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書籍・雑誌

2019年7月14日 (日)

村田純一「味わいの現象学─知覚経験のマルチモダリティ」(5)~第2章 感覚のスペクトル(3)

2.感覚のスペクトル
(1)自我と世界のコミュニケーションとしての感覚
 ドイツの精神病理学者シュトラウスは『感覚の意味について』のなかで、感覚を認識の観点からとらえる伝統的な見方を批判し、感覚を主体(自己)と世界とのコミュニケーションとして解釈する見方を提起しました。ここでシュトラウスが強調するのは、感覚するとは単に認識することではないという点です。世界と主体は別々にあって、それを認識するというのではなくて、感覚の次元で登場する世界は主体を引きつける力を持った対象や主体を脅かす力を持った対象等価値的性質をもったものに満たされている。つまり、主体にとって、恐ろしいとか欲しいとかいったように対象に対して何らかの関係をせざるを得ないものということでしょうか。したがって、感覚はつねに情動的ならびに身体的自己運動と不可分な関係にあります。もうちょっと詳しく言うと、感覚するという経験が行われている次元ですでに、自我は最初から世界の中に存在し、世界と切り離しがたい相互関係のなかにあるとみなされます。それゆえ、感覚経験は多様な仕方で実現しますが、自我と世界との両極をもった仕方で統一するあり方のひとつとして実現するのだから、感覚の次元を超えたなんらの統合作用(思考のような知的作業など)を必要とするわけではないのです。

(2)感覚のスペクトル
 例えば、焚き火をしている場面を想定してみましょう。我々は、焚き火を前に、その炎の明るさを見ながら、ぱちぱちという燃える音を聞いています。また、炎から発せられる熱を感じ、そして、煙の匂いを嗅いでいます。さらに、やけどをする危険をおかせば、炎に触れることもできます。ここで、見られた火から始まって、聞かれた火、熱を感じた火、嗅がれた火、そして触れられた火まで、感覚様相の違いに応じて、対象の現われ方は大きく異なっています。対象に関しての知識を得るということだけなら、どのような感覚様相を介してであれ、「それは火である」「そこに火がある」という獲得された信念内容、あるいは知識内容は、ほとんど変わることはないでしょう。しかし、生活の中での火の持つ意味を考えると、見られた火と触れられた火とでは、その意味と価値は大きく異なってきます。多くの子供は、やけどを負うことによって、この違いの意味を身をもって学ぶことになります。
 感覚の意味は単なる感覚的性質を意識にもたらすことにあるのではなく、感覚することによって、我々は世界と世界に関わる自分自身を経験するのであり、それぞれの感覚様相に応じて、自己の身体に関して特有の仕方で気づくのです。視覚経験では、相対的に自己の身体との関係が離れてしまうことがありますが、触覚経験では自己の身体との関係は密接だということをやけどの体験が教えてくれます、感覚様相ごとに、世界へのかかわり方が異なります。
 シュトラウスは、感覚によるコミュニケーションのあり方の違いを二つの要因により性格付けようとします。ひとつは、何らかの対象に向かうという意味で志向的要因とみなされ、対象に気づくことが主となります。もうひとつは対象から影響を絞るという意味でパトス的要因と特徴づけられ、自己の身体を経験することが焦点化されます。シュトラウスによれば、これら二つの要因のどちらが顕在化するかによって、そして、両者が結びつく仕方が異なることによって、それぞれの感覚様相の特徴が規定されると言います。視覚に現われる燃えさかる焚き火の火は、絵画に描きたくなるような美しさを示すかもしれません。他方で、不注意に触れてしまった焚き火の火は、苦痛をもたらし、場合によっては命を脅かすことになるかもしれません。このように、視覚に現われる火と触覚に現われる火とは、簡単に同じ対象と呼ぶことをためらわれるような違いを持っています。この違いは、単に対象との距離といった量的な差に還元できるものではない。このような多岐な要因を含んだ個々の感覚様相の間の違いと連関を、シュトラウスは感覚のスペクトルと言います。
 これについた著者は、対象を「いかに」感覚的に経験するかの違いが、「なにを」経験するという対象の意味や価値のあり方に大きな影響を与えていたことを示していると考えられると言います。この意味で、シュトラウスは、「なにを」の契機と「いかに」の契機の不可分性を強調している。このような点で、シュトラウスのあげる二つの要因は、「なにを」と「いかに」という知覚経験の二つの側面に対応していると考えられると言います。「感覚のスペクトル」とシュトラウスが呼んだ構造は、色彩のスペクトルが色相に関してそれぞれ相互に還元不可能でありながら、類似性に関して相互に比較可能な仕方で並べられているように、個々の感覚様相は独立してその意味をもっているというより、感覚様相のあいだで、それぞれ相互に還元不可能な意味をもちながら、志向的要因とパトス的要因との組合せという点で比較可能な連関をもつようなあり方を示しています。
 人間関係にもこのような特徴は意味を持ってきます。視覚の地平の中で、我々は共通して何かに立ち向かうことができるのです。持続を通しての共働活動のあり方が典型例です。それに対して音は、音源から切り離されると、空間を満たし、その場の人々すべてを包み込むことができ、人々を現在という時間的性格を強く持つ共有の体験に結びつける働きをすることができます。他方で、触覚の場合には、直接的な相互性という性格を持つために、共同性を二人のパートナーへと限定することになります。つまり、第三者を排除し閉じられた緊密な関係を作り出すことになります。
 シュトラウスは次のように言います。
 「感覚様相のどれひとつとして、ただひとつの調べをもった系列の中で実現しているわけではない。実際、それぞれの様相において、自我-他者関係という基本テーマが特有な仕方で以下のように大きく異なった様相を呈する。視覚においては持続的なもの、聴覚においては現在性、触覚においては相互性、嗅覚や味覚の領域では相貌的なもの、痛覚においては権力関係といった具合に、それぞれの特徴が支配的になっている。」
 どの感覚様相も、自我と世界とのコミュニケーションというあり方の一側面を示している点で、最初から全体へと結び付けられ、相互に連関しています。世界の中に現れています。しかしそれぞれの現われ方は、あくまでも全体としての自我-世界関係の部分アスペクトであり、それぞれが相互に還元不可能な多様な仕方で特徴をしめしています。シュトラウスは、このような意味での「全体的である」あり方を「非-全体」とも呼び、つねに補うことができ、補う必要のあるあり方をする全体だけが統一しうるのだと述べています。このような点で、シュトラウスもまた、全体がつねに一面的な仕方で現われるというあり方のなかに、感覚様相の違いと連関が成立していると考えています。

2019年7月12日 (金)

村田純一「味わいの現象学─知覚経験のマルチモダリティ」(4)~第2章 感覚のスペクトル(2)

