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美術展

2017年12月10日 (日)

没後40年 幻の画家 不染鉄(2)~第1章 郷愁の家

解説では“「家」というモティーフは、家族をなくしていた不染にとって、自身の心情を容易に託すことのできる対象でもあったのだろう。林の中にそっと佇む茅葺屋根の家や、身を寄せ合うようにして民家が立ち並ぶ風景を、様々な視点で捉えながら、柔らかな筆致とセピア調のけぶるような色彩で表現した作品には、繊細な感情が宿っている。”と説明されています。

Fusenwinter 「冬」という作品です。“自らの居場所を絵に求めるかのようにして民家という主題を取り上げ、そこに様々な感情を託して描くという初期の不染芸術の完成形と言える。(中略)自然に囲まれた農村風景を俯瞰的に捉えた作品だが、柔らかく繊細な筆致とぼかしを取り入れたセピア調の色彩が郷愁を誘う、詩情に満ちた作品である。”と説明されています。残念ながら、私は、このような風景には郷愁を感じられない感性の持ち主なので(おそらく現代の日本人の大半は、このような風景に対する郷愁はフィクションとして以外には感じられないでしょう。ただし、それがフィクションと思わない人も多いのでしょうが)、この説明は当てはまりません。画面を見てみましょう。日本画の場合、田園風景とか、田舎の鄙びた小舎の閑居老人というような南画といったテーマで茅葺の民家を風情で描くことはありますが、不染の描く民家は、これらの場合と違って、ちゃんと建物になっている、というところが特徴的です。へんな言い方ですが、いわゆる家型の立体としての奥行きがあるように描かれているということです。西洋絵画ではパースペクティブといえば当たり前のことですが、日本画では単なる仕切りとか、舞台の背景のようなペッタンコな、家として、建築物の中に人が入れないようなシロモノが描かれているが普通なのです。それに対して、不染の描く家は、伝統的な日本画とは視点が、そもそも違っているのです。真ん中の茅葺の民家。茅葺の屋根はしっかりとした線で台形の輪郭が引かれています。しかし、それは直線で引かれていなくて、台形の角は丸められています。全体として、その台形は円みを帯びていて、明確な輪郭線で囲まれているのに、尖った感じはなくてほのぼのした感じを持たせています。その下の瓦のもこしの部分は屋根の輪郭よりも細い線で、瓦を碁盤目のように直線で描いているのに、線が細いのと上の茅葺屋根の円みのイメージに隠れて鋭角的に見えてきません。しかも、全体として晩秋の草が枯れたダークイエローの色調に染まっていて、茅葺屋根も同じ系統の色て、家の木材の柱や建具もくすんだ茶色で似た色になっているところを、この線による輪郭がメリハリをつけています。つまり、この画面はダークイエローを基調としたベースに線による輪郭でつくられているといっていいのです。そこで、画家は何種類もの細い線のバリエイションを使い分けて、直線を適度に円みを加えて輪郭を作って、その輪郭が表現を作っているということです。ここで注意したいのは、村の民家の風景なのに人間が一人もいないことです。人のいない静けさと言えるかもしれませんが、そこに人のいる感じがするように描かれているのは、図式的な均衡を少しずらしているのと、適度な円みを加えた輪郭線による効果ではないかと思います。そこにあるのは微妙な加減であり、この作品ではそれがハマっていると思います。それらが、この作品の完成度ではないかと思います。

Fusensnow このような行き方は「雪之家」という作品で、雪に埋もれた白一色の世界に一軒の家があるのを、輪郭線の引き分けで、白い中から家の形が生まれ、存在が立ってくるという体験をするようなのでした。それは、白い面から画家が家という存在を切り取り、画面に存在させるのを目前にするような体験です。そこには、すでに在る事物を写すというのとは違う、在ることを画面のなかで作ってしまうというリアリティが感じられるものです。それを作り出しているのが、不染の線ではないかと私には思えるのです。

Fusenmemory 「思出之記」という3巻の巻物は圧巻でした。いわゆる絵巻物の横に長い画面ですが、絵巻物というと絵物語が一般的ですが、ここには物語要素はまったくなくて(不染という人は、物語志向が全く見られない画家で、日本画家としては珍しいタイプの人ではないかと思います。)横に水平に広がる風景を、これでもかというほど延々と描いたものです。端的に言えば、「冬」の民家の風景を横に異常に長い巻物形式に延々と描いたものといってもいいです。構図は、俯瞰的に見下ろすのを風景に応じて横に移動しながら映った風景です。そこに微細と言ってもいいほど細かく民家や周囲の植え込みや田畑、あぜ道が細かい線で描かれています。そこで不思議なのは、緻密にぴっしりと描きこまれているのに、そういう感じがしないのです。画面が描写の過剰でせせこましくなったりしないのです。この作品もそうですが、不染の作品では空がひろく取り込まれることは少なくで、俯瞰という視点にせいもありますが、地面とそこに建っている民家を描いています。そこでは、空間の抜け、あるいは余白がとられていないので、息が詰まりそうなのですが、それがないのです。そのため、これだけ細かく描きこまれていても、のどかで風情のある雰囲気が漂っているのです。どうして、そうなっているのか、今もって、分かりません。おそらく、色遣いと線が極細で存在を強く主張していないことが関係しているのではないかと推測しています。

Fusenautumn 「秋色山村」という作品は、これまで見てきた風景画に比べるとずっと視点をひいて遠景として、空間を構築しています。似たような構図の速水御舟の「洛北修学院村」と比べると不染の特徴がよく分かると思います。速水の場合は、前景の集落、中景の村の人々、遠景の山々の三つの景色が、つづら折りに曲がりくねった道によってつなげられて、その道を追いかけるという時間要素が、物語を想像させるという画面になっています。これに対して、不染の場合は中心は民家が集まった集落という空間です。この集落の部分だけをみると、一点から俯瞰した空間としてリアルです。その後景となっているおわん形の山は、その空間とは無関係に描かれていて、それらが画面のなかで、どういうわけか同居している。しかも、集落の描き方は、いままでも述べてきたように細かい線で描きこまれている(この点でも、速水とは全く異質の絵です)のに対して、後景の山には明晰さがなくてぼんやりとしている。その間には帯のような霞がかかっているたけで、強引に一つの画面に詰め込んでしまっているのです。速水のように物語の要素で三つの景色に連繋を持たせてまとめるという配慮をしていません。この力技は、この後の「山海図絵」で圧倒的に示されることになるのです。もうひとつ、この「秋色山村」では、枯れ草のような色調で画面全体の雰囲気を作っている中で、民家の白壁の白が光っていて、意外にアクセントになっています。「雪之家」もそうですが、この画家は白という色の使い方にとてもセンスがある人だと思いました。Hayami2015rakuhoku

