかもしれないが、ある時期までは第5交響曲の“ジャジャジャジャーン”という一節を「運命の戸を叩く」主題と呼ばれて、困難に立ち向かう闘争の末に勝利を勝ち取るというストーリーで捉えられ、ベートーヴェン自身が難聴という音楽としては致命的な障害を克服して名曲を作曲したという、いわば偉人伝と重ねあわされて、いわゆる教養小説のような人格形成になぞらえて聴かれていた。そういうのは極端ではあるが、クラシック音楽の本場、ヨーロッパでも音楽を作曲家の内的自己の表現とか魂の発露として捉えられている。それはベートーヴェンをひとつの契機として音楽との接し方に変化があった。
 例えば、ベートーヴェンの一世代前のモーツァルト。彼が残した大量の手紙には、どのようにして聴衆を驚かせたり、悲しませたり、楽しませたりするかということに意を注いでいて、敢えて言えばレトリックというか極端に言うと効果音のように考えていて、音楽で自己を表現しようなどということは微塵もない。音楽とは、そういうものだった。
 18世紀の啓蒙思想が個人の自己ということを説き始め、例えば、ルソーの「告白録」は自己の内面を言葉にして語るということが文学になった。ドイツでは、ゲーテをはじめとして抒情詩などで、作者の内面の表現であるとして創作した。このような文学の創造性が作者の内面から生じるということは、それまでの創作とは神からの啓示によるという前提が弱まったことでもある。ゲーテは「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」という小説、それはいわゆる教養小説で、自己は努力や意志の力で耕すことができる、自己陶冶という自己の捉え方を小説にした(これはベートーヴェンの伝記のストーリーに重なる)。ロマン主義の文学運動はさらに推し進めた。それに思想的に基礎づけたのがカントをはじめとする主観的美学だった。このような思潮が広まってきたところで出現したのがベートーヴェンの音楽だった。  18世紀から思想や文学であらわれはじめた、表現は作者の自己の内面の表現という思潮は、音楽では少し遅れて19世紀ごろから現われ始め、例えばファンタジーという形式であり、それを開拓した一人がベートーヴェンだった。その主な特徴は次の5点に集約できるという。 (1)一般的で大規模な形式の慣習とほとんど似ないやり方で展開される、想念の自由な軌道。 (2)断片的あるいは互いに無関連にみえる楽想、もしくはその両方。 (3)ときに拍節の概念を無効にするほど自由なリズムとテンポ。 (4)不意に遠隔調に転調するなどの、非慣習的な和声や和声進行。  聴くものは音楽の先行きが予期できないことで、それは音楽的な修辞もっというと形式ばった秩序は稀薄となるが、親密さとか音楽家の自発性を強く聞き手に感じさせる。いわば、作り手のモノローグを聴いていてるような心地にさせる。一方、ファンタジーには特異で奇矯なものという意味合いがある。形式的な秩序は、いわば一般的とか普遍性に通じるものであるが、それと反対で、それは個性的と捉えることもできる。つまり、作者の個性が、そこから聞き取ることができるというわけである。  あるいはベートーヴェンが主なテリトリーとしたのはオペラなどではなく器楽曲(絶対音楽と呼ばれた)で、歌は詩人といった他人の言葉に合わせて曲をつけるのだが、音楽の音だけでつくられる器楽曲は、事態が独立した抽象的なもので作曲家の内部から創造するという思潮に、より適合的であった。  このような結果、つくられた音楽は、当時の一般的な聴衆にとって、従来の作品と比べると特異で難解なものと捉えられた。そういう従来にない新しいものを、聴衆に説明する批評家というのが、文学で生まれたのと同様に、音楽でも現れた。彼らは、その説明をする時に、従来のような説明はつかえない。そこで、作者の人生を語る。その場合、もっとも語り易かった音楽家だっのがベートーヴェンだった。

2022年6月20日 (月)

土田健次郎「江戸の朱子学」

11112_20220620203101  中国思想・思想史なかでも宋明学研究の碩学が一般向けに書いた著作。このところ似たようなテーマの著作を読んでいるが、この著作の特徴は、代表的思想家の伝記と思想の解説を年代を追って並べていくのではなく、朱子学というのがどういうもので、それが江戸時代の人々の思想に何をもたらしたのか、それによっていかなる展開が起こったのかといった問題ごとに著者が考えてきた大筋を提示するという書き方をしている点。そして、表題どおり江戸時代の朱子学を基本としながらも、中国における朱子学の基本的な歴史・文脈、さらに朝鮮における朱子学も視野に収められていて、江戸時代の日本の朱子学が、それらとどのように関係しているのか、どこが違うのかが考察されている点。つまり、読者は、読んでいて江戸時代の朱子学についての情報を得るというより、それについて考えることは始めるような著作になっている。それが、この著作の面白いところだと思う。
 なお、こういう問題点をピックアップして江戸時代の思想史をとくに朱子学に注目して語る場合、どうしても山崎闇斎、伊藤仁斎、荻生徂徠という3人の思想のドラマチックな対決にどうしても視線が集まってしまう。禅宗や神道などの他の思想と混ぜ合わせて都合よく受け容れられようとした朱子学について夾雑物を取り除いて正確に勉強しようとした闇斎と、それに正面から向き合って朱子学を批判し個としての自身の生き方として「仁」を思想にまで高めた仁斎。翻って、闇斎は仁斎の批判に向き合うことで、朱子学の日本には珍しい体系的な思想をつきつめる。また、この両者を批判したのが徂徠で「仁」という個人道徳にとどまるのではなく、社会全体の秩序維持の天下統治の「道」を追究した。ここで、公私の区別ということが思想のレベルで論じられ、批判された仁斎の方は公に吸収され得ない確固とした個人を際立たせた内面の思想に進んでいく。この3人が相互に批判しながら、それぞれの自身を見出していく。その絡み合いが思想のドラマをつくる。そういう場面は、日本の思想史を見渡してみても、ここまで劇的なのは珍しい。それが、色々な側面から、この著作を読んでいると、見ることができる。なお、3人の思想家のドラマは、この著作でメインに論じられているのではないが、読んでいるうちに、それに気がついて、いったん気がつくと、そのドラマが著述の端々に見えてきて、眼目が離せなくなる。いわば隠し味なんだけれど、3人の魅力に気がつかされた。面白かった。