(2)皮膚によって見ること、あるいは音によって見ること
 続けて、グライスの四つの規準の残りについてです。感覚という言葉を人間に限ることなく、動物の場合も含めるとすると、コウモリやイルカのエコロケーションという知覚方法は自ら超音波を発して、それが何かに反射して跳ね返ってくる反響音を聞くことで対象を検知するのとか、ミツバチは紫外線に反応して色を識別したりと、グライスの第二の規準を用いることができないケースが出てきます。
 第三の規準では、視覚は光刺激に対する反応であり、聴覚は空気震動に基づく刺激に対する反応ですが、それが第二の基準である視覚は眼による感覚であり、聴覚は耳による感覚というのを考慮に入れない限り一般には受け入れられない。それは、実際には感覚代替システムという事例がそのことを示しているといいます。たとえば触覚による視覚代替システムという装置では、光刺激を検知するテレビカメラと、その刺激を変換して皮膚に置かれた格子に小さな針の振動する触覚ディスプレイで情報を伝えるものです。眼の不自由な人は、テレビカメラを頭に、触覚ディスプレイを腹または背中に装着して、様々な対象を「見る」ことができるようになります。これを装着した人は触覚ディスプレイは透明化し、視点はカメラからの視点である頭上に移動するそうです。この装置によって可能となる経験は「皮膚による視覚」と呼ばれます。では、この装置は皮膚なのか眼なのかということ、装着者にとってどちらの刺激が決定的かというのは、その人が何を、どのように経験しているかを確認できなければ分かりません。しかし、このような見ることなのか触覚で感じることなのかという一義的に決められるので使用か。むしろ、この場合は技術によって作られた新しい感覚様相と言えるかもしれない。このようにして、感覚様相を定義するには経験の次元が不可欠であり、同時に他方では物理的次元も消して無視できない。ただし、ここでいう物理的条件とは、それらに適応し、それらを刺激という役割や感覚器官という役割、さらには脳という情報処理器官として、知覚経験をもたらす連関に取り入れることができる限りで意味を与えられる条件であり、知覚主体と無関係に特定できるものではありません。感覚代替システムやエコロケーションの事例が示しているように、主体が経験する仕方は主体がどのように外的、内的な物理的条件に適応し、それらをいわば身体化しているかに対応しているのです。感覚代替システムは当初は触覚的刺激を皮膚に伝える装置だったのが、次第に身体の延長と化して、刺激の現われ方も変化し、感覚器官のあり方も変化しました。したがって、感覚器官や刺激の特質等物理的、生理的な条件は、それだけをとれば、どのような経験がなされているかという感覚のあり方を決める上で、決定的な条件になっているわけではないのです。
 これは次のようにまとめることができます。世界がどのように現われ、我々が世界をどのように経験しているのか、というあり方は、我々が世界の中にどのような仕方で物理的、身体的に内属しているのかということと無関係ではありません。無関係ではないどころか、本質的に関係しています。ただしその関係のあり方は、あくまでも「身体的な世界内存在」の一形態として実現するその時々の知覚経験のあり方を可能にするという関係に登場する限りでの話です。このような意味で、感覚を身体的世界内存在のあり方としてとらえる見方は、感覚が物理的世界のなかにどのように実現しているのかについての解明を重要な課題のひとつとしているということになります。
 この議論が示しているのは、感覚を特徴づけるためには、伝統的に取り上げられてきた四つの規準のひとつだけを選ぶ必要はないし、また選ぶことはできないということです。換言すると、感覚は多次元的な仕方で決定されているトム考えた方がよいということです。
 しかしだらといって、事実として長い間ごく自然なものとして理解され、用いられている区分に全く意味がないと思えません。むしろ日常的な経験の中で自然な形で理解されているあり方の中に、感覚の区別と連関を理解する手掛りがあると考えることもできるかもしれません。そうした観点から、二人の見解を次に見ていきます。

2019年7月10日 (水)

村田純一「味わいの現象学─知覚経験のマルチモダリティ」(3)~第2章 感覚のスペクトル(1)

1.感覚の個別化
 感覚をあらわすために、しばしば五感という言い方がなされます。しかし、それは人間に五つの感覚が備わっているということなのでしょうか、それともアリストテレスを嚆矢として感覚を五つに区分するのは説明するのに都合がいいからなので、そうするようになったのでしょうか。
(1)H・P・グライスの四つの規準
 言語学者であるグライスは、「感覚についてのいくつかの所見」という論文で感覚様相を定義する規準として次の四つをとりあげました。①知覚の対象が持つ色や音等が持つ色や音等の固有の性質、②見ることや聞くことなど、知覚経験に内在的に備わる固有な特徴、③光や音波など、知覚を引き起こす刺激の性質、④眼や耳など、感覚器官の種類、といったことです。それぞれの規準を見ていきましょう。第一の規準はアリストテレスの考えにおおむね対応していると言えます。「感覚は、それを介してわたしたちが意識することになる様々な性質によって区別される」。たとえば、見ることは、対象の色とかたちと大きさを持つものとして知覚することとして規定され、聞くことは、対象を音の大きさ、高み、音色を持つものとして知覚すること、などのように規定されます。しかし、たとえば、ものの形や大きさは、視覚によっても触覚によっても捉えることができます。知覚対象としての性質のなかには。ひとつ以上の感覚によって捉えられるものがあるため、対象となる性質を示しただけでは、感覚のあり方を一義的に確定できないということになります。また、逆に疑問も生まれます。たとえば音は、大きさ、高さ、音色によって構成されているわけですが、この三つの要素にそれぞれ異なった感覚が対応しているとみなされることはありません。聴覚は、これら三つの感覚の複合体とはみなされず、ひとつの感覚としてみなしています。それはどうしてなのでしょうか。それは第二の規準と関係してきます。この規準は経験に備わる現象的性質とかクオリアと呼ばれているものに相当するものです。しかし、たとえば、見ること、ないし見ているという「感じ」し、嗅ぐことないし嗅いでいるという「感じ」とを、見られたものや嗅がれたものへの言及なしに区別することができるでしょうか。経験の内的性質を捉えようとしても、そこで見出されるものは、刑権に現われた対象のあり方であり、対象の性質と区別された内観的特徴を見出すことは容易ではないのです。そこで、グライスによると、結局のところ第一の規準と第二の規準は同じことで、それぞれが独立して働くことはなく、不可分でありながら、他方では両者の区別の可能性も認めています。そのことによって第二の規準の重要性を主張します。著者は、グライスが取り上げているのは、結局は、知覚における「なに」の契機と「いかに」の契機を独立したものとみなすことはできないことだと言います。第一の規準と第二の規準は独立しては意味を持たないのであり、感覚を特徴づけようとすると、感覚されるものと感覚することという密接に関連した二つの要因を必要とすることになります。

2019年7月 7日 (日)