2017年12月 9日 (土)

没後40年 幻の画家 不染鉄(1)

2017年7月 東京ステーションギャラリー

Fusenpos 決算を巡る一連の行事や書類の提出、届け出も終わり、この時期は担当部署の一服休憩となるため、各処でセミナーが開かれる、この時期に情報収集をしておこうというもの。そのひとつに出席のため都心に出た。猛暑日の続く陽気で、炎天下に歩きたくないのと、ポスターを見て興味を覚えていたので、立ち寄った。また、些細なことかもしれないが、東京ステーションギャラリーは午後6時まで開館しているので、他の美術館の5時閉館と比べて、この1時間がとてもありがたい。この猛暑の陽気で、平日の閉館前の1時間という時間帯のせいか、館内はそれほど混雑するほどでもなく、落ち着いて作品を鑑賞できました。

さて、不染鉄という聞きなれない画家については、パンフレットに紹介されているので引用しておきます。

不染鉄(1891~1976年)は、稀有な経歴の日本画家です。20代初め、日本芸術院研究会員になるも、写生旅行に行った伊豆大島・式根島で、なぜか漁師同然の生活を送ります。しかし、3年が経つと、今度は京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)に入学。特待生となり、在学中第1回帝展に入選、首席で卒業した後も、度々帝展に入選を重ねますが、戦後は画壇を離れ、奈良で晩年まで飄々と作画を続けました。これまで美術館で開かれた回顧展は、21年前の唯一回だけ。その画業の多くは、謎に包まれてきました。

不染の妙味は、見えないはずのものも見通す俯瞰と接近の相俟った独特な視点にあります。太平洋に群れ泳ぐ魚から雄大な富士山を越えて、雪降る日本海の漁村まではるかに広がる本州を表した作品や、蓬莱山を思わせる切り立った孤島に、幾重にも波頭が打ち寄せ、波間に一艘の舟がたゆたう様を描いた作品は、不染鉄の心象風景であり、秀逸な筆致で表現された世界が、見る人を画中へいざなうようです。また、老境に入り、自らの生い立ちや日々の暮らしの光景を描き、幼いころの思い出や母への思慕の情を書き添えた作品には、「いい人になりたい」と願った不染の無垢な思いが満ち溢れ、優しく語りかけてきます。

別のところで、

その作品も、一風変わっています。富士山や海といった、日本画としてはありふれた画題を描きながら、不染ならでは画力と何ものにもとらわれない精神によって表現された作品は、他のどの画家の絵とも異なり、鳥瞰図と細密画の要素をあわせ持った独創的な世界を作りあげています。

このような紹介では、不染鉄という画家の経歴のユニークさと作品の独創性ということを強調しているようです。ここで、はじめに私の個人的印象を簡単に述べて、ここの作品を見て行くことにしますが、不染鉄の作品は、至極真っ当、正統的と言えると思います。この展覧会を通してみていると、一貫した流れがあって、その基に、不染鉄が都度の作品で試みや挑戦を繰り返している。そして、その一貫した流れというのは、彼の引く線ではないかと思えたのです。ごく初期の習作時代には、家の輪郭などで部分的に表われてきますが、本人も、意識的ではなかったように見えます。それが絵画専門学校の卒業制作の「冬」では顕著になり、本人も自覚していることが分かります。それは、筆でなのでしょうが、ペンでもあるかのような硬質な感じがします。しかし、ペンの硬さにはないしなやかさが秘められているような。強靭さと繊細さをあわせ持つ印象の細いが、しかし明瞭でくっきりした線です。この線こそが、他の画家にはない、不染鉄の独特のものではないかと思えるのです。この線では、どうしても明確な形の輪郭を要求されるということで、それに適した題材として建築物や構築物といった人工的な構造物、その典型的なものとして家屋が選択された。さらに、明確な線によって細かい描きこみが求められ、無地の余白とかぼかしによる朦朧としたというように明確さのない効果は求められなくなった。その結果として作品が出来上がって行ったというストーリーが思い浮かびました。その意味では、主催者の紹介にある画家像とは少し異なる、表層の画面のロジックが貫徹しているという印象です。むしろ、そう見える画面からは、ユニークな経歴とか幻の画家といったことは見えてきません。

このような視点で作品を見ていきたいと思います。

2017年12月 1日 (金)

ベルギー奇想の系譜(5)~Ⅲ.20世紀のシュルレアリスムから現代まで

Belgfantatymance  ベルギーのシュルレアリスムといえば有名なマグリットは日本でも人気のある画家でしょう。有名な「大家族」が展示されていました。
 ここで印象に残ったのは、パトリック・ファン・カーケンブルフの「2007-2014年、冬の日の古木」という鉛筆によるスケッチです。鉛筆と絵具で緻密に描かれた、写実的だけど小さな階段と扉がある架空の木。執拗なほど精確に描き込まれた、写真のように見えてしまう。まるで、そういう木が現実にあって、それを撮影した写真のように見えてきます。
 リュック・タイマンスの「磔刑図」という作品。白一色の世界、まるで白昼に目前でフラッシュを焚かれて、真っ白に映ってしまったような、淡い色の表層だけの薄っぺらな世界。イエスの磔刑という宗教的な大事件だし、普通でもイベントであるはずが、そういう喧騒とか悲しみとか、怒りとかいった感情的な要素、そして音や動きがなくなっている無機質と言っていいような画面です。淡々とした日常の生活そのもののように見えてくるのです。右手前の3人の人影は磔刑の光景があるのに、気付かず世間話をしているように見えます。それは日常生活のワン・シーンのようです。それが却って、キリストの磔刑という事実が剥き出しにされて、日常につながっているわけです。それは、見る人の日常にも同じなわけで、そこに迫っていることがイメージされる。結果として、清澄な透明感と、とらえどころのない茫漠とした画面になっている。こじ付けかもしれませんが、クノップフ、スピリアールト、そしてマグリットが当てはまるか、という系譜のようなものの上にあるように見えます。たしかに、奇想といえばいえるし、スタティックで内省的というのが、これらの絵画に通底していると思います。
Belgfantacarken_2