 

2022年6月15日 (水)

呉座勇一「戦国武将、虚像と実像」

11112_20220615215701  一般に歴史というと中学や高校の暗記科目であるのか、あるいは歴史好きという人々は往々にして歴史小説や時代劇などを通じて親しんでいるのが多いのではないだろうか。一般的な日本人の歴史観は、歴史上のヒーローの人物像や行動に焦点を当てて、歴史を教訓とするといったもの、それを著者は大衆的歴史観と呼ぶ。日常の雑談の中でも、歴史に興味があるというと、好きな歴史上の人物は誰かという話題になることは、よくある。この歴史上の人物(ヒーロー)像は歴史学の分野での新資料の発見や資料解釈の定性といった研究の進展によってではなく、社会の価値観の変化によって変遷する。例えば、歴史上の人物として人気の高い織田信長は、江戸時代では徳川家康によって乗り越えられた悪役の位置づけだったのが、明治維新後は海外進出を志したということで大日本帝国の大陸政策の先駆としてのヒーローになり、戦後のバブル崩壊後の経済停滞で構造改革が叫ばれた時に、既存の体制に大胆に挑戦する改革者として評価される。そういうイメージの変化の触媒となって機能したのが、歴史家ではなく江戸時代であれば儒学のような思想家たちの言説や近代以降は小説家、例えば戦前なら徳富蘇峰、戦後なら司馬遼太郎といった人々。なお、我々の世代では、「太郎、次郎(新田次郎)、三郎(城山三郎)」と人気歴史小説家だった司馬遼太郎のいわゆる司馬史観は大正時代の徳富蘇峰の「近世日本国民史」に拠っているところが大きいうネタバレを暴露しているのも微笑ましい。
 そこで、著者は日本における排外主義的・歴史修正主義的な言説、著者はそれを歴史修正主義と呼んでいるが、そこでの歴史的事実の捏造・歪曲や史料的根拠のない奇説・珍説に支えられていて、それは提唱者が独自に想像を巡らせ妄想を書き連ねているように見えるが、実は、その内容は江戸時代の講談・軍記物に影響を受けていたり、徳富蘇峰や司馬遼太郎の焼き直しだったりする。つまり、大衆的歴史観に重なるところが多いという。著者は実証主義に立つ歴史学者として、そこに警鐘をならしてはいるが、しかし、実証主義の歴史学も大衆的歴史観とは無縁ではなく、その基礎をなす社会の価値観をある程度共有しているという自戒しているところに好感を持った。
 まあ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、真田幸村といったヒーローたちが各時代で大衆にどのように受け取られてきたかという変遷を追いかけるだけでも興味深い。

 

2022年6月 9日 (木)

猪木正道「新版 増補 共産主義の系譜」

11112_20220609221601  原著の刊行が1949年で、当時の言葉では非マルクス陣営(平成生まれの人には大学の経済学部がまるまるマルクス『資本論』を学ぶものだったり、マルクスの学説を基礎にした政治学や法律学が学会の大きな潮流だったことなど想像できないかもしれない)、現在であれば保守的傾向のいわゆるオールドリベラリストによるマルクス思想史。その後1984年まで数回増補されたが、メインは原著によるマルクスに始まり、その同時代のドイツの社会主義運動(ラサールやドイツ社会民主党)、ロシア革命(レーニンからトロツキーやスターリンに至る)までの、いわゆるマルクス=レーニン主義の系譜の記述で、この著作の特徴は、それを外側から俯瞰的に眺めたところにある。言葉遣いは、少し古臭くて堅苦しいところがあるが、マルクスに触れたことがなくて、社会主義とか共産主義に馴染みのないような、今の若い人には、だいたいこんなものだという概観を掴むのには便利な著作になっていると思う。
 思い切り単純化すれば、著者の言うマルクス主義の革命理論の特徴は次の二つだということになる。ひとつはフォイエルバッハなどのヘーゲル左派の自由の追求を政治・経済の批判に推し進め、人間の自己疎外の原因は資本主義にあるとし、生産手段の私有を否定することによって人間の完全な解放を実現しようとする、ちょっと宗教みたいなところのあるユートピア思想。もうひとつは、1840年代のドイツで実際に革命を起こすための理論で、先進国イギリスは市民革命による民主主義が進んだのに対し、ドイツは後進国では専制主義が残っているので、プロレタリアートという人間の自己疎外を体現した新興階級によって革命がなされるとした。しかし、このような見通しは、マルクスの死後、ドイツの上からの近代化による経済成長でプロレタリアートの階級にも富のおこぼれが分配されると革命気運がポシャッてしまった。しかし、このような資本主義後進国の革命理論は、ドイツよりも、もっと後進国のロシアで、レーニンによって、市民階級が形成されていない社会で大多数を占める農民を都市の労働者が引っ張ることによって革命を起こすという修正がなされ、それがロシア革命で実現させた。そういうマルクス主義の革命思想の系譜をものがたりのように提示してみせた。
 ここで、面白いと思ったのは、上述のマルクス主義の革命理論の二つ目の特徴の説明の中で、ドイツで革命を起こすために、プロレタリアートという階級を思いついたという指摘。つまり、マルクスは、実際の資本主義経済社会を分析していてそういう階級を発見したのではなく、革命の主体としてプロレタリアートというアイディアを思いついて、それを成り立たせるために資本主義とか自己疎外という理屈を跡付けてつくりあげたという指摘。これは極端な言い方ではあるが、そういう、それまでにない視点で経済社会をみていると、いわゆるマルクス主義の経済理論ができてくるというのは、すごくよく分かる。これは、著者の立ち位置で、はじめて可能な指摘だと思う。

