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最近読んだ本

あるIR担当者の雑感

2020年1月25日 (土)

決算説明会見学記~景気は底打ち?

 先日、懇意にしていただいているアナリストの厚意で、N社の第三四半期の決算説明会を見学してきました。某有名メーカーの副社長を社長にスカウトしたこと、業績予想の下方修正を発表したことなど、話題豊富で、質問者には読売新聞や毎日新聞の経済記者とは思えない質問があったりして(これらの質問者は、会長のN氏におちょくられて会場内の失笑をかっていました)、いつも以上にぎやかな説明会でした。下方修正は、米中摩擦などの国際的な経済情勢によるというのが、他の会社だったら、そう説明するのでしょうか、N氏はそういう言い方を潔しとはしないで、事業戦略の根本的な転換のための先行投資のためだと言います。例えば、自動車というのはエンジンが核で自動車メーカーは、それぞれ技術とノウハウを積み上げたエンジンで他社と差別化している。だから基幹部分を内製している。だからトップシェアでも10%程度。これがEVになると、パソコンや家電と同じようにコモデティ化することになる。EVの中の機械部分は、パソコンの中と同じように、どこのメーカーでもハードは同じになってしまうことになるだろう。そうするとEVの差別化はソフトやデザイン、例えば自動運転とか、そういうことになる。その時に、Nはパソコンにおけるインテルをめざすという。つまり、EVの中のハードのモーターはすべてNが供給してEV市場の支配を目指す。そのためには、大量生産体制で市場シェアを90%とかの独占にして、同社の製品を標準にしてしまう。だからライバルは同業他社だけでなくOEMメーカーも含まれることになる。いわば、EVの中身つまりハード部分をプラットフォームとして、自動車メーカーは自社製造しなくなるので、そのすべてを引き受けてしまうことを目指すということです。この場合の自動車メーカーは自動運転などのソフト開発で手いっぱいで、ハード部分を製造している余裕はなくなってしまうだろうという。そういう、いま、EVへの切り替えがスタートしている、この時期に全てのEVメーカーにリアルタイムで供給できる体制を作るために大規模な投資をしているという。そのために、キャッシュフローが落ち込むのは当然だという。おそらく、この人は逆境の時に元気になる人なのだろうと思う。乱世の英雄タイプというか、いつもより元気ありげに見えました。でも、こういうストーリーを考えると、業績予想の修正の原因となる経済情勢の変化というのは、米中摩擦とかいう外部的なものではなくて、産業構造が変化しているという構造的なもので、中期的なものであるはず、と思います。
 しかし、それをN氏本人は、自身の肚の内にあるのは分かるのだけれど、それが本人が整理できて、明確な形になっていないように見えた。それが社内にイメージが共有されているのか、おそらく取締役レベルでも、N氏の個々の指示で動いている。おそらく、某社から招かれた社長さんも、そういう歯車にされているのが容易に想像できた。というのも、N氏は、そういう大きなビジョンをまとまった形で説明したのではなくて、質問に答えて、個々の施策の説明としてしか話していなかったから。説明資料のなかで業績予想の下方修正の原因が書かれていましたが、いくつかの理由がアトランダムに列記されているだけした。そこから、状況がどうなのか、それを同社はどのように捉えているのか、そういうイメージが湧くものではありませんでした。N氏は、おそらく身体に染みついていて、本能的なレベルで動けてしまうでしょう。しかし、彼以外の者は、そうはいかないでしょう。かりに、説明会の質疑応答の、個々の話から大きな物語とかビジョンにまとめてみて提示するのか、私は例えばIRという部門の仕事だと思っているが、そういうことは説明資料を見てても、気配も感じられなかった。そういうところは、この会社にはないのだろうか。おそらく、今、Nは、イチかバチかの大博打に一歩踏み出しているように見えます。独断的な見方ですが。

2019年7月29日 (月)

