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美術展

2026年9月29日 (火)

ルーブル美術館展─ルネサンス(5)~Ⅳ.肖像芸術の隆盛

Louvreprofle  ダ・ヴィンチの「女性の肖像」通称「美しきフェロ二エール」は長い行列に恐れをなして正面から見ることを諦めました。ダ・ヴィンチのスフマートを間近に見たかったのですが、かないませんでした。
 一方、間違えられた方の「美しきフェロ二エール」は肖像画としては悪くはないと言えるのでないでしょうか。美女の横顔を描くのに特化したような絵で、身体部分や衣装の描き方は手抜きが見え見えですが。横顔はいかにもルネサンス絵画という感じで、丁寧に描き込まれています。ダ・ヴィンチの作品と混同されなければ、一つの肖像画として、それなりに独立して評価されてもおかしくないと思います。
 Louvreprofle2 ベルナルディーノ・デ・コンティの「ビアンカ・マリア・スフォルツァの肖像」という作品。テンペラらしいということですが、さっき見たボッティチェリの作品のような明るさ、清澄さはなく、その代わりに落ち着いた感じがします。こちらの方が立体的ですが、様式的な感じは否めません。

 

2026年9月27日 (日)

ルーブル美術館展─ルネサンス(4)~Ⅲ.古代へのまなざし

Louvremaria  ボッティチェリの「5人の天使に囲まれる聖母子」は1470年頃、ボッティチェリが25歳頃で師匠から独立し自身の工房を構えて間もない頃の作品ということです。ボラの板に描いたテンペラ画です。すぐ目に付くのが、聖母マリアの来ている服の爽やかで鮮やかな青と赤です。油絵では、こんなふうに軽くて清澄にならず、もっと重厚になってしまうような気がします。その青と赤が陰影をもって服の襞だけでなく身体の立体的な感じを表現しているところがすごい。さらにまた、肌の色の透明さは油絵では出せないような澄明さがある。そして、背景の暗い空間に黄色?金色?の唐草模様?がほの見えて、天使が百合の白い花を手にしている。その花の様式的な、まるでタピスリーの図案を見ているような。この色彩などの感覚は、後のラファエル前派のロセッティの初期の水彩画の色調に通じている(ロセッティは、こちらをお手本にしたのでしょうが)。
Louvremaria2  ラファエロの「聖母子と聖エリザベト、洗礼者聖ヨハネ(小さな聖家族)」は1517年頃の作品。聖母子でも、約50年前のボッティチェリの作品からは大きく変わりました。こちらは油絵ですが、小さな作品であるにもかかわらず、重量感というか、描かれている人物の立体感とどっしりとした存在感がまったく違います。人物のポーズは様式的なものですが、滑らかで柔らかに描かれているため、自然な(人間的な)感じ、写実的な印象になります。それを助長しているのが、スフマートによる滑らかな表現でしょうか。聖母マリアの肌の色の感じが、ボッティチェリとラファエロとが、どれほど違うか。ラファエロの方が肌のぬくもりを、より感じさせるように思えます。しかし、マリアの着ている服の青と赤は、ボッティチェリの場合のような清澄さはありません。重いし、暗い。しかし、思うに、人間を描こうとしたら、人間の存在の重さがついてまわるわけで、ラファエロの作品には、それを引き受けたゆえの重さがある。それが、ボッティチェリとの違いであるように、両者を見ていて思いました。
Louvrebeauty  ラファエロのとなりにはクラナッハ(父)の「三美神」が展示されています。ある意味対照的ともいえる作品が隣り合っていると、それぞれの作品の個性が際立つようで面白い。もともと三美神というテーマは「美」と「雅」の女神であり、古代より女性美の理想であるとされてきたものだそうです。しかし、この作品は神様とか理想の姿というよりエロチックで劣情をそそるようなところがあります。裸の女性が宝石だけを身にまとっているなどというのは、近現代ではポルノグラフィの典型的なパターンです。彼女たちが身に着けている宝石は当時の高級売春婦を思わせるt彼女たちが身に着けている宝石は当時の高級売春婦を思わせるとの説明もありました。また、この作品の三美神が通常の三美神の描き方と異なっていて、それは、前、横、後ろを向いた3人ポーズが不自然で、中央の女神は透明なベールをあだっぽく持ち上げ、そのベールは典型的な「ウェヌス・カッリピュゴス (美しいお尻のヴィーナス)」のポーズをとる左横の女神の太腿にかかっていて、右側の女神の曲げた片脚と流れるような長い髪は挑発的である、というのです。とは言っても、ラファエロの描いたヴィーナスの筋肉マッチョな肢体と比べると、クラナッハの描く女神はペチャパイで豊満な肉体とは言い難く、あえていえばロリータっぽい肢体が艶めかしいポーズをとっているので倒錯的にも感じられます。しかも肌の色の白さが不健康さを感じさせます。