 

2022年5月30日 (月)

池田喬「ハイデガー『存在と時間』を解き明かす」

11112_20220530214301  先月は、高井ゆと里の「ハイデガー 世界内存在を生きる」を読んだばかりで、また。つくづく、ハイデガーの解説書とか入門書が好きなんだと我ながら呆れるほど。ちゃんと理解しているとは言えないが、「存在と時間」や後期の「ニーチェ」とか全集に収められた講義録とか、ハイデガー、たぶん語り口なんだろうが、何となく好きなんだろうと思う。
 で、この著作の特徴は、ハイデガーの伝記とか「存在と時間」の内容を順を追って紹介するという一般的な入門書の形式をとらず、「存在と時間」を読んでみて生じてくる疑問とか理解しにくいと思われる11点をピックアップして、その重点に答えるというかたちで、結果的に全体がカバーされるというところ。したがって、全くの初心者ではなく、「存在と時間」を一度は読んだことのある人や概要に触れた人くらいを対象にしていると思う。
 例えば、悪名高い「死への先駆」については、次のような誤解されがちな通俗的理解に対して、実はこうなんだと対比するように解説する。「余命1ヶ月だと告知されたら自分はとうするか、といったことを考えたことがある人は少なくないだろう。人生の終わりを思うとき、人生の中で本当に大切なこととは何かが身に迫ってきて、余計なことをする代わりに本当にやりたいことをする決意が芽生える。このように死の時を想うことで、人生に真剣に向き合う」、あるいは、死を前にして、初めて生の真実と向き合うことができるとナチス・ドイツの若者に死の覚悟をさせた思想という物語、これらは、ハイデガーの「死への先駆」とは違う。その大きな違いは、これらの説明されているのは、間近に死が迫っているということ、言い換えれば、近い将来に死ぬという、近日中の確かな予定のように死が目の前にあるという具体的事実として死があるということ。こういう死に対しては、難病で余命が宣告された場合は別の医者を探すとか、戦場にいれば逃げるという死を避ける方策の可能性があるという事実だ、この場合の死に対して、人が抱くのは恐怖であるということ。これに対してハイデガーの言う死というのは、人は確実に死ぬということ、なおかつ、その死というのは予定なんかなく、いつ死ぬのか分からないということ、もしかしから次の瞬間に死ぬことだってある。人は、確実な死に常に直面しているということ、一瞬たりとも死の可能性から逃げることはできないということ。だから、四六時中死に向き合わざるをえない。だから、人は不安をいだく。その不安に苛まれながらも、死と間近に向き合い、ごまかしたり、逃げたりしないことが「死への先駆」で、それが本来性ということに通じるというのだという。だから、違うという例で言えば、余命宣告などなくても常に死が間近にあるということ。しかし、人は、そのことに目を背け、忘れたふりをしている。
 では、この著作を通して、「存在と時間」がどのように見えてくるか。著者は『存在と時間』という本は、そもそもが未完の著作で、刊行されたのは当初の構想の3分の1程度で、メインとなる部分は結局書かれることなく終わった。だから、ハイデガーが、この書を執筆し始めた意図、つまりハイデガーがこの書で何を言おうとしたのかを探ろうとするという性格の著作ではないという。端的に言えば、結果として出来上がった著作から、書かれた内容を読者が構成していくという読み方ができるというは。それは、哲学書としては革命的なものだと思う。そうだとすると、哲学学者(哲学者ではない)が、精密にテクストを読み込んで、内容を正確に理解するということは、無意味だということになると思う。私は、池田さんという著者の特徴的な点は二つあると思うが、そのひとつは、この点だ。だから、『存在と時間』は、現象学の方法による存在論でも、実存論的な存在論でもないと言う。
 著者は、『存在と時間』の本文が始まる前の前文に注目する。すなわち、こういう文章だ。“〈存在する〉という語で、私たちは本当のところ何を言わんとしているのか。この問いに対する何らかの答えを、今日、私たちはもっているだろうか。決してもっていない。だからこそ、存在の意味への問いをあらためて設定することが肝心なのだ。ということは、私たちは今日せめて、〈存在〉という表現を理解できないことに困惑しているのだろうか。まったく困惑もしていない。だからこそ何よりもまず、この問いの意味への理解を何よりふたたび目覚めさせることが肝心である。〈存在〉の意味への問いを具体的に仕上げることが、以下の論究の狙いである。”ここで主張されている論究のテーマは、存在とは何かを追究することではない、つまり存在論ではない。では何がテーマかというと、存在の意味への問いを具体的に仕上げることだと言っている。そして、今日の我々はその問いの答えを持っていない、つまり存在の意味を明らかにしていない。それは、そのことに気づいていない(これって、ソクラテスの「無知の知」だ)ということが問題で、それを解決するために、存在への問いを仕上げなければならない。それが『存在と時間』から読み取れることだと著者は言う。だから、『存在と時間』は完成した理論で、読み手はそれを分析して理解するような書ではないのだという。むしろ、読む者に問いかけ考えることを挑発するような書だという。そのような視点で『存在と時間』を読んでいくことができるという。ではそうやって、読んでいくとどうなるのか。こ『存在と時間』のテーマは、存在への問いであり、同時にその問いを前にして何も感じずにポカンとしている読者、つまり人々であると著者は言う。つまり、読者を挑発している、それでいいのか、と。  『存在と時間』は、存在の意味を問うためには、その問いを発しているわれわれ自身の存在を問うことから始めようと言う。まずは自分自身の存在を問う。読者は自ら問いつつ問われるものとなる。その変化を具体的には、ハイデガーは、「目覚めさせる」という。目覚めるということは、目覚める前は眠っているということが前提となる。それはハイデガーに言わせれば、目覚めることが可能な状態にあるということだという。それは、存在の意味を知らないとか、全く無関係にあるのではなく、知っているのにそのことを忘れていたり、中途半端に知っているが完全には知ってはいないといった、いわば潜在的には知っているのに表面に表われていないような状態にある。ハイデガーは「真実」という概念をソクラテスやプラトンの時代の古代ギリシャ語に遡って意味を考える。古代ギリシャ語のアレイテイアという言葉は隠れて見えないという動詞の否定形で、明らかになるというのが元々の意味で、真実というのは明らかになったことという意味になる。これは、隠れていたのが、いわよる頽落した非本来性で、明らかになるという飛躍があって本来性になるという『存在と時間』の中心議論に擬えることも可能だ。  一方、明らかになるというのは、ロゴス─現代の言葉では論理─によって、というのが古代ギリシャ哲学に昇華したので、ハイデガーの哲学もその系譜にあるだろう。しかし、ハイデガーは、ロゴスという古代ギリシャ語の元来の意味に遡る。そうすると、ロゴスはラゴンという動詞が名詞化した言葉だという。ラゴンという動詞は語るという意味で、その名詞化したロゴスは語られたもの、語りというのがもともとの意味たという。だから、ロゴスには、現代でロジックとレトリックの区別がなく両方の意味があったという。そう言われると、実際に、『存在と時間』を読んでみると、意外と議論がロジカルでないことに気づく。例えば、上述の問いの意味か問う人である我々自身を問うということが論理的につながる必然性は分からない。ハイデガーがそのように語っているということだろうと思う。そういう語りなのだ。ロジックというよりはレトリック。それは、『存在と時間』が結果としてできあがった理論を提示する著作ではなく、読者を挑発するものだから、とあらためて考えられる、と思う。ちなみに、現象学という手法は、そういう意味合いで捉えることができると考えてもいいのではないかと思えてくる。