村田純一「味わいの現象学─知覚経験のマルチモダリティ」(2)~第1章 知覚のマルチモダリティ

1.マルチモダリティを示す諸現象
 まず最初に概念規定から、マルチモーダルとクロスモーダルを区別します。クロスモーダルという言葉は、異なった感覚様相に属する現象同士が相互作用する点を強調する場合に用いられ、マルチモーダルという言葉は、ある知覚現象が、ひとつの感覚様相で規定しうるものではなく、根本的に多くの様相が連関して成立する総合的な現象であることを強調する場合に用いられている概念です。しかし、結局は、同じ現象のどのような特徴に注目するかによって、二つの言葉づかいが分かれるようなものと言えます。
 著者はいくつかの事例を取り上げて説明していますが、錯覚という現象に注目することになります。ゲシュタルト心理学の場合が典型的ですが、知覚現象の特徴を示すために錯覚現象が用いられてきました。ゲシュタルト心理学は、全体が要素の和に還元できないことを示すために、例えば、カニッツァの三角形のように、図形の配置の仕方に応じて、実在しない輪郭が「見える」現象が取り上げられます。個別的な感覚様相のたんなる和としては説明できず、全体として新たな特徴が生じることを印象深く示すものです。ゲシュタルトの原理は、錯覚現象の説明に用いられるだけでなく、日常的な知覚現象の基本構造を形成する原理とみなされています。マルチモダリティも同じように原理としてみることができるのではないか、これが本書のテーマです。
2.メルロ=ポンティ/ヘルダーのテーゼ
(1)メルロ=ポンティのテーゼ
 メルロポンティの描く視覚世界は、けっしてひとつの感覚様相によって近づきうるような世界ではなく、本質的に、相互感覚的でマルチモーダルな性格を持つ世界です。したがって、そのような世界を知覚する主体の側も感覚様相が別々に機能し、異なった感覚様相から多様な感覚が与えられ、そのうえで、それらを思考の働きかけがまとめるようなあり方をするのではなく、感覚の次元ですでに、異なった様相同士が交流するようなあり方をするとみなされています。
 以下に、代表的なテーゼを引用しています。
 「単独の感覚による知覚経験というものが考えられるとしても、それは分析の結果、成立する根源的な知覚においては、触覚と視覚との区別は知られてはいない。人体についての科学が、そのあとで、われわれに、われわれのさまざまな感覚を区別することを教えるのである。体験された物は、さまざまな感覚所与をもととして、再発見されたり構成されたりするのではなく、それらの感覚的所与が輝き出る中心として、一挙に示されるのだ。れわれは対象の奥行きや、ビロードのような感触や、柔らかさや、硬さなどを見るのであり─ソレトコメカ。セザンフに言わせれば、対象の匂いまでも見るのである。」
 つまり、物は最初から、相互感覚的あるいはマルチモーダルであり、感覚の多様なあり方は統合された全体の中で一挙に捉えられる。
 「単独の感覚による知覚経験は実在を示さない。もしもある現象が─たとえば、反射光にせよ風のかすかなそよぎにせよ─、わたしの感官のひとつにしか与えられないならば、それは幻影にすぎない。それが現実の存在に近づくのは、たとえば風が激しく吹き荒れて、風景の動揺として眼に見えてくるときのように、この現象がたまたまわたしの他の感官にも語りかけることが可能になる場合のみだろう。」
 もし視覚にしか現われないような対象があるとすれば、それは幻影だと。実在として受け取れるのは、その音が聞こえ、匂いを感じさせるとだ。
 「物が相互感覚的統一体であるのと相関的に、知覚者の側でも、それぞれの感覚器官は最初から統一し、共働するような仕方で統合されている。相互感覚的な対象が視覚的対象に対するのは、この視覚対象が複視の単眼像に対するのと同じであって、二つの眼が視像のなかで協力するように諸感官は知覚のなかでたがいに交流し合うのだ。音を見たり色を聞いたりすることが実現されるのは、まなざしの統一が二つの眼を通して実現されるようなものであり、それというのも、わたしの身体が並置された諸器官の総和ではなく、その全機能が世界内存在という一般的運動のなかで取り上げ直され、互いに結び付けられているひとつの共働系だからであり、実存の凝固した姿だからである。」
 複視の事例をモデルにして複数の看過器官の連関するありさまを説明しています。知覚の統合は思考によるものではなく、視線の向け替えという身体的行為によることだとしています。したがって、メルロ=ポンティによれば、感覚とは相互感覚的に成立する全体としての身体的な世界-内-存在の一形態だということになります。それらを踏まえて、著者はメルロ=ポンティのテーゼを次のようにまとめます。
  Ⅰ:私たちの知覚経験は、基本的にはマルチモーダルないしは多感覚的である。
  Ⅱ:知覚経験の対象はマルチモーダルないし多感覚的性格をもつ。
 このテーゼに著者は、ひとつの問題点を指摘します。ふつう我々は知覚経験を理解するときに、それが視覚なのか、聴覚なのか、あるいは触覚なのか、区別がつかないような仕方で経験しているとは思っていないからです。例えば、ガラスが割れるときに、その出来事が現われるあり方は、視覚によっても聴覚によっても、そして場合によっては触覚によっても捉えられますが、だからといって、感覚様相の区別がつかなくなるような仕方で経験しているとは思わないでしょう、ガラスが割れるのを見ることと、その音を聞くこと、さらには、割れたガラスの破片で手に怪我をして痛みを感じる場合などを比較すれば、経験の仕方は大きく違ってきます。つまり、一方では、日常的知覚経験は基本的にはマルチモーダルです。しかし他方、それぞれの知覚経験は、感覚様相に固有のあり方を示しており、それらを他の様相へ置き換えることはできないのです。
(2)ヘルダー/ウェルナーのテーゼ
 ヘルダーは言語の起源を神の創造という見方を批判し、他方で動物の鳴き声のみを起源とする見方も批判しました。彼は、人間には動物には欠けている理性が備わっているとし、この理性の働きが言語の働きに現われていると考えました、その理性の働きとは、人間に備わる感覚的生のあり方から切り離されているのではなく、感覚的生のあり方と共働して言語を生み出すと考えました。その理由をヘルダーは次のように説明します。言語の発生の原初形態は、音声と対象との結びつきにあると言います。かれによれば、言語の発生の原初的、音声と対象との結びつきにあるといいます。例えば、羊はいつもメーメーと鳴くので、我々はメーという鳴き声によって羊を特定できるようになると言います。つまり、「メー」という音声が対象の標識の役割を持つようになり、ここに言語の原初的形態が成立するというのです。しかし、すべての物が音声を発するわけではなく、ヘルダーは感覚の根底には触感(触覚的感覚)があり、この他の感覚と緊密に結びついていて、そのために単に見られるだけの対象も、触感を通して聴覚的要素と結びつき、原初的言語を獲得することができるといいます。
 ヘルダーは、感覚相互の結びつきは人間にとって不可避なものであることを強調します。しかも、その結びつき方は、理性によって理解できるようなあり方をするわけではないのです。しかも、理性を形成する言語が、その非理性的な感覚に基礎付けられているというのです。
 一方、ウェルナーは『発達心理学入門』で原始的な心的活動の特徴を未分化な複合的性格に見出しています。次のように言います。
 「見る、味わう、嗅ぐといった個々の感覚領域は、原始的水準では未分化で、それらのあいだには非常に密接な関連があるように思われる。通常の心理学では<共感覚>という用語を、ある特定の刺激が、それに特殊的に対応した刺激を引き起こすのにとどまらず、その感覚と複合をなしているほかの感覚をも引き起こすという意味に用いる」
 ウェルナーは、このように述べた上で、共感覚が成立する条件を取り出していきます。ここから著者はヘルダーにもどり次のようなテーゼにまとめます。
 Ⅰ:マルチモーダルである感覚のあり方は感覚の未分化という根源的、原初的なあり方を示しており、分離したあり方は、未分化な根源的、原初的なあり方をもとにして、そこから発達し、分離・抽象が進んだ結果である。
 Ⅱ:したがって、大人の日常的な知覚において原初的な<共感覚的>知覚を実現しようとするには、一定の条件のもとで、原初的なあり方が再生されねばならない。
 ここから、我々の知覚経験がマルチモーダルであり、個別的様相を示しているという二つのあり方は、知覚の発達段階の違いに対応するということで矛盾を解決できることになります。しかし、これでは不十分だと著者は言います。そこで、月からは、日常的感覚に見られるこの特徴を考えるために、感覚様相の分離がどのような特徴を持つかを見ていくことになります。

2019年7月 5日 (金)

