大貫恵美子「つくられた日本の自然─「日本の自然」はどのように語られてきたか」(10)~終章
「日本の自然」では植物が最も重要で、「自然」の住民のなかでは最高の地位を占める。その中でも稲と米の魂は最も崇高な神であり、宇宙の中でも最重要の存在である。稲と米で代表される「自然」は、非情に慈悲深い。貨幣としての米目は純粋なお金としての性質を失わず、寺社が執り行う祓いや祈禱などへの対価ともなり、人々の感覚に馴染んでいる。単一の意味を持つ米は清いだけに初穂料として躊躇なく受け容れられるが故に、かえって消費主義を推進する。結果として「自然」とその住民は高度に文化化される。
農業は、採集経済から産業革命へという進歩の道に人類を導いた一方で、工業化・都市化した社会に住む者にとって農業は、近代化で堕落する前の清い自己の象徴でもある。こうした歴史の解釈のなかで、「自然」が永遠不変のものとしてそこにあると考えられている。しかし、ここで見過ごされているのは、農業は人類による最初の大規模な自然破壊だということである。農業は樹木を切り倒し、草原を農地にすることから始まる。この見地から考えると、稲が「日本の自然」の表象であるという解釈は純粋に文化的な解釈である。自然はまず農業で破壊され、工業化で美化されるという普遍的な歴史過程において、日本では軍国主義や消費主義などが、環境に対してかなり破壊的な力の行使を可能にしてきた。したがって、「日本の自然」とは何てあったかを理解することが重要である。「日本の自然」とは、人間の手が加えられていない、そこにある自然だという思い込みの間違いを認識したうえで、「日本の自然」とは何てあったかを理解する。
このプロセスで重要なことは、宇宙の時間的・空間的分類構造と日々の活動が歴史を通じて相互に補強し合っていることである。平城京や平安京が建造されたときに、宇宙の空間的な区分とその価値がつくり出された。それは北にある天皇の座へと人々が「あがり」、南に「さがる」という視点からなされ、前者には正の価値が与えられた。都の左右も天皇の座から見た左右である。この構図は、『古事記』でも再現されている。このときに、宇宙論的な空間スキームがしっかりと確立されていたのである。この8世紀の天皇の在地を基盤にした宇宙の空間的区分は、天皇制自体の浮き沈みと関係なく歴史的に継続した。
また、『万葉集』では、自然を時間的に区切る習慣は、環境の変化を文化的に解釈し、取り入れることである。環境を時間的に区分する四季は、稲の成長段階を基にしていた。その成長段階は宮廷人だけでなく、種々の人々によって歌に詠まれた。しかし、歴史が下ると、「自然」を文学的に表現することはほとんど宮廷人の専売特許となり、宮廷の外に出ることが少ない宮廷人は「自然」に直接触れることがないまま、「自分たちの自然」を描くようになった。このプロセスにおいては、文化諸方面のエリートが和歌、儀式、建築等の活動によってこれをリードしており、「日本の自然」がつくられた、表象されたものになってゆく過程において大きな役割を果たしたことは否めない。そうしてつくられた自然を、今度は着物の色や柄などで四季という自然としての生活のなかで再現し、そのやり方について文化的な規定を発展させるに至った。江戸時代以降は庶民が自分たちの創造した庶民文化、たとえば日常生活における料理などを通じて、環境と相互関係のなかで文化的な時間の区切りを積極的につくった。このような宇宙的原理が長期にわたって維持されたのは、それが民衆の日常生活における思考と行動の原理にもなったからである。しかし、このプロセスにおいては、宇宙論的な原理も日常的な活動も、歴史を通じて同じ意味を持ち続けていたのではない。古代において皇帝が持っていた、時間と空間の両方を規制する権力は、皇帝の権威の不可欠な一部であった。しかし、古代末期以降、その権威は低下し、さまざまな社会集団が軍事的、政治的、経済的な権力をもつようになった。空間的・時間的原則は、日常的な活動のルールとして存続し、エリートだけでなく民衆をも巻き込んだ。「あがる」という行動は、単なる行動ではなく、汚れた地面を離れることである。
自然という実態はなく、象徴は必ずしも、物質的な原型を必要としない。たとえば枯山水。鑑賞者は受け身ではなく、記憶と想像力を働かせて理解しなければならない。自然がこの庭園のモデルになったとは誰も考えない。江戸時代、商人文化の勃興とともに、「日本の自然」を表現するさまざまな芸術が生まれた。芸術は自然を再現するためのものではなく、彼らが「自然」として創造したものは、フラクタルなものでも、ミニチュアでもない。著者は、「日本の自然」に物体的な原型がないという、いわば無物体原則の発想は、魂に対する日本人の考え方から発想したという。物体をもたないという概念は、魂を定義するものであり、日本文かにおいて最も重要な信念であり概念である。魂は目に見えず、物体をもたず、持ち主から離れ、不適切に取り扱われる時点で巨大な力を生み出す。つまり、日本の「自然」の表現には三つの異なる伝統がある。第一に、「自然」は人間の創造物を刻み込むための白紙と見なされる。刻み込まれるのは最小限の物体的なもので、十分に空白が残る。第二に、彼らが「自然」として創造するものはけっしてフラクタルではない。最小限の物体性によって、バフチン的な意味での対話的な体験が生まれ、鑑賞者が自らの記憶、経験、感情を用いて解釈に参加するように誘われる。第三にこうした「自然」の創造過程に人が手を入れることを隠すのである。


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