2017年11月30日 (木)

ベルギー奇想の系譜(4)~Ⅱ.19世紀末から20世紀初頭のベルギー象徴派、表現主義(2)

Belgfantadel_2 Oyamadaharituke  ジャン・デルヴィルの「赤死病の仮面」という紙に木炭とパステルで描かれた作品です。この人も、以前にベルギー象徴派展でも見ましたが、ロップスと同じで、奇想という衒いで勝負している。言ってみれば素直な変態で、いかにもいう類型的になりそうなデザインで画面を作っています。この作品、木炭で真っ黒になるほど塗りこんで、時にパステルの色が入って、ダークな妖しさを演出しています。死神の姿は、暗い中で顔がぼうっと浮かび上がるようにぼんやりと描かれて、木炭の粗い描線の効果を生かしています。その顔は不気味な感じが募るようにデフォルメされています。この顔の形は小山田二郎の宗教的な作品と外形的に似ている感じがしました。しかし、小山田の作品にある重苦しさとか切迫感は感じられず、その代わりに妖しい美しさといった方向性なのではないかと思いました。
 「ステュムパーリデスの鳥」という紙にチョークで描いた作品。ギリシャ神話の人間を襲うこともある不吉な鳥ということですが、黒い鳥の群れが男の死体にたかっている光景が、不気味な感じです。スプラッター・ホラーの映像を芸術絵画として見ることができるように、美しく仕立てて作品とした感じです。たしかに、奇想で見る人に不気味な印象を抱かせるBelgfantadel2 ために、これでもかというほどの描き方をしています。このストレートさ執拗さ、くどさは、ボスやブリューゲルから一貫しているかもしれません。しかし、デルヴィルは、ボスやブリューゲルに比べて細部への緻密な描きこみや部分的リアルさの追求ではついていけていないので、中途半端な感じがしました。もっと、突き抜けてほしかったというもの足りなさが残りました。
 ベルギー象徴派というとクノップフを筆頭に、ここで見たロップスとかデルヴィルなどが知られているようですが、むしろ強く印象に残ったのは、これから紹介する3人でした。それぞれ静謐な画面なのですが、そのなかに普通じゃない異様なものがあるという作品です。
Belgfantanunk ウィリアム・ドグーヴ・ヌンクの「黒鳥」という作品です。山奥に深く刻まれた渓谷で急流のあとに突然あらわれる静かな凪のような場所の流れでみられるような水面の透明で深いグリーンが、画面全体を覆っていて、夜の森の中の湖の光景なのでしょうが、まるでそういう水の中にいるようなイメージを受けます。このようなグリーンがとても印象的です。画面は暗いのですが、透明さがあって、そこに何があるかは明確に見えるのです。暗くて何も見えないはずの夜の闇なのに、そこにある事物の形が明確に見える。しかも、黒鳥という暗闇に紛れて見えないはずものが、はっきり見える。それとは、分かりませんが、いったんおかしいと気付いたら、それは現実にはありえない、ある種の奇想ということになります。それは、前のところのボスやブリューゲルらの過剰ともいえる賑やかさの対極とも言える静謐で透明な空気感が奇想を作っているのです。この作品の静謐さは、独特の透明なグリーンという色遣いと、さらに幾何学的に整理整頓されているような画面構成によって、余計な情報が切り捨てられていることも原因していると思います。黒鳥の泳いでいる水面と背後の地面との境界は画面に水平な直線で、後景の地平線が奥で、それに平行な水平の線です。これに対して森の樹木は垂直に立っています。画面では水平な線と垂直な線のみで斜線や曲線は見られない、単純化された構成です。この作品では、そこに黒鳥という異分子が入ってきます。これBelgfantanunk2 に対して、同じ作者の「運河」という作品は、水平な線が運河の岸なのでしょう。手前に並木の垂直な線が等間隔で並び、向こう岸には倉庫なのか煉瓦色の建物が長方形で画面を埋めています。その単純な構成が、暗い画面のないで、ひっそりと、くっきり見えています。見る者は、画面が暗いので、自然と目を凝らして見ようとすると、透明感があって、並木も建物もはっきりと見える。どうしても、この作品の前では、目を凝らすので、口数が減って静かになってしまう、というわけではありませんが、画面には静寂感が強いです。
Belgfantathird  ヴァレリウス・ド・サードレールの「フランドルの雪景色」という作品です。ブリューゲルを意識して描かれた作品だそうですが、正反対の印象を与える結果となっているのが面白い。例えば、視線です。ブリューゲルは鳥瞰的な視点で地面にはいつくばるような人々の姿を見下ろすように描いていますが、この作品の視点は低く、むしろ見上げるような視点です。それゆえ、画面の上半分を暗い重厚な空がしめて、地面にのしかかってくるような感じがして、地平線にかすかな太陽の光が明るくなっていて、それで地面の一面の雪の白さが照らし出される。その白と黒の対照が際立ちます。この白と黒の図式的ともいえる対照はマグリットの類型化した画面に通じるところがあるかもしれません。そしてさらに、ブリューゲルとの違いは人影がまったく見られないことです。重くのしかかってくる暗い空と、対照的な白い雪面の冷たい風景には人の姿はなくて、寒々した寂しさを生んでいます。そこは、喜びも悲しみも、笑顔も恐怖も存在しない時間の止まった世界とでもいいましょうか。風景を写生したような、この仮面は現実にありえない世界を作り出しています。
Belgfantaspile  レオン・スピリアールトの「堤防と砂浜」という作品です。墨と水彩による、といってもほとんど色彩感がなく、墨絵のようなモノクロームな夜の海岸で、堤防の直線的な黒い影を境にして、画面上部はどんよりとした雲がたれこめたグレーな世界、下半分は海岸と砂浜なのだろうが。影になって漆黒のなか、ちょうど、月が水平線上にあって(画面上でも上下の境目)、一筋の月光が海面に直線の光線をつくっている。月の光の冷たく冴えたさまが海面上の一筋の直線の光線が走っています。ウィリアム・ドグーヴ・ヌンクの図式的な画面をさらに推し進めて、その上に色彩のいろどりを取り払ってしまったような作品ですが、静謐さとヒンヤリするような冷たい感触、そこに漂う孤独感とか不安さのような雰囲気は、ボスやブリューゲルと対照的な極北といえると思います。スピリアールトの作品が一点しかないのが、本当に残念でした。
 このあと、アンソールの展示が充実していたようですが、私は素通りです。