村田純一「味わいの現象学─知覚経験のマルチモダリティ」(1)~序章 味わうという多次元的で相互浸透的な経験

 最初に、これから議論していくキーワードの概念説明を行なってくれます。
a.五感
 五感とは、言うまでもなく、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五つの感覚です。そして、これらの感覚は、それぞれ眼、耳、鼻、口、そして身体を覆う皮膚といった感覚器官を通して感覚していると考えられています。これら、それぞれの感覚は独立して働いていて、それぞれの感覚の特徴である光や振動といった特定の刺激にのみ反応する特定の感覚器官があって、それぞれの器官から受け取った情報を伝達する特定の回路が脳の特定の部位に情報が到達すると視覚意識や聴覚意識が成立すると考えられています。これは感覚の恒常仮説と呼ぶ分析の便宜ということができるとして、著者はさらに広く要素主義という言い方をします。そして、この著作は要素主義批判を、その主要なテーマとしています。
b.知覚経験のマルチモダリティ
 著者は、五感と呼ばれる各々の感覚が単独に働くのではなく、相互に影響を及ぼしあったり、あるいは結びついたりして働くものであると言います。例えば、風邪を引いて鼻が詰まってしまったときには、食べ物の味が分からなくなる経験をした人は少なくないと思います。あるいは闇鍋などといって暗闇の中で食事をすると、何を食べているか分からないだけでなく、味も分からなくなるという経験をすることがあります。このような経験は、味の味覚経験が、嗅覚や視覚と密接に結びついて成立していることを示しています。じっさいのところ、我々が味覚として意識している内容の大部分は嗅覚に基づいていると言われています。これを著者はマルチモーダルな多感覚現象という呼び方をします。
c.味わいの経験
 例えば、我々が通常食べ物の味として理解しているものは、狭い意味での舌のせんさーに基づく味覚のみによるのではなく、味覚と嗅覚が相互作用した結果として成立する風味と言う。こういう言い方にも要素主義がふくまれていると著者は言います。つまり、風味を感じるという言い方については、味と匂いの相互作用ということになります。その場合、それぞれの感覚器官では味覚や嗅覚に対応する刺激がそれぞれ別々に生じていて、その刺激がそれぞれ独立に脳まで到達したのでは、風味のような新たな感覚的性質の知覚は生じないので、脳のどこかに両方の径路が交差して相互作用が生じる場所がある。そこで相互作用としての風味が成立する。そういう言い方です。これはデカルトの松果腺を介した精神と物質の相互作用という神話的な語り方の再現にとどまると言います。著者は、これに対して、味や匂い、そして風味を感じるのは脳のなかではなく、口の中の食物の性質としてといいます。つまり、食べ物を口の中に入れてから、口の中で舌や歯を使って咀嚼し、飲み込むまでの味わいの過程として実現する経験が、口を中心として、様々な感覚をフル活用することを通してひとつの対象の味を味わっている、マルチモーダルで多感覚的な過程であるということになります。
 このような味わいの経験をモデルとして近く経験を考えるとすると、知覚経験は五感をフルに活動させてはじめて成立するものだということになり、知覚の主体とは、そのような五感を兼ね備えた主観、つまり、五感を統一的に備えている身体的存在ということになります。
さらに進めると、知覚の対象は、主体に対峙したあり方をしているのではなく、主体とのかかわりのなかでその姿を現わすあり方をしているということになります。生態学的心理学で用いられる言葉を使うと、知覚の対象はアフォーダンス(行為との不可分な関係をもつ性質)を備えたものとして現われてくるということもできます。このとき世界は、知覚主体がそのなかで活動しうる場として現われており、この意味で、知覚経験とは、知覚主体が身体的な世界内存在を実現しているあり方を示すものだと考えることが出来ます。
d.知覚と感覚
 知覚と感覚についてのオーソドックスな見方のひとつは、知覚は下界の認知のあり方を実現する機能であり、感覚は対象からの情報を受け取り、知覚の働きに材料を提供する役割を果たしているというもの。著者は、これらを一定の認識論的関心や存在論的関心に基づく、例えば要素主義を前提とした見方としていて、本書では、そうではなくて知覚と感覚は同じひとつの経験の二つの側面を表現する言葉であり、知覚経験を問題にする観点の違いに対応する言葉として用いるとしています。
 例えば、焚き火を囲んでいるような場合を想定してみると、目の前の焚き火は赤々と燃えながらかたちを変えるという姿をとり、ぱちぱちと音を立て、煙の匂いを発し、さらには、暖かさが感じられ、場合によっては火の粉が飛んできて熱さややけどしそうな痛さも感じたりするかもしれません。これらの多様な現われ方は、視覚、聴覚、嗅覚、触覚などに区分されるかもしれませんが、どれも火の知覚です。したがって、火を異なった感覚として区分する場合には、何を知覚しているか、だけでなく、どのように知覚しているかを問題にしています。このどのように知覚しているかというあり方に対応する特徴を感覚的要因と著者は呼びます。知覚は、何をという要因とどのようにという要因のふたつの要因ないと局面(アスペクト)を持っている経験と言えます。
 このような仕方で感覚を理解することは、分析的に特徴を捉えるというのではなく、知覚経験あり方に即して、その「いかに」経験されているかが示す特徴を捉える試みです。それを著者は現象学と捉えます。つまり、経験の対象そのものを、対象の現われ方、つまり経験の中で対象がいかに現われているかを問うことにあるという方法です。
e.生態学的現象学
 本書は、フッサールやメルロ=ポンティの現象学とギブソンなど生態学の両者の見方にもとつづいています。
現象学では「世界」という言葉が使われる場合には、まずは、我々が日常生活をそのなかで送っている世界、それかぜ知覚世界として現われている。他方で、我々になじみのこの知覚世界の現われ方も、原生人類が世界へ適応する長い歴史の中で獲得してきたものであり、さらには、人類が誕生する以前からの長い生命進化の歴史の過程を経て獲得してきたものです。この意味では、現在、我々が享受している多様な感覚を通して現われる世界のあり方は、生物としての人間が世界にどのように適応してきたか、そして現在、適応しているか、そのあり方を色濃く反映したものになっているということができます。
f.射映と注意
 われわれの体験する知覚はマルチモーダルだというのが本書の基本テーマです。しかし、同時な我々は自らの知覚経験を表現するときは、見るとか聞くなど、個別的な感覚様相に対応した言葉を用いています。つまり、知覚経験は基本的にマルチモーダルでありながら。他方では個別的な感覚様相のもとで経験され表現されています。この二つの側面について、本書では味わうという経験を典型例として取り上げてみていくことになります。食べ物を味わうプロセスでは、全体としてはマルチモーダルな特徴を持つ食物が現われながらも、その都度視覚的様相や嗅覚的様相の側面に注意が向けられ、ほかの感覚様相の側面が隠れる、といった具合に経験がすすんでいくと表現してもいいのではないかというのです。このモデルをフッサールの射映概念の拡大版として用いています。似たような概念に注意という志向性という性格を反映した概念もあり、これらを用いて感覚様相の区別と連関を捉えようというのが、本書の議論です。

2019年6月15日 (土)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(16)~第15回講義 「私」の残り香─バイオグラフィーの生理学へ

