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美術展

2017年5月 7日 (日)

ティツィアーノとヴェネツィア派展(4)~Ⅲティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ─巨匠たちの競合(1550~1581)

 この展示の前にヴェネツィア派の版画として、たくさんの版画が展示されていましたが、素通りしました。
Tizianopalus  ティツィアーノの「教皇パウルス3世の肖像」です。今回展示されているティツィアーノの作品を見た限りでは、ティツィアーノという画家の真骨頂は人物表現にあるのではないかと思われてきます。人物表現といってもアプローチの仕方は様々ですが、私の眼に映った彼の特徴的なところは、表層を描いているというところで、それはとりわれ肌の色合い、そこに光があたるグラデーションや陰影というところです。陰影といっても、人物の立体的な造形を表わして、それを画面という平面に置き換えるときに立体性を表わすものとしてではなくて、陰影が肌の色を変化させていく契機として、彼の場合は、そこで生まれる肌の色の変化の織りなす様子が主眼になっている。そして、その表面を感じるために、感触という視覚ではなくて、触覚の感覚、つまり眼で見えないものをそこに導入しようとしているところです。これが、目に見えないものというと人物の内面とかいう方向性がありますが、ティツィアーノの場合には、そういうものへの志向性がなくて、あくまでも表層に興味が限定されていて、しすし、その表層にこだわることで眼に見えないものである感触に行き着いてしまうといったことを感じるのです。
 この作品で言えば、老人である教皇の皮膚の皺です。この作品では、その皺が作り出す、肌のカサカサになったような硬い感触と、その皺の深さが肌に作り出す影の濃さとなり、その光と影の綾と肌の色の変化の綾が精緻に描写されています。
 ここで、多少の脱線になって、少しばかり図式的な議論になると思いますが、ティツィアーノの作品の志向しているところは、こんな方向ではないかというところをまとめてみたいと思います。今回の展示が、ティツィアーノひとりではなく、ヴェネツィア派の系統の画家の作品を集めて、ティツィアーノもその一つという展示の仕方をしていました。昨年のヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たちという展覧会で、“ルネサンス発祥の地であるフィレンツェの画家たちが、明快なデッサンに基づき丁寧に筆を重ねる着彩、整然とした構図を身上としたのに対して、ヴェネツィアの画家たちは、自由奔放な筆致による豊かな色彩表現、大胆かつ劇的な構図を持ち味とし、感情や感覚に直接訴えかける絵画表現の可能性を切り開いていきました。”という説明がありましたが、ここで見てきた作品についても、色彩が大きな魅力になっていました。これは、ローマに近く内陸部のフィレンツェと地中海に面してアジアとの交易で栄えたヴェネツィアという都市の性格の違いが人々の嗜好風土の違いを生んだ。それが絵画の趣味にも反映しているということになるのかもしれませんが。その性格の違いを、少し異なる視点で考えてみたいと思います。フィレンツェの絵画のあり方には、近代的な人間観があると思います。つまり、人間は個々の人格をもち、それは一人ひとりが独立した個人として統合され、個人で完結したコスモスのようなものだ。それは人間の内に存在する、つまり霊とか精神といったものだ。これに対して、現実に人間は肉体、身体をもって存在している。つまり、ここに存在しているそれぞれの人間は精神と身体の統合されたものであるということ。簡単に言えば。それを絵画にした場合に、身体の側面だけを描いていては、人間の内に存在する真実が抜け落ちてしまう。従って、人間の内である精神が表されるようにする。つまり、精神が内に宿した身体という統一性を描くことを求めることになる。それは例えば、人間は内なるコスモスといったように秩序であることから、例えば幾何学的な完璧な図形が真実であるように、均衡を保った形態に、それが象徴的にあらわれ、それを美と呼ぶことができる。それを人体を描く際には、整然として均衡のとれた構図で、そのことを明快に示すデッサンにより表現されるということになるわけです。つまり、精神を伴った真実の形を描くということになります。これに対して、ヴェネツィア派の絵画は、表層の色彩などで感覚に直接訴える、外面的な傾向が特徴です。