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音楽

2020年11月17日 (火)

ジャズを聴く(54)~エリック・ドルフィー「At The Five Spot vol.1」

Jazdolphy  下で紹介しているアルバムの、どの演奏でもいいので聴いてみていただきたい。はじめて人は驚くかもしれない。そこには、これまで紹介してきた他のプレイヤー、例えば、アート・ペッパーでも、ソニー・ロリンズでもリー・コニッツでもいい、ハード・バップ、クール・ジャズなどのスタイルの違いこそあっても、ジャズという音楽であるベースがある。しかし、ドルフィーの演奏は、そういうものが壊れてしまっている、アバンギャルドという言葉のイメージそのままの、「これって、音楽なの?」という感想がでてきても不思議ではない。フレーズはメロディという一般的なイメージには合わず、単に数個の音が続いているだけで、まとまった節に聴こえない(うたわない)。爆音のような音がむき出しでがなりたてている。そこで、かろうじてビートだけが単調に響いている。そんな感じではないかと思う。
 それは、ひとつにはドルフィーが活躍した1960年代はじめから半ばという時代状況も影響している。ジャズの歴史でいえば、ハード・バップは下火になり、大衆音楽としてのジャズの人気が落ち始める中で、新主流派からフリージャズといった試みがなされていた。そして、ドルフィーは、そのハード・バップからフリージャズへの橋渡しのようなスタンスにいたということだ。フリージャズなどというと、難解で敷居の高い音楽とか、でたらめでギャーギャーいってるだけの音楽とかいったイメージで捉えられているのではないかと思うが、聴いていただいた、ドルフィーの演奏は、それに近い印象を受けるのではないだろうか。
 「そんなののどこがいいの?」素朴にそう問いたくなるだろう。たしかに、ドルフィーの音楽は聴く人を選ぶ、誰にでも受け容れられるというタイプの音楽ではない。
 しかし、その演奏の圧倒的なパワーは誰も認めざるを得ないだろう。騒音にしか聞こえない人もいるかもしれないが、それにしても、そのうるささが並外れていることは否定できないだろう。それが、ドルフィーの特徴のひとつを形作っている。
そのひとつの要素として、ドルフィーの音そのもののユニークさがある。例えば、ドルフィーの吹くアルトサックスは楽器が壊れてしまうのではないかと思わせるほどにビリビリと楽器自体が鳴りまくる。そこで響いている音はたとえようもなく硬質で、サックスの音の「芯」だけをそのまま大きくしたような、ギュッと中身の詰まった音。音にゆとりがないというか、遊びの部分がなく、聴いていると切迫感がある。うっとりと身を任せたくなるような心地よさなど微塵も感じさせない愚直なまでにシリアスで、そして、でかい、凄い音圧なのだ。とにかく、音をちょっと聴くだけで、あ、ドルフィーだとわかる個性的な音である。フリージャズのアルト奏者のなかには、演っていることはたしかに難解で、時代の先端を行くような立派な演奏かもしれないが、音そのものが貧弱で、フリーキーにブロウしても、その音が爪楊枝のようにこちらをちくちく刺すだけ、というひとがけっこういる。しかし、ドルフィーの音は太い槍のように我々の心臓を貫くのだ。
 そして、メロディになっていない独特のフレーズ。ちなみに、上で説明したようなストレートで心地好さを感じさせない音でメロディをふいても、それに身を任せることができるだろうか。それよりも圧倒的なパワーで力ずくで攻めて来い、といいたくならないだろうか。まさにそうなのだ。あの音で、ビートに乗って、うねるように、巻き込むようにドライブ感に溢れるフレーズが繰り出される。彼独特の咆哮を思わせるような音が跳躍するようにカッ飛んでしまうフリーキーなトーンはデタラメに吹いているように聞こえる。
 例えば、ドルフィーがノッてくると、必ず繰り出してくるパターンがある。それは・・・「パッ・パラ・パーラ・パーラ」というデコボコした起伏を持つフレーズで、ドルフィーは、この1小節4拍のフレーズを、それはもう重い音色でもって、何かが弾け飛ぶような感じで、吹き倒す。そしてこのフレーズが出ると・・・その瞬間、ビートが一気に「解き放たれる」ような感じがするのだ。バンド全体の感じているビート感も一気に爆発するとでも言うのか。そしてそれが、本当に気持ちいいのである。聴く者も突き抜けてしまうのである。だから、ドルフィーは決してデタラメに吹いているわけではない。どんなアルト奏者よりも、「きちんと考えて音を選んで、コントロールしたうえで吹いている」からこそできることなのである。サックスを吹いたことのあるひとならわかるだろうが、あんな極端にオクターブジャンプを繰り返すようなフレーズを吹くのはとてつもないテクニックが必要だ。しかもあのすごい音色であのフレーズを延々と吹き続けるのは、まったくもって人間業でない。
 ドルフィーのアルトのあのフレーズは、いつまでたっても「慣れる」ということがなく、ひたすら我々の心をざわつかせ、いらだたせ、紙ヤスリでこすられるような不安感、不快感をあおる。ドルフィーの音色もそうだが、ドルフィーのフレーズというのもまた、愚直なまでにシリアスである。ソロの出だしを聴くと、ぎゃはははと笑いだしたくなるような演奏なのだが、しだいに「これは笑っていてはいけないのではなかろうか」と思えてき、だんだん聴いているほうも居住まいを正してしまう……そんな音楽である。
 つまり、彼の演奏を聴く者は、聴いているうちに、ドルフィーのデタラメなフレーズのなかに「何か」を見つけて感じとってしまうことになる。同じフリージャズ黎明期の大物プレイヤーであっても、オーネット・コールマンの音楽はどちらかというとわかりやすい。つまり、彼は「そのとき吹きたいように吹く」のであって、言ってみれば、良い意味のデタラメである。そういう気分一発的な演奏というのは、聴く者にとっても、「ああ、もう、わけがわからん」という風にはならず、「なんだかわからないけど、とにかく彼は今、こう吹きたいのだろうな」と納得できる。しかし、ドルフィーの音楽は、どう聴いても、なんらかの楽理に基づいて演奏されているようである。しかし、その理屈がどういうものかさっぱりわからないので、難解ということになってしまう。そこで、ドルフィーの演奏が「何を言っているのかはわからないが、そこには確固としたセオリーが確実に存在していて、音楽総体が発する『意味』は確実にこちらに伝わってくる」という風になっているのだ。

 