 著者は、まとめに入ります。
 語りは第二の人生を約束する。しかし、この約束は、第一の生における「信」に裏打ちされているといいます。自分の有限な生が終わったあとも、誰かにそれが届くだろうと信じることで、私たちは書くということを動機づける。自分自身が他者のそのような思いを受け止め、数多くの死者の証言者たらんと考えてきた人間であればなおさらです。そのようにしてストーリーの世代的な連鎖が生まれ、伝統やヒストリーが形作られていきます。ただし、このような各自の自己認識は、それを可能にするのが、ある種の過剰さであり、そこには歪みや暴力性を内に持っています。本書の中でも、「あなた」を「私」が一番よく理解しているという思いは、死者を死者として葬送するのに寄与するのではなく、死にきれない亡霊となって「私」に取り憑き、「私」の生命を脅かし、さらに周囲を巻き込む。他方で、危機的状況にある国家がそのように亡霊の回帰を、国民全体が問答無用に受容すべきものとして制度化し、ひとつのストーリーに固定化した上で大々的に利用することも本書では確認しました。それは、「私」が「あなた」を見るのと同じように、「あなた」は「私」をみなくてはならない、という鏡の論理です。
 そんな中で、著者は本書を通して強調したかったこととして、自分について語ること、その告白の営みは、自分の生についての危機意識に端を発しているということです。それは人の無意識的な心身のメカニズムのみならず、バイオグラフィーの歴史的な出自にも由来するものです。告白を告解として、はじめて制度化したキリスト教徒たちしは、社会全体がある歴史的岐路に立っているという危機意識を共有していました。極端な言い方をするなら、人は誰でも、はっきりと正体を同定できないような様々な「亡霊」を内に抱え、様々なストーリーに巻き込まれており、そしてそこから、そのひとらしさだけでなく、その人の生き方そのものが発現してくる。フロイトが健全なる自己愛と位置付けた自我理想ですら、他者から愛されているはずの「私」という幻想を「私」があいさねばならない、という入り組んだ構成をしていました。そこにはそもそも、そのように愛してくれた他者はもういない、という裂け目が刻み込まれていました。野坂昭如には、この構図が逆さまになった形であらわれていました。幼い彼を突き動かしていたのは、愛されてもいない自分について、他者たちが何かをつぶやいており、それに聞き耳を立て、愛されている自分を演じ、自己物語化し続けねばならない、という衝動でした。ストーリー構成自体が空虚さを抱えながら、それが自分の唯一のアイデンティティである以上、バージョン違いの「私」をその都度再生産しなければならない、そういう思いが、首尾一貫して彼にありました。空襲を契機とした家族神話の瓦解というカタストロフィーを生き延びた彼は、この構図が再度逆転し、グロテスクなまでに破綻した家族を自伝的に描き続けました。
 これらのように、自分をどう語るかということは、その人が自分を構成する無数のストーリーとどう折り合いをつけてきたか、それらをどう消化し、どうその消化に失敗したかを証言します。
 著者は、「消化」といい「昇華」とはいいません。昇華は知性化、言語化と同義であり、それは自分の悩みを第三者のように語り、かえって問題を隠蔽する傾向があるというのです。そういう姿勢から、テクストそのもの、とくに自己についての語りの内に、その人が自己自身や他者とどう付き合い、どう関係を築いてきたか語り手が様々なストーリーを消化し、我が物にする過程が透けて見えてくる、と言います。それは、言葉の問題を身体の問題に、文学を科学に還元することとは違う、臭いものに蓋をするという慣用句を持ち出すと、言葉は「蓋」のようなものと言えます。それが言葉の持つ志向性だと著者は言います。そして、蓋をするという構造自体に、なにがとかの臭いものを感じてしまうと言います。
 しかし、近代以降、蓋が閉められ、その無数のストーリーが細分化し、人は他人事のように遠目に眺めて観察するだけになる。蓋である言葉が独り歩きして、人は物神崇拝的な志向で、無数に細分化されたストーリーは観察するだけなら陳腐なパターンで、人はそれら相互のこまかな差異に一喜一憂する。消化から消費への変質と著者は言います。その行き着く先は、言葉という記号は操作が可能です。その例がメディアによる幻想です。メディアの供給する記事はセンセイショナリズムになりがちです。政治の腐敗、経済の行き詰まり、人々のモラルの瓦解…。ある事件が報道され、すくざま、これは社会の病理を象徴する事件ではないか、とコメントが付せられたりします。すでにそこでは、破局が現実として想定され、イメージされ、先取り的に消費されています。商品としてのカタストロフは、現実より現実らしい意味内容によって、何も起こらない私的空間にいて、かるか遠くでの出来事と視聴者に思わせる。そのストーリーは一方的に編集され、例えば、テロの場合、テロがどういう政治的背景などといった抽象度の高い考察内容ではなく、まずもって傷つけられ殺された犠牲者の生々しい顔や声を取り上げ視聴者の義憤を惹起させる視聴者の興味は犠牲者の救済に集中することになります。義憤は問題となった全体ではなく、矮小化され感情的な反応として収まります。いわゆる感動ポルノです。カタルシスを味わった視聴者は後味を残すことはない。
 「私」のうちに内面化された道徳的な価値体系を超自我と呼ぶなら、社会の変化とともに、その内実も変動するものです。まず、だれもが共通して尊敬したりする際立った英雄的個人や権威ある国家がそうでしたが、それが不在となったのが現代で、その後に来るのは自閉的なタコツボが乱立する社会です。そこでは身内にだけ通じるルールが盲目的に守らされると不寛容な、融通の利かない社会です、それは法体系のような抽象度の高い象徴性というより、記号的に消費可能な身体イメージへの執着によって特徴づけられます、つまりは、いまの快適な生活を変えたくはない。その究極は、「私」は予め敷かれたレールを外れないように歩いて、最小限の物語を消費するだけでよいということになります。それでよいのでしょうか。
 「私」もそうでしょうが、人ならではの消費行動には、ある種の余剰物から生まれた、生存には必ずしも必要でない余剰から生まれるところがあります。人間が作り出さなければ歴史はないのです。記憶、思い出とは、生物としてのヒトから逸脱した人の人生に伴う根源的な灰色の領域です。だから「私」は「私」のものか判然としない無数のストーリーを、「私」に宛てられたメッセージとして読み、その灰色の領域に、あえて自身を巻き込まれるようにする。それは慣れ親しんだ土地から放逐されることになるかもしれません。正気を失ウものもいれば、他者の苦悩を少し覗いて知った気になって、そのノウハウを摂取して「成功」する人もいます。人は誰でも何かについて当事者であると同時に、それ以外については非当事者で。それ以外の領域が圧倒的に多い。そういう自覚のもとに生きています。それなのに、なぜか知らない土地に行こうとしたり、知らない者たちのストーリーに共感して、毒とも薬ともわからないそのストーリーを自分のものとして飲み込んで、自分なりに租借、消化しよとする。それを、見たこともないような他者に向けて託そうとする。
 かなり、期待した内容とはすれていて、内容はいいのですが、ロジックの飛躍というのが、筋があちこちに飛んでいってしまう構成で、しかも、筋が展開するというのではなくて、あちこちに飛んだものが、ぐるぐるまわって、最初のスタート地点にいる、と言う印象です。ロジックというよりレトリックなのか。なんとなく、言いたいことがあるようなのだけれど、整理されていない、というより整理以前の形になっていない印象です。だから、下手をすると、このなかで著者自身が批判をしている安易な感動ポルノとして読まれてしまう危険もある。私自身、そういう読み方が楽なので、そういう方向にひきずられつつ読みました。

2019年6月14日 (金)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(15)~第14回講義 ふつうで自然な「私」─バイオグラフィーとバイオテクノロジーの未来

 この著作で述べられてきたのは、「私」を「私」にする、「私」以外の他者とは何(誰)かということであり、またこの他者との関わりがどのように言説化され、制度化され、ある種の暴力の場として機能してきたかということです。しかし、他者なしで「私」のアイデンティティが成立しないことをどんなに多角的に検証しても、「私」は「私」だと、その同一性に執着できる、強力な論拠がまだ残されている、それが「私」の身体だと著者は言います。
 著者は言います。自己の身体以上に、交換不能のものがあるでしょうか。「私」の身体は「私」にしか動かせず、ちょっとした仕草や食べものの好み、身体機能から性癖にいたるまで、誰よりも「私」がよく分かっており、生誕から死まで、「私」の最も身近な隣人、というより、「私」そのものであり続けています。私たちは、他者になり替わって痛みを経験することはできません。
 しかし、このような常識を揺さぶる出来事は20世紀の後半に次々と生起します。例えば臓器移植です。これは身体の交換不能を否定し、生命の部分化・資源化・共有化が始まりました。「私」の身体を「私」が独占するものではなくなった。他方で、「私」の身体の死も誕生も脱自然化が進んでいます。そこでは、人工授精による両親のいない「私」、クローンによるコピーの「私」ができる。さらに、遺伝子レベルの操作や診断によって、生まれてくる人間の人為的な改造、あるいは障害などの可能性のある胎児の堕胎といったことができてしまう。そこでは、あらかじめ異常者を排除するという優生学的な風潮が広まってきていると著者は指摘します。それは、例えばオルダス・ハクスリーが『すばらしき新世界』という近未来小説で描いたディスとピアのような均質的な世界に近づいているように見えます。
 20世紀の社会は、例外でないこと、不自然さや異常性が認められないこと、平均値に近いこと、要するに「ふつう」であることが、そのまま個人の自然さを保証する指標となっている。しかも、それはそうであるのが当然という、イデオロギー的な自明さとなっている。ふつうであること、すなわちすべてにおいて、自分自身のことでさえ第三者のようなまなざし、観察者の視線から気を配り、その状態を逐一覗き見し、大きく逸脱していないことに安堵する、そういう、第1回講義の『何も者』の登場人物がまさにそういう人間です。
 なにか、本書の議論は最初に戻ってきてしまった、かのようです。

2019年6月13日 (木)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(14)~第13回講義 スピリチュアルな「私」─変容する非日常