2017年11月29日 (水)

ベルギー奇想の系譜(3)~Ⅱ.19世紀末から20世紀初頭のベルギー象徴派、表現主義(1)

Belgfantaanto4  次のコーナーで時代が飛躍します。中世の残滓をもっていたボスやブリューゲルから一気に19世紀末のベルギー象徴派に飛びます。系譜であれば、この間は空白ではないと思います。何かあるんじゃなかろうか?
 で、ベルギー象徴派の先駆者フェリシアン・ロップスです。ボスやブリューゲルのような中世のカトリック信仰にドップリと浸かった中での作品に対して世紀末のデカダンスと大衆受けのセンセーショナリズムの中での作品です。
 ベルギー象徴主義のフェリシアン・ロップスによる「誘惑」は現実世界を退廃的に語っているといえます。ロップスはこういった男を誘惑する「女の魔性」というようなモチーフを自信のテーマとして中心に据えていたようです。たとえば「聖アントニウスの誘惑」について、同じ展覧会で同タイトルの作品が他にもあるので比べながら見てみましょう。この作品の主役は誘惑される聖アントニウスではなく、キリストに取って代わって十字架で扇情的なポーズをとる女性の姿です。その背後には悪魔がいて足元には貪欲さの象徴の豚がいます。その手前で両手で頭を抱えて身悶えしている老人が聖アントニウスでしょう。これは、もはや誘惑に耐える聖人の姿を描いたのではなく、聖人を描くという大義名分を利用して、エロチックな裸婦を描いたといった方がいいのかもしれません。そこには、立派な聖人なんぞより裸婦の方を見たいんでしょ、と見る者を嘲笑うかのような作者の視線が見えてくるかのようです。
Belgfantaanto3  16世紀フランドルの画家による「聖アントニウスの誘惑」では、右手前に座った聖アントニウスに対して、中央に裸婦がいて誘惑している場面です。彼女の隣には異形の者が並んで、順番に聖アントニウスを誘惑したり脅したりしようとしているということでしょう。ここでは裸婦は、そういう列の一人です。これらに対して聖アントニウスは端然とした姿勢を崩していません。ここでは、左右で異形の誘惑者と聖アントニウスが向き合うように配置され、誘惑する者たちが異形であるのと聖アントニウスが対照になっているので、異形が異様であるほど、聖アントニウスの自制心の強さが強調される構成になっています。
 Belgfantaanto1 ヤン・マンデインの「パノラマ風景の中の聖アントニウスの誘惑」では、それほど図式的ではないですが、聖アントニオを誘惑する面々は横に並んでいます。この画面には裸婦はなく、異形の姿の者たちばかりです。真ん中の赤い衣装を着ているのが聖アントニウスで、彼に向けて列を作って並んでいる者たちの姿は、異形で何らかのシンボルなのでしょうが、ユーモラスな格好のコスプレのように見えてしまいます。ブリューゲルの版画作品では、誘惑者が異形の姿で並んでいるのを描くことに重点が移っていますが、聖アントニオとの対照という姿勢は崩れていないでしょう。
Belgfantaanto2  ロップスの作品は印刷されて大量に出回ったということで、ペンによる線描に絵の具で彩色をしたもので、現代のマンガとくに70年代エロ劇画に近いテイストを感じます。多分、彼の生きた時代はタブーがたくさんあった時代で、彼としては、あえてエロに走らざるを得なかったかもしれません。現代では陳腐となってしまったような、通俗心理学のネタとなりそうな類型的なエロ幻想をペン画でサッと描いたという作品がありました。発表当時はタブーへの挑戦だったかもしれませんが。丁寧に作品を仕上げるというよりも、制作し、それを即座に発表するというスピード感のほうを優先するようなところ。そして、仕上げを敢えて雑にして、きれいに仕上げないことで、伝統的なきれいな絵画へのアンチテーゼや猥雑な雰囲気を感じさせていると思います。
Belgfantadeath  「舞踏会の死神」という作品は、黒いぼんやりとした闇の中から、衣装の白いものは見えますが、骸骨の頭部や背後に人影らしきものがあるようなのですが、ぼんやりと霞んでよく分かりません。それが、死神という実在が定かでない影のような存在が、暗闇からこちらを見ている不気味さを感じられると思います。頭は骸骨ですから当然なのでしょうが、その表情をうかがい知ることもできないので、何をしてくるのか予想もつかないわけです。
 そして、ベルギー象徴派といえばクノップフです。私には、ボスやブリューゲルよりクノップフの方が見たいのです。とはいうものの、展示されていた作品はパステルや彩色写真(こういうの初めてでした。要は写真で写したのに彩色したものらしいです)ばかりで、もの足りない。2005年に同じ美術館でベルギー象徴派展をやっていたときにも、今回と同様に肩透かしをくったようでした。どこか掴みどころのない画家で、なかなか正体を明かしてくれない印象です。「アラム百合」という彩色写真ということですが、もともとは画家の妹の肖像画をちゃんと描いていて、それを写真にとったものでしょう。そういう迂回のようなことを敢えて行って、作品として呈示するところ、このようなフィルターを掛けるようなことをすると存在感が稀薄になっていくところがクノップフらしいとでもいいましょうか。ここに展示されている作品は、奇想と言えるか。とくに、彼の作風は静かさがあるようなところで、ロップスやデルヴィルといった人たちに変態度で負けてしまって、埋もれ気味でした。Belgfantaknop

2017年11月28日 (火)