At The Five Spot vol.1     1961年7月16日録音
Jazdolphy_five  Fire Waltz
 Bee Vamp
 The Prophet
  Eric Dolphy(as & bcl)
  Booker Little(tp)
  Mal Waldron(p)
  Richard Davis(b)
  Ed Blackwell(ds)
 この録音の少し前に、トランペットのブッカー・リトルが次のようなことを語ったという。「オーネット・コールマンや他の何人かがシーンに登場してきたことはとてもよかったと思う。彼は独自の考えを持っている。つまり、何をすればどうなるかがわかっている。だから、オーネットを批難する人たちの気持ちが理解できない。彼の音楽について論じ合うのはいいと思うけれどね。わたしの場合は、オーネットに比べるとアイディアの面でもっと保守的だ。しかし、彼がやっていることは明確に理解している。そして、それが素晴らしいことも分かっている。やり方さえ分かっていれば、問題など起こらない。純粋に知的な考えに基づいて動く人がいれば、他方では感情にしたがって行動を起こす人がいる。それで、これらの両者が同じ時に同じ場所に到達することもある。思うにバードは、オーネットより演奏面で知的なものを表現していた。オーネットの方は、自分が感じとるものを何でも表現しているように思う。しかし、どちらのやり方も捨て難い」。自身やドルフィーについては触れていないが、当然、オーネットと並べて自分たちを位置付けていたと思うし、その後の録音、つまり、このアルバムでの演奏ではオーネットを意識してか、かなりフリーに近いところにいると思う。
 最初の「Fire Waltz」のアグレッシブなこと。それはオーネットの柔軟さと好対照かもしれず、オーネットの奇妙さというか、プッと吹き出しそうになるユーモラスなところはなく、ドルフィーやメンバーたちのプレイからはシリアスな熱気がストレートに感じられる。ピアノのイントロから、ドルフィーのアルト・サックスによる“ダララ・ラララー・パッパラー”っていう、ほとんど旋律的な上下動のないリズムだけのようなテーマにブッカー・リトルのトランペットのアンサンブルがちょっとだけあって、すぐに続くドルフィーのアルト・サックスは、テーマと何の関連性も見つけられない音の跳躍をしてからフリーに近いようなソロを始める。ここで、少し脱線するけれど今述べた“フリー”というのは若干説明を要する。ガイドブックやライナーなんかではひとこと“フリー”とか書かれていて、それを表面的に流し読みして分かった気になってしまっているけれど、ここでのドルフィーやリトルのソロで即興的に吹いているフレーズは、ほとんどすべて終止形になっていない断片なのだ。彼ら以前の、パーカーやその他のバッパーたちのアドリブは、原則としてメロディが終わったと聴く者が感じる形、それは調性でいうと基音に戻るという形になるのだが、私たちが会話をしていて互いに自分のしゃべっていることが終わるというのは、言い切りの形をとって、それを相手が分かって、そこで替わって相手がしゃべり出す、そういう決め事のようなものだ。それを音楽では有節形式という。要は節回しが終わったということで、それを聴く者は、その終止形でひとまとまりのメロディと理解して聴いている。しかし時には、パーカーだってそういう終止形にしないこともあるが、それは一時的な効果を狙ったり、ほかの楽器とのアンサンブルでトランペットが引き継いで終止形にしたり、あるいはあえて省略して終止形を聴く者に想像させたりするという捻り技なのだ。だから、聴く者はパーカーが即興的に吹くフレーズを味わったり、楽しんだりするのだ。しかし、ここでのドルフィーやリトルはそういったフレーズを終わらせる終止形をとらずに、投げ出してしまう。だから聴いている者はメロディになっているのか分からない。会話をしていて、相手の話していることが終わったのかどうか分からない宙ぶらりんの状態がずっと続いているのだ。しかも、ドルフィーの凄いのは、そこで聴く者がそのように分からないうちに、置いてきぼりにして、すでに次のフレーズに移ってしまうのだ。この演奏のスピード感は、そこに由来すると思う。しかも、ドルフィーの演奏はリズムが大きく揺れる。こんな演奏ではふつう、音楽として崩壊してしまうはずだ。しかし、そうはならない。だから、この演奏はビンビンに緊張感が高い。現実に演奏が崩壊していないのは、バックのリズム・セクションのおかげだ。パタパタとスネアの音数か多いドラムと、中音域を多用したマイナーコードでリズムを刻むピアノは規則的な繰り返しに終始している。そこにはバップの柔軟なノリはなく、機械的なビートに近い。その規則的な刻みが音楽を形にしている。実際のところ、ドルフィーやリトルはこのビートとは無関係に勝手にプレイしているところがままある。それがこの演奏の自由さであり、かつ音楽としてのまとまりが崩壊しないで踏みとどまっていられるところなのだ。しかし、本当に凄いのは、この後だ。演奏の後半、このリズム・セクションが、ドルフィーとリトルに煽られて煽られてか、どんどん捻れて、限りなくフリーに近い、自由度の高いリズム・セクションに変貌していくのだ。例えば、パルシブなピアノのマルが、捻れながらメロディアスに、限りなくフリーに近いソロを後半で演っているのだ。この演奏が、どうして終わることができたのか、今までに数え切れないほど、この演奏を聴いてきたが、未だに分からない。
 2曲目の「Bee Vamp」はブッカー・リトルの曲で、ABACABAという複雑な構成の曲で、小節割りは8-4-8-8-8-4-8になっている、解説されている。例えば、リトルのトランペットとマルのピアノのテーマの受け渡しと伴奏のようなソロのとりあいに、ドラムスのスネアが断片的に挿入してくる。ポリリズムのような重層的なリズム構成などは、リトルの志向性だろう。まるで、近現代のクラシック音楽の精緻な構成をみているようだ。
 そして3曲目の「The Prophet」では、ドルフィーとリトルのユニゾンによるテーマから、ベースとドラムのユニットとピアノ間の異なるリズムの作り出す複合ビートの上で、ドルフィーのアルト・サックスが異質と言っても良い。どうやって思いつくのか判らない、思いっきり捻れた、グネグネなアドリブ・フレーズ。この宇宙人的なフレーズを連発するドルフィーに相対するブッカー・リトルのトランペットも対抗するように吹きまくる、意外と端正なリトルのトランペット。この適度に崩れながらの端正さがドルフィーとの相性抜群に進んでいく。

2020年11月 1日 (日)

ジャズを聴く(53)~スタン・ゲッツ「Stan Getz At The Shrine」

 スタン・ゲッツのプロフィールを簡単に見ていきましょう。
 スタン・ゲッツは、これまでを通じての最も偉大なテナー・サックス奏者の一人で、かつてなかったほどの美しいトーンを有していたことから「ザ・サウンド」と称せられている。ゲッツは主に初期のレスター・ヤングから影響を受けながらも、とどまることなく進化を続け、大きな影響を与える存在にまでなった。
 ゲッツは、まだティーンエイジャーのうちに第二次世界大戦で多くのミュージシャンが徴兵されたために不足が生じたのを捉えて、メジャーなスイング・ジャズのビッグ・バンドでプレイすることができた。16歳になった1943年、ジャック・ティーガーデン楽団に加入、そして1944~45年にはスタン・ケントン、1945年にはトミー・ドーシー楽団と渡り歩いた。その間、ベニー・グッドマンとも、数回、ソロでレコーディングに参加している。ゲッツは1946年7月にでリーダー・アルバムでレコード・デビューを果たし、4枚のタイトルで残されている。第2期ウッディ・ハーマン楽団(1947~49年)在籍時にズート・シムズ、ハービー・スチュワード、セルジュ・チャロフとともにオリジナルの「Four Brothers」でソロをとり、「Early Autumn」でバラードの彼の特徴が開花したことなどで、その名が広く知られるようになった。(当時のウッディー・ハーマンは”ファースト・ハード”と呼ばれるニール・ヘフティー(arr&tp)の生み出すビバップスタイルのバンドを解散し、次の活動に向けて人材を探している状態で、そんな折にロサンジェルスのクラブで見つけたサックス4人のアンサンブル。彼らアンサンブルをビックバンドのウィンドセクションとしてそのまま組み込んで生まれたのが”セカンド・ハード”だった。)ハーマンのもとを去った後、フィルハーモニックでの数回のジャズイベント以外では、死ぬまでリーダーとしてプレイし続けることになる。
 1950年代前半、ゲッツの自身の音楽的アイテンテティを構築するためにレスター・ヤングの影響から脱皮すると、すぐにジャズメンの中でも最も人気のあるミュージャンとなっていった。1950年、ホレス・シルバーを見い出し、数か月間カルテットに引き入れる。1951年のスウェーデン・ツァーの後、ギタリストのジミー・レイニーと共演する刺激的なカルテットを作った。そのカルテットでは、アップテンポの曲での二人のインタへプレイやバラードでの音色のハーモニーは全く忘れられないものとなった。ジミーの「Moonlight in Vermont」ヒットには、ゲッツのプレイでサポートしている。1953~54年ボブ・ブルックマイヤーの加入によりクインテットとなった。そして、その10年間のうちに、何度か麻薬問題があったにもかかわらず、ゲッツの人気は落ちなかった。1958~60年はヨーロッパで過ごした後、米国に戻り、テナー・サックス奏者として彼自身が個人的に大好きだったアルバム「Focus」をアレンジャーであるエディ・ソーターの楽団とレコーディングしている。それから、1962年2月に、チャーリー・バードと「Jazz Samba」をレコーディングした。その中の「Desafinado」の演奏は大ヒットし、これはボサノバの先駆けとなった。次の年、ゲイリー・マクファーランド楽団、ルイス・ボンファ、ローリンド・アルメイダとボサノバ風のアルバムを制作し、それは彼として最高のセールスを記録した「Getz/Gilberto」となった。それは、アントニオ・カルロス・ジョビンとジョアン・ジルベルトとのコラボレーションで、アストラッドとジョアン・ジルベルトのボーカルをフィーチャーした「he Girl from Ipanema」によるところが大きかった。
 ゲッツはそれからの10年間はボサノバにこだわったが、その一方で彼のプレイは抑制的になり、ジャズとしては挑戦的な選択をしている。この時代の彼のレギュラー・グループはビブラフォンのゲイリー・バートンが加入したピアノレスのカルテットだ。1964年にはビル・エヴァンスとレコーディングし、1967年にはチック・コリアと古典となってしまったアルバム「Sweet Rain」を制作している。1966~80年のゲッツのレコーディングのすべてが重要だとは言えないが、彼が新しい可能性に挑戦することを恐れないでいることは明らかだ。1971年のオルガンのエディ・ルイスとの「Dynasty」、1972年のチック・コリアとの「Captain Marvel」、1975年のジミー・ロウルズとの「The Peacocks」等は評価が高い。1977年にカルテットでピアニストのジョアン・ブラッキーンを起用した後で、キーボードのアンディ・ラバーンをフィーチャーした新たなユニットでフュージョン・ミュージックの可能性を検討している。ゲッツの2曲でエレキ楽器を試みたが上手くいかなかった。しかし、その試み自体には価値がある。しかしながら、1981年に彼がコンコードでサインし、アコースティク楽器のみで演奏し始めたことは、従来の彼のファンを安心させた。最近のゲッツのサイド・メンはピアノのルー・レヴィの他、ミシェル・フォアマン、ジム・マリニーリー、ケニー・バロンだ。彼の最後のレコーディングは1991年の「People Time」となった。息の若干の短さにもかかわらず、バロンとの素晴らしいデュエットだった。