 愛を通し集団内の連隊が強まるケースとして軍と教会が突出しています。戦争と宗教です。そしてどちらの場合も、集団を共通のミッション向かわせるうえで、ある模範的な個人の物語が共有されるという構図を見出します。そこでは、感情の錬金術ともいうべき、弱者へのいつくしみが、別の弱者の殺害の無条件の肯定へと容易に反転してしまう。愛が戦争の道具として用いられる。宗教についてはどうでしょうか、著者は、現代の日本において、スピリチュアルという分野に現れていると指摘します。
 著者は書店のスピリチュアルのコーナーを見た感想として、それらにある共通な傾向として自己愛を見つけ出します。しかし、それが提示するのは、他人は他人、自分は自分といった孤高を貫く、抑制の取れた自律的主体ではなく、「私」はこうやって成功した、だから「あなた」もという愚あの呼びかけです。三人称の広く公共的な読者に訴えるのとも違う、仲間内に囁くようななれなれしい感じで、読者が同意することを最初から決めてかかっている。そこには、単純な物語への志向がある。単純ということには、割り切り方がはっきりしているということが含まれます。これさえすればいいんだ、あとは何も恐れなくていいんだ、そういう恐るべき飛躍や省略を簡単に成し遂げる愚直さです。ためらいもなく、寄り道もせず、一つのことに徹底して取り組むという潔癖さでもあり、案の定それは、自分が正しいことをしているという確信を育てる温床ともなるものです。そして、単にテキストを読むのではなくて、そこに書かれた物語や教養を実践するということになると、そのような発想の単純さは、むしろ無制限の力を約束します。意にそぐわないものをことごとく「悪」と断罪する、極端なまでの党派性がそこから生ずることになるのです。
 島薗進の『精神世界のゆくえ』によれば、伝統宗教との違いを次のように分析しています。伝統的な宗教は救いをめぐる回心の体験が核心的な異議を持つのに対して、スピリチュアルでは癒しをめぐる自己変容体験に関心が集まると見ます。救済から癒しへという図式は宗教的経験の個人化を物語っています。つまり、救済が主張される場合、社会の成員が持つべき危機意識(この世は苦しみに満ちている、とか)があり、そういう意識が共有されているという意識自体が、いわば同じストーリーによって貫かれた運命共同体の形成を促します。回心という心の変革もまた、めいめいが勝手にやればいいというものではなく、共有すべきルールや教義に各自が従いつつ、ある種の超越、非日常性への道筋をきちんと辿ることが求められます。共有という前提があるからこそ、体制や体系となって制度が整備されている。これに対して、スピリチュアルの癒しや自己変容は、それぞれの成員が持つ心の悩みの解消、あるいは心構えそのものの変革を目指すという点で、最初から個人に焦点が当たっています。もとめる超越は外部ではなく、すでに自分の内部にある。このような内部への沈潜は、変わるべきでない自分、否定する必要のない時分と出会うという様相を帯びています。従って、自己変容は、変容しなくていい自己を発見し、これを肯定するプロセスです。だからこその癒し。ここでの日常から非日常へと突き抜ける救いとは違い、癒しは非日常のツールを用いて日常に回帰し、その色合いを変えてみせる。そのカタルシスだけで良い。
 そうであれば、このような癒しは回復であって、そこに根本的な意味での変容はない。ここには、日常に相対する形でイメージされていた非日常そのものがもはや存在しないで、日常がそのまま、非日常的なレベルにまで引き上げられている。そこで、著者は、日時用途非日常について考えを進めます。つまり、現代の傾向として、非日常がどこまでも日常の文脈の延長線上にある。つまり、非日常は日常の質的ではなく、量的な変化として現われるものとなっている。これは同時に非日常に通ずる日常自身が量的なファクターにより構成される度合いが高くなってきているということになります。歴史や政治、スポーツ、戦争までも情報化・映像化され、事態を粘り強く多角的に捉える正確さよりも、たたみかけるように人を感動に導くストーリーの単純さが、持続性よりも即効性が、自由よりも安心が、「そもそもそれが正しいかどうか」よりも、「今の私にそれが気に入るかどうか」が優先される。
 ドイツの哲学者リュディガー・ププナーは、非日常がダイレクトに日常化される現象を「生活世界の美化」と呼んでいます。古来、神々との交流といった非日常の経験は宗教的な儀式、例えば祝祭で、共同体が営むものでした。そこでは、普段の生活世界を貫く意味づけ自体が棚上げされ、ある種の例外状態が享受される。柳田國男の言葉を借りればケとハレの位相転換です。しかし、伝統的な宗教文化の衰退とともに、ハレの崇高さは喪失する。ベンヤミンが述べていたように、芸術の礼拝価値は展示価値に移行し、非日常の意味喪失に伴い、その分非日常の「見える化」が生じる。モノや商品、キャラクターという形で神的なものが日常に氾濫するわけです。芸術家自身も神殿から為政者の住まいへ、ブルジョワのサロンへ、そこから美術家や劇場、そして町の通りへと活躍の場が広がる。創造行為はよりポップに、刺激的に変質していく、ついには芸術と非芸術との障壁も取り払われ生活世界そのものが劇場と化す。興味深いことに、ププナーは、なし崩し的に展開される芸術の大衆化によって、芸術はより真面目になる、と論じます。軽薄さや無意味さ、猥雑、頽廃、超現実的なエレメント、要するに形而上学的な残滓を残す「遊び」の部分が退けられる。というのは、現実を棚上げする余地がもはや存在しない以上、私たちは芸術に、日常的現実を改善する役割を、あくまで日常の論理に沿った仕方で求めるようになるからです。役に立たないものは芸術でない。つまりも日常化できないものは非日常ではない。
 彼岸、つまり非日常ですね、を喪失した宗教、スピリチュアルは、私たちがこの世で経験する様々な苦悩の受け皿として、一種のセラピスト的なものになってきている。それに伴って、社会そのものがそうなってきている、個人的様相を帯びて、具体的には社会問題として括られるテーマが個人の悩み、個人の苦しみという枠組みに基づき描きだされるようになる。法整備や社会的インフラの充実、問題の多角的理解など、解決のために必要な構造的で抽象的な視点が考慮されず、個人が具体的に悩む姿にダイレクトに焦点が当てられ、とにかく彼の傷ついた感受性を癒すことが優先されるということです。「あなた」がどう傷つき、そこからどう立ち直るかという個人的ストーリー以外、社会が「あなた」に向ける興味関心はなくなる。誰もが他者のプライベートな苦しみを見たがる。ここで奇妙なことにバイオグラフィーそのものがマニュアル化してくる。苦しむ「あなた」がどう悩み、立ち直ったかという感動的なストーリーを一定程度予測し、期待している。
 かつてアウグスティヌスの自己探求が、構造的に言ってあくまで神からの啓示に依存していました。キリストは苦悩に対してセルフヘルプなんていいませんでした。それに対して、近代以降になると、最終的に頼りになるのは自分自身、要するに本当の「私」を見出せる、自分好みの「内なる神」だと考えるのです。
 この著作を読み進めてくると、最初は文学的、哲学的だったのが、社会学的にかわってきました。すりかわってきたというべきなのでしょうか。ちょっと違うかな、という印象です。

2019年6月12日 (水)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(13)~第12回講義 よく代弁者とは─灰色の「私」