これは、近代以前の精神とか霊といったことは神に属することで、人間や動物は自然の物質の世界にいる。そういう自然の世界では、目の前に何を見たり、触ったりして感覚できるというものです。そのような目の前にあるという断片がそこかしこにあるという感じで、統一的な秩序というよりは渾沌のようなものです。ある意味では内面的な精神を統一的な秩序としてみる側からは、表面的な感覚を追求するのは、精神を伴わない華美であり、快楽的であったり、享楽的ということになるでしょう。しかし、別の面から言えば、近代以降、現代においては統一的な秩序という近代的な人間観から、そのような統一ということが実はフィクションでしかなく、現実には不条理があり、そこで無理をして統一的な秩序を求めれば必ず歪みが生まれてしまう。それが例えば、個人の孤独だったり、不安だったりといったことです。そして、ティツィアーノのような目の前の感覚を追求していくという絵画のあり方は、近代を跳び越えて、現代に通じるところがあると思えるところがあります。それは、ティツィアーノの前時代の画家の作品をシュルレアリスムやラファエル前派に通ずるところがあると戯言を述べましたが、ティツィアーノは、間違いなく、その系統に位置しているわけです。実際に「フローラ」のキッチリしすぎている、人形のような顔かたちは、現代の日本のマンガのニ次元美少女のパターンと共通性を見つけることができそうだ、というのはこじつけでしょうか。
 ここで「教皇パウルス3世の肖像」に戻ると、この人物の人格的な価値の高さとか宗教的な神聖な人格といったことが、この姿勢や顔の表情や皺の深さに象徴的に表われているとは言えません。また、人物の周囲や背景に、そのようなことを象徴的に表わすアトリビュートのような記号を散りばめることもしていません。この画面にあるのは、豪華な衣装をきらびやかに描くことであり、血色のよく生気に溢れた皮膚の張りを生き生きと描くことです。そこに結果として描かれているのは、役割としての教皇です。その人は、個人という完結したところに留まっているのではなく、その個人がないからこそ教皇という人間と神との架け橋のような機能的な存在として人間を超えたところにいるわけです。そのため、人間の内面を描かないことで、かえって、超越的な存在となっている教皇を表わすことになっているというわけです。
Tizianomaria  同じたティツィアーノの「マグダラのマリア」です。彼女はもともと娼婦であった罪深い女性だけど、イエスに出会って改悛しその後イエスに従って過ごし、最終的には聖女になった女性、と一般的には解釈され、とくにルネサンス以降には彼女の改悛を主題として取り上げる作品が制作されるようになります。この作品もそのひとつに入ると思います。この場合、マグダラのマリアの改悛という、いわば劇的な信仰のドラマということになりますが、改悛して信仰に生きる女性の改悛に至るまでの罪深い生活を悔悛する痛ましさ、敬虔さという面と、もとは娼婦であったという官能的な魅力を備えた美しい女性という信仰に対して罪深い側面という、相矛盾するふたつの側面を備えています。こ一人の統一した人格としての女性が、このような相反する二つの側面をもっているということを一枚の絵画の画面に表わすということは、とても難しいのではないかと思います。これが時間の経過を伴う、例えば演劇であれば、最初娼婦である彼女がキリストと出遭い、改悛して、過去と訣別し、新たに信仰の道に入るということで、時間の経過の中で二つの面を別々に提示し、官能的な面を後で否定することで、人格の統一は保つことができますし、官能的な面を否定することで、それと対照的に信仰の面が強調されることになります。しかし、絵画には、そのような時間の経過を織り込むことはできません。例えば、バロック美術Caravaggiomaria の画家、カラヴァッジョやラ=トゥールの描くマグダラのマリアは改悛した後の修道女のような質素な姿で、官能的な描写は抑えられています。それがマグダラのマリアであることは、周辺に配置された彼女を象徴するような小道具(アトリビュート)を配置することで、信仰に生きる女性としてのマグダラのマリアの姿をあらわしています。そこで、ティツィアーノの、この作品を見てみると、官能的な美女を描くということを、折角の機会なのだから、精一杯に美しく描こうとしている、というように見えます。この場合、改悛して信仰に生き、官能的な面を罪深いとして否定し悔いた姿として統一させるということはしていません。前にも述べましたように、ティツィアーノには近代的な個人、つまり統一した内面を備えた人格が姿に表われ、それが均衡という秩序を持った形態という理想として画面に描かれるという方向性にはなっていません。