決算説明会見学記─名物経営者の現場復帰

 先週、懇意にしていただいているアナリストの厚意で、またまたN社の第一四半期決算説明会に行ってきました。1~3月の売上が中国の景気状況の影響で急落し、この4~6月も同じ状況が続き、売上高は前年同期を下回り、減収減益となった。増収増益が常態となって、この会社では珍しいことです。それもあって、状況の厳しさが目立ち、説明会の雰囲気も空席がちらほら見られ、質疑応答は時間が足りないほどなのに、今日は終了予定時間前に質問が途切れた。どことなく寂しい雰囲気でした。決算説明会はプロのアナリストやファンド・マネジャーが出席する場なのに、結構状況に左右されるものなのかと思いました。企業の実力を見極めるのに、こういう厳しい状況でこそ、よく見極められるのに、と思うんですけれど。プロも、意外と野次馬というか、軽薄なんだなと思ったしだいです。
 この会社の名物経営者である会長は、そういう状況で後継者の社長に道を譲ろうとしていたことから現場復帰し、今回の説明会は社長は出席せず、会長独りで仕切ると、いつもより生き生きとした印象。話し方は、いつもより落ち着いて、むしろ静かな様子だけれど、話す内容は、ここ数回のような脱線や質問するアナリストをいじったりするような遊びがなくなり、かえって実質的な話で、中身の濃いものでした。むしろ、不慣れな質問にも丁寧に聞いて答えていて、真面目というか真摯な姿勢が目立ちました。例えば、自動車向けの製品のことについて、アナリストたちには彼らの専門外だからと不勉強を皮肉るようにことが多かったのですが、今回は、中国の自動車市場のトレンドから新製品のニーズの可能性、それに対する同社の戦略方針まで丁寧に説明していました。例えば、電気自動車を奨励している状況に対して2大メーカーが標準規格品の大量生産体制を敷こうとしているが、それに先んじてモーターの生産工場をすでに建設し、標準規格品をモディファイさせたトラックや大型車輌の生産ニーズも予想して、新規の工場建設を予定している。これに対して、ヨーロッパの電気自動車は遅れ気味だったが、中国の進歩に尻に火がつき始めた状態だが、中国と違って標準規格品の大量生産には進まず、差別化を図るようなので、対応するモーターは特注品の開発体制をつくっているなど。それに、応じるために国内の子会社を含めてグループの技術者や生産体制の大規模なシフトをしている。その経費が、第1四半期は利益を下振れされたと。
 現時点では、その関係も含め、引き合い、受注がとれているので、生産体制の整備が課題という。それゆえに、生産体制が整った下半期からは、利益を取り返し、通期では当初計画を達成すると。
 ただ、景気状況の展望については、大方の見方よりも、むしろ悲観的で、しばらく好転は見込めないだろうということでした。ただし、決算結果の減収減益については、景気を理由とせず、自社努力を原因と表明。つまり、景気がどうあろうと、稼ぐことのできる体制をつくれなかった経営の責任であると率直に認めていました。これを経営者自ら、語るというのは、やはりすごいと思いました。この人だから、こう話しても、人々の信用を失わないところだと思うのですが。その裏には、通期では成績を残す確固とした自信があるからだし、その根拠である後半の経営戦略は説得的です。既存の売上増加は望めないので、新しい分野を含めて利益を取っていくことでした。何か、会長の雰囲気が、話す声こそ小さくなりましたが、声に力があり、現役に復帰したことで、これだけ生き生きしてくるものだと思いました。それと、私の妄想かもしれませんが、初心に帰るとでもいうような真面目というか真摯な態度が目立ち、そこに、意気込みと言うのか危機意識というのか、そういう感じが強くしました。

2019年4月25日 (木)

決算説明会見学記~名物経営者も思考の硬直が?