 集団的アイデンティティの最も強固な心理的な支えは「愛」に他ならないと考えたのはフロイトです。ここまで、この本での講義は、まさにこのテーゼの傍証を与えているように見えます。アウグスティヌスの隣人愛しかり、ルソーの博愛主義しかりです。しかし、他方で、性愛に精通しているフロイトだからこそ、彼は悲哀=葬送を通したあきらめの重要性を繰り返し説きました。幼児の精神的発達というイニシエーションを経由することで、人は自立した大人になる、というわけです。いうまでもなく、これは性愛関係の体制的変化─無制限に愛される「はず」の自分から、他者も愛する自由と責任を有したリアルな自分への─を意味するのであって、冷血漢やニヒリズムになることを勧めているわけではありません。感情やストーリーの共有は手放しに肯定できる事態ではなく、むしろそれはときに、心に刷り込まれた幻想の他者への過剰な依存へと人を導く、とフロイトは考えます。そのような幻想への固着は、外から見れば、頑なな自己への固執として映るでしょう。しかしそこをよくよく覗き込んでみれば、自己が欠けていることに気づきます。あるいは、常に「私」を導くはずの幻想─それは身近な具体的他者の場合もあれば、コードや大義という形で教条化されたイデオロギーの場合もあります─によって肝心の「私」が剥奪されている、ということが判明するわけです。だからこそ、「私」を欠いた人間は、容易に他者を巻き込み、エゴイズムの自覚なく、他者のうちに自分の見たい「あなた」を発見するわけです。
 この矛盾の極端な制度的形態を、私たちは、個人という存在を決定的に蔑ろにする戦争、及び戦時期に作られる物語を通した個人礼賛に見ました(例えば山本五十六や軍神、銃後の母)。これはある意味では、近代国家のコンセプトそのものから導出された論理的帰結だったとも言えます。というのはもいざというときには自己の存在を否定できる者こそよき国民であるという教え、つまり滅「私」というコードが予め銘記された「私」を愛せよというパラドクスを、あらゆる国民に自発的に受け入れさせることが、国民が主権者である「はず」の国民国家の課題だったからです。個人に対する国家の関係は、あからさまな力の行使という外的な形態としてのみならず、それ以上に、道徳教育や文化的啓蒙活動といった諸制度を通した国民の内面の醸成という長期的な働きかけとして現れたわけです。
 しかし、戦時下の日本では愛の証明が欠けている。奇妙なまでに不均衡で非対称な関係にありました。常に愛される側にのみ責任が生死を賭けて課されました。天子様のために命を犠牲にすると、しかし、愛する側である天皇は、その愛を伝えることはなかった。それは丸山真男が指摘したように無責任の体系という、著者の言では愛の底が抜けていた、ということになります。一般化して言うと、あなたを愛しているのは他ならぬ「私」だと、その絆の証明が最終的に帰責するはずの主体を自認する者はおらず、存在するのはただ、正体を見たこともない他のものの代理人の置かれた者たちだけということです。前回の講義では、男以上に男の論理を代弁し、これを自分の子らに教育する母たちについて考察しました。夫を失った被害者であるはずの彼女たちを、誉れ高き犠牲者の連れ合いとして称揚し、さらなる犠牲者の提供へとけしかけるメディア戦略は、美談として人々に広く受け入れられました。この美談はパターン化されており、陳腐だとさえいえますが、論理の陳腐さは、非力さを意味しない。戦争という大規模な総動員体制の前では個々人が無力であるように、愛国心という美徳の代弁者の数を最大化するという方法の前では、身内の詩に対する素直な悲しみの声は、たやすく掻き消されてしまうわけです。
 このような声を掻き消すという悲惨な例として著者はアウシュヴィッツの事例を思い起こします。アウシュヴィッツの死者たちは、ガス室で身を滅ぼされる以前に、生きている段階で、声を出す手立てを全て奪われていました。戦争ですらない、民族全体の殲滅、大量虐殺という史上稀に見る蛮行を生き抜いた生存者たちが、死を回避したというその幸運によって、永遠の沈黙の暗闇に沈んだ者の代弁者たることを運命づけられることになります。歴史の「真の」当事者たちの声を直接聞けないということ、その声が代弁者の声によって二重にも三重にも上書きされ、事後的にストーリー化され、その物語に対して、私たちは常におくればせながらに関わることしかできないのです。しかし、著者は当事者とそうでない者、もしくは行為者と観察者、あるいは生の声と残された記録、といった二分法自体が、歴史の証言という問題を考える上では十分な概念装置ではないと言います。アドルノは、先行するものが後続する者に対して歴史の占有権を主張することはできないと論じました。ルソーを読むデリダは、生へと関わり、その声を読むという行為を、書き残された言葉という記号的代理物を介した事後的反復という構造なしに成立し得ないと考えました。両者によれば、ある種のズレなしに、私たちは歴史に触れることはできない。純然たる当事者の立場に同化しうるというのは、幻想だと二人は考えます。自伝の当事者が、伝えうる内容を完全に個人的な所有物になし得ないのと同じように、声を奪われた当事者に代わって語らんとする代理人の立場の発言が事柄の真理性という観点からいって常に劣るわけでもない。と同時に、後続する代理人の立場が、先行する透視背者と比べて安穏としているわけでもない。
 ここで取り上げるのはプリーモ・レーヴィの『溺れるものと救われるもの』です。トリノ生まれユダヤ人である彼は、アウシュヴィッツに送られますが、連合国軍による収容所解放ののちに自らの体験を本にしました。彼は、収容所でナチス親衛隊が囚人たちに放った警告を伝えています。「この戦争がいかように終わろうとも、おまえたちとの戦いは我々の勝ちだ。生き延びて証言を持ち帰れるものはいないだろうし、万が一だれかが逃げ出しても、だれも言うことなど信じないだろう。おそらく疑惑が残り、論争が巻き起こり、歴史家の調査もなされるだろうが、証拠はないだろう。なぜなら我々はお前たちとともに、証拠も抹消するからだ。そして何らかの証拠が残り、だれかが生き延びたとしても、おまえたちの言うことはあまりにも非道で信じられない、と人々は言うだろう。それは連合国側大げさなプロパガンダだと言い、おまえたちのことは信じずに、すべてを否定する我々を信じるだろう。ラーゲルの歴史は我々の手で書かれるのだ」。運よく生き延びた者の証言内容が信じられないのは、その内容があまりにも非道だから─たしかにそうですが、それだけではなく、非道で非日常的な風景が日常風景化するほどに常態化指定ということが、証言する者自身に、証言へのアクセスを閉ざすから─いや、これも表現が正確ではない。証言したい内容に証言者が近づけないというより、かつて自分が経験したことがそもそも、自分自身にとってさえ不可能であり、想起や感情移入といった通例の人間の知的・情動的営みの範疇を超えている、というべきものです。信じられないのは、傍観者も加害者も同じでした。
 さて、レーヴィは終戦直後に『アウ主ヴィッッツは終わらない』で見聞きした事実を記しました。それが1987年の『溺れるものと救われるもの』では内省的な様相が濃くなっていきました。そこでターゲットとなるのは、かつての自分、それも解放直後には見過ごしていた、収容所における自分のたち位置です。それは「おそらくおまえもできたはずだ」というもの。それは生き残ったものたちが、彼の話を聞く聴衆の目に見る、あるいは見ると信じる判断なのでした。それは、なぜ抵抗しなかったのかという類の主張です。そういう彼は、死んでいった者たちからすれば、「真の」被害者とは言えない。このような反省が、恥辱の感情を伴い、証言を続ける彼自身に浮かび上がってきたのです。どうして自分が生き残ったのか、という疑問。証言しうるという幸運、あるいは証言行為そのものが、彼を懊悩に突き落とします。
 レーヴィは、生存者は「灰色の領域」に属するといいます。反乱を実行したがゆえに生きながら焼却炉に放り込まれた者たち、そしてまた、人としてのあらゆる感受性を奪われ、木偶のように無抵抗のまま殺された者たち、彼や彼女のように「真の証人」に自分たちはなれない。が、他方で、そうした非日常を完全に忘れ、戦後の平和、日常のうちに安穏と生きることもできない。そうした日常はときに、収容所経験を伝えるテキストを前に、全くの無理解を示すか、あるいは逆に、日常の尺度をそのまま用いて、非日常を判断し、評価しようとします。後者において非日常は、涙を誘うセンチメンタルな悲劇か、もしくは一握りの気がふれた軍人やサディストが行った喜劇か、いずれにしても、第三者にとって分かりやすい仕方で受容されることになります。テキストそのものが、そのような単純化やステレオタイプの物語化に加担しながら、歴史を編修し直した商品となり、ついには日常のちょっとした「うるおい」を与える、単なる添え物になるのです。アドルノはあるところで、舞台化されたアンネの日記を観賞し、とにかくあの娘だけは生かしておくべきだったのに、と感動しながら語った一人の婦人について触れています。
レーヴィの経験する疎外は、死者にも生者にも属さないという、自身のポジションの認識に現れるだけではありません。レーヴィは、自分がかつてなした証言からも、距離をとるように促されます。彼は、証言者という「特権と結果のつり合いがとれていない」と、かつての自分を否定するかのような思いを吐露します。レーヴィはそのとき、ある危機感を抱いていたと言われています。それは戦後社会に氾濫するアウシュヴィッツに関する語りが内包する、人間を迫害者と被害者に二分してしまう傾向であり、これは記憶の風化とともにますます顕著になる、と彼は感じていたそうです。たしかに、この二分法─語りに参与する者たちを、当事者とそうでない者に峻別する仕掛け─は語りを聞く前に、証言者との連帯を保証するかのように見せかけを与えるのです。つまり加害者は怪物に属するが、証言者は、蛮行を見過ごした傍観者を含め、一方的な被害者であり、それを後から聞き、観賞するものと同じく、エゴイズムや人種差別とも無縁の常識人、平和を守る一般人であという仲間意識がそれです。
 このときレーヴィは証言のあり方そのものが抱える問題性に振り向かせたのではないかと著者は言います。第三者の無理解を生むのは、あまりにも理解し易い仕方でなされる説明であり、いわば証言の華々しい成功、証言者としての─そして死者たちの代弁者としての─自己へのゆるぎない確信こそが、まずもってかいたいされるべきものとレーヴィに映ったのではないか、と。そこで、レーヴィは在る主挑発的な仕方で読者を巻き込もうとします。彼は、生存者の無垢性を否定し、いわば自らの傷をさらけ出すことで、読者─歴史に対して、自分と同じく部外者、単なる観客のポーズをとる傾向のある者たち─に、読者自身が多かれ少なかれ身に覚えのある傷にふれるよう、促していると思えるのです。しかし、傷に触れること、とりわけ触れ続けることは難しい。それは傷の重みに人が耐えられないという理由からだけでなく、触れ続けること自体が、いつの間にか、傷について語るという仕方で傷を抑制し、否認するような自己正当化へと容易に転化するからです。
 当事者不在のままで、繰り返し口にされ、共有されているストーリーは。その代理性がゆえに、聞く者に安心感を与えます(それは免責の安心でもある)当然、そうしたストーリーは、他の解釈の可能性を寄せ付けない限りにおいて、内部にあっては抑圧的、外部に向かっては排他的に機能します。この圧力を解きほぐすものとして、著者は、いわずもがなの内容を蒸し返し、全く別の角度から光を当て、担い手自身を突如として不安に陥らせるような他者の存在、あるいは他者の介入を指摘します。