 

Stan Getz At The Shrine   1954年11月8日録音
Jazgetz_shrine  Flamingo
 Lover Man
 Pernod
 Tasty Pudding
 I'll Remember April
 Polka Dots And Moonbeams
 Open Country
 It Don't Mean A Thing
 We'll Be Together Again
 Feather Merchant
   Stan Getz(ts),
   Bob Brookmeyer(vtb)
   John Williams(p)
   Bill Anthony(b)
   Art Mardigan(ds)

 

 「Flamingo」やたら調子のいい司会の紹介のあと、ピアノの短いイントロに続いてテーマがゲッツとブルックマイヤーのアンサンブルで軽快に始まると、2管の絡み合いから抜け出すように、テーマから派生するようにフレーズが次々に紡ぐように連なっていく。それも中音域のされほど広くない範囲で、どうしてこんなできるのか、というほど自然にメロディが出てくるようだ。その間、テンポは落ちることなく、快速ペースはピアノに引き継がれる。「Lover Man」ではミディアムテンポで2管のアンサンブルでテーマが吹かれるが、ブルックマイヤーに席を譲りながら、アドリブでも2管の絡み合いは続き、後半はゲッツのソロとなるが、スローナンバーにも、適度にオカズを加えながら、上手くブルックマイヤーが絡みやすい間を作ったりするが、もとのテーマがそれほどいいとはいえないので、その展開という行き方をするゲッツはスター時点でハンデを負ったのではないか。次の「Pernod」は軽快なテンポに戻るが、ゲッツはスローバラードよりも、軽快なアップテンポに美メロを乗せて、そのスピード感によってセンチに堕したり、重くなったりするのを避けるのが一番やり易いのではないか、思う。別のところでも触れたが、ゲッツは閃きの人なので、テンポがゆっくりすると、余裕が生じて余計なことを考えてしまってしまうように思う。速いテンポで煽られると、閃きに頼らざるを得なくなって、センスが研ぎ澄まされていくのではないか。
 これは、私個人がゲッツの録音を聴いた印象でだけ述べることなので、スタン・ゲッツという人が実際にどうであったといった実証的な事実とは無関係な妄想と思ってほしい。このページのどこかで、ゲッツは即興のなかで美しいフレーズを閃いてしまうのではないかと述べた。そして、普通であれば、そういう閃きの創造の泉というようなものは、殆どない人もいれば、あったとてしも常時こんこんと湧いてくるようなことはない。だからこそ、泉が湧いてくるように苦労したり、苦しんだりする。普通、ミュージシャンがする苦労とか苦悩というのは、なかなか湧いてこない泉から何とか水をくみ上げようとする点にあると思う。そうやって苦労して組み上げた水だからこそ、大事に扱うともいえる。時に何度も使いまわして、賞味期限を過ぎて腐らせても捨てようとしない人もいる。ところが、ゲッツの場合は、そういう苦労の必要がなかったのではないか。とくに苦労しなくても、普通に閃いてしまう。しかも、湧いてくるフレーズが、みんな他の人にはない美しいものなのだ。まさに天才なのだ。それで本人はいい。けれど、そんなのが一緒にグループを組んでいる中にいたとしたら周囲のメンバーはどうだろうか、やりにくいったらありゃしない。何せ、こっちが苦労してようやく手にしたフレーズを、ゲッツは今思いついたなどと言って、いとも簡単にそれを超える美しいフレーズを吹いてしまうのだから。さらにいえば、それを聴かされる聴衆はどうだろう。美しいフレーズの連続攻撃についていけるだろうか。その都度、その美しさに酔っているうちはいいが、だんだん満腹してしまって、もういいということにならないか。飽きるというのではない。ゲッツの作り出すフレーズの美しさは、そんな生易しいものではない。飽きることができるなら、食傷して受け容れなくて済むのだから。しかし、ゲッツの音楽は美しいのだ、だから飽きることなく、聴けば受け容れてしまう。つまり、受け容れないことを許さないのだ。これは、満腹しても、腹が破裂しても、食べることを止められないような、地獄だ。何か、すごく大げさな書き方になってうそ臭いと思う人も多いかもしれない。これは、極端な書き方かもしれないが、ゲッツの音楽の美しさには、このような恐ろしさと裏腹の危うさがあると、私には感じられる。だから、彼のプレイは、一緒にプレイしているメンバーたちと、息が合いながらも、適当にゲッツの閃きに歯止めを欠けているようなものが一番聴き易いのではないかと思う。だから、アップテンポの快速ナンバーで、ゲッツが閃くいとまをあまり与えないものが、抑制されたバランスの取れた聴き易い演奏になっていることが多いと思うのだ。 

2020年10月15日 (木)

ジャーニー「フロンティアーズ」

11112_20201015214801  1970年代終わりごろ、ロンドンとニューヨークでパンク・ロックと後に言われるバンドたちの活躍が目立ち始めた。当時の欧米の不景気が低所得者層に厳しい状況となったという社会状況と、ロックの音楽的進化が低所得層の若者がノレる、思いを託せる単純さや活力を失って、他方で商業化されたという音楽状況に対するアンチの動きと解釈できる。そのパンクはニューウェイブへと連なっていくが、他方で、アンチにされた従来のロックの中でも、ハード・ロックやプログレッシブ・ロックの要素を巧みに採り入れ、大音量で多数の聴衆を動員するライブをして、大袈裟なアレンジで大仰に盛り上がり、類型的なメロディで聴き易い、まるでマーケティングして、若者の時にロックに親しんだ世代が大人になって購買力がある人々の生活の中で親しみやすいという特色の巨大なセールスを上げたバンドが現われた。それらを総じて、当時の”ロッキング・オン誌”の渋谷氏が産業ロックと呼んだ。その呼称には揶揄が多く含まれていた。ジャーニーはその代表的なバンドとされた。1983年にリリースされた8枚目のアルバムで、彼らの最も勢いのあった時期のアルバム。最初の「セパレート・ウェイズ」は、そういう皮肉の眼を跳ね飛ばすような自信と気合のこめられたナンバーで、今でも、テレビドラマやショーのBGMで効果的に使われるので、どこかで聴いたことがあると思う人もいるだろう。ギターのニール・ショーンはサンタナと張り合った天才少年だった輝かしい実績の才能を発揮し泣きのギターをキメ、ボーカルのスティーブ・ペリーは広い声域の澄んだ声を聴かせ、バラードでは、しっとりと歌い切る。言ってみれば、文句のつけようのない。けれど、パンクの側から見れば、挑戦的でないんだよねっていうことになるのだけれど、ひとつの到達点であることは確か。ジャーニーは前作の「エスケイプ」というアルバムからは、多数のシングル・ヒットが生まれている。この2点が代表作ではないかと思う。

2020年10月 4日 (日)

ジャズを聴く(52)~ソニー・ロリンズ「SONNY ROLLINS VOL.2」

Jazrollins_vol2 Why Don't I?
Wail March
Misterioso
Reflections
You Stepped Out Of A Dream
Poor Butterfly

 Sonny Rollins (ts)
 J.J. Johnson (tb)
 Horace Silver (p)
 Thelonious Monk (p)
 Paul Chambers (b)
 Art Blakey (ds)