 懇意にしてもらっているアナリストのご厚意で、今回も、N社の決算説明会を見学してきました。
 今回の説明会は、少し様子が変わって。会場正面のスクリーンの下に経営陣がひな壇のように並んでいました。説明会のやり方も、N会長のワンマンショーから、まず新社長たちに喋らせて、Nさんはその追加説明にあたるという構成になっていました。といっても、大半の時間はNさんがしゃべっているので、実質的には、あまり変わらないという感じでしょうか。
 説明の内容のほうは、中国市場の状況変化を理由とした業績予想の下方修正や、M&Aの発表などで話題に事欠かないので、出席者も座席が足りなくなるほどの盛況でしたが、その中で、現在の景況は悪いと断言し、既存製品の売上が減速し、新製品が伸びたのでカバーできた、ということで。これを機に、一気に構造改革をするという、いつものパターンですが、従来の製品と新製品とを入れ替えてしまって、生産体制なども再編成すると。従来の構造改革では手をつけなかった子会社の事業再編も進める(例えば、子会社同士で重複している事業をまとめて、それぞれの子会社を専業化してしまうなど)という説明でした。とくに車載関係は、中国ではガソリン車は減速したが、EVやPHVは倍増していて、その分野の成長余地は大きく、関係の競合会社の規模は小さいので、ここでシェアをとって市場の成長に乗って、規模を拡大させるという。その説明の傍らで、日本の自動車関係のメーカーは自動車のコモディティ化の波についていっていないので、家電の二の舞を踏みそうだと、自説を展開していましたが、Nさんは、その波にいかに巧みに乗ることが勝機だと考えているようでした。
 いつものとおりパワフルだと、最近、日本経済や情勢に対して、一家言を加えることが増えたと思っていたら、最後にちょっと機になる事がありました。離れしていない女性の質問者が「今後の中国市場で事業を展開していくうえでのリスク」を質問したところ、Nさんが質問の意味が分からず、私が見てもとんちんかんな説明から、自説の開陳になってしまって、質問者は戸惑うばかりだった、という一幕がありました。Nさんが、その質問者を少しイジったりして会場は笑いに包まれたのですが。考えてみれば、説明会でのアナリストたちの質問は大同小異のマンネリでもあり、それに答えるNさんもパターンが固定してしまっているので、ひのパターンから外れた質問が理解不能になっている。そう見えました。しかも、質問の内容からみて、この会社はイケイケだけれど、守りとか受けに回ったら、コロリといってしまうのではないか、と心配になりました。というのも、今回の説明の景気悪化の認識での構造改革も、内容は進化しているといっても基本は過去のパターンのくり返しで、目新しいことはないとも言えるわけで。いまのところ、当分は、会社に勢いがあるから大丈夫なのでしょうが、危機感は当然、経営陣も持っているのでしょうが、それが硬直化しているのでないか、というと言いすぎですが、ちょっと思いました。

 

2019年1月23日 (水)

決算説明会見学記─誰よりも先にピンチに気付く?

 懇意にしているアナリストの厚意で、電子部品メーカーND社の第3四半期決算説明会に行ってきました。先週、「これまで経験したことのない落ち込み」とずっと拡大成長を続けていた同社が業績予想の下方修正を発表したのは、一般ニュースでも報じられました。説明会場は、いつもと同じ場所ながら、椅子を一列増やして出席者の増加に対応し、名物経営者のN会長以下の経営陣がひな壇のようにスクリーンの前に並んで、入場の際には一斉にカメラのフラッシュが集まる、という普段の説明会とは全く異なった雰囲気。そして、始まったら最初はN会長のあいさつ?だと?で、N会長いわく、今まで私のワンマンショーでやってきたが、今日はやりません、と。それで、資料の説明など一切なく、読めば分かります。社長に就任した吉本さんが少しだけ説明。配布資料の充実はいつも通りなのだが、心なしかボリュームは少なく見える。で、ノッケから質疑応答。そこからは、いつもの会長のワンマンショーにもどったので、落ち着いた。
 おそらく、会長のワンマン体制の、その後を意識しているところを見せているのかもしれません。会長、社長とCFOの集団体制ということなのでしょうか。質疑応答で、他の2人に発言させることを意識しているみたいですが、質問するアナリストたちは、Nさんを求めてしまう。本人も前に出たい、と、結構N会長自身の、その後に向けて自己変革を痛感していて、それが本人の思うように進んでいない印象でした。事業構成が変化してパソコンのファン・モーターのような需要が著しく変化する製品の場合、相場師のような先を読む勘のようなもので生産ラインをマネジメントしていたのは、まさにN会長の独壇場だったはずで、それが自動車の運転制御の部品となると安定して受注を長期のスパンで確保できる。そこでは勘の出る幕はなかった。つい最近までのND社がそうでした。それが、直近の先行きが一気に不安定になって、勘の出番がでてきたように見える。変革の揺れ戻しです。これはその印象から受けた妄想かもしれませんが。この会社はリーマンショックの際にも、日本で影響はないと安心していたときに逸早く非常事態宣言をして、WPRというプロジェクトで事業ポートフォリオを根本的に組み替える大変革をして、その後他社がもたつくのを尻目に一気にシェアを奪取して大きく飛躍しました。今回も、他社に先駆けて厳しい状況を公表をして大規模な企業変革のチャンスとしているようですが、あわせて自己変革が進まない、N会長自身も、その波に乗って、自らの尻を叩こうとしているように見えました。