いわゆる理想的な形態が結果として美となって表われるというよりは、感覚的な美、いって見れば官能的な美、全体の均衡よりは部分的とか刹那的に感じらりる美という方向性で作品を描いている面が強い画家であると思います。それは、ヴェネツィア派の画家たちの系譜として共通の基盤のようなものかもしれませんが、ティツィアーノに残されていると思います。それが、この作品ではマグダラのマリアという女性の見た目の美しさ、それが官能的な美しさであるとしても、それが信仰に生きようとする彼女の内心の志向するところに、外面が適合するようには描かれていません。それとこれとは別、とティツィアーノは意識して考えたのではないでしょうが、統一させるということは意識していなかったのではないかと思います。折角の美人なのだから、それを描こうというのが無理なくできた、そういう画家であったのではないか。薄く透明なヴェーLatourmaria2 ルと白い下着の姿で左肩をはだけて露わにしたポーズは聖女にふさわしいとは言えないような官能的なポーズで、チラリズムの刺激的な姿です。そのあらわにされた肌の白さ、柔らかで滑らかな感触が、顔では上気したような赤みかがった色合いや、あごの柔らかな肉付きの描き方、仄かに明らんだ唇が震えるような感じと、仰ぎ見るように上に視線をむけて、目頭から涙がこぼれてくる、その目頭が熱くなった赤く充血している。そこでの赤のヴァリエーションの使い分け。そして、赤みかがって光り輝く金髪の豊かウエーブして、肩から胸の膨らみの谷間を流れるようす。それが光に反射するところとウェーブによりつくられ影との陰影。それらが、細かく描きこまれています。これらは、前に見た「フローラ」や「ダナエ」以上に力が入っているようで、信仰の聖女というより、古代の異教の女神を描くのと同じようです。個々で描かれている美は、精神的なものに昇華された天上的なものではなくて、感覚的で官能的な地上的なものです。これをティツィアーノの、この作品では罪深い、否定すべきもの、悔うべきものとして描かれているようには見えません。それは、マグダラのマリアの悔い改められた信仰があっても、同じように美しさが同じ人物のなかで存在しているという姿です。それは、穿っていえば、人間とは、もともと理想的に割り切ったように一貫した存在ではなく、矛盾を抱えた、時には理不尽な存在でもありうるわけです。これは、現代の、例えば実存主義や心理学の指摘などにも通じる点がある、というのは飛躍でしょうが、そのような点に、この作品を現代の私が、ある意味でリアリティをもって切実なものとして受け入れることができる可能性があると言えると思います。
Tizianodiana  一方、ティントレットはティツィアーノと並べて巨匠として上げられていますが、「ディアナとエンディミオン」という作品をみると、一応完成はしているけれど、力がこもっていないという印象で、ティツィアーノの引き立て役ぐらいにしか見えませんでした。
 ティントレットより、展示の最後にあったヴェロネーゼの「聖家族と聖バルバラ、幼い洗礼者ヨハネ」という作品が印象に残りました。ここで、ティツィアーノやティントレットと並べて名前を挙げられている画家なので、美術史のビッグネームなのでしょうが、知識のない私には、その点は不案内です。明るい画面で、左側の女性の金髪の黄金色の輝き、右側の女性の赤と金色の衣装。そしてはだの白さのまぶしさ。それらの色が、それぞれの色の効果を打ち消し合うことなく、全体として、明るい画面をつくって、全体としての輝かしさを形成しているのは、眼がくらむほどです。ここには、ティツィアーノには残っていた人間の内面と外形との矛盾対立はもはや残滓もなくて、屈託をもたずに色彩の操作で画面を作り上げていると思います。人間を人格としてとらえるとか感情移入するとかいうことではなくて、相対的に冷めた眼で人間を、ここでは題材がキリスト教の物語なので、宗教の信仰に没入するというのではなくて、結果として距離を置いた批評性が生まれている、という見方ができるようなものになっていると思います。それは、ティツィアーノには、見られなかったものですが、明らかにティツィアーノが潜在的に持っていたものを、取り出してきて発展的に継承したのではないかと思わせるものです。この作品での中心は色彩であって、幼児のキリストや聖母マリアでなければならい必然性は、見ていて感じられない。この人物構成、配置でヴェネツィアの富裕な商人の家族の光景とタイトルされても違和感はないです。ここに、キリストや聖人の神々しさのそれらしい描き方はされていません。むしろ、赤ん坊の肌の柔らかな色彩とか、金髪や衣装の色彩を消費するような、極端なことを言えば、精神というような重石を切り捨てて、消費する。それは、感覚できるものを、手に取れるものだけを描くという唯物的な姿勢、刹那的な姿勢に行き着くようなもののように思えます。それは、ティツィアーノにも潜在的にもっていて、同時代のミケランジェロなどのような人には持っていない、独特の個性のように思えます。