 

2026年9月26日 (土)

ルーブル美術館展─ルネサンス(3)~Ⅱ.技法の革新と洗練

Louvrevenuse  「棘に傷つくヴィーナス」は16世紀の銅版画。マルコ・デンテとラファエロの原作に基づくとのことですが、恋人アドニスの死を嘆き悲しむヴィーナスが、いばらの上を駆け抜けて足の裏に刺さった棘を抜こうとする姿を描いた神話を描いたとのことですが、足裏の棘を気にする姿は、以前に見たルーベンスの同じタイトルの作品でも同じポーズです。この作品は銅版画のためか、ヴィーナスの描き方はマッチョな筋肉質で、しかも人の柔らかさというよりブロンズ彫刻のような堅固さが感じられます。そして、並んで展示されていた絵皿や彫刻に、そのポーズが流用されているのが分かります。Louvrevenuse2

2026年9月25日 (金)

ルーブル美術館展─ルネサンス(2)~Ⅰ.旅

Louvresai  アルブレヒト・デューラーの「サイ」という1515年の作品です。デューラーというと「メランコリア」のような銅版画作品が有名ですが、この作品も銅版画かと思ったら木版画です。それにしても細かい。描線が細い。まず、その細工のすごさに脱帽です。一節には、銅版画より木版画の方が大量印刷に向いているので、緻密な表現を我慢したとのいうのだが。たしかに、「メランコリア」ほどの細密さはないが、サイの顔の部分の髭の描線など繊細とも言えるほどではないかと思います。この作品で、デューラーはサイを、喉当てや胸当てが鋲止めされた鎧のような強固な装甲に覆われた動物として描います。実際のインドサイを写実的に描いたのではなく、想像をまじえて描いたようです。例えば、背中前方の捻れた小さなツノ、うろこに覆われた脚、身体が極端に短いことなどがあげられます。デューラーが表現した「鎧」はインドサイの厚い表皮のしわを再現したものかあるいはサイの表皮を様式化し強調し、実際のサイを見たことのないヨーロッパの人々にサイの姿を表現的に見せたとも思えます。それ以上に、装甲のような意匠やウロコの細かい描写に惹きつけられます。
Louvregreco  エル・グレコの「アントニオ・デ・コバルビアス・イ・レイバの肖像」はデューラーのおよそ1世紀後の作品。私には、エル・グレコといえば「受胎告知」のようなバロック的な明暗のコントラストによる劇的な物語の絵のイメージが強く、肖像画家としても有名だとはいっても、どうしても「受胎告知」の方に目がいってしまいがちです。このような場でもないと、単体としてあらためて肖像画を見ることもないと思います。この作品は、彼の肖像画の中でも傑作のひとつということです。彼の肖像画は、生き写しであるだけでなく、モデルの人物からにじみ出る雰囲気を記録している上、性格や社会的地位まで伝えているというのですが、私には、どこが性格や社会的地位を表わしているのか、分かりませんでした。こういうの具体的に、ここがこうだから、こういう性格が表われていると教えてもらわないと分からないですね。とはいえ、粗っぽいとおもっていたら、後のベラスケスに比べると意外と表面の仕上げは丁寧なんですね。暗い背景に、黒い上着を着た人物で、肌色の顔がスポットライトを浴びたように浮かび上がる。ここには多彩な色彩というのはなくて、ほとんど。黒と肌色の陰影だけで描いています。そういえば、「受胎告知」でも鮮やかな色彩というより。色は鈍く、くすんでいて、明暗のコントラストが画面を支配していたように思います。グレコという画家は色彩よりも陰影の人なのかもしれないと、今さらながら思いました。
 ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニの「座って素描する人物のいるローマの眺望」は素描作品です。デューラーとグレコの中間の時期の作品で、マニエリスムの時期にあたるということです。画面の手前に座って景色をスケッチ(素描)している人物(おそらく画家本人、あるいは旅の同行者)が小さく配され、その奥に当時のローマの壮大なパノラマや遺跡が広がる構成になっています。前景の人物と遠景のローマの光景は、あきらかに区別して描き分けられていて、遠景のローマの光景は薄いインクで、まるで建築図面のようでも、あるいは後のキュビズムのようにも見えてくるのが不思議です。