2018年12月22日 (土)

ある内部監査担当者の戯言(18)

 最近大きな話題となった、高速道路での感情的な行き違いから煽り運転が行われ、追い越し車線に止められた自動車に後続のトラックが突っ込んで死者が出たという事件。ここで、事実と言えるのは、サービスエリアの駐車についてAさんがBさんを注意したこと。Aさん一家の乗る自動車に対してBさんの運転する自動車が突っかかるような運転をしたこと。BさんがAさんの自動車の行先を塞いだこと。Aさん一家の自動車が高速道路の追い越し車線で止まったこと。そのAさん一家の止まった自動車にトラックが突っ込んだこと。Aさんがなくなったこと。これらの事実に関して、客観的はそれぞれの事実で、関係として確実なことは時間的な前後関係くらいしかない。しかし、人は、これらを因果関係という物語をつくって結びつける。それは、敢えて言えば主観的で、立場によって変わってくる。例えば、Aさんが死んだという視点で、これを避けることはできなかったのかという視点で考えられる物語はこうだ。Aさんが死んだのはトラックに突っ込まれたからだ。トラックに突っ込まれたのは高速道路の追い越し車線で車を止めたからだ。何もなければ、そんなところに車をとめることはない。普段ならない何かがあったからで、それがBさんが道を塞いで止めざるを得なかったからだ。だから、Bさんが道を塞がなければ、事故は起こらなかった。だから、Aさんの死の原因はBさんの行為にある。他方、Bさんの行為の視点からみれば、違った物語となる。BさんはAさん一家の車の前方を塞いだ。Aさん一家の車は直進できなくて車を止めた。そこまでは、Bさんの意思した範囲といえよう。しかし、トラックが突っ込んだのは、それとは違う。もし、トラックが突っ込んで来なかったら、Aさんは死ぬことはなかった。つまり、BさんはAさんの前を塞ぐという同じ行為をした場合で、トラックが突っ込んできたらAさんの死亡の責を問われて、トラックが突っ込んでいなければ問われない。同じ行為をして場合によって結果が違うということになる。その違いは偶然ということ。
 この二つのものがたりの、どちらが正しいとも、真実ともいえない。しかし、それを裁判というパブリックなところでこうだと決めた。つまり、たくさんの物語があるうちのただひとつの物語を正しいとして権威づけた、ということになる。

2018年11月25日 (日)

ある内部監査担当者の戯言(17)

たまに和服の若い男性の姿を東京郊外の地でも目にする。しかし、なんかぎこちない。駅の階段で前がはだけて裾を踏んづけそうになったりして、しかも、それを気にかけていない様子、というよりも、そんなものだと思っているような。

以前に、研修旅行で旅館の浴衣に着替える際に、若い人に、浴衣の帯を結ぶ前に腰で矯めると教えてあげても、それが何のことか分からなかった。身体感覚でそういうのが、分からなくなっているというのか、身体つきが対応できないようになっていた。和服でもそうだが、浴衣で歩く時は、上半身は背筋を伸ばした直立したかたちに腰矯の姿勢で固定して、腰から下を動かして歩く。腰から上を大地に平行移動させるようにして、摺り足で歩く。いわゆるナンバという右手右足を同時に前に出す歩き。それと反対の極端な歩き方はファッションショーのモデルの腰をひねって、手足を互い違いに前に出して、全身を揺らすようにして大股で歩く姿。和服で歩いていて、はだけてしまうのは、程度の差はあっても、その姿で歩くような身体になっているということではないか。