Tizianovelnez  全体として、力のこもった作品は少なくて、それで全体を判断するのは、早とちりかもしれませんが、ひとつの視点はみえたような気がします。

2017年5月 6日 (土)

ティツィアーノとヴェネツィア派展(3)~Ⅱティツィアーノの時代(1515~1550)

Tizianoflora  このコーナーに入ってすぐに、ティツィアーノの「フローラ」が展示されていたのを見ると、他の画家たちとティツィアーノとは違うレベルにいるのが一発で分かってしまいます。“その魅力は、リズミカルな曲線が織りなす図像の甘美さと、調和のとれた色面の配置にある。女性は、画家の熟練した腕前によって、不明瞭な背景からくっきりと浮かび上がってみえる。画面は、慎重な明暗表現から生まれた動きに基づき、構成されている。ミニバラ、スミレ、ジャスミンなど、春に咲く花々の束を持つ右手のひらの捉え方に、人物を短縮法で描くことへの関心をはっきりと見てとることができる。あらゆる部分が計算された色彩で表わされ、事物の描写に関しては、バラ色の色調で表わされた繻子のブロケードを、純白の肌着の襞が作る陰影に結びつける複雑な色の塗り重ねが特に素晴らしい。肩から滑り落ち、肌を露わにするこの肌着は、古代風の衣装を真似た当時の下着で、若い女性の肌の色を引き立てている。方のほうにわずかに傾けた女性の優美な顔は、赤みがかった金髪に縁どられている。本作品には、ティツィアーノの円熟期を特徴づける絵の具の厚塗りがすでに認められる。柔らかい色彩で人物の立体感が表わされ、素早く力強いタッチでたっぷりと施された鉛白のハイライトに、画家の熟達した技量を見てとることができる。”というような解説がありました。分かったような、分からないような。この解説文をネタにして、作品を見ていきたいと思います。前のコーナーの作品については、色彩や色遣いのことしか述べなかったと思います。この作品でも、色は、その魅力の主要な要素と言えるでしょう。とくにフローラの肌の色です。前のコーナーのテンペラとは違って油彩なので、絵の具や技法が異なるので、単純に一緒にすることはできないのでしょうが、この「フローラ」の魅力のひとつには色彩という面があることは否定できないと思います。例えば、フローラの顔から首、そして露わになった肩から上半身の肌の色です。しかも、ティツィアーノは、それを引き立たせるための演出を行っています。例えば、人物の背景は具体的なものが描かれず、単に暗い色が塗られているだけで、フローラはそこから浮かび上がってくるように映ります。それに伴い、暗く鈍い色の背後と対照的にフローラの肌が光に照らされたように映えるように、見る人に映ります。一方、彼女の着ている衣装は白い下着のような薄い衣服で、露わにさらされているフローラの肌と対立するような緊張をつくっていません。従って、背景から浮き上がった肌の色が、柔らかく、繊細に見えてくるのです。白い衣装以外にも、金髪という髪の色も肌と対照的になっていないし、ガウンのような白い衣装のうえにかけられている服の赤もどぎつさがなくて、穏やかな色調です。これらは肌の色と穏やかなハーモニーをつくりだしているように見えます。見る者は、落ち着いて肌の色を味わうことができる。
 しかも、この肌は頬の赤みであったり、首や肩の白さといった微妙なニュアンスの変化が、陰影によるグラデーションてあいまって重層的で複雑な変化をもっていて、実際に塗り分けられています。また、白い下着のような衣服は、透き通るほど薄さで肌のいろが透けているのと、襞やしわによって生じる影のグラデーションがさらに細かく彩色されています。
しかし、そういう細かさが気にならず、全体として肌色のたおやかな移ろいと言った感じで、その肌色がキレイだということが魅力的に映えているわけです。