 煽るブレイキー。この勢い溢れる焚きつけっぷり。これによって煽られまくったロリンズは、一音でも多くの音を吹きたくて吹きたくてたまらなかったのだろう、ドラムスとの4小節交換の箇所など平気ではみ出しまくっているし、このはみ出しっぷりが逆に演奏にものすごい推進力を生みだしている。しかも、ロリンズだけではなく、冷静な印象の強いトロンボーンのJ.J.ジョンソンも音の速射砲さながらに丸太い音を連射する。ブレイキーに煽られてか、はたまたブレイキーに煽られたロリンズに感化されてか、とにもかくにもJ.J.もノリノリ元気。この豪快な勢いで燃え盛る炎に向けて、もっと燃えろとばかりに火をくべ、団扇で煽りまくるのが、名手ホレス・シルヴァーのピアノと、ポール・チェンバースのベース。こうなると、ロリンズの快進撃は止まらない。そこに乱入する、セロニアス・モンク。
 最初の「Why Don't」。メンバー全員が一丸となったテーマ吹奏が、いきなり強烈で、この冒頭のトゥッティのキメの短いリフを随所の節目節目に折り込みながら、最初からロリンズのソロは全開に縦横無尽に暴れるように豪放に吹きまくる。続くJ.J.ジョンソンが冷静ながら、テンポとテンションを落とさないでいると、背後からアート・ブレイキーのドラムが迫るように煽る。しかし、これは最初の小手調べ。次の「Wail March」アート・ブレイキーが十八番のマーチドラミングのイントロで一発カマしてから、力強いテーマが始まり、すぐさま高速4ビートで J.J.ジョンソンがスーパーテクのアドリブを聴かせる。しかも背後ではアート・ブレイキーが襲い掛かるように煽る。続くロリンズは、最初からブローを繰り広げる。ここでのロリンズは吹きたくてしょうがないという風情。3曲目の「Misterioso」では、セロニアス・モンクが乱入して、なんと1台のピアノをホレス・シルヴァーとセロニアス・モンクの2人が弾いたという。曲はモンクのオリジナルで、最初セロニアス・モンク自身がピアノでミステリアスなメロディをリードし、ホーン隊が加わっての合奏から、ロリンズが全く異質なフレーズで乱入しムードを描き回しているのに、ちゃっかりバックでモンクがリードしている、この2人の駆け引きは凄い。続く、ピアノ・ソロはモンクで、ロリンズに輪をかけて異質なフレーズをぶち込んで、コードワークは大混乱の様相のはずなのに、といっているうちにピアノの調子が変わり、ぐっとファンキーに。しかし、よくもこんな脈絡のない展開にリズムをつけられると感心しているうちにロリンズのソロとなってハード・バップ調になんとも閉じた後、モンクのピアノが最初の調子に強引に持って行って、本当に終わったの?次の「Reflections」のモンクのオリジナルで、モンクのピアノから始まる。ロリンズがメロディを朗々と吹いてアドリブのオカズを広げていくと、モンクはそのメロディの情感をはぐらかすようなピアノで、そこにアグレッシブに切れ込むロリンズのサックス。これがスリリング。スローバラードなのだろうけれど、このスリルと緊張はただ事ではなく。先の予想がつかない。次の「You Stepped Out Of A Dream」では、明らかにモンクとは違うホレス・シルヴァーのファンキーなピアノが、なんと安心を誘うのだろう。そこから、軽快なテンポでハード・バップなアドリブをロリンズが快速にとばす。最後の「Poor Butterfly」はテンポをおとしたミディアム・ナンバー。これも凄い演奏なのだけれど、モンクの乱入の次元の異なるプレイから、ようやく安心して終わることができた、というところ。

2020年9月19日 (土)

ジャズを聴く(51)~スタン・ゲッツ「Stan Getz At Storyville 」

 村上春樹はスタン・ゲッツについて、以下のようなことを書いている。(「ポートレイト・イン・ジャズ」より) 
 「スタン・ゲッツは情緒的に複雑なトラブルを抱えた人だったし、その人生は決して平坦で幸福なものとは呼べなかった。スチームローラーのような巨大なエゴを抱え、大量のヘロインとアルコールに魂を蝕まれ、物心ついてから息を引き取るまでのほとんどの時期を通して、安定した平穏な生活とは無縁だった。多くの場合、まわりの女性たちは傷つき、友人たちは愛想をつかせて去っていった。しかし生身のスタン・ゲッツが、たとえどのように厳しい極北に生を送っていたにせよ、彼の音楽が、その天使の羽ばたきのごとき魔術的な優しさを失ったことは、一度としてなかった。彼がひとたびステージに立ち、楽器を手にすると、そこにはまったく異次元の世界が生まれた。ちょうと不幸なマイダス王の手が、それに触れるすべての事物を輝く黄金に変えていったのと同じように。そう、ゲッツの音楽の中心にあるのは、輝かしい黄金のメロディーだった。どのような熱いアドリブをアップテンポで繰り広げているときにも、そこにはナチュラルにして潤沢な歌があった。彼はテナー・サックスをあたかも神意を授かった声帯にように自在にあやつって、鮮やかな至福に満ちた無言歌を紡いだ。ジャズの歴史の中には星の数ほどのサキソフォン奏者がいる。でもスタン・ゲッツほど激しく歌を歌い上げ、しかも安易なセンチメンタリズムに堕することのなかった人はいなかった。僕はこれまでにいろんな小説に夢中になり、いろいろなジャズにのめりこんだ。でも僕にとっては最終的にはスコット・フィッツジェラルドこそが小説であり、スタン・ゲッツこそがジャズであった。あらためて考えれば、この二人のあいだにはいくつかの重要な共通点が見いだせるかもしれない。彼ら二人の作り出した芸術に、いくつかの欠点を見いだすことはもちろん可能である。僕はその事実を進んで認める。しかしそのような瑕疵の代償を払わずして、彼らの美しさの永遠の刻印が得られることは、おそらくなかっただろう。だからこそ僕は、彼らの美しさと同時に、彼らの瑕疵をも留保なく深く愛するのだ。
 僕がもっとも愛するゲッツの作品はなんといってもジャズ・クラブ<ストリーヴィル>における二枚のライブ盤だ。ここに含まれている何もかもが、あらゆる表現を超えて素晴らしい。月並みな表現だけれど、汲めども尽きせぬ滋養がここにはある。たとえば「ムーヴ」を聴いてみてほしい。アル・ヘイグ、ジミー・レイニー、テディー・コティック、タイニー・カーンのリズム・セクションは息を呑むほど完璧である。とびっきりクールで簡素にして、それと同時に、地中の溶岩のようにホットなリズムを彼らは一体となってひもとく。しかしそれ以上に遥かに、ゲッツの演奏は見事だ。それは天馬のごとく自在に空を行き、雲を払い、目を痛くするほど鮮やかな満天の星を、一瞬のうちに僕らの前に開示する。その鮮烈なうねりは、年月を越えて、僕らの心を激しく打つ。なぜならそこにある歌は、人がその魂に密かに抱える飢餓の狼の群を、容赦なく呼び起こすからだ。彼らは雪の中に、獣の白い無言の息を吐く。手にとってナイフで切り取れそうなほどの白く硬く美しい息を…。そして僕らは、深い魂の森に生きることの宿命的な残酷さを、そこに静かに見て取るのだ。」

Stan Getz At Storyville   1951年10月28日録音

 Jazgetz_live Thou Swell
 The Song Is You
 Mosquito Knees
 Pennies From Heaven
 Move
 Parker 51
 Hershey Bar
 Rubberneck
 Signal
 Everything Happens To Me
 Jumping With Symphony Sid
 Yesterdays
 Budo

  Stan Getz (ts)
  Al Haig(p)
  Jimmy Raney (g)
  Teddy Kotick (b)
  Tiny Kahn (ds)