 

2022年5月19日 (木)

ガイ・ドイッチャー「言語が違えば、世界も違って見えるわけ」

11112_20220519215101  人の思考は社会の文化的慣習によって形づくられているということを言語が提示してくれる証拠を通じて示す、というと、難しそうと構えてしまうが・・・
 最初の古代ギリシャの詩人ホメロスの「オディッセイア」や「イリアス」についての、まるでオタクのような議論から始まる。このトロイ戦争を扱った長大な叙事詩のなかで色彩の表現が変だという。例えば、ギリシャの海について「葡萄酒色の海」という叙述がある。そのような指摘が19世紀のヨーロッパの好事家に引き起こした波紋をユーモラスに語られるところから、本書の叙述に引き込まれてしまう。古代ギリシャの人々は色盲だったのか色彩感覚が違っていたのかとか、それで世界各地の人々の色覚検査を幅広く行ったところ、基本的に人間の色彩感覚は共通していることを確認したという(何か凄い手間をかけている)。それで、例えば、虹は7色というのが常識だが、5色という文化があるということから、それは藍色という言葉がないので、光をプリズムで通すと分光されるが藍色を単独の色として認識しない(青の一部程度の認識にとどまってしまう)からだという。このように、古代のギリシャ語には「青」という色の概念がハッキリしていなかったのではないか、ということが考えられた。また、「青」などという色を抽象化して独立した概念としていなかったのかもという可能性もある。というのも「海」という言葉の意味の中に「青い」という内容が含まれていて、「青」ということが独立していない。だから、海にあえて色の形容の必要がない。というのも、往々にして、「青」という色が独立した言葉になっているのは、青の染料を作っていた文化で見られるからだという。実際、青の染料というのは、古代社会では稀少で限られた地域でしか存在しなかった。そのため、「青」という色の概念、つまり言葉が存在しなかったという。
 そこで、著者は人は青色を見ることはできるが、それを青という色であると認識するためには「青」という概念、それをあらわす言葉がなければできない。それが冒頭に言う、「社会の文化的慣習によって形づくられているということを言語が提示してくれる証拠」ということだと、現実の具体的な姿として見せる。
 ただし、そういう要素を過大に受け取ってしまうと、パーティーの薀蓄会話と区別がつかないものになる。そういう有名な学者たちの勘違いのエピソードも紹介する。それて、冒頭のテーゼは、たしかにそうなのだが、それも程度問題というビミョーな結論といっていいのか、それで最後ははなはだ歯切れの悪いものとなって、結局何が言いたいの?となりかねないが、実際のところは、そういうもんだ、と思うし、そういうところがすごく納得できるもの。
 あるいは、紹介されている豊富な事例は、それだけでも面白いし、薀蓄ネタとしても使えそう。例えば、街中で駅への道順を尋ねられたら、どう答えるか。「この道を真っ直ぐ進んで、突き当り左に曲がると、目の前が駅」という風に答えるだろう。こういうのが当たり前だと思っていたら、ある人から「この〇〇通りを北に進み、突き当りを東に曲がると辿り着く」という答え方がある、京都などではそのような言い方をする(上がる、とか入るとかいう言葉を使うが)こともあると教えられた。著者は、前者については自己中心座標による空間把握といい、後者は地理座標による空間把握という。普通は、この両方の座標をその場に応じて使うものだ。しかし、オーストラリアのアボリジニーには、左右とか前後といった自己を中心にして相対的に位置を示す語彙がない部族があるという。その部族は自己中心座標による空間把握ができないという。そうすると、方向の認識はすべて絶対的で、左右という言葉(概念)がないために、西側の手という言い方をするという。私なんかは東西南北という方向は昼間から太陽の位置、夜なら北極星の位置から判断できるが、鬱蒼とした森の中や室内では方向は判じられない。西側の手などと咄嗟に言うことはできない。しかし、この人たちがすごいのは、そういうのが日常的だったためか、絶対方向感覚とでも言うようなものが備わっていたという。あるいはまた、この人たちは事物を絶対的に認識するのみで、相対的な認識というのがなかった。それゆえ、因果関係ということが分からなかったという。例えば、食べすぎたから、お腹が痛くなったという言い方について、この人たちは、食べすぎたという事実とお腹が痛くなったという事実を並列的に言うことはできるが、このふたつはそれぞれ個別の事実で、原因と結果の関係として結びつけることはなかったという。しかし、この部族は20世紀になって、若い人たちが英語の教育を受けるようになると、絶対方向感覚を失ってしまったという。

 