 一方、このたおやかな肌色に塗られたフローラという女性は丸みを帯びたふくよかな輪郭で、まるで肌色の柔らかさを最大限に生かす佇まいです。つまり、フローラの姿が素描されて、それに彩色されていくという構造になっているのが普通でしょうが、この「フローラ」を見ているかぎりでは、色がまずあって、その色の魅力のためにフローラという題材が選ばれたり、このように描くという素描が行われたのではないか、と思われるのです。もちろん、近現代のフォービズムのように色が独り歩きして、現実にあるとかないといったことを超越してしまうようなものではなく、あくまで女性の肌の色というものです。肌色は現実の人の肌に色に似た色で、それを連想させる範囲内にあります。
じっくり見ると、このふくよかな女性のプロポーションは、フィレンツェ系の画家たちの素描に比べると、顔と身体のバランスやかしげた首の軸とか、ちぐはぐに感じさせるところがあります。しかし、この肌の色をたおやかに、柔らかく、豊かに塗られていると、違和感を生むことがなくて、むしろ、それによって色が引き立つようになっているように見えます。
Tizianopalma  ティツィアーノの「フローラ」と同じような構成、人物のポーズをしていたのが、パルマ・イル・ヴェッキオの「ユディット」という作品です。肌のグラデーションはティツィアーノ以上に精緻で、これに較べるとティツィアーノの「フローラ」はコントラストがあって、輪郭が明確に見えて、その絵画っぽさ、人工的なところが、かえって分かるようです。それほど、この作品の技巧的な精緻さはすごいと思います。ユディットという女性の肌の柔らかさの感触の表現などティツィアーノ以上に肌触りを再現されたような巧みさが見えます。しかし、これは好みの問題かもしれませんが、ユディットのふくよかさが肥満に見えて、顎がだぶついて、首が陥没しているように見えてしまう、丸みを強調しすぎであることが、どうも見たいと思えないところがあります。彼女のプロポーションの、例えば腕の位置の不自然さとか、紗がかかっているわけでもないのに、薄ぼんやりとしているところが、幻想風になるのではなく、リアルもリアリティも減っているように見えてきます。ちょっとグロテスク、頽廃趣味のグロテスク趣向の美の追求ではなく、美からずれてしまっているような印象です。この作品をティツィアーノの「フローラ」と並べて見ると、ティツィアーノの人工的な、リアルとかリアリティとは無関係な、美をつくっていくという性格がよく分かります。
Tizianobionbo  ほかにも、聖母子などの女性像が展示されていましたが、描き方が雑であったり、色がきたなかったりと、素人の私が見ても、ティツィアーノの作品とはレベルが違うことが明白な作品ばかりでした。むしろ、男性の肖像画に面白いものがありました。そのひとつ、セバスティアーノ・テル・ビオンボの「男の肖像」です。“陰影を丹念に施す手法や柔らかい光の効果、憂いを帯びた人物表現において、ジョルジョーネの様式に極めて近い”と説明されています。暗い中で、振り返る断線の顔に光が当たり、顔が浮き上がるように見えてきますが、帽子の影になって下半分しかハッキリしません。そのポーズと振り向いた顔の光線の変化を、憂愁の印象にまとめた佳品だと思います。聖母とか言うように理想化されて、いってみれば個性を超えた美という理想に縛られた女性像に比べ、男性の肖像は個人の個性的な顔つきとか形態の描写を追求できているようで、描き方も変化があって、面白かったです。
Tizianodanae  ティツィアーノの「ダナエ」。おそらく、「フローラ」と並んで、この展覧会の目玉といっていい作品です。“ティツィアーノは「色彩の力」すなわち、語り得ないものを表現する卓越した力を示した。黄金の光がアクシリオス王の娘ダナエと、ユピテルの突然の出現に驚くクピドの体を照らし、左に寄せられたカーテンの襞とシーツの皺の上で揺らめき、クピドの多彩な翼の上で戯れる。色彩は、あらゆる形態を包み込む黄金の光で満たされた場面の中で煌いているように見える。一方、寝室奥の円柱と壁に落ちる陰影は、空間を閉ざし、前景を圧縮しつつ、ダナエとクピトをまるでフリーズ上の浮彫彫刻のように際立たせている。とりわけ堂々とあらわれる裸婦は、ミケランジェロによる神話や寓意主題の彫刻の偉大さ比肩するほどある。ティツィアーノは、物語にひつようのないいかなる要素も排除し、そこに唯一無二の直接的な現実感を付与している。”「フローラ」と較べると、よくいえば自由に伸び伸びと描いている。別の言い方をすると、「フローラ」ほどキッチリと描かれていない。まあ、画面大きさが「フローラ」と「ダナエ」とではスケールが違うので、同じように描くようにはいかないでしょうが。