でも、能や歌舞伎、あるいは武道などではナンバ歩きをする。例えば、歌舞伎の勧進帳で弁慶が勧進帳を読み上げるときに、対する富樫はじっとしているように見える。しかし、そこで富樫は腰を矯めて対峙している。いわゆる肚芸なのだが、そこで二人は火花を散らし闘っているのだが、そういうのを身体で実感できるのか。あるいは京鹿子娘道成寺の乱拍子などは静止しているようにしか見えないのではないか。

それよりも、畳の部屋で文机をつかう姿勢もとれないのではないか。私は、今の若い人々のような腰高で、手足の長い身体つきではないので、僻みも入っているかもしれない。

2018年11月22日 (木)

日産のゴーン氏の事件について思うこと

日産の有価証券報告書の虚偽記載の件、といっても何のことやら、という人には、カルロス・ゴーン氏の役員報酬の開示を偽ったとして逮捕された事件について、若干述べます。

最初に、ゴーン氏ではなくて日産の件としたのは、有価証券報告書を実際に作っているのは日産という会社であるはずだからです。常識では、有価証券報告書というのは日産が記載するというものです。新聞やテレビのニュースの報道で、「ゴーン氏が」というようにゴーン氏という個人が主語になるとしたら、記載させたというのが普通のはずです。ゴーン氏が実際に書いているわけではなく、日産のしかるべき部署の担当者が作成したからです。以前、西武鉄道の有価証券報告書の虚偽記載が発覚した時は、当時の堤会長が書かせたと報じられたはずです。日産の場合も、有価証券報告書の虚偽記載となるはずなのに、ゴーン氏の個人の犯行のように報じられているのは不思議です。なぜでしょうか。そういう、変なところがあります。事件そのものについても、その報道についても。

役員報酬の額について、ゴーン氏から申告された額を有価証券報告書に記載されているように報じられています。そこで思うのは、日産の経理ってそんなにいい加減なのか?ということです。だって報酬を払っているのは日産なんだからゴーン氏から申告してもらう必要がどこにあるのでしょうか。ゴーン氏が一人で役員報酬の額を決めていて、誰も、その金額を知らなかったということですが、普通に考えれば、ゴーン氏が報酬額を独断で決めたとしても、その報酬金額をゴーン自身が銀行窓口に振込依頼しに行くとは到底思えません。少なくとも事務処理、経理処理を日産の社員の誰かがしているはずです。その時点で、ゴーン氏がいくらもらっているかは分かるはずではないでしょうか。それを帳簿につけて決算をするわけです。だから、有価証券報告書に役員報酬の記載をするのに、ゴーン氏に申告してもらう必要なんてないはずです。かりに申告してもらったとしても、それが正しいかどうかを帳簿で確認すれば、間違っていることが分からないはずがない。それが分からないのは、なぜか。だから、会社が組織的にやっていたと考える方が自然なのです。それをゴーン氏と仲間の代表取締役の二人の個人がやったことにされている。もっと言えば、監査法人の会計士が何も疑問に思わなかったのも変。それで、他の取締役がゴーン氏がいくらもらっていたか知らなかったというのは、知ろうとしなかったに等しい。何か変です。

そして、この事件で一番重要だと思うことは、そもそも、有価証券報告書というのは企業が責任を持って決算を公的に公開するものです。それについて、たとえ会長といっても、その言っている数値が検証や確認されずに記載されたようなのだということです。つまり、一番の問題は、有価証券報告書の役員報酬の数値がゴーン氏の言ったとおりに虚偽が記載されていたのが事実とすれば、他にもそういうところがあるかもしれない、その可能性があるということは容易に想像できてしまいます。例えば、会社の業績、つまり粉飾ということになるのです。そうなってしまったら、日産の決算が信用できないことになる。だから、この虚偽記載がどのように行なわれたかを明らかにすることが重要なので。虚偽ができるのは役員報酬に限ってなのか、それともすべての数値でも、できてしまうか、ということ。つまり、今、日産という会社の信頼が根底から揺らいでいると思うのです