2022年5月14日 (土)

田尻祐一郎「江戸の思想史 人物・方法・連環」

11112_20220514182501  先日読んだ「江戸の学びと思想家たち」が教育という切り口で、現代とは違うという視点であったのに対して、この著作では中世との違いというのが基本的視点というのが特徴。南北朝から応仁の乱そして戦国続いた時代は日本社会かかつて経験したことのない質的な転換を遂げるたに、甚大な犠牲を伴った長い過渡期だった。その時代の人々は、世俗的な枠組みにとらわれない荒々しく野太い精神の奔放さを持っていた。それが江戸幕府の成立とともに太平の世となり、社会は安定化した。家族、地域、職域から国家まで、いろいろな組織が秩序だって作られ、安定的に経営されていくとともに、それを可能にする社会の規律化が進行する。人々は、安定した社会で世俗生活をおくり、そこに生きがいを見いだしていく一方で、社会に組み入れられていった。
 例えば、武士は、そもそも「武士」の「士」は東アジア社会ではおおむねは「徳行のある者」の意味で、中国における士大夫、その朝鮮社会化である両班などと並び称されるはずのものなのだが、日本における武士はそうした東アジア近隣社会とは異なる心身観や社会観をもち、戦闘を職能とする武装自弁の集団だった。しかし、太平の世となり戦乱がおこることがなくなると、社会から戦闘という職能の必要性が消失してしまうことになる。この時、武士は何のためにあるのか問われることになる。なお、中国の士大夫は、そのような問いに直面することはなかった。「徳」の担い手としての存在価値は自明だったから。これに対して、江戸時代の武士は士農工商のうち農工商の存在価値は自明であるのに対して、武士は遊民ではないのかという問いの前に立たされた。その時に使われたのが儒学だった。なお、それまで日本社会で思想といわれるものの代表は仏教であったが、天下統一の過程で一向一揆のような宗教勢力との闘争やキリシタンの禁令など宗教分離を、幕府は進めざるを得なかったため、宗教的要素のない儒学に飛びついたということだ。藤原惺窩、中江藤樹、山崎闇斎、山鹿素行などは朱子学に拠り所を見出し、伊藤仁斎、荻生徂徠は朱子学への批判から独自の思想を形成していった。これには、武士のアイデンテティ追求の系譜と、著者は意味づける。それは近世という新しい時代で、どう生きるかという問いかけだった。
 しかし、江戸時代の太平の世という社会の安定は長くは続かない。国内外の状況が大きく変化し始めたからで、その時に社会に入ってきたのが蘭学だった。西洋の恐るべき実力を知った知識人は、それをバネに個性的な思想を形成していく。彼らは強烈な自我意識を持って、惰性や安逸に耽る社会に対して危機感を持ち、規制の枠組みを乗り越えて、才能を開花させていった。かれらは、儒学者たちとは違って例えば経済とか医学といった実践的学問を志向し、机上での学問ではなく現場で実践を伴うもので、儒学とか蘭学とか国学といった学問枠にとらわれず相互に交流したのと、それゆえに社会への参加意識が強かった。それが幕末の革命思想に至ることになる。
 こういう流れとして江戸時代の思想家たちをコンパクトに取り上げているので、物語のように読み易かった。ただし、後から後から思想家たちを紹介されるので、個々の思想家については駆け足のようになってしまったのが残念。例えば、平田篤胤は国学者なんだけれど、海防論を唱えた人々とも交流があり、対外認識は蘭学者とは変わらない情報を得ていたとかといったネットワークの具体像はイマイチ踏み込めていない。そういうのは、この本を契機に、自分で興味を持った思想家を深堀しなさいということかもしれない。