 

2026年9月24日 (木)

ルーブル美術館展─ルネサンス(1)

2026年9月11日(土)国立新美術館
Louvrepos  4月から学校に通うようになって、都心の学校だし、会社で仕事をするのと違って、美術館には頻繁に通えると思っていたら、豈図らんや、美術鑑賞とその感想をまとめるのに使う頭と勉強の頭が重なるようで、仕事をしていた時には仕事の頭とは違う頭を使えていたのはちがって、時間はありながら、美術館にかよう余裕がなくなっていた。いま、学校が休みになって、頭を休めていて、ようやく美術館に出かける余裕ができてきた次第。
 今回向かったのは、国立新美術館のルーブル美術館展。レオナルド・ダ・ヴィンチの作品がやってくるというのがウリの展覧会。これは混むなと予想して、9月9日の始まってすぐの金曜日、しかも、金曜と土曜は普段とは違って閉館時間が午後8時まで延長される、その遅い時間を狙って出かけてみた。6時少し前に、地下鉄乃木坂駅を降りて、美術館への専用通路を進むと、多数の帰る人々とすれ違う。これで混雑を回避できると北叟笑んだ、が、チケット売り場には行列が。脇には、「待ち時間なしの掲示」。ちょっと、危惧が生じる。玄関をはいると、それほど空いていないが、入場はすんなりと。しかし、展示されている各作品の前には行列ができており、順番を待ちながらとなる。そして、最後に展示されていたダ・ヴィンチの作品の前には長蛇の列、廊下を通って隣の部屋まで行列は延びていて、最後尾には係員が控えていて、待ち時間は50分ほどになるとのこと。それでは閉館時間を過ぎてしまうだろうに。一応、行列は作品を正面から見るための行列で、脇から遠目に作品を遠望するなら並ばなくても、辛うじてできる。わたしには、とても並ぶ気にはならなかった。この時間は、この展覧会では、混んでいない部類に入るのではないかと思う。これが、会期が押し詰って休日の昼間という混み合う時間帯になったら、どんな状態になるのだろうか。とても、絵を見るような環境ではないだろうと想像できる。展示の全体は、それなりに作品はあるが、どうしてもダ・ヴィンチがメダマで、それ以外は刺身のつまというか、展示構成や図録の記載などはそのような構成になっているのは否めないと思う。
 展覧会に付随するミュージアム・ショップは展覧会賞以上に盛況で、グッズ(おみやげ)のほとんどはダ・ヴィンチだった。
 いちおう、主催者あいさつを引用します。“15世紀から16世紀にかけてヨーロッパ各地で隆盛を極めたルネサンス美術。本展は、ルーヴル美術館の膨大なコレクションから選び抜かれた50点余りの作品を通して、この豊かで複雑な芸術動向の本質をなす、いくつかの特徴に光を当てます。ルネサンス期の人々は、キリスト教が広まる前の、人間の主体性がより重視された古代ギリシア・ローマの文化に再び価値を見いだしました。このたび初来日するレオナルド・ダ・ヴィンチの《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》は、人間の個性への関心が高まった時代であるルネサンスの肖像芸術の傑作です。レオナルドは、人物の外見の特徴をとらえるだけでなく、その内面に潜む複雑な感情を描き出すという難問に挑み続けた芸術家でした。本展では、まさにルネサンスを象徴する人であるレオナルド・ダ・ヴィンチから導き出した4つのテーマ ——旅、技法の革新と洗練、古代へのまなざし、肖像芸術の隆盛—— に基づいて、絵画から彫刻、版画、素描、工芸まで、多彩な作品を紹介します。ルネサンス美術の真髄に触れる貴重な機会となるでしょう。”
このような展示の意図とか、展示の構成とかは、この展覧会の場合は、あくまでもタテマエで、ダ・ヴィンチの作品を見せるための展覧会というのが本音だろうと思います。以下では、それでも目に付いた作品をピックアップしていきます。

 

2026年8月18日 (火)