 もともとLPレコードでは二枚組だったものが、CD化に際して1枚にまとまったもの。上で村上春樹の文章を引用しているけれど、彼はこのライブ録音を手放しで絶賛している。彼は、何らかの思い入れもあるのだろうけれど、そういうものと関係なく、とにかくプレイを聴けば、ゲッツは、クール、洒脱に、美しいメロをとにかくまきちらすようにサックスを吹いている。中域~高域にかけて、甘いメロディを疾走する。そこには障害など何もないかのように、後のモダンジャズのプレイヤーのように突っかかったり、停滞したり、ブローしたりして重くなる事なく、「優しい管楽器」として、テナー・サックスを操る。均整がとれていて、温かみを感じさせるもので、しかしどこかヒヤリとした感覚を秘めていて、開放的にパッパラパパラとぶちかますような音楽とは正反対の、夜の音楽――深夜のクラブで、手だれのバックバンドを従え、クールネスとメロディアスを同時に表現するような音楽と言える。
 最初の「Thou Swell」では、音色の変化を楽しむかのように、まるで奏者が2人いて掛け合いをしているような、一人でボケとツッコミを違った音色でやっているさりげないユーモアは、リラックスした雰囲気をつくり上げる。「The Song Is You」では軽快にテンポが速まり、ギターが絡みながら、2本ホーンの掛け合いのようなテーマ提示の後、快速のアドリブ展開が、肩の力が抜けた、柔らかいビロードの流れのような滑らかに推移するのが圧巻。踊るように、歌うように・・・。続く「Mosquito Knees」も快速ナンバーで、畳み掛けてくる。ここでのゲッツのフレーズのスピード感、小気味よい音数の多さは、そういう意識はないかもしれないが、後年のバップのバトルに参加してもひけをとるものではないだろう。しかも、その細かな速いフレーズが歌っている。5曲目の「Move」は引用した村上春樹も絶賛しているが、リズム部隊と一体となってゲッツが疾走しているナンバー。その疾走の中から「パッパラパー」みたいな細切れに出てくるフレーズがすべて歌うようなのだ。そこに単に速いだけのスピードとテクニックだけを誇示するようなところは皆無なのだ。だから、楽しい。そしてvol.1のラスト「Parker 51」で、さらに加速し、全員がスピードの限界辺りを果敢に突き進んでいて、ゲッツは様々なアイディアを繰り出してくる楽しさは特筆ものだ。2曲続けて限界ギリギリのスピードでプレイしているにもかかわらず、熱血のような熱さとか激しさを、ほとんど感じさせずに、洒落ですよみたいな軽快で涼しげに聴こえてきてしまう。実は、ギターもメロディアスだし、リズム部隊も変則的なリズムをとったりと、様々にゲッツに仕掛けていて、ゲッツはそれに応えるように、アドリブの本領を発揮している。
 当時のゲッツの音色は、音が小さく、か細い感じで、力強さに欠ける。例えば、50年代後半のソニー・ロリンズと比べれば、柔らかいのだろうけれど音がスカスカ抜ける「ヒョロヒョロ」とでも形容したくなるものだ。しかし、ロリンズの音は力強くゴツゴツした黒人的なハードバップには適しているが、ゲッツの音は目指す方向が違うものなのだ。
ゲッツは、独特の柔らかくて肌理(きめ)の細かい肌触りのいいシルクのような音色で、テーマの元メロディを生かしながら自在に展開させてセンスのいいとしか言えないフレーズを繰り出してくる。多分、この粋なフレーズは直感的な閃きのように自然に湧き上がってくるような類のものだ。このような「閃き」を生かす~という点では、ソニー・ロリンズと同じタイプ(音色やフレーズは全く対極だが)かと思う。そうして・・・いい「閃き」が湧いた時のゲッツは・・・本当に凄い。テーマの部分では元のメロディを崩したりもするが、しかしそれは元メロディのツボをちゃんと生かしたようなフレーズであって、そしてひとたびアドリブに入れば、ゲッツはもう吹くのが楽しくて仕方ない・・・という風情で、迷いのない、そして見事に歌っているフレーズを次々と繰り出してくる。スローバラードでの叙情溢れるフレーズももちろん素晴らしいのだが、急速調でのスピードに乗った淀(よど)みのないフレージングときたら・・・それはもう、本当に生き生きとした音楽がそこに立ち現われる。
 ゲッツの吹くフレーズには理論で分析したような跡はまったくない。閃きによって生まれた自然なフレーズを、あたかも「そういう音しか出なかった」ように思える自然な音色で吹く・・・。これら2つの要素がまったく違和感なく、ごく自然に溶け合っている。つまり、ゲッツは、自分の音色に合うフレーズを自ら生み出したのだ・・・いや、自分のフレーズに合う音色を創り出した。そうして、ひとたび彼がテナーを吹けば、それがテーマであってもアドリブであっても・・・そこには本当に「自然な歌」が溢れ出るのだ。

2020年9月 5日 (土)

ジャズを聴く(50)~スタン・ゲッツ「STAN  GETZ  QUARTETS」

Jazgetz  スタン・ゲッツの特徴として、まずあげられるのは彼のテナー・サックスの音だ。同じテナー・サックスでもソニー・ロリンズのようなすーッと伸びるような、太くて、広がりのある、どちらかというゴツゴツした音色と比べると、ゲッツの音色は細くて、ヒョロヒョロした感じに聞こえる。それは、ロリンズには力強さでは及ばないものの、柔らかくて肌理の細かい滑らかな音色といえる。とくにゲッツは高音域を多用したので、なおさら、その印象が強くなっている。ロリンズのような吹き込んだ息をすべて音にして大きく鳴らそうとしていない、その代わりに、その音になっていない息が様々な働きをしている(例えば、耳に聞こえないけれどα波は気分をリラックスさせる、ゲッツの音とは直接関係ないけれど)、そういう音の出し方をしているということだ。
 そして、彼の演奏の仕方、つまり彼の即興は、圧倒的な「今・ここ」の感覚なのだと思う。先取りでもなく後付けでもなく、即興によって音楽が生成されていく瞬間をそのまま聴き手に提示してしまい、それがこの上なく美しい音楽になっている、という奇跡的なものだ。瞬間的な閃きによって、分かり易く美しいメロディが自然に湧いてくるというもので、漫然ときいてしまうと、その完璧さに即興的に紡ぎだされたことが分からないほどなのだ。あまりに自然なために、チャーリー・パーカーのアドリブで目の当たりにするような先行きの分からないようなスリルや緊張感を直接ぶつけられるようなことは表面的には、ない。それが、ゲッツが「クール」と呼ばれる所以なのではないか。
 そして、彼の即興演奏の作り出すフレーズが音楽的な美しさだけで勝負しているということだ。そこには情緒的な要素、センチメンタルな甘いメロディとかマイナー・コードの効果に頼るとか、あるいは、ビブラートとか陰影といった音の装飾をつける、というような一種のごまかしをしていない、ということだ。だから、冷たいと言われるかもしれないが、彼の紡ぎだすメロディは純粋に美しい。 

 

STAN GETZ QUARTETS

Jazgetz_quart  There's A Small Hote
 I've Got You Under My Skin
 What's New
 Too Marvelous For Words
 You Steeped Out Of A Dream
 My Old Flame
 My Old Flame (alternate take)
 Long Island Sound
 Indian Summer
 Mar-Cia
 Crazy Chords
 The Lady In Red
 The Lady In Red (alternate take)
 Wrap Your Troubles In Dreams

 

 #8,9,10,11  1949/06/21
  Stan Getz (ts)
  Al Haig (p)
  Gene Ramey (b)
  Stan Levey (ds)
 #1,2,3,4   1950/01/06
  Stan Getz (ts)
  Al Haig (p)
  Tommy Potter (b)
  Roy Haynes(ds)
 #5,6,7,12,13,14  1950/04/14
  Stan Getz (ts)
  Tony Aless (p)
  Percy Heath (b)
  Don Lamond (ds)
 スタン・ゲッツという人は、誤解を恐れずに言えば、スタイルは全く異なるソニー・ロリンズもそう思うが、天然とても言うしかないその場の思いつきで即興的に素晴らしいフレーズを次から次へと繰り出してしまえる天才であると思っている。ゲッツは活動期間も長く、その間に紆余曲折もあり、プレイスタイルも変遷したが、そのベースは変わっていないと思う。そして、そういう思いつきをストレートに、それだけの1本勝負で体当たりのプレイをしているのが、初期の録音に残されていると思う。とはいっても、このアルバムのサウンドは体当たりのプレイ等という言葉から連想されるド根性の熱血とはほど遠い、スマートで洗練された儚げなサウンドを堪能できる。
 最初の「There's A Small Hotel」から4曲目の「Too Marvelous For Words」が1950年1月に録音されたもので、どれも、素晴らしいプレイを聴くことができる。「There's A Small Hotel」ではアル・ヘイグの湿り気を帯びたようなピアノのイントロがなんとも歌心のあるもので、その軽快なテンポに促されるように、スウィンギーなリズムに乗って流麗なゲッツのソロが浮遊するように、多彩な音色を駆使して、音色が変わるたびにフレーズも変わって、まるで複数のゲッツがプレイしているようなめくるめく眩惑的なプレイを堪能させられる。3曲目「What's New」は人気のバラードだが、ゲッツのか細い、柔らかい音が儚さを際立たせるが、けっしてヤワではなく、その即興は譜面通りに吹いていると思うほど完璧に感じられ、むしろ遊びがないと感じられるほどだ。
 5曲目の「You Steeped Out Of A Dream」から7曲目の「My Old Flame (alternate take)」そして、12曲目の「The Lady In Red」以降の曲は1950年4月に、前とは違うメンバーで録音され、マイクの位置やスタジオ、機材が違うのか、音質が異なって、デッドな響きでゲッツのサックスが近くにダイレクトに聞こえてくる。この録音は、ほかの柔らかでほんわりした音質とは少し異質だが、「You Steeped Out Of A Dream」はスタン・ゲッツ畢生の名演とされた決定的なバージョンと言われる。ソフトにかすれる音色で穏やかなテーマをアドリブで、その湿り気を帯びたムードを壊さぬようにしながら、これでもかというほどフレーズを繰り出してくるさまに圧倒される。
 8曲目の「Long Island Sound」から11曲目の「Crazy Chords」は1949年6月の録音で、「Long Island Sound」の軽快なテンポのナンバーでは、少し熱くなるようなプレイで、次の「Indian Summer」ではミディアムテンポながら、控えめにブローするような一幕もあって、この時に録音されたプレイは総じて熱い力が入っているような感じだ。
 スタン・ゲッツは白人による天才的なテナー奏者、クール・ジャズの創始者といったレッテルが貼られ、この録音はその初期のクール・ジャズの絶頂期の記録とか言われても、後のモダンジャズのプレイを聴きなれた耳からは、曲は短くてあっけなく終わってしまうし、肝心のゲッツの音はスカスカで弱々しい印象で、ハードさが足りないように感じられないか。クラシック音楽でいえば、マーラーやブルックナーなどの後期ロマン派の規模の大きく、長大な交響曲を聴きなれた耳でモーツァルトを聴いた時に感じる難解さに近いかもしれない。巷のジャズのガイドブックなどでも、聴きにくいとして、ゲッツの録音では、後年のボサノバをプレイしたアルバムがヒット作ということもあり、このような初期の録音は参考程度の紹介でお茶を濁しているケースが多い。