2022年5月 9日 (月)

三木那由他「話し手と聞き手の意味の心理性と公共性─コミュニケーションの哲学へ」

11112_20220509205801  誰かが何かを意味するとはどういうことなのか?従来の議論では「話し手の意味」が話し手の意図を通して理解されてきたのに対し、本書ではそれを話し手と聞き手の共同体において生じる公共的な現象として捉える。画像を見ると優しげな装丁で、読み易い文章なんだけれど、内容というか議論の展開が精緻で、読みこなすのにすごく疲れる。集中力と根気を欠いて、ひとつでも読み飛ばすと、読み進めてきた理解が崩れて、迷子になってしまう。メモをとりながら何度も読み返さなくてはならない。そういう著作。でも、実際の哲学の思考の現場というのは、このような精緻で明晰な議論を、それこそ虫が歩むみたいにゆっくりと進むのだろうという、哲学の議論のさまが、そのまま叙述に移されているような内容。
 話し手の意図が掴まれるときに、話し手の言葉の意味も伝わる。これが「意図基盤意味論」と呼ばれる見方であり、たいへんもっともらしい考えに見える。このような見方を著者は批判する。なぜなら「意味はどのように伝わるか」へ「それは意図が伝わることによってだ」と答えることはかならずアポリアに直面するからだ。話し手はAを意味している。なぜなら彼女はAを意味することを意図しているからだ。ところで「話し手がAを意味することを意図している」とはどういうことか。ひょっとしたら話し手はたいへん奇妙な精神構造をしているかもしれない。その結果、話し手はAを意味することを意図しているのだが、「Aを意味することを意図すること」を意図してはおらず、むしろ「Aを意味することを意図しないこと」を意図しているかもしれない。こうなると、はじめに述べた「話し手はAを意味している」は成り立たないことになる。ポイントは、意図が掴まれるためには意図の意図もまた摑まれなければならない、というところだ。これは、さらに意図の意図が掴まれるためにためには意図の意図の意図が掴まれなければならない。さらに…と無限に遡ることになる。だがこれは有限の認知リソースしかもたない私たちには完遂不可能な作業である。その結果、仮に意図基盤意味論が正しいのであれば、意味は一切伝わらない。それゆえコミュニケーションは或る意味で不可能であることになる。コミュニケーションの作業を〈あなたの意図を私が知ること〉と捉えれば(加えて意図を一定の仕方で理解すれば)、それは無限の過程を含むことになる。と、要約しているが、この議論は、それこそ虫眼鏡で見ながら歩くような、細かくて、じっくりしたもの。
 そこで著者はそれはコミュニケーションを〈「私たちのこと」の確立〉と捉える「共同性基盤意味論」を提案する。〈孤立したあなた〉のことを〈孤立した私〉が知るということがコミュニケーションなのではなく、意味の伝達とは〈私たち〉の成立なのだ、という指摘だ。話し手と聞き手の間にコミュニケーションが成立していれば、そこには集合的信念が成立し、そこで信念とか意図が共同して作られる。「集合的信念を用いたならば、コミュニケーションには話し手と聞き手がひとつの共同となって形成する集合的信念のみが関与することになり、話し手や聞き手が持つ個人レベルの心理状態は問われないこととなる。これによって、コミュニケーションの場面において話し手や聞き手が個人レベルで持つ心理状態の多様性が、分析にとって脅威とならずに済むのだ。」。このような〈孤立したあなた〉のことを〈孤立した私〉が知るということがコミュニケーションなのではなく、意味の伝達とは〈私たち〉の成立なのだ、という抽象的な言い方では、ちょっと分かりにくい。著者は次のようなケースを提示する。
 ステラは信心深いクリスチャンで、4年生を受け持つ教師であり、彼女の宗教上の信念は幼い頃から持ち続けている深い信仰に根差している。このような信仰のなかには神による天地創造が正しいという信念が含まれており、それゆえ進化論は誤っているという信念も含まれている。このような信念には科学的反証があるということにステラはよく知っている。実のところ天地創造についての信念が何ら証拠に基づいておらず、むしろ個人的信仰のみに基づいているということを彼女は喜んで認める。それゆえ、宗教は周囲の人に押し付けるべきものではない、とステラは考えており、彼女が学校で受け持つ4年生の生徒たちにも、当然、押しつけはすべきではないと思っている。それどころか、彼女は教師としての自分の職務には、現在得られる証拠からもっとも支持されているような事柄を提示することが含まれていると考えている。そういう事柄には進化論が正しいということが含まれている。その結果、生物学の授業で、彼女は生徒たちに進化論を教えている。自分では、進化論が真であると信じてはいないにもかかわらず。
 この例では、ステラは進化論の正しさを信じていないが、彼女の信心深さは学校でも有名であり、生徒は皆、そのことを知っているとして、彼女の授業を受ける生徒たちは彼女が進化論は正しいとは思っていないことを知っている。この場合、ステラが生徒たちに話していることは、彼女の信念に反するということで、生徒たちはそのことを知っているということだ。「意図基盤意味論」でいう意味は伝わっても意図は逆であることだ。しかし、これはステラが虚偽を話しているとは言えないだろう。彼女は教師としての職務に誠実であろうとしているだけで、生徒たちも彼女が虚偽を話しているとは思わない。むしろ、進化論の正しさを理解する。これは、ステラの話す進化論という意味を生徒たちが理解したとき、ステラと生徒たちのあいだには進化論が正しいとステラが信じているという集合的信念が形成される。天地創造ではなく進化論をステラが信じているということを、ステラと生徒たちが一体として信じるという場にステラと生徒たちが参加するということで、このとき参加者は進化論は正しいということに背かないという義務が生じる。なお、この時、ステラはこの集合的な信念に参加する限りでは、進化論が正しいという信念を持っているかのように振る舞うように義務づけられるが、このことは、実際に彼女個人がその信念を持っていることとは違うということだ。分かりにくいだろうか。会社で、自分の信念に反することでも、仕事だからといって、あえて行うことはないだろうか。嫌いに奴に笑顔を向けるとか。やっぱり分かりにくいか。