山口華楊展(5)~第4章 大成─「偉大なる動物画家」として

Yamaguchihorse  「白い馬」は1952年の作品。緑色の地に白い馬という色の配置は東山魁夷の白馬だなあ。実際、色の感じは近いと思う。説明では琳派の作品を見てインスパイアされて、背景を抽象的にして、白く光る馬が浮き上がるような画面は、写実から次の段階に飛躍する転機となった作品と説明されていました。山口の場合は東山魁夷のような幻想的な画面になることはなく、白馬の白と草原の緑という色の対比が印象的です。
Yamaguchileopard  「黒豹」は1960年の作品。黒はグラデーションを施すのが難しかったのか、シンプルに見えます。そうすると平面的な画面がペラペラで単調になってしまっています。
 「霽」は1968年の作品。「黒豹」では単調になってしまった黒を数羽のカラスを画面に構成して配置することで変化を作り出しています。おそらく、カラスの配置は、緻密に計算されたものではないかと思います。それよりも背景の白の複雑なグラデーションが目に付いてしまって、カラスの黒が背景の白に埋もれてしまうような錯覚を覚えます。この作品のような上から見下ろす視線で、群像として配置して描くという作品は、Yamaguchicrow 山口の場合、少なくありません。三匹の猿を群れの中の部分として配置しているような「猿」、白いタイルのベランダで日向ぼっこをしている犬の親子を描いた「日向」など、その傾向の作品は他にも展示されています。「黒豹」もそうです。そこに共通しているのは、ベースとなっている地がとても印象的ということです。「日向」などは、白い毛の母犬は、タイル地の白に溶け込んで埋没してしまいそうにも見えます。また、「猿」では、猿と地の色が同系統であるため、三匹の猿がそれほど際立っていません。それほど、地が念入りに描かれているし、見るものの視線を誘うのです。このような画面の作り方は、山口という画家に、かなり特徴的なのではないかと思います。
Yamaguchiboon  「月夜野」は1971年の作品。薄い夜霧の中、緑色に光る眼をした狐の姿が神秘的に描かれ、と説明されています。三匹の狐の緑色に光る眼の描写がとても印象的です。その眼はエメラルドを想わせる。それ以上に、薄い夜霧と説明されている背景の緑のグラデーションで作られた平面です。具体的な草木の形態は暈かされて、霧を想わせるヴェールのような白みがかった薄い緑が漂う。その薄ぼんやりした平面は、幻想的といってよく。そこから三匹の狐が、その背景に溶け込み、しかし、浮き出ているというあり方は、現実とも幻とも見えます。そんな中で、三匹の緑色に光る眼だけか、際立って目立つ。それゆえ、その眼が、とても印象的です。
Yamaguchiowl  「木霊」は1976年の作品。京都の北野天満宮にある樹齢約600年の大欅の根っこを描いた幻想的な作品で、老樹のうねる根と、そこに佇む小さな木菟を描くことで、樹木が持つ神秘的な生命力を表現している、と説明されています。「青蓮院の老木」の下部の根の部分を土色にして画面いっぱいに描いている作品です。この作品の特徴は、画面右手に木菟を描いていることで、これがアクセントになっている。木菟のまわりに光っているのは、そこに見るものの視線を集めるためでしょうか。この木菟は非現実的です。木の根の描き方が様式的、デザイン的で、画面を構成してつくっている。山口という画家は、もともとこのような志向の画家であるように、作品を見ているかぎり、私にはそう思えます。
Yamaguchicat  「秋晴」は1976年の作品。澄み渡る秋の空気の中、柿の木の下で日向ぼっこをするリアルで愛らしい黒猫を描いた、動物画の名手・華楊の晩年の代表作として知られ、黒猫は薄い墨線で輪郭を柔らかくぼかし、その上から繊細な毛描きを施すことで、黒猫の毛並みの質感をリアルに表現されている。と説明されています。黒猫は写実というよりデフォルメされ、デザイン的に様式化されています。黒猫というと菱田春草の「黒き猫」などの著名な作品がありますが、それらの様式化された猫のデザインを踏まえられているようも、私には思えます。その一方で、紅葉の葉の多彩で複雑な描き方が印象的です。
Yamaguchifox  「幻化」は1979年の作品。狐を、人を化かす狡猾な動物ではなく、夢幻の世界でのびやかに遊ぶ気品ある存在として描いている。緑色の眼が光る幻想的な情景は、的確な写生によって現実感をもたらす。華楊が生涯追求した写実と、生命への深い洞察が結実した、畢生の傑作である。と説明されていました。この展覧会のポスターでも使われていることから、この作品がメダマなのだろうと思います。ただ、説明の通り、この作品が写実なのかどうかは、疑問が大きい。野生の肉食動物、ハンターとしての狐、人間に対して警戒心を隠さない野生動物としての狐の姿は、ここにないからです。この狐は、そのままというより、山口の描く画面のコマとして適当なものとしての狐です。そこに現実感があるかというと、それらしいデザインでしょう。だからいいのですが。私には、背景の地は緑なので草原ということなのでしょうが、水中のように見えて、水中で遊泳している二匹の狐という現実感のない画面に見えます。そういうところが、この作品の魅力ではないでしょうか。私には、この人は色彩の平面で画面を構成するのが本領の画家に思えます。この作品での狐は狐の形態の平面に私には見えます。写実といいますが、実際に狐の毛を細かく描き込むようなことはしません。これは他の作品でもそうです。リアルに対象を迫真に描くということは為されていないのです。
 私には、この一連の展示を見てきて、山口華楊の作品は、日本画の花鳥画を西洋近代の幻想絵画やキュビスム、フォービスムといった近代絵画的に描いてみせたものと見えます。

