没後50年 堂本印象 自在なる創造(6)~5章 アンフォルメルとの出会い
アンフォルメルは、第二次世界大戦後、1950年代のフランスを中心にヨーロッパで展開された、「非定形」な表現を追求する芸術運動です。伝統的な形式にとらわれず、素材の質感や筆致、描く行為自体に焦点を当て、自己の内面や生命の感覚を表現しようとしました。アメリカの抽象表現主義(アクション・ペインティングなど)と同時代に起こり、日本の「具体」も同様の理念を持っていました。堂本は、いちはやく、この動きに呼応するような動きを見せました。
1958年の「無礙」という作品です。「意識」の構成主義的な作品から幾何学的構成が緩くなったという作品です。“モンドリアン風の色面による構成から抜け出すような作風を示している。本作も同様の作風であり、色面は残りつつも細かく分割され、それぞれの区画もあいまいになっている。顔料の飛沫やにじみを用いながら、新たに造形を生み出そうと模索している様子がうかがえる。(図録P.206)”という説明です。私の見るに、堂本の特徴として白色の微妙な使い向けによるバリエーションがありますが、その新たな展開を試みたのがこの作品と思えます。これまでの作品では、白の白色の濃淡とか透明さを用いていましたが、この作品では絵の具を厚塗りにして白地の上に白い線を積み重ねて、いわゆるマチエールを積んで、その影を作り出す。白の透明さではなく白の鮮やかさを前面に出すという新しさを試した作品と言えると思います。
1961年の「風神」という作品は、日本の「具体」運動の白髪一雄のアクションペインティングのようでもあり、前衛書道のようにも見えます。同じ年の「交響」という作品では具体的な事物を題材にしないで、交響という事物でない現象をタイトルにしていて、具体物を連想でき
ない、まさにアンフォルメルな作品になっています。ジャクスン・ポロックのようなドリッピングも目立っています。この辺りの作品は、変に説明しようとするより、見ていて「ああ、きれい!」という。
1968年の「ロゴスの不滅」ではフェルナン・レジェ風の作品になっていて、「交響」のような即興的に描く作品
ではなくなっています。
1975年の「善導大師」は晩年の絶筆となった作品ということです。最後に行き着いた境地がヘタウマ風というのが、何か笑っちゃいます。
4章と5章の展示について、書いている言葉が少なくなっていますが、実際の展覧会場では、ここで過ごす時間が長かったです。何も考えず、しばらく作品の前でボゥーッとするように過ごすことが多かったです。そのためか、思っていた以上に会場で過ごす時間が長くなり、閉館時間が近くなってしまいました。入場券では常設展示を見ることもできるのですが、その時間もあまりなくなってしまいました。企画展示場を出るときに係員から常設展示場への案内の声をかけてくれたので、気がついたので、足早でも鑑賞することができました。そこでも堂本関連の展示を見ることができました。係員の親切に感謝です。
例えば、1975年の「規範への抵抗」という作品は、抽象的な水墨画です。水墨画は抽象的な画面でもあまり違和感はないようです。企画展の展示にはなくて、常設展示にきてよかったです。
堂本尚郎「魚の店」という1954年の作品。堂本尚郎は堂本印象の甥にあたる人です。油絵画家でアンフォルメルの影響を受けたと言われていますが、堂本印象とはちょっと違う寒色系の色調です。でも堂本印象が、このような作品を描いていてもおかしくないとも思います。
堂本元次の「風なごむ丘」は1983年の作品。堂本元次も堂本印象の甥にあたる日本画家です。堂本印象とは異なった作風の風景画です。堂本印象を中心にして堂本ファミリーの画家が他にもいて、常設展で展示されていました。それらを見ることができたのも良かったです。
他の作品も含めて、じっくり見たかったが、時間いっぱい。閉館時間まで美術館にいたのは、はじめての経験だった。



















































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