2020年8月12日 (水)

ジャズを聴く(49)~ソニー・ロリンズ「A NIGHT AT THE VILLAGE VANGUARD」

村上春樹はロリンズについて、以下のようなことを書いている。(「ポートレイト・イン・ジャズ」より) 
 ロリンズのテーマのメロディの崩し方、あるいは自由な間の取り方は、優れた歌手がメロディを自由に自分の個性に合わせて崩し、伴奏者にはきちんとリズムを取らせながら、好きなタイミングをとらえて歌に入り、自分なりの間を創造してしまうのに通じている。ロリンズは、それと同じことをサックスで行っているのだ。くずし、間の取り方のうまさに加えて、ほとばしり出るアドリブの奔流が凄まじい。ただ、ロリンズの場合は、嵐のような即興フレーズでも、原曲のイメージとかけ離れてしまわないところが、歌心を称賛される理由である。優れた歌手は、歌を自在に自分の懐に引き付けてしまう。つまり、個性的な表現だ。それは歌い手の声そのものとなって、一つの定型にまで高められるだろう。ジャズでも似たようなことは起こる。優れたジャズメンは楽器を通して自分の声を持っている。ロリンズももちろんそうした一人だ。しかし、本当に即興の精神に忠実なジャズメンは、それを日々新たな、そのときの自分の声としなければ満足しない。つまり、あらかじめ練習し、考え抜いた上で、定型的表現へ向かうということはやらない。一つ間違えれば収拾のつかない混乱に陥ることも恐れず、果敢にそのとき、この世に生まれ出る歌声を求めるのが、ジャズの歌心なのである。

A NIGHT AT THE VILLAGE VANGUARD   1957年11月3日録音

 Jazrollins_village Old Devil Moon
 Softly As In A Morning Surise
 Striver's Low
 Sonnymoon For Two
 A Night In Tunisia
 I Can't Get Started

 

 Sonny Rollins (ts)
 Wilbur Ware (b)
 Donald Bailey (b)
 Elvin Jones (ds)
 Pete La Roca (ds)

 

 ブルー・ノートからリリースされた3枚目のアルバム、ピアノレスのトリオを率いてヴィレッジ・ヴァンガードに出演した時のライブ録音である。ライブということもあるのだろう、ここでのロリンズは伸び伸びと奔放にプレイしている印象で、それが聴き手に気持ちよさを感じさせる。だが、凄い演奏をしているのもたしかで、それを聴く者に心地好さを与えてしまうロリンズはすごい。
 最初の「Old Devil Moon」は、有名な『Saxophone Colossus』の「St. Thomas」を彷彿させるような、ラテンのリズムでくだけた調子で、ぶっきらぼうに吹かれるテーマのあとで繰り広げられるロリンズのアドリブは、ドラムのエルヴィン・ジョーンズの煽りも受けて、まさに奔放さ全開。次の「Softly As In A Morning Surise」は、ウィルバー・ウェアのベースのイントロが、まるでベース・ソロのような煽りで、それに応えるようなのか、スタンダードなテーマ・メロディを吃音のようなフレーズで吹くと、しみじみとしたメロディがユーモラスに変貌してしまう。曲全体はイントロからベースが支配して、ロリンズのテーマの吹きようで、ユニークな「Softly As In A Morning Surise」の行き方が、ここで決まったという印象で、ここからベースの煽りにロリンズが時にわざと外したりながらのソロは遊び心満載で、エルヴィン・ジョーンズのドラム・ソロも付き合うようにリズムを時折無視したように間を外して遊んでみせる。これはベースが全体を支配している上での遊びだろうことは、ベースの力強い弾力的な響きからも分かる。ここでのプレイは、とにかく3人とも音圧が凄いのだ。3曲目の「Striver's Low」はロリンズのオリジナル曲で、全編アドリブといっていいほどロリンズは全開のプレイ。その高速のフレーズは、あのジョン・コルトレーンのシーツ・オブ・サウンドにも引けをとらない迫力。しかも、コルトレーンの無機的なのに比べて、ロリンズはメロディアスでもある。「A Night In Tunisia」では、ピアノレス・トリオの編成を採用したことで、ロリンズのこのときばかりともいえる大胆なプレイが聴ける。曲も向いているのだろうけれど、テーマ・パートではひとりでボケとツッコミをやっているような箇所もあって、最初と二番目のコーラスを繋ぐ間奏部分で、オリジナルのコード進行を踏襲しながら大胆にメロディを発展させるところは、凄いとしか言いようがない。最後の「.I Can't Get Started」はバラードで、バラードで締めるというのは、レコードという録音媒体の制約でそうなってしまったというだけなのだろうけれど、ここでのロリンズはライブ録音ということからはやる気持ちもあっただろうが、それを抑えてじっくり自身のフレーズと向き合ってみせる。豪快なプレイに真髄を発揮するロリンズだが、このように落ち着き払った演奏をするときも魅力を放つ。ぶっきら棒に吹き始めるテーマ・メロディが独特の歌心に繋がって、ピアノのコンピングがなくても豊かな楽想を感じさせる。さっきも述べたが、たった3人で、これほどのパワフルな音空間を作り出してくるのに身を任せるように聴いていて、締めはバラードというのは、また最初にもどって聴きたくなる誘惑を抑えきれない。

2020年8月 1日 (土)

ジャズを聴く(48)~ソニー・ロリンズ「Newk's Time」

 ソニー・ロリンズは活動暦が長く、ずっとトップ・プレイヤー君臨し続けた巨人のようなプレイヤーと言えるでしょう。その間、時代の変化やジャズを愛ずる状況の変遷などによって、また、本人の伝記上の様々なエピソードは紹介やネットの検索によって容易に知ることができるでしょうが、その長い活動期間のなかでプレイスタイルを変化させてきている。それに対する好き嫌いは、ファンによって色々と分かれると思う。ここでは、私個人の主観で、つまりは好き嫌いでアルバムを紹介しているので、ここにコメントしているのは、あくまでも私の好みであって、そういうものとして読んでいただきたい。しかし、そのためには、私の好みとはどのようなものかを、明らかにしなければフェアではないだろう。そこで、私はソニー・ロリンズのプレイをこのようなものとして捉えているということを以下で簡単に述べておきたいと思う。
 端的に申し上げると、ソニー・ロリンズのプレイ(アドリブ)の特徴は、“言うべきことを言い切ってしまう”潔さと責任感にあると思っている。このような言い方は、音楽の用語でもなく実際の演奏とは関係のない言葉の上での精神論のように受け取られるかもしれない。具体的に言うと、ロリンズのフレーズというのは、様々なヴァリエーションがあるけれど、そこに一貫して流れているのは、有節形式で終わらせることではないかと思う。つまり、フレーズというのは、2つ以上の音が続けば何かしら音形として受け取ることができるから、さまざまな可能性はあるけれど、ロリンズの場合は、基調となるコードの上で、最後の音は主調に必ず戻る形になる。聴く者にとっては、メロディが終わったと感じる形を必ずとっているということだ。ロリンズのアドリブのフレーズがうたうようだというのは、ここにひとつの大きな要因があると思う。しかし、このような形で徹底してフレーズを作るというのは、実は大変なことなのだ。まずは、そういう形でフレーズを作ることが出来とは限らないということだ。それはまた、フレーズを作る際に、その可能性を限定して絞ってしまうことになるわけだ。何しろ終わり方が決まってしまうのだから。その制約でフレーズを作るのが大変ということ。そして、もうひとつの困難として、そのようにフレーズを終止形にしてしまうと、後にプレイを続けるのが難しくなるということだ。プレイを続けるには、何時までも終わらない形で、つまりは、フレーズの尻を中途半端にして、次のフレーズに連続させれば、後から後からフレーズを繋ぐことができる。実際、そうやって延々とプレイする人もいる。しかし、いったん終止形のフレーズにしてしまうと、その後で新たなフレーズをつくって始めなければならない。したがって、このように終止形のフレーズにこだわるには、それなりの決心が要る。
 他方で、そういう決心ができたからと言って、すぐにそれがプレイでできるとは限らない。そのためには、フレーズを作る即興的な創作力が要るだろうし、それがあってたとしても、例えば、ジョン・コルトレーンのようにいったんフレーズを作ったとしても、何か言いたいことを言い切れていないと感じてしまい、そのフレーズに満足できず、足りない分を付加するように、別のフレーズを足して行って、それが続いてしまう。結果として、プレイが音で埋め尽くされてしまうことになってしまう。コルトレーンの場合は極端な例かもしれないが、フレーズをつくっても、必ずしも満足しきれないケースは他のプレイヤーでも少なからずあろう。しかし、ロリンズの場合には、そこでコルトレーンのように次のフレーズを足すことをしない。そこには、求めたことをすべて満たしたフレーズを毎回作ってしまっているのか分からない。しかし、私には、そうとは思えず、そこではロリンズは、その場合には、あえて付加することを潔く諦めて、次の展開に移って知っているのではないかと思う。
 その理由は、ロリンズのつくるフレーズはよくうたうといわれるけれど、陰影とか情緒的なニュアンスのようなものは混じっていないのだ。ロリンズはぶっきらぼうなほど、フレーズを朗々とストレートに吹く。もし、フレーズにもの足りなさを覚えれば、そこに陰影をつけたり、クラシック音楽でいうテンポルバートのようにリズムのズレといった小細工を施すこともできるだろうが、ロリンズはそういうことをすることはない。彼のフレーズがうたうと言われる一方で、彼のプレイが豪快とも言われるのは、そのためではないかと思う。チマチマとした小細工をあえて捨てているからだ。
 このように、ロリンズは有節形式のフレーズをつくるということ1本で勝負している。そこに私の見るロリンズの特徴がある。その、私に言わせれば、ストレート一本勝負をもっとも直接的に聴くことのできるのは、1955年から1960年の沈黙までの間に録音されたアルバムということになると思う。
 くどいかもいれないが、これは私の個人的な好みである。