 

2026年8月17日 (月)

山口華楊展(4)~第3章 探究─植物表現の生命力

Yamaguchitree  「青蓮院の老木」は1973年の作品。前に見た「葉桜」と同じように画面いっぱいに樹木の枝と根の広がりで覆い尽くすような構成で描かれています。それは、画面が緑色で覆い尽くされるということでもあります。その緑のグラデーションというか緑を基調とした様々な色の微妙な組み合わせが、この作品の魅力になっていると思います。緑で画面を溢れさせるには蔓延るように屈曲しながら伸び広がる根の全面に苔が繁茂し、他方で枝には葉が生い茂る老木は、またとない格好の素材だったのだろうと思います。老木の瘤のついたような太い幹は平面的で、重量感がありません。ペラペラです。それだから、緑の画面が重くならならず、幻想的な画面になっていると思います。そして、老木の形状も作為的で、近世初期の絢爛豪華な襖絵のマニエリスティツクな樹木の近代的なアレンジと言えなくもないと思います。
Yamaguchicockscomb  「鶏頭の庭」は1977年の作品。山口の晩年期といってでしょうか、写実とか気にすることなく自由に(好き勝手に、やりたい放題に)画面を造っている作品です。鶏頭の異形のような紅が鮮烈に目に残ります。それ以上に、その背景の枯草のような草地の複雑な色面と、三つ並んだ石のデザイン図形のような形態と複雑な陰影に視線が吸い寄せられます。鶏頭の花を生かすために描かれているのでしょうが、ルービンノの杯のように地と図が逆転して、背景の方が主体に見えてきます。
Yamaguchipeony  「玄花」は1979年の作品。ますますリアルな写生から遠ざかり、つくりものめいた模型のような牡丹の花です。牡丹の花びらをいくつかの色面となっている平面で作られている。それってキュビスムの初期の立体を面に分解するのに近いような感じ。しかも、その各平面の色が色分けされているので、平面ごとに塗り分けられているのはフォービスムの感じ。とはいっても、抽象の方向に向かわず、具象の形はしっかりと残されている。その組み合わせは、いかにも人工的な感じがする。牡丹というより牡丹のフィギアという感じに近い。生命感とか温かさといったものが感じられず、クリスタルな感じといいますか。冷たい感じが、とてもモダン、あるいは近未来な感じがします。

 

2026年8月16日 (日)