ベルギー奇想の系譜(2)~Ⅰ.15~17世紀のフランドル美術

 Belgfantaboss ヒエロニムス・ボス本人の作品はなくて、工房の人が倣って描いたものなのでしょうが、そのお手本としてボスを考えてみると、同時代のイタリアのルネサンスを経た画家たちの神や聖人を賛美するような壮麗な作品を描く能力では勝てなかったのではないかと思います。おそらく当時の先進国であるイタリアの画家の作品をフランドルの王や貴族たちも競って購入したのだろうときに、ボスがそれに対抗しても勝てないということを、本人も分かっていたのではないか。そもそも、描くということとか、その基本的なスタンスとか、どのように描くかという基礎が、イタリアの画家たちとは違ったベースを持っていたと思います。それは、同じフランドルでも後世のルーベンスの描く豊麗な人体と比べると、ボスの描く人体は細かいけれど身体のプロポーションが異質としか言いようがなく、人体の見え方が根本的に違っていたのではなBelgfantakamogawa いかと思わせるところがあります。ルネサンスのリアリズムで自然科学的な視点で描く人間の理想的な姿という基準では、ボスの人体は美しいと言えるものではありません。そこで、同じ土俵で描いていては注文をイタリアの画家たちに奪われてしまう。そう考えたか、そこで差別化が必要になり、聖書の物語の裏読みという、イタリアの画家たちがやりそうもないことをやった。多分、フランドル地方のローカルな絵画の伝統を取り入れたのだろうけれど。それで、悪魔が聖アントニウスの修業を妨害するために試みた誘惑にスポットを当ててみたり、聖人が妄想してしまったよからぬこととか、神や聖人のありがたさを正面から描くのではないことを始めたという、そんな想像をして眺めていました。それは、滑稽でユーモラスなので、見ていると、バカだなあと笑ってしまう、そこに、すこしだけありがたい説教なんかが付け足されると、多少ひねくれた人でも、ありがたく聞いてしまう、そういう効果がありそうな作品です。たくさんのことが細かく、画面に隙間のないほど詰め込まれていますが、その詰め込みが作品の迫力とか滑稽さを強調するものにしていると思います。ただし、その個々の描写はルーベンスの人物等と比べると細かいけれど貧弱であることは否めません。
Belgfantajustice  ブリューゲルになると、詰め込みはよりエスカレートしていきます。全体として、画面の中に描かれる人々の数が飛躍的に増大し、それだけで小さな画面から溢れそうです。しかし、ブリューゲルも細かく描いていますが、一人一人の人間に実在感はなくて、その他大勢なのです。まあ、その他大勢が集まった迫力で圧倒的な画面をつくってしまうところが、この画家たちの魅力なのではないかと思います。
 彼等の詰め込んだ画面のごちゃごちゃした感じは、1970年代後半に活躍したギャグマンガ「マカロニほうれん荘」で鴨川つばめがよく描いたキャラクターが入り混じったカオス状態のような見開きのコマによく似ていると思うのです。この画像を見ると、この中のひとつひとつの部分は普通の場面なのですが、それが多数、一つの画面にごった煮のように詰め込まれると俄然、普通さがなくなって、異常に見えてくるのです。これは、日本の中世の洛中洛外図屏風などもそうですが、細かく描かれている個々の人物の描写は下手なのですが、それがたくさん集まって京都の町全体としてひしめき合うと、全体として存在感とか迫力が生まれている。ボスやブリューゲルにある奇想とは、そういう性格のものではないかと思います。ここで展示されている作品の細部を個々に眺めていると、貧弱さを、どうしても感じてしまうのです。
Belgfantarube  そんな中で、ルーベンスの版画作品は、ボスやブリューゲルのその他大勢のパワーであるとすると、その他ではなくヒーローがそれとして画面に存在している作品になっています。これらの版画は、油絵の具で彩色して大画面の作品で見たくなる作品でした。ひとりの個人としての人物を立派に描くという点では、ルーベンスはフランドルの画家たちとは異質な感じがします。たぶん、ボスやブリューゲルの詰め込みの画面の個々の人物をヒーローのように立派に描くことができることをして、その画面で神や聖人を正面から壮麗に描いたところにルーベンスという画家の凄いところがあるということが、今回の展覧会を見ていて、そんな気がしました。

2017年11月27日 (月)

ベルギー奇想の系譜(1)

2017年7月 Bunkamuraザ・ミュージアム
 Belgfantapos この時期は、法務関係者向けのセミナーが急に増え出す。それは定時株主総会が終わって、繁忙期が終わったころであり、また通常国会が終わって法改正が出揃ったことでその関係の情報が出てくるのを各企業の担当者が集め始めるからだ。この日もその関係で、あるセミナーに出かけた。テーマは民法改正に関するもので、終わったのが4時半過ぎ、その場所から手近なところであれば、ちょっとだけ寄れると、見つけたのがこの展覧会。Bunkamuraザ・ミュージアムは立地が好きでなく、渋谷駅の喧騒、とくにスクランブル交差点は観光名所のようで外国人観光客がたむろしているような奇妙な場所になっていて、道玄坂あたりまでは、通るだけで疲れてしまって、絵を見に行くような落ち着いた気分にはなれない。
 会場は17時過ぎに入場して、閉館まで1時間もなくて、ゆっくりと鑑賞する時間はなかったけれど、もともと広い美術館ではなく、それほど混雑していたわけではなかったので、時間が足りないまでは行かなかった。それよりも、館内の冷房が強くて、上着をもっていたからよかったものの、それでも肌寒く感じるほど、受付ではショールを希望者に配っていたが、寒いほどだった。
 この展覧会は、一人の画家の回顧展のようなものでなくて、ある意図のもとに作品を集めた企画による展覧会なので、その趣旨がとのようなものかについて、展覧会パンフレットから引用します。
 現在のベルギーとその周辺地域では、中世末期からの写実主義の伝統の上に、空想でしかありえない事物を視覚化した絵画が発展しました。しかし18世紀、自然科学の発達と啓蒙思想がヨーロッパを席巻するなか、不可解なものは解明されてゆき、心の闇に光が当たられるようになります。かつての幻想美術の伝統が引き継がれるのは、産業革命後の19世紀、人間疎外、逃避願望を背景とした象徴主義においてでした。画家たちは夢や無意識の世界にも価値を見出し、今日もこの地域の芸術に強い個性と独自性を与えつづけています。本展では、この地域において幻想的な作品を作り出した一連の流れを、ボス派やブリューゲルなどの15・6世紀のフランドル絵画に始まり、象徴派のクノップフ、アンソール、シュルレアリスムのマグリット、デルヴォー、そして現代のヤン・ファーブルまで総勢30名の作家による、およそ500年にわたる「奇想」ともいえる系譜を。約120点の国内外の優れたコレクションです。
 奇想というのは、普通でない見方ということになるでしょうか、現実を正面から直視するのではなくて、視点をずらして少し斜に構えると同じ現実が違って見えてくる、それは皮肉だったり風刺だったり。ボスやブリューゲルは、そういった印象があります。そういう傾向は19世紀のロップスからマグリット、そしてファーブルなんかも入るかもしれません。しかし、そこに不可解な心に闇を見つめた作品であるのか、疑問に思われるところがありました。むしろ、そういう傾向のクノップフやスピリアールト、デルヴォーの作品が浮いてしまっている印象でした。また、このようなアイディアで企画して作品を集めるのが大変だったことはわかりますが、15~7世紀のボス派やブリューゲルは本人の絵画作品がほとんどなく、版画や工房の作品ばかりというのは寂しいし、19世紀のベルギー象徴派はクノップフの絵画作品はなくて、デルヴィルが数点とアンソール、あとは単発というのはもの足りないと感じました。私には、展覧会の全体として奇想の系譜を見たのではなくて、その企画の趣旨からは離れて、個別に数点の作品を見てきたという展覧会でした。