 

Newk's Time      1957年9月22日録音

 

Jazrollins_new Tune Up
Asiatic Raes
Wonderful! Wonderful!
The Surrey With Fringe On The Top
Blues For Philly Joe
Namely You

 

Sonny Rollins (ts)
Wynton Kelly (p)
Doug Watkins (b)
Philly Joe Jones (ds)

 

 ブルー・ノートでの「A NIGHT AT THE VILLAGE VANGUARD 」の前に録音した2枚目のアルバム。世評の高い「Saxophone Colossus」などに比べてワイルドに吹きまくったハード・バップの傑作といてもいいのではないか。とこかく、ここには絶好調という感じで、直球勝負のアドリブを豪快にキメていて、サックス奏者であれば、こうやりたいと思わせるようなカッコよさに溢れた内容になっていると思う。
 1曲目の「Tune Up」。初っ端からキレの良いシンバルワーク、絶妙のスネアを活かしたフィリー・ジョーのドラミングが炸裂する。この挑発に乗るようにロリンズの軽快にテーマを吹くと、そこから加速するようにアドリブに移るとテーマの変奏のような入り方から、次第に分解するようにフレーズを分割していって、様々な大きさの断片的なフレーズを重ねて、畳み掛けていくようにしてテンションを高めていく。その加速を煽るようにシンバルワークの良く響くドラムスがいて、ウィントン・ケリーのピアノがよく随いて行っている。次の「Asiatic Raes」はトランペットのケニー・ドーハムのオリジナル、「Lotus Blossom」の別名曲。ラテン・ビートに乗って「Lotus Blossom」のよく知られたテーマの後で、ドラムの短いインターバルの後、ピアノがテーマを伴奏のように弾くのをバックに一転してアドリブに突入すると、そこからは正統派4ビートで、時折不協和音なのか音をわざと外しているのか分からないような音が混じって、ロリンズの凄いのはそこで違和感を聴き手に持たすことなく、いかにも自然に聴かせてしまって、ワイルドに暴れているくらいにしか感じさせないところ。ロリンズのプレイの豪快さと、形容されることは多いけれど、決して爆発するようなブローを連発するわけではないし、コルトレーンのようにごり押しのパワーで圧倒するわけではない。必ず音楽性の魅力で聴き手に迫っている、例えば、アドリブの断片のひとつひとつのどれをとってもメロディとなって、それなりにうたっている。それが、自然に聴けてしまう、大きな要因なのだろう。とどのつまりは、アドリブのフレーズすべてに有機的な意味が通っているということ。こうやって言葉にすると、どうということもないけれど、これは実際に即興でプレイする場合には、大変なことなのだろうと思う。戯れに、ピアノのキーボードを何気なく叩いても意味のある、うたうようなフレーズはなかなか出てこない。それを瞬間的に外れ無しで、こともなげにやってしまう(ように見える)ロリンズの凄みというのは、このアルバム全編に行き渡っている。次の「Wonderful! Wonderful!」は、ロリンズのオリジナル。前曲のムードをそのまま引き継いだような曲展開、つまり悠然としたテナーサックスにイケイケのリズム隊という対決姿勢が鮮明なのだ。4曲目の「The Surrey With Fringe On The Top」は、まさしく圧巻と言うほかない、ロリンズのアドリブの凄みを嫌というほど味わうことができる。この時代では珍しい、テナー・サックスとドラムスのデュオですが、ロリンズもフィリー・ジョーも挑戦的な音を連ね、剣豪同士の真剣勝負に似た緊張感が漂っている。ロリンズのアドリブはテーマのヴァリエイションを展開させるように進む、言い換えれば、原曲メロディを大切にした歌心のあるアドリブから、次第に途方もないところに連れて行かれる。最後はフェイドアウトしてしまうが、まるでドラムスと二人だけで対話しているような孤絶の道を進もうとするような剥き出しの骨ばかりの音楽に、削ぎ落としていく様相が凄まじい。この最後のところは孤高という形容が浮かんでくる。次の全然ブルーでなくごキゲンな「Blues For Philly Joe」に続いて、最後の「Namely You」で、はじめてテンポがミディアムに落ちる。ロリンズは、スローナンバーで、嫋々とメロディをうたわすことはなく、どこまでも剛直に吹くのだが、それでいて、間の取り方やフレージングで朗々とサックスを鳴らしている

2017年12月30日 (土)

ジャズを聴く(47)~アイク・ケベック「ヘヴィ・ソウル」

 アイク・ケベックは、素晴らしい“大衆的な”サクソフォン奏者であったが、その存命中は多くの批評家から実力を過小評価された。彼は、シンプルでありながら単純すぎるやり方では求め得ない魅力的な音楽を表現して見せた。彼は音色やスタイルの点で、とくにコールマン・ホーキンスのような明白なスイングジャズの傾向にあった。しかし、ケベックは単なるホーキンスのまねに終わっていない。彼は巨大なブルースのトーンや攻撃的だったり歓喜しているフレーズで、楽しげなアップ・テンポの曲や叙情的なスローブルースやバラードを演奏した。彼の演奏には、間違った指使いや複雑なものはなく、ストレートに心情から発せられるソロだった。ケベックは、かつてピアニストやパートタイムのタップダンサーもやったことがあるが、40年代にテナー・サックスに転向し、カウント・ベーシーとも協演した。彼は、ケニー・クラーク、ベニー・カーター、ロイ・エルドリッジと言った人々がリーダーを務めたニューヨークのバンドたちと協演した。彼はケニー・クラークと共同で「モップ・モップ」を作曲し、後にその曲はコールマン・ホーキンスによってビバップの最初期のセッションとしてレコーディングされた。ケベックは、40年代中頃から50年代はじめにかけて、キャブ・キャロウェイの楽団と協演し、その派生ユニットであるキャブ・ジャバーズとも協演した。ケベックは40年代にブルー・ノートで78枚ものアルバムに参加し、またサヴォイでもレコーディングを行なった。彼の歌である「ブルー・ハーレム」は大ヒットした。ケベックは、ラッキー・ミランダーと協演し、キャロウェイとレコーディングも行なった。アルフレッド・ライオンは40年代後半にケベックをブルー・ノートのアーティスト・アンド・レパートリー、つまり、アーティストの発掘・契約・育成とそのアーティストに合った楽曲の発掘・契約・制作の担当者にした。後に、ケベックは多くの将来性ある才能をライオンに紹介した。ケベックは、しばらくの間、バンド・リーダーと兼任していたが、50年代後半まで、ブルー・ノートのためにレコーディングと才能の発掘に集中することとなった。彼がライオンのもとに連れて行った人々の中には、セロニアス・モンクやバド・パウエルもいた。ケベックは、モンクのブルー・ノートのデビュー盤のために「Suburban Eyes」を書いた。彼は50年代の終わりごろから、再び、演奏活動を始め、ソニー・クラーク、ジミー・スミス、歌手のドード・グリーンやスタンリー・タレンタインとブルー・ノートのセッションを行なった。彼の再会した音楽活動に対して、以前に彼を酷評した批評家から注目浴び評価を受けていたその時、1963年、ケベックは癌で死去した。