山口華楊展(3)~第2章 系譜─師・五雲から華楊へ

Yamaguchicalf  「犢」は1941年の作品。第2次世界大戦の頃ですが、このような戦時高揚とは無縁の作品を描けていたんですね。この人は輪郭線をはっきりとはさせないところがあるようです。地と図の境界がはっきりしない。横山大観なんかの朦朧体とは違ったかたちで、形態が曖昧になる。たしかに実際の事物には輪郭線などないので、輪郭線など描かないのがリアルなのかもしれませんが、山口の場合は、それとは違った理由があるように思われる。たとえば、仔牛の背景となっている草原の描き方です。まるで霧がかったように、白っぽい色彩のなかに淡い緑の濃淡があって、そこに強い白で草や花が線描のように描き込まれている。幻想絵画、私はルドンを思い出しましたが、さらにいえば草原の抽象化された姿に見えます。そこに輪郭が曖昧な仔牛があると、草原から浮き上って独立しているのではなく、草原という平面の一部になっているように見えます。もっというと抽象化された草原という平面上の模様のちょっと色の濃い部分。これから見ていく山口の作品は、そのような傾向が目立っていくように、私には見えます。1944年の「制空」という作品では、背景の空の描き方で、それがさらに進んでいるように見えます。
Yamaguchideer2  「鹿苑」は1969年の作品。複雑に色を重ねて、全体として淡い幻想的な色面をつくり、その色面を組み合わせることによって、画面を構成させて、結果として鹿の絵が出来上がっているという作品です。全体の背景となっている草原は、緑をベースにして白を重ねているように見えますが、そこに多彩な色が複雑に重ねられて、そのムラが草原を結果として表わすひとつの平面になっています。そして、画面上部には、円形の境界で区切られて、緑の地に白で草が描かれている。それは、写実的なリアルな草原というのではなく、静謐で涼やかな空気感を画面に作り出すような幻想的な平面を作り出していると思います。このような草原という背景の上に5頭の鹿の輪郭をした平面の色面が配置されています。これらの鹿の輪郭の色面は茶色を基調とする鹿の間にグレーと白を基調とする鹿を配して、同系統の色が重ならないようにして、色面が混ざり合わないようにしています。これなど、写実的な鹿の描写よりも、色面の構成で画面を作っている表われのように思います。それででしょうか、草原に鹿が憩でいる様子というより、薄いグリーンの下地から鹿の形の色面が浮かんでいるように見えます。そういう構成された画面の面白さが、この絵の魅力ではないかと思います。
Yamaguchiwait  「待春」は制作年不詳の小品。雪で埋もれた洞穴から顔を覗かせる兎。華楊は「兎が一番可愛らしい」と言い、雪解けの静かな情景の中に、春を待つ生命の息吹を繊細に表現している。と説明されていました。というより、私には、この絵の特徴は画面の大半を占める雪の白い色面の描き方ではないかと思います。白が印象的ですが、真っ白一色ではない。薄いグレーをはじめとする多彩な色を重ねて、しかも、全体が重くならないように、白の印象を妨げないようにして、フワフワしている泡のような印象になっているとこではないかと思います。この作品は、この白い面を見るもので、画面中央のウサギの茶色や若葉の緑は、その白を際立出せるための一種の背景に過ぎないのでは、思えるほどです。
 こうしてみると、山口華楊という画家は色面で画面を造る人できないか、動物や植物は、その色面のための題材にすぎないと思います。

 

山口華楊展(2)~第1章 初期作品

Yamaguchicherry  「葉桜」は1921年の、山口22歳のときの作品。“華楊の自然への飽くなき探求心と、執拗なまでの写実へのこだわりが結実した作品”と説明されていました。でも、ここで描かれているのが、葉桜に見えますでしょうか。枝が垂れ下がっているので枝垂桜でしょうか。それにしても葉が大きいし、多すぎるのではないか。ただ、それゆえに、桜の葉が画面いっぱいに、埋め尽くすように描かれています。余白がないという、結構大胆な構図です。かつて見た船田玉樹の「花の夕」という画面いっぱいにピンクの花が埋め尽くされている構図を思い出しました。山口の「葉桜」の方が先ですが。その一事をもって写生とは言えないのではないでしょうか。この作品では、桜の葉のグリーンが画面を埋め尽くして、そのグリーンのバリエーションが画面にリズムをつくりだしている。画面上のグリーンの諧調が、この作品の主眼だったのではないかと思えてきます。桜の葉はリアルに丁寧に一枚一枚描かれているというのではなく(葉脈とか描かれていない)、葉っぱの形のグリーンの平面が、様々なグリーンである。まるで葉の形による点描のようでもあります。そしてまた、桜の樹の根元のところに蛇が描かれている。そうすると、全体を描く視点は上から鳥瞰的に見下ろすようなのか、というと桜の樹は正面の視線で描かれているように見えます。空間になっていない。このどこが写生なのだろうか。このような作られた画面の中心に桜が描かれている余白に蛇が描かれていると、何か意図があるのではないかと勘繰りたくなります。そんないわくありげな効果を狙っているのでしょうか。若さゆえの衒いでしょうか。
Yamaguchideer  「鹿」は1927年の作品。個々の鹿のポーズは様式化されているとの説明がありましたが、たしかに写生のリアルさではない。身体が無理しているような不自然さ、ポーズのために無理をしている。山口自身は“動物の人間くさいところを描いてみたいと考えるようになった”と語ったと説明されていました。つまり擬人的な表情づけをしているというわけです。寛いでいる母子の情景で、母親が子どもを愛しんでいるような、そして子供が母親のもとで安心しきっているという母と子の愛情の姿が彷彿とされる。つまり、人物画で描くようなことを鹿で描こうとしたというわけです。それって、写生ではないですよね。むしろ。象徴主義的、あるいは幻想的と言えるのではないか。「葉桜」が画面いっぱいに桜の葉で埋めたのに対して、この「鹿」では画面の上半分を大きく空白とって、しかも、その上部の左右の隅に紅葉の色づきはじめる兆しの時期の葉が描かれています。もみじになってしまったのではなく、これから紅葉が始まるという状態ですから全体は緑の葉で、突端は色づきはじめる。となると、一枚の葉のなかの色のバリエーションは却って多彩になります。しかも色合いは微妙です。その細かな色の移ろいを山口は描きたかったのではないか。「葉桜」にしろ「鹿」にしろ、山口の作品は画面をつくっている、そういう意図的な画面作りをしている。