2017年11月17日 (金)

生誕140年 吉田博展 山と水の風景(7)

第6章 戦中と戦後:1938~1950

Yoshidafighter このコーナーは、画家の回顧展で生涯を示すので、作品も残っているので、展示しているということでしょうか。明らかに、山岳でも建築物でもないという題材のためなのか、年齢的な限界によって制作意欲が衰えたからなのか、あきらかに、画家本人の愛がない作品として、今までの作品をみてきた身としては、残念な作品が並んでいました。

例えば「空中戦闘」という作品。吉田には珍しい油彩の大作です。しかし、動くものを描くのは得意でないとはいえ、正面の飛行機の主翼が左右でチグハグなのは、形をうつすことに没頭してきた画家としては信じられないようなプロポーションの歪みです。他の飛行機の描き方についても、飛行機になっていません。形の意味が不可解で不器用に形をなぞっていて、彼にしては無様として言えません。

「精錬」という作品では、手前の人物が生きていないのは、いつものことですが、奥の炉から溶けた鉄が流れてくる炉や製鉄所の設備の描き方が、構築物の形として歪みがあります。そこに、出来栄えに妥協したのか、建築物のようなパターンを外れたものをもはや描く腕が落ちてしまったのか分かりません。

吉田の真骨頂としては第3章と第4章の風景の形をかっちりと描いた作品にあるのではないかと思います。

 

2017年11月16日 (木)

生誕140年 吉田博展 山と水の風景(6)

第5章 新たな画題を求めて:1930~1937

Yoshidataji ここで展示されている作品を見ると、第4章のコーナーの延長で、基本的には描いていることには変化はなく、描く対照の目先を替えているという程度ではないかと思います。吉田博という人は、私には、技量は向上して行ったかもしれませんが、彼の絵画観とか、絵画に対する姿勢といったことは若い初心のころから変わることがなかった、変えることができなかった人ではないかと思います。ある意味、才能が限られた、不器用な画家という印象を強く受けました。

Chiricobec それは、新たな題材としてインドに向かったということですが、そこで吉田が描いたのは、タージ・マハルのような著名な建築物とヒマラヤの山岳風景に限られます。それは、日本やヨーロッパの観光パンフレットのような風景画と視点は同じです。「タージ・マハル」を描いた作品は、構図は絵葉書です。しかし、ここでタージ・マハルの手前に佇む人影は人間というよりは人の彫像のようで、意外なことにベックリンの「死の島」と構図が似ている感じがします。吉田はベックリンなど見たこともないかもしれませんが、動きとか生命感を全く感じさせない画面は、そうな受け取られ方のできる可能性はあると思います。

Yoshidaudy 「ウダイプールの城」という作品でも、手前の二人の人物は添え物で、主役は前景の柱と遠望する城の建築風景です。「タージ・マハル」の場合のように連想する作品は思い至りませんが、これらの風景画は絵葉書とか観光パンフレットなどと辱めるような形容をしていますが、そこでは見る人にとってはエキゾチックな風景を分かり易く親しめるものになっています。その一方で、人物が彫像のようだったりと、近代西欧の風景画のような見る者が感情移入するような要素や、物語的な要素は全くありません。そこに、画家の感情とか理念のようなものが入り込む余地がない、と言えます。あくまでも風景の、表層の外形を画面にうつすことのみを行っています。これは余計な詮索かもしれませんが、当時の日本という国家の方向性がアジアへの進出を志向するような動きを始めているという環境にあると思います。吉田がインドや東南アジア、中国や朝鮮を題材としたのは、絵画の購買者である消費者の関心が欧米からアジアへと広がったか、換わった背景として、そういう全体の動きとは無縁ではないと思います。人々の関心の視野にアジアが入ってきた背景ということですが、吉田はそれに応えるということがあったと思います。そのような時代状況において、しかし、吉田の制作態度は、対象としては時代のニーズを掴んではいたとしても、吉田の関心は形に限られていたのではないかと思います。そこに感情移入ができないということは、吉田は先入観をあまり持たずに、ただ形を見るだけだった。時代状況のなかで、その状況に対してイノセントに形を描くことだけに没頭していた、という印象を持ちました。それは、「大同門」という朝鮮の風景や「北陵」という満州の風景を、それまでと同じように、余計なことを考えずに形を捉えることに没頭しているような作品を残していることからも窺えると思います。

Yoshidadaido あるいは、このような作品の制作を対象の目先を替えて制作していて、(周囲がどう見ているかは別にして)マンネリに陥ることなく、制作を続けているということは、ある意味では鈍感であるし、この後に、戦時には戦争画を描いたり、その戦争が終わった後は外国人に受けしてしまうという節操のない軽薄なところは、形を写す以外には、イノセントであるということが吉田という人物の特徴であったのかもしれないと思います。

そしてまた、彼の節操のなさは、「弘前城」や「陽明門」といった、精緻ではあるけれど、浮世絵版画と間違えられてもおかしくない作品を堂々と制作してしまう臆面のなさにも現れていると思います。Yoshidanorth

2017年11月15日 (水)

生誕140年 吉田博展 山と水の風景(5)