HEAVY SOUL  1961年11月16日録音
Jazquebec_soul  Acquitted
 Just One More Chance
 Que's Dilemma
 Brother Can You Spare a Dime
 The Man I Love
 Heavy Soul
 I Want a Little Girl
 Nature Boy
 Blues for Ike
 Ike Quebec (ts)
 Freddie Roach (org)
 Milt Hynton(b)
 Al Harewood (ds)
 『It Might As Well Be Spring』の1ヶ月ほど前に録音された、このアルバムでのケベックの演奏は『It Might As Well Be Spring』とほとんど変わりはない。このアルバムの特徴としては。オルガンのフレディ・ローチが積極的であるところと、アップ・テンポの多少はアグレシッブな演奏が含まれていることだろう。
 アルバム最初の「Acquitted」は気合の入ったアップ・テンポのナンバーで、『It Might As Well Be Spring』がゆったりとした演奏でリラックスして始まるのとは対照的。リズム・セクションがマイルス・デイビスの「マイルストーン」を想わせる4ビートを痛快にたたき出す。そこで、オルガンのフレーズが突っかかってくる。そのようなバックに対して、ケベックは野太い音で、メロディックなフレーズを歌わせる。ちょっとしたミスマッチの感はあるが、それが不思議とハマってしまう。次の「Just One More Chance」で、ぐっとテンポが落ちて甘いバラードになると、『It Might As Well Be Spring』の時と同じような、ゆったりとしたグルーヴで昭和歌謡のムードのようにケベックのサックスがすすり泣く。3曲目の「Que's Dilemma」では、最初の「Acquitted」と同じようなアップ・テンポの曲で、1曲目と同じようにアグレッシブなリズム・セクションに対して、アナクロとも言えるスタイルで鷹揚と構えるケベックのサックス。しかし、こちらの演奏ではアドリブにはいると次第に演奏が厚くなって、とくにオルガンやベースが突っかかってくるよう。
 こうして、ケベックの演奏を聴いていると、ジャズのルーツが民衆から生まれてきた音楽であることを、同時代の他のプレイヤーよりも強く感じる。ケベック自身は、ベースとなるスタイルが「中間派」ではあっても、バップのスタイルを無視していたわけではないし、R&B等のほかの大衆音楽の動向にも目配りしていたのは、ブルー・ノートで先鋭的な才能を発掘していたことからも分かる。その一方で、ケベックにはバッパーやその後の先端的なジャズ奏者たちのような、自由な即興を追求するとか、ユニークな演奏を目指すとか、そういった自己自身に根ざし、発せられる表現衝動とか欲求のような要素があまり感じられない。それよりも、大衆的な音楽として人々に受け容れられ、その人々の間で心地好い空間をつくりだすことでよしとする姿勢があるように思う。ケベックの生きていた時代では、それが後進性のように映ってしまったのではないか。しかし、その後のジャズが他のジャンルの音楽とのコラボレーション等を通じてサウンド志向になったり、環境音楽やワールドミュージックの方を向いたりするなかで、音楽スタイルは別にして、ケベックの姿勢を間接的に受け継ぐ人が出てきているように思う。
 そして8曲目の「Nature Boy」は、ケベックの音楽の底力というべきか、ミルト・ヒントンが弾くベースとのデュオという虚飾と贅肉をギリギリのところまで拝した編成で、ボン・ボンと骨太の深い音で爪弾かれるベースと、剥き出しのメロディのようなフレーズで対話する。短い時間だけれど、部屋とそっと独りでいつくしみように静かに聴いていたい演奏。

2017年12月29日 (金)

ジャズを聴く(46)~アイク・ケベック「春の如く」

Jazquebec  テナー・サックス奏者。ここでは、実際の響きを具体的に言葉にして、読んだ人がその音楽を響きとして想像できるように心掛けているつもりだが、ここでは比喩的な言い方を許してもらいたい。このページで取り上げているミュージャンの大半はライブ演奏では「俺の演奏を聴け」とばかりに、自分の主張を音楽で表現したり、音楽自体が重要であるというようなことで、音楽を創ることに全身全霊をかけ、聴き手にも相応の緊張を求めている。ある意味、自分が神のように自由にやりたい放題の演奏をして、聴き手に押し付けるところもある。しかし、これに対してケベックの場合には、ライブに集う人々の間に楽しい時間や空間をつくる手段として演奏しているような音楽をやっているように思える。例えば、ライブハウスのテーブルについて、とくに音楽を聴いていなくて酒を飲んでいる人を否定することなく、音楽で、その人が気持ちよく酒を飲めるような雰囲気に自然となっていることでよしとする。そういった性格の音楽をやっているプレイヤーではないかと思う。
 ケベックの音楽スタイルは、中間派といわれ、彼が音楽活動していた時には、時代のジャズであったバップに比べて、昔のハーレム・ジャズとかスィングとかを引き摺ったアナクロと言われるようなスタイルだった。それは、例えばアドリブで走ったりしないで、彼の吹くフレーズのひとつひとつがメロディックで親しみ易く、それを聞きやすくするために野太い音でメロディがはっきりと分かるように朗々と吹いている。それだから、聴きようによっては昭和の歌謡曲ムードをキャバレーで演っているようにも聴こえる。そういう通俗性がある。しかし、そういうコテコテさに陥ってしまう一歩手前のところでの寸止めの一線をケベック自身がわきまえていて、その一線を越えないでとどまっているところで下品にならず品格を保っている。例えば、ブロウを派手にブチかましてオーバーブローになることはなく、サブトーンですすり泣くような吹き方をするときでも抑制がきいているので、悠々としたハートウォームなトーンとして聴こえてくる。そのため、聴き手はリラックスして、安心して身を委ねることができる。
 このように書くと、単に心地好いだけのムード音楽と受け取られてしまうかもしれないが、ケベックの演奏には抑制が効いており、その土台には自己の音楽を冷静で客観的に見る視線と、過剰を律する自己に対する厳しい姿勢があって、それが彼の演奏に品格を与えている。
T MIGHT AS WELL BE SPRING   1961年12月29日録音
Jazleeknitz_har  It Might As Well Be Spring
 A Light Reprieve
 Easy Don't Hurt
 Lover Man
 Ol' Man River
 Willow Weep For Me
 Ike Quebec (ts)
 Freddie Roach (org)
 Milt Hinton (b)
 Al Harewood (ds)
 『春の如く』という邦題と、緑色の基調のジャケットデザインが、このアルバムの雰囲気に寄り添うようで、見事に印象を表わしている。
 最初の「It Might As Well Be Spring」は、ゆったりとしたオルガンのイントロに導かれるように入ってくるケベックのサックスの音。あまりにも低くゆったりと吹かれる。それは、ジョン・コルトレーンやソニー・ロリンズの演奏に慣れた耳には、いかにも一時代前の古臭くも聞こえる演奏は、却って新鮮で衝撃的に響く。ドロドロといっていいほどのスローテンポの演奏で、野太いテナーサックスの音色、溜めに溜めたようなグルーヴ感。スタンダードナンバーのブルージーなテーマを、ケベックのサックスで聴くと、まるでひとむかし前の切ない歌謡ムードを想わせる。それは、ジャズが通俗的な大衆音楽であることを、今さらながらに想い起させる。そのあとに続くアドリブパートもビバップのようなハイテンションになることなく、少しテンポは上がるものの、大らかでリラックスしたトーンが一貫している。しかも、ケベックの吹くフレーズはメロディックで朗々としている。バックも、ケベックに寄り添うように、フレディ・ローチのオルガンは冒頭の「ショワー」というシャワーのようなサウンドは、聴く者を一気に、この世界に招き入れてしまうもので、ゆったりと気持ちの良いテンポを形づくっていて、ミルト・ヒントンのベースは、ゆったりと大股で歩くように「ズンズン」と弾かれている。ケベックを中心に4人の奏者が、ビバップより以前のハーレムジャズをルーツにする中間派と呼ばれるスタイルで一貫していて、居直ったような自信に溢れる演奏をしている。
 次の「A Light Reprieve」は、アップ・テンポの曲になり、若干ドラムスが煽るようなところ見せるが、ケベックはいっこうに動じることなく悠々とした演奏を崩さない。
4曲目の「Lover Man」もスタンダード・ナンバー。1曲目に輪をかけたスローな曲で、バラードのように立ち止まって歌うというのではなく、そのスロー・テンポでもグルーヴするノリは超絶的と言えるかもしれない。1曲目と同じように野太い音でサブトーンというよりはブレス漏れになりそうなほどのしのび泣くようなソウルフルなサックスの暖かい響きで、歌心あふれるフレーズを次から次へと繰り出してくる。
 次の5曲目の「Ol' Man River」は、このアルバムでもっとも急速なナンバーで、スイングするケベックは緊張感の高い演奏を展開し、後半にはリズム・セクションもそれにつられて徐々に盛り上がってくるのだが、どこか鷹揚としているように聴こえてくる。
このアルバムは全体としてスローテンポのゆったりとしたナンバーがほとんどで、ケベックのアナクロな野太い音に酔うようにして、リラックスして身を委ねていたい。

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