 

2026年8月14日 (金)

山口華楊展(1)

2026年7月23日(木)SOMPO美術館
Yamaguchipos  第1期試験が今日の14時30分に最後の科目が終わった。試験から解放されたところで、真っ直ぐ帰宅する気にならず、近くの美術展を見に、寄り道をすることにした。新宿駅は大規模な改装工事中のようで、改札や通路が仮になって、以前と様相が一変していた。まず、西口広場に出られない。広場がなくなっていた。西口交番を見つけて、漸く位置がわかり、地下道をみつけ(地上は猛暑で、歩く気がしない)、SOMPO美術館に行き着くことができた。
 山口華楊展は始まってから一週間ほどということも、猛暑ということもあるが、来場者はそこそこという程度。1階の無駄に広いロビーでチケットを購入し、エレベーターで5階へ。作品リストだけでなく作品解説も配っていた。作品解説は展示作品のキャプションに書かれていたことが、作品ごとにまとめられていたもので、私のような作品を見ながらメモをとる者にとっては便利なもの。今まで、このようなことをしてくれる美術館はなかったので、ありがたかった。でもこんなことをすれば、図録を買う人が減ってしまうのではないか、と余計な心配をしたりして。
 会場では、山口華楊について、次のように概要が説明されていました。“SOMPO美術館開館50周年を記念し、日本画家・山口華楊(1899~1984)の画業を包括的に紹介する大規模回顧展が開催されます。京都画壇を代表する巨匠でありながら、東京では1999年以来27年ぶりの開催となる本展は、その初期から晩年までの約60年にわたる創作活動の全貌に迫る貴重な機会です。当館が所蔵する代表作3点「葉桜」「猿」「幻化」を核に、写生に基づく独自の動物表現で日本の近現代美術史に確かな足跡を残した山口華楊の芸術世界を存分に堪能できるでしょう。本展の最大の魅力は、山口華楊という画家の、類い稀な観察眼と普遍的な生命観に貫かれた芸術を、その変遷とともに深く理解できる点にあります。華楊は、伝統的な日本画の技法を受け継ぎながらも、西洋絵画の写実性や桃山時代、宋元院体画などの生命表現を取り入れ、現代に通じる洗練された動物画という独自のジャンルを確立しました。彼の作品は単なる動物の描写に留まらず、動物たちが持つ本質的な生命力や、時に人間にも通じる感情、あるいは深遠な精神性を湛えています。幼い頃から並外れた才能を見せ、師である西村五雲の指導のもと写生を徹底。1981年には文化勲章を受章し、国際的にも「偉大なる現代の動物画家」と称賛されるなど、国内外でその功績が高く評価されています。本展では、山口華楊の初期の研鑽から晩年の到達点まで、約60年にわたる画業の全貌を体系的に紹介します。特にSOMPO美術館所蔵の3作品は、彼の芸術の核となるでしょう。”
 上のあいさつには写生が強調されていますが、山口の描く動物からはリアルな迫力や存在感は感じられません。形態には歪みが感じられるし、立体感はなく、動物の毛や羽根は大雑把に省略されています。むしろ、花鳥画に近代的な様相を施したものと、私には思えます。
個々の作品を見て、そのことを確かめようと思います。

 

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