どちらがいいかは、好みの違いということになると思いますが、「フローラ」のころは、今だ、若い画家としてのティツィアーノが、伝統の中で自身の存在を主張していこうというように、制約の中で妥協しながら制作しているところと、気負いが、いい意味でもそうでない意味での硬さとなって表われているのが、この作品のキッチリしたところだと思います。これに対して「ダナエ」は、すでに名実共に大家となった画家が、伝統とか周囲に余計な配慮をすることなく、自身の個性を全開にして制作している。言ってみれば「フローラ」は、優等生的に課題をクリアするようなところがあって、画家の壮年期に比べて個性が際立ってきていませんが、「ダナエ」には画家の特徴が際立って来ている反面、短所も隠さずに表われていると思います。昨年、新美術館での「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」でティツィアーノ晩年の大作「受胎告知」を見た時も思いましたが、ティツィアーノという画家は、空間を把握して画面に空間を構築するというのは得意ではないのではないか、という点です。しかし、画面の中に描かれている人々のひとりひとりを描くのは、適当に強弱をつけながら上手いので、それが画面全体を生彩あるものにしているという点です。「ダナエ」でも、彼女は室内の、ベッドの上で横たわっているはずですが、そういう場所で、そこにユピテルが雨に変身して部屋に侵入してきたという空間がつくられていません。裸のダナエがいて、画面の真ん中にユピテルが身をやつした靄のようなものが金色にモヤモヤしている。一応、ダナエの下方が白いシーツでベッドがあることらしい、という程度です。しかし、その反面、ダナエ、というよりも裸婦が堂々とした肢体、とくに官能に火照るような肌のグラデーションと柔らかな感触です。しかし、彼女の形態は上半身と下半身のバランスが取れていないようですし、顔の表情はそれというところがなく、あくまで顔であるということ、顔の造作が整っている美人であるということ以上のことは明確に描かれていません。ティツィアーノの特徴としては、色彩やグラデーションから漂う雰囲気かに、感触とかいう視覚化できないものを想像させて、画面を鑑賞させるというものでしょうか。
Tizianoreda  続いて、ティントレットの「レダと白鳥」が展示されていました。同じ裸婦ですが、「ダナエ」と並べると雑な感じで、裸婦には生気が感じられないし、白鳥はお座なりにしか見えないし、ガッカリの作品でした。

2017年5月 5日 (金)

ティツィアーノとヴェネツィア派展(2)~Ⅰヴェネツィア、もうひとつのルネサンス(1460~1515)

Tizianobellini  ヴェネツィア派の創成期のジョヴァンニ・ベッリーニとその工房を中心として、その周辺を主とした展示です。この展覧会のメインがティツィアーノなので、そのイントロといった位置づけになると思います。正直に言えば、これと取り出して特筆したくなるような作品はありません。ティツィアーノと比べると引き立て役になっていると思います。
 ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子(フリッツォーニの聖母)」という作品です。人物が人形みたいで、類型化そのものとか突っ込みどころ満載で、もっともらしい理屈はいくらでもいえるのでしょうが、この作品の魅力は背景の空の色彩に尽きると思います。テンペラという技法でしか出せない鮮やかさなのか、その後の画家たちの油彩では、これほどまでに抜けるような透き通る青空を、見た記憶がありませんでした。見たかもしれませんが、それが記憶に残っていない、ということは、それが印象的に描かれていないということでもあって、絵画というものに対して色々なことを考えたり、様々な要素を画面に織り込んだりすることによって、単純に色の綺麗さとか鮮やかさを愛でるということがやりにくくなっていったのが、絵画の進歩でもあるという考え方もできるわけです。言ってみれば、プリミティブな単純な見た目の気持ちよさを素直に味わえるということだろうと思います。
Tizianovivalini  バルトロメオ・ヴィヴァリーニの「聖母子」もそうです。聖母子の着ている衣装の深い緑と、聖母が下に着ているピンク色、そして二人が座っている椅子に掛けられた赤い布。これらの色の鮮やかさ。それと背後の光輪になるのか金色に輝くのとの対比が目に映えるところ。人物の描き方とか、陰影がつけられて立体感とかいったことは、美術史の学者や美術館の学芸員が理屈をつけてくれればいいので、私の場合のような消費者のような野次馬は、見た目の快楽ということで、ある意味テーマとか何が描かれているとかいったことは、どうでもよくて抽象画のように意味とか形を考えずに色とその組合せを堪能しているといった具合です。もっとも、これらの作品を、単独でこれだけを、わざわざ鑑賞したいと思うことはなくて、この展覧会のようにずらっと並んでいて、作者もタイトルも考えずに、たまたま視野に入った、これらの作品を見て時間を浪費するといったような鑑賞(消費)の仕方に適しているといったものだと思います。