第4章 木版画という新世界:1921~1929

Yoshidahodaka3 おそらく、このコーナーが核心部ということになると思います。吉田が木版画を始めたのは世話になった渡邊庄三郎から求められてことが理由と説明されています。しかし、吉田の絵画を見ていると、事物の輪郭の外形をとらえるのが巧みであるのに、それがキャンバスに描かれると、空間とか奥行きとか立体感のないペッタンコになってしまうように見えるのです。そのひとつの画面上のあらわれが、彩色が、塗り絵のように見えてしまって、事物の面の質感とか、光が当たってできる陰影で立体感をだすとか、空気が遠くは霞んで遠い感じがするといったようなことが色彩で十分に表現されていない。というよりは、彼には、その方向の視野が欠けているのではないかと思われるほど足りないように見えてしまうところです。それを木版画という、絵画に比べて表現上の制限があるところでは、そのような吉田のもの足りないところが、木版画の制約とかなり重複しているところがあって、彼の輪郭を描く特徴を、絵画よりも活かせる可能性があると思えるのです。ですから、吉田自身も、何らかの必然性を感じたのではないかと思います。

Yoshidahodaka4 「穂高山」という大正10年の作品です。渡邊庄三郎の求めに応じて下絵を描いたのを、渡邊のところで木版画にしたものでしょう。風景の木版画といえば、北斎や広重の浮世絵版画の伝統があるでしょうが、木版画という制約の上で出来てきた様式のようなものがあると思いますが、前景の木や水面の処理、水面に映った森などは、その様式に乗っていて、平面的なのでしょうが、むしろ、それを利点として樹木の形を精確に描写していて、その形だけでリアリティを感じさせられてしまいます。そして遠景の山岳の、岩稜の形の面白さはリアルであるだけに、なおさら興味深いものです。前のコーナーで穂高岳を油絵で描いた作品がありましたが、あの作品の山岳の形の面白さだけを抜き出したもので、油絵で感じられた存在感の不足といったことが気にならないので、ずっと興味深いものになっていると思いました。

Yoshidaturugi 吉田本人も、何か手応えを感じたのではないでしょうか。5年後に、同じ題材で制作し直しています。木版画の経験を積んで、吉田は独自の木版画の制作方法を考案したと説明されていますが、ずっと洗練された画面になっています。例えば、山岳の表現が大胆な省略が為されていて特徴的な形が強調されるようになっています。色の使い方も、グラデーションっぽい使い方から対照によって各々の色が際立つようにして、全体のメリハリがはっきりしています。これは、山岳や樹木といったものの輪郭の形リアルなのでしょうが、それを際立たせるように演出するような画面構成をしています。それによって、山岳の地形的な形の意味、具体的には、穂高連峰の中でも、山岳を知らない人には、前穂高岳と奥穂高岳の違いが分からない。その違いを吉田は理解して描いていても、もともとの違いが分からないので、描かれた違いの意味を理解できない。それを理解できるように画面上で演出をするようになっていると思えるのです。山岳は単なる岩の塊ではなくて、その形に意味を人は感じることができるのです。ただし、それはすべての人とは限らない。登山をする人やその関係の人以外には、なかなか分かり難い。穂高岳や剣岳を単なる岩の塊と見分けて、そこに個性を見出し、険しいとか崇高だとか評Yoshidaturugi2 するには、その理解がどうしても必要です。しかし、登山をしない普通の人には、その理解ができない。吉田も山岳風景を描いても、そういうことの理解がベースになければ、なかなか本質的なところを味わいきれない。それを大正15年の版画は、ベースのところを普通の人にも理解し易いように考えて画面を演出しています。これは、木版画ではじめてできたことではないかと思います。そこには吉田が手法を開発したことも寄与しているわけですが。

この大正15年の作品は「日本アルプス十二題」というシリーズのひとつですが、この他にも「剱山の朝」という作品は、おそらく、黒部川の対岸である後立山連峰(唐松岳あたりではないか)からの剱岳の風景だろうと思います。参考の写真と見比べてもらうと分かりますが、手前の尾根は剱岳よりも標高が低いので樹林帯となって、その樹木のせいで稜線のシルエットが滑らかでなく、細かいデコボコがあり、樹木の緑は一様ではないのですが、画面では、その細部を大胆に省略して、朝日を浴びて赤く染まる剱岳の独特な岩稜が際立つようになっています。

Yoshidahodaka 「鷲羽岳の野営」では、遠景のシルエットでかすんで見える左端の槍ヶ岳の尖峰から右へ南岳をへて大キレットへと落ち込む稜線の形がよくわかります。

「白馬山頂より」は、夏山の残雪が残っているのと、明るい日差しの下で、杓子岳から白馬鑓岳の稜線を描いたものです。杓子岳の破風屋根のような特徴ある形や右奥の白馬鑓岳の丸みを帯びたどっしりとした山容との対照的なところが強調されているように見えます。ただし、形は正確に描かれています。これらを見ると、山岳の形を純粋に抽出した、吉田独特の世界ができていると思います。

Yoshidahakuba2 このような姿勢は、実験的な試みに繋がっていって、それがヨーロッパのアルプスやアメリカの山岳風景を題材にした作品で大胆な試みに結実していると思います。「エル キャピタン」というアメリカのヨセミテ国立公園の風景です。100メートルの断崖で、現代ではクライマーのメッカになっているそうですが、浮世絵のような日本的な風景に見えてしまいます。広重の「箱根」のような構図で、写真に近いような写実的で正確な描写によって、西洋絵画を見慣れた者にも、違和感なく見ることができるようになっていました。

Yoshidaelle 「マタホルン山」という作品は「マタホルン山 夜」という同じ構図で、色遣いを替えて夜の風景にするというバリエイションを作っています。版画という制約もあるのでしょうか、使う色が制限されてためか大胆なものになってきていると思います。

吉田の木版画の特徴を、展覧会では次のように説明されていました。

博の木版画の他にない特質、あるいは人気の秘密として、概略、次の三つを挙げることができるだろう。

その一つは、いわゆる「大版」とよばれる大作である。これは渡邊版版画店の「新版画」にも江戸時代の浮世絵にもない、いわば博の技術へのあくなき執念と挑戦によって初めて実現したもので、多くの版画ファンを唸らせるものである。通常、木版画の摺りは紙が大きくなればなるほど、水分を含んだ紙の伸縮が大きくなり、「見当」がずれやすくなって摺りの困難さは倍増する。こうした状況の中で、博の大版、例えば“富士拾景”のなかの《朝日》とか《雲海 鳳凰山》などは摺りのズレなどは微塵もなく、まことに見事な完成度を見せる迫力満点の大作で、そのすばらしさに感嘆するばかりである。