しかし、そういうことに報道は興味がないのか、追究しようとしません。役員報酬額が高いかとか、日産の末端の社員を捕まえて感想をきくとか、かつてリストラした人のことを引き合いだすとか、あるいはルノーとの合併の話とそれに伴う陰謀の話とか、上述の事件の核心から話を逸らすかのように、混ぜっ返すような報道をしていて、報道は何をやりたいのか(役員報酬に関する報道の内容は、無知が露呈していて、知識がないからいえるような見当外れなことを報道していて、人々を誤解に誘導しているとはっきり言えます。)、これではフェイク・ニュースと言われても仕方がないのではないかと感じています。

 

2018年10月24日 (水)

決算説明会見学記~ピンチは最大のチャンス

 ある方の、ご厚意に甘えて、この数年の四半期決算の説明会を続けて見学させてもらっているN社の説明会が、今日の午前地あり、行ってきました。出席者は創業者で名物経営者の会長と財務担当の副社長とIR部長の3人だけでした。前回の説明会で後継者の新社長をお披露目したのですが、、その新社長はというと、買収した会社の経営改善に専心しているとのこと。会長さん曰く、決算説明会は経営者の業績を説明しているところで、現時点では新社長の業績ではないとのと、新社長が他人である永守の業績を説明したって意味がないだろ?と。新社長は経営改善を軌道に乗せ収益率を向上させたら、その説明を、この席でやります、とのこと。いかにも、この人らしい筋の通し方と思いました。
 さて、今回は、前回までと雰囲気が一転していました。それは内外の情勢の変化、それまでの景気回復基調がピークに達し、マーケットの風が止みつつある。実際に、同社では売上のトップラインはこの数Qでは横ばいになってきています。こんな時こそ、“風の吹かない時に凧を上げる”のが同社である、これをビジネスチャンスであるとして、第2Qの決算の説明はスルーして、これからどうするかの戦略方針を、最近にない熱さで語っていました。実際に、同社はこれまでも景気の悪いときにライバルと体力勝負を仕掛けてシェアを獲得して、ネックストステージの飛躍する基盤をつくってきたと言います。景気が落ち込めばM&Aの買収価格が安くなり、人を採りやすくなり、仕入れも安くなる。そこで、生産力を強化して従来の半額に近いような低価格で大量に供給すると、ライバルは競争についていけなくなり、また、あまりの低価格ゆえに、それまで潜在的だった需要が掘り起こされて、市場が拡大する。他社のシェアを獲得した占有率で、市場が拡大するので、売上の大幅な増加になる。それに伴いスケールメリットで収益も上がる。まるで絵に描いた餅ですが、実際にそれで実績があるわけですから。本人は強気です。M&Aや設備投資などもかなり積極的にやっているそうです。とくに、中国の情勢は、日本で言えば、高度経済成長の後半でドルショックやオイルショックに遭って一時的に成長に陰りが出たときと同じだと言います。日本は危機を克服し、一段と強い経済に脱皮し更なる成長をしていきましたが、中国も同じであり、今は、それを見越しての戦略を実行していると。やっぱり、この人は、後継者を指名したとはいえ、現役バリバリの経営者なんだなと思いました。元気をもらってきました。

2018年10月 8日 (月)

ある内部監査担当者の戯言(16)