Tizianobasaiti  マルコ・バザイーティの「聖母子と寄進者」という作品で、この聖母の顔はまるで能面のようで、裸の赤ん坊はセルロイド製のキューピー人形です。描かれた当時は、そういうものだったのかなどと考えることもないのですが、そんなことは関係なく、今、東京でこの作品を見て楽しむことと、それは関係ないので、そのときに、この作品は、それでも十分楽しむことはできるもので、それは、どういうところかという、単純に聖母子の肌の色の心地好さです。画像では、それが伝わらないのでもどかしさが残りますが、実物を見ていて触角に近いような知性を伴わない純粋に感覚的な快感に近い心地好さではないかと思います。
 また、こんな見方は冗談のようで教科書的ではないのですが、マルコ・パルメッツァーノという画家の作品が何点か展示されていて、上にあげられた作品に比べるとキチッとしたリアルなスタイルのデッサンができていて、形がはっきりしている作品を制作しているのですが、フィレンツェのルネサンスの画家たちに比べると、どこか人工的なつくものめいた感じがするところがあるのが、ちょっと変な感じで、むしろ近現代の作品に似通った印象を持たされる面白さがありました。例えば、「死せるキリストへの香油の塗布」という作品は、人物の顔の描き方が柔らかな皮膚に蔽われた滑らかな感じがなくて、ロボットのようです。それだけに顔の輪郭や凹凸が明確に描きこまれていて、描かれている人のキャラクターが図式的に明確化されているのを見ると、20世紀のシュルレアリスムの画家ルネ・マグリットの作品と似ていると思えてしまうのです。また、同じ画家の「射手たち」という作品は、ラファエル前派のバーン=ジョーンズが描いたといっても、そう思ってしまうようなテイストがあります。それが、どうしてなどという穿ったことは、ここでは考えるのをやめておきます。
Tizianopalume  なお、このコーナーで展示されていたティツィアーノの「復活のキリスト」は画家の若い頃の作品なのか、これがティツィアーノなの?と思うようなものでした。

2017年5月 4日 (木)

ティツィアーノとヴェネツィア派展(1)

Tizianopos  父親の退院の日、朝に会社に顔を出して昼前に病院で退院の手続と、すぐ後で施設にもどるための専用車の手配やら、施設の入所の手続で昼飯を食べ損ねた。やっとひと通り終わった午後、一応ほっとしたのと、緊張から開放されたのと、何とも言えない空しさにとらわれたのとで、精神的に疲れを一気に感じた。中途半端に時間で、空腹は感じつつも、今食べると夕食が食べられなくなってしまう。会社には休みをとったが、このまま疲れを抱えて家に帰りたくない。それで、始まったばかりのこの展覧会に行ってみることにした。東京都美術館についたのは午後4時過ぎで、会期の初めということもあるのか、人影はまばらで、静かな雰囲気で、疲れていた私には落ち着くのによい空間だった。状況としては、フィレンツェ・ルネサンスと違って、ヴェネツィア派は知名度も高くないし、人気もイマイチなのかしら。たしかに、展示されている作品は目玉のティツィアーノは別として、全体として薄味の印象ではあった。
 昨年の国立新美術館での「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」を見て、この今回の「ティツィアーノとヴェネツィア派展」を見て、どちらがどうと比べるつもりはないが、両方を足しても限られた作品数の中でも、ヴェネツィア派といい多くの画家がいるなかで、ティツィアーノがとりわけ目立ったと思った。ティントレットといった有名な画家の作品も見たが、実際に見た作品の印象では、美術史などの取り扱いとは異なる印象で、私にはティツィアーノが圧倒的で、他の画家は後塵を拝するといったことを見ることができた。この展覧会で、そのことを再確認できたと思う。そもそも、ティツィアーノが中心の展覧会ではあったけれど。残念なのは、しょうがないのかもしれない(これだけの作品を集めて日本にもってくること自体が大変なことなのは分かる)が、(気持ちとして)ティツィアーノの作品をもっと見たいと思った。
 いつものことで主催者あいさつを引用しておきます。今