二つ目は、平均30回以上といわれ、多いものでは《陽明門》のように96回を重ねるという他に類を見ない摺数の多さである。「とても木版画とは思えない」ような精緻な写実性は、薄い絵の具を何度も摺り重ねて深みを出したり、小さな版を巧みに重ね合わせて摺るという独特の技法から生み出さている。

Yoshidahansen 最後は、同じ版木による“色替え摺り技法”とでも呼ぶ独自の技法である。その代表例は“瀬戸内海集”の《帆船》シリーズであろう。同じ版木を使って、朝、午前、午後、霧、夕、夜の六景の各々の光の表情を細かく摺り分けたもので、あたかもフランス印象派のモネがルーアン大聖堂にあたる太陽の光の刻々と変化する様を描き分けたように、瀬戸内海に浮かぶ小さな帆船にあたる光の変化を的確に捉えた博の新しい工夫であり、自信作であった。

ともあれ、日本の古い伝統を持つ木版画の世界に洋画の新しい視点を導入し、新しいシステムのもと、数々の新しい工夫と技術の高さを示した博の木版画は他に類例を見ない独自の創造として高く評価された。

この説明は木版画の世界での吉田の特徴ということでしょうが、吉田の作品の中で、木版画の特徴という点で見てみると、大きな点は塗りの意味の変化、というよりは転換ではないかと思います。いままで何度も触れてきましたが、吉田の絵画作品は塗り絵のようなペタッとしたところがあって、線描による精確なスケッチがすごいほどなのに、塗りで作品をYoshidamatta3 つまらなくしているように見えて仕方がないのでした。なまじスケッチが突出しているので、それに比べて塗りが眼を覆いたくなるほどのもの、という感じがしました。それが、木版画になって、塗りを自身で行うことがなくなり、職人の摺りに委ねられたことで、全体の印象がどれほどまとまったものになったか。それは、前にも述べましたが、それだけでなく、塗りの画面上の働きが変化していることも感じられました。端的にいうと、色彩が独立して、装飾的に動いているようになったということです。具体的に言うと、吉田の絵画において色塗りとは、風景とか事物には色があるので、それを描いたものだから色もつけるといった程度のもので、描く対象の輪郭の形を描くことには集中するものの、それだけでは絵画として完成しないので、色を付けていた、という絵画が完成する必要条件のようなもの、言ってみれば嫌々、仕方なくやっていたと見えます。ところが、版画では、吉田は同じ版木で色を替えるなどのあそびを試みています。そこには、嫌々が感じられません。そこでは、風景画を完成させるために必要だから色をぬっているのではなくて、必要性からはなれて、風景を映すことから少し離れても、制作した画面の風景らしさを作る際に色が積極的な機能を果たすという意味に変わってきていると思います。

Yoshidamatta 例えばも海外の観光地を題材にした作品では、アングルや構図は陳腐など誰にでも分かるものですが、色彩の遊びによって、他の人にはできない独特の世界を作り出しているのです。吉田が元々持っている突出したスケッチ力と陳腐な構図によって、何が描かれているかは一目瞭然です。そこに、大胆な塗り分けと、あそびごころのある色遣いによって対象の形が際立ってきます。見る者は何が描かれているのかがすぐに分かるので、ある意味で安心できるので、余裕を持って画面を眺めて、色彩のあそびを余裕を持って楽しむことができる、という見方ができるようになっています。例えば、「マタホルン山」という作品では、麓のツェルマットの町の風景をいれた風景を前景に奥にマッターホルンの特徴的な山容を構図は、観光パンフレットのようです。しかし、マッターホルンの描き方は写真のように精確に見えます。それを全く同じ版木で、色遣いを替えることによって「マタホルン山 夜」という夜景にしてしまうと、趣向が変わってしまいます。また「スフィンクス」という作品では、これも観光パンフレットのような構図ですが、スフィンクスの頭部は写真と見比べてもらうと正確に描写されていますが、色塗りは図案化されたような塗り分けられていて、石像の肌の触感とか、立体の陰影によるグラデーションを、色彩の模様のように塗り分けています。そのせいもあって、初期のカンディンスキーが風景を色彩の塗り分けに一元化してしまったような抽象的な印象すら感じられます。また一方で、スフィンクスの頭部の図案化されたような印象は、アンディ・ウォーホルがスープ缶を連作で並べたものを連想させるところもあります。それは、同じ版木をつかって、色遣いを替えて「スフィンクス 夜」という、全く趣向が変わってしまう作品を制作しているところからも感じられます。このとき、吉田にとって風景は実在している存在というよりは、その形を抽出したイメージのようなものとしてあったのではないか、と私には思えます。だからこそ、色彩を操作して画面の中に世界を創造することが発想できたように思えます。

Yoshidariver それだけに、吉田の画面には形が第一要素で、形があってこそで、その形が不明確ではっきりと決まっていないといけない。たとえば、不定形なものや流動するもの、動くものを対象としたときに生彩を欠くように見えます。例えば、「渓流」という作品を見ると、“川の流れは絶えずして、しかも同じ水にあらず”ではないですが、流動するものを静止した明確な形にしようと悪戦苦闘しているように見えます。つまり、その外形を正確になぞろうとするあまり、川が流れているという動きが感じられないのです。流れている一瞬を切り取って瞬間の映像とするということができそうですが、その外形を追求するあまり、渓流の形を模したオブジェを描写しているようにしか見えないのです。小さな滝が流れ落ちて泡立つ様は白く塗られた浮世絵の図案のような波型の模様です。このような水の流れだけでなく、人間を対象として描いた作品は、山岳や建築物の風景に比べると、途端に生彩を欠いて、類例的なパターンになってしまいます。それは、ある意味では、パターンから渓流や人物を描いたものとして分かり易いので、見る者は安心して見ることができます。

これまで、あまり触れて来ませんでしたが吉田の風景画は、見る者は安心して眺めることができるという要素があります。それが、展覧会の混雑具合に如実にあらわれていると思います。

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