 これが分かりにくいのは、私の理解力の足りなさのせいなんだけれど、〈孤立したあなた〉のことを〈孤立した私〉が知るということがコミュニケーションなのではなく、意味の伝達とは〈私たち〉の成立なのだ、という「共同性基盤意味論」については、この著作のテーマであるだろうし、中心的な部分のはずなのだが、本著の叙述に占める量的な割合は、それほど多くはない。むしろ、「意図基盤意味論」が成り立たないということを立証する部分が多くを占めていて、その詳しい叙述に、私なんかはくどいとすら思ってしまう。これに対して、これから本命の「共同性基盤意味論」の説明に入ると思ったら、あっという間に終わってしまった。それも、昨日紹介したステラという教師のケースとか、いくつかのケースを分析して、その個々のケースについて、ああだこうだと考察している。そのプロセスを記述している。そこで、「共同性基盤意味論」とはこういうものだという明確な定義づけのような部分はほとんどない。思うに、著者は「意図基盤意味論」が成り立たないケースを具体的に考えていて、そこから新しい、従来にないことを考え始めているのだろうと思う。それゆえに、それを説明する言葉がない。そこで、そういう言葉も考えながら記述している。そういうように見える。このことは、哲学というのが、詩(ポエム)を作る詩作ときわめて近い作業であるとことだ。詩というのは、書かれた言葉はいわば結晶のようなもので、その背後という結晶化される前の多くの要素を想像しないと、何が書かれているか分からないわけだが、この著作の核心部である「共同性基盤意味論」の説明の部分は、いわば詩のようなものだと思う。
そう言えば、私は、詩を読むのは苦手だったことを思い出した。

 私には、一度や二度の読みでは、読み切れていない実感がある。少し時間を置いて(頭を冷やして)から、三度、四度と読み直そうと思っている。

 

2022年5月 3日 (火)