 夫婦について生産性という観点から評価するということについて、見当外れかもしれないが、生産性ということは功利だよね。そこで求められるのは効率ということでしょう。そうすると会社のような集団と同じように見るということでしょう。いってれば、夫婦という集団は、もはや愛情とか血縁でつくられるものではなくなるべきだ、ということになる。なぜなら、功利性を求めることについては、必ずしも効率的ではない。夫婦はゲマインシャフトからゲゼルシャフトに変化すべきということになると思う。ということは、伝統的ということになっている夫婦の形態を破壊しようという主張に結びつく。私は、そのように破壊してしまってもいい思う。
 もし、子供を生産するという功利性で夫婦を評価するという場合、伝統的ということになっている形態の夫婦が果たして最適なのかということが、男女のペアリングという形態、あるいは一夫一婦制という形態、はワン・オブ・ゼムで、他の形態の場合の予測値を計算して比較するというデータの裏付けのもとに、論証されていない。
 要するに、夫婦について生産性という観点から評価するということは、伝統的と思われている形態の夫婦制を維持する根拠とはならない。
見当外れかもしれないが。

2018年10月 2日 (火)

内部監査担当者の戯言(15)

 10月1日にノーベル賞医学生理学賞の受賞者が発表されて、内定者の記者会見とともにテレビや新聞で大きく報じられました。その中のやりとりで、記者の「研究者を目指す子どもに思ってほしいことは?」という質問に対して「研究者になるということにおいていちばん重要なのは、何か知りたいと思うこと、不思議だなと思う心を大切にすること。教科書に書いてあることを信じない。常に疑いを持って、本当はどうなってるんだ、という心を大切にする。つまり、自分の目でものを見る。そして納得する。そういう若い小中学生にぜひ、研究の道を志してほしい思います」と答えていました。これは学問とは、そもそもそういうもので、タテマエとして何ら問題はないことなのですが。それをあるテレビ局の放送の中で、その発言をさも感心したかのように称揚するするように取り上げていました。
 発言した本人は、その前の質問でも、研究者の心得として、「私自身は、研究に関して、何か知りたいという好奇心がある。もう1つは、簡単に信じない。それから、よくマスコミの人は、ネイチャー、サイエンスに出ているからどうだ、という話をするが、僕はいつもネイチャー、サイエンスに出ているものの9割はうそで、10年たったら、残って1割だと思っています。まず、論文とか、書いてあることを信じない。自分の目で、確信ができるまでやる。それが僕のサイエンスに対する基本的なやり方。つまり、自分の頭で考えて、納得できるまでやると言うことです」とも言っていたので、それと一貫しているし、この人のモットーとしていることなのだろうと思います。
 しかし、これを、もし自分が実践するとしたら、それは現実の社会では、混乱を招くことになるような過激な内容を含んでいることは、少しでも考えれば分かることです。こんなことはありえないでしょうが、この記者会見に感動した小中学生が、一斉にこの言葉を実践したとしたら、教科書に書いてあることを信じないで、それを常に疑うことなるわけです。そうしたら現在の学校の授業は崩壊します。教科書の内容を疑っている生徒に対して、それは正しいということをちゃんと説明できる人が現実にどれだけいるか。それだけ、いまの学校もそうですが、会社も、もっとひろくいうと社会も、教科書に書かれていることは無条件に正しいと鵜呑みにして、疑問を感じないことで成り立っているのが実情だろうと思います。その中で、学校教育というのは、そういう社会に適応させる訓練のためのものというもので、教科書に疑問をもつような子供がいたら、その疑問を封じ込めるというのが実際の授業で、学校での成績優秀者というのはそれによく適応した者のことを言っている。かなりシニカルな言い方をしていますが、実際にそんなものだろうと、納得できるのではないかと思います。
 こんなことを言っているからといって、受賞者を貶めようとか、発言の揚げ足を取ろうというのではありません。ご本人は受賞の喜びに包まれて、気分の高揚しているところで、多少興奮して、話をしているので、それはそれで、微笑ましい光景だとおもうくらいの常識はわきまえているつもりです。
 しかし、その発言を鵜呑みにするように感心してしまうようなことは、実は、この発言をちゃんと聞いていないということになるのではないか。そう思ったということです。
ご本人は正しいかどうかをじぶんで考えて判断しなさいと言っているのですから、この発言に感心して、そうだと思うのなら、当のこの発言の内容に対しても、まず疑ってみるべきだということになるはずなのですから。

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