2019年6月10日 (月)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(12)~第11回講義 私を捧げよ─愛国心・民族主義・バイオグラフィー

 人の歴史の中には、聞き取られなかった様々な沈黙の方が、聞き取られた声より圧倒的に多い。通常私たちが歴史といっていうものは、そのような沈黙を聞かない、つまり否認することで成り立っているものです。普通の人々が自らの声を公的な場面へと響かせるまでには様々なハードルが存在するということです。生きることと書くことはちがうし、書くことと、それを発表し、出版することとも違います。つい数十年前まで、自伝や回顧録の類を執筆して公刊できたのは政治家、知識人など一部のエスタブリッシュメントの特権でした。アウグスティヌス、ルソー、野坂昭如といった人々は社会全体から言えば例外に属していたといえます。
 一般市民が自身の意見や感性を表現し、それが文章として伝達されるには、様々な条件が必要です。読み書きができること、出版ができること。そして、その以前に「私」があること。自分の「内」面をありのままに表明するはずの近代的な主体の発生は、その主体が生誕以来常に従うべき唯一無二の「外」部にしてその主体の集合体である国民国家という「共通の身体」の成立と不可分の関係にあります。この相反的な構造は、例えば、紙の上で自己主張する修練がもっとも徹底され、マニュアル化された体制は軍隊によく表われています。国民が「主役」の国家においては、兵士育成は、武家の親が子に直接行うエリート教育から離れ、一般人を兵士とすべく教えられた諸制度に委ねられます。そこでは軍の構造自体が細分化・官僚化され、大量の情報がエクリチュール(書かれた言葉)として行き交うことになります。従って、一般人を徴兵したところで、彼が読み書きに通じていなければ使い物になりませんし、何より、離れて生活する家族とのやり取りに難儀することは、容易に想像できます。しかし、19世紀以降の戦争は、ある意味では、市井の人々が文字通り歴史の表舞台に立たされ、発言を、すなわち戦場で何を見たか、何を経験したかを述べるように促されるに至った局面と言えます。いかなる英雄も例外もなく、男女の区別もなく、関わる者が等しくその歴史的事件、ならびに大量死というカタストロフィーを、それらを最も素直に伝える声とともにイメージし、共有せねばならないという意味で、近代戦とはベネディクト・アンダーソンの言う「想像の共同体」の成立機構そのものでした。それはオートバイオグラフィーの理念や伝統に背馳するものだったでしょうか。ひとつ言えるのは、オートバイオグラフィーの「私」の告白は、まさに「私」を否定し、その愛を国家に、あるいは超国家的な民族の理念に捧げるための教育装置として利用された、ということです。この告白の大量生産の背後に、大量生産される沈黙があったということにも留意せねばなないでしょう。
 つまり、様々な声が無条件に容認されたのでは決してないということです。同様に、声の共有も、決して自然発生的に生起したわけではないのです。
 1872年の学制による教育制度の普及と連動するように、言文一致体で平易に書かれた子供向け伝記出版の事業が本格化します。当初は、歴史的英雄の立身出世物語が一般的でしたが、そこに描かれるのは国家や科学技術や時代という大義に身を捧げた偉人たちであり、かれらを通して子供たちは、いち個人という枠組みを超越した、文字通り大いなる「物語」が存在することを知る教育効果が期待されました。その後1938年に内務省による児童図書の出版事業全体に国家介入が進められます。そこでは、子供の自由な想像力の発露を抑え、民族精神に殉ずるようなメンタリティの育成を目指せということになり、しかも現在進行形の戦争という肌感覚と重なってきます。このときにその模範的担い手となったのは山本五十六です。
 一方、前線で敵を殺傷する兵士たちに比して、銃後に残された妻たちは、戦争によって夫を失う危険と隣り合わせにおかれた被害者でありつつも、戦争から除かれた傍観者なのでしょうか。彼女たちには夫である兵士の自己犠牲の精神を次世代である子供たちに伝える役割を期待されていた。つまり、母を媒介にして父から子へと愛国心が継承されていった。その母は、夫を戦争でなくした戦争未亡人の手記が婦人雑誌に掲載され伝えられていきました。しかし、当時の家庭で婦人雑誌を購読していたのは一部であり、その伝えられた手記は夫の犠牲を尊いと説いていられる生活の余裕(高級軍人には遺族補助)があるからこそで、徴兵により一家の生活の担い手を奪われた未亡人の声が注目されることは極めて稀であった。ここで様々な犠牲の沈黙・否認という歴史の日常があるわけです。このときの妻たちは、一方的な被害者とはいえず、むしろ積極的に加担していったとして加害者的な側面を否定することはできません。彼女たち自身、やられる前にやる側につくという闘争への加担です。しかし、著者は言います、その彼女たちの奥底には、抑圧された何か、つまり、きちんと悲しむことを抑圧され、個人としての悲哀や葬送より先に、国民としての顕彰とセレモニーの引き受けさせられたという事情があるといいます。息子よ生きよという思いは、死ぬなという思いとは一致させらなかったという分裂を強制された故という側面を指摘します。

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