重田園江「ホモ・エコノミクス─『利己的人間』の思想史」

11112_20220503204301  自分の利益を第一に考えて合理的に行動する主体というホモ・エコノミクスという、現代の経済学が前提とする人間像は、けっして当たり前のものではなかった。例えば、キリスト教では“貧しき者は幸いなり”というし、日本でも士農工商などと利を得ることは賤しいとされた。著者はこの背景に人間観の転換があったという。経済学が生み出した自己の利益を最大化することを目的としている「ホモ・エコノミクス」なるモデルが、いつの間にか実際の人間に重ね合わされ、そして一種の規範性を持つようになったという。こういうことの先駆的なものとして、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムと近代資本主義の精神」は、勤勉と蓄積という生活態度がプロテスタンティズムの禁欲主義に沿うものであったという分析が有名で、著者もウェーバー等の論考を追いかけている。しかし、この著作の中心となっているのは経済学という学問が、もともとは家政学(領主貴族の領地経営の方法)として政治学と一体だったものが、自然科学、とくに力学や数学をとり入れて独立していくプロセスでホモ・エコノミクスを形成していったという分析で、これはとても興味深いものだった。当初の経済学では、アダム・スミスは人間が富を求めて行動することは肯定したが、そこに倫理的な足かせがあることを前提として、道徳に付随するものだった。あるいは、リカードは追求する富のベースとなる価値は労働に基づくという労働価値説を説いた。これらに対して、初期の近代経済学のオーストリア学派のメンガーは、完全に合理的で経済的な利得動機だけで行動する人間があり得ないのは当然だが、それは化学における「純物質」や物理学における摩擦のない世界と同じで、ある種の理念系だと言った。メンガーは限界効用逓減の法則という、財から得る効用はだんだんと減っていくという考えを経済学に導入し、「限界革命」を担った人物の1人としても知られている。実は、この限界効用という考え方のベースには労働価値説の否定がある。端的に言うと「効用」というのは、受け取った財にどれだけ価値を感じるかということで、労働によって価値が作られるということとは反対の立場の受け手の立場ということで、言われてはじめて気がついた(これに気がついたということだけでも、この著作を読んだことの価値があると思う)。そして、この効用に対して、ジェヴォンズはだんだんと効用が減っていくという性質に注目し、この動きを曲線として描き、それを微分して得られる接戦の傾きを効用として捉えようとした。複数に人間の間の効用は直接比較できないが、市場では交換が行われており、この効用をもとにして、これ以上の交換が行われない均衡点が求められる。この均衡点が「てこの原理」における釣り合いに重ねられるという。そして、ワルラスは経済学に数学を導入し、一般均衡の考えにたどり着いた。詳しく言うと、富は有用・有限で量的な性質を持つため、価値を量ったり交換できる。そして交換に着目することで経済現象を数学的に扱うことができる。そして、均衡というのは効用の極大化と捉える。これはてこがバランスしている点がエネルギー極大化であることに擬えられる。つまり、力学の法則をそのまま経済現象に当てはめた、結果的にそうなった。この時、力学の法則が力という要素に単純化して、他の諸要素を無視して理念化したように、効用を感じる要素を欲望の合理的追求という点(効用最大化だけを考慮するということ)に単純化させた。あるいは、そうしないと法則が成立しないからでもある。まとめると、価値の主観性から出発した理論は、人の欲望の強度が力学的なエネルギーと同一視され、商品の量や単位当たりの効用がてこの腕の長さや質点にかかる力と見なされるといった類比を通じて、質量と距離によって記述される客観的世界へと接合される。人の欲望のあり方がどんなものであっても、ひとたび市場における取引関係に入るなら、欲望のあり方を所与とした何らかの均衡が成立する。ここで想定されるのは、自分自身の欲望を熟知し、市場について完全な情報を持ち、欲望の最善の実現(極大化)の原則によって合理的な選択を行う孤立した個人に行き着く。ここでの人間は、自分の欲望だけを考えるエゴイストというより、欲望を所与として厳密な法則に従って運動する単位である。これって、力学で計算された法則に従って運動する天体と同じ。それがホモ・エコノミクス。う~ん、面白い。  メンガーたちオーストリア学派の経済学者たちは、当時の主流派の学問への挑戦者であった。彼らは、既存の経済学を辛辣に批判し、これまで通用していた学問的方法に疑いの目を向け、理論を一から作り直そうとして、これまでになかった道具立てを用いた。彼らの始めた新しい学問は、従来の経済学になかった抽象性と一般性、そして他分野への応用可能性を与えることになった。 それを権威化したのが、彼らの弟子筋に当たるハイエクと彼が率いたシカゴ学派で、フリードマン至ってホモ・エコノミクスは理念型から普遍性をもった人間像に変質した。シカゴ学派第二世代の学者たちが、この人間観を経済学以外の分野にも広めた。例えば、ゲイリー・ベッカーはベッカーは差別や犯罪といった分野に経済学の考えを持ち込んだ。差別は経済的な損失を発生させるが、差別をする人間はそれをわかっていやっている。つまり、差別に対する好み(taste)を有していると考え、差別にまつわる非合理さをコストに換算して分析しようとした。犯罪に関しても、犯罪によって社会が被る損失と犯罪を取り締まるために社会が必要とする負担の均衡という形で考え、犯罪に対する対策を考えた。しかし、犯罪とは効率を合理的に判断して起こすものだろうか。彼によれば、殺人はコストとメリットを計算して行うものになってしまう、と著者は批判する。ベッカーの広めた概念として重要なのが「人的資本」で、これは今まで時間単位で測られるのみだった労働力の内実を説明しようとするもので、投資によって増えるという考えだ。人は消費をするか、自らの人的資本の価値を上げるために投資するかという、企業と同じような選択を行っているのだという。これについて、この著作の最初のところで、多くの学生が就職活動で企業が求める人材と自身の本音との乖離に戸惑うことを憂いているが、それを露わにしたのが、この人的資本という考え方と言える。でも、これは企業の人事部門や政府の人材育成も、そういう考え方で、今、進められている。つまり、人的資本は教育への投資などを考える場合には便利な考えであるとして、これによって教育もその「収益」が問われることになる。著者は日本の近年の大学改革の背景にもこうした流れの中にあると見ている。 また、政治学にも応用され、ダウンズは『民主制の経済理論』で政治のおける投票行動に市場の考えを持ち込んだ。有権者は投票において、投票所に足を運ぶコストや候補者を選ぶ情報コストを負担する。このコストと実現される政策からもたらされる便益によって投票行動は決まってくるという。政党も有権者と同じく、選挙の勝利を目指して「合理的」に行動する。二大政党の場合であれば、有権者が一番多くいるボリュームゾーンを狙って両党の政策は似通ってくると、ホテリングの店舗立地の理論を使って分析した。一方、ブキャナンはタロックとともに『公共選択の理論』を書いたが、政治社会のすべての争いを個人の選択の問題に還元して読み解こうとした。さまざまな問題に対して、それぞれの個人はまずは自発的な調整を試みる、市場への参加が多くの人に利益をもたらすように、政治への参加も利益をもたらします。公共心や他者を思いやる心などがなくても政治は機能するという。 著者は、こうした「ホモ・エコノミクス」を下敷きにした政治理論が「政治嫌い」を増やしているのではないかと言う。政治アクターも自己の利益のために動いているわけであり、エリートたちも公共心などのためではなく自己利益のために政治を利用していると考えられるからだ。そして、エリートも自己利益のことしか考えていないのならば、わざわざ税金を集めて甘い汁を吸わせるよりも市場に任せたほうがよい。こうして新自由主義による「脱政治化」の動きが支持されるという。 この部分は、先日の中心的な分析に付随するおまけのような部分だが、むしろ著者のホモ・エコノミクスに対する批判的な主張は、こちらの部分の叙述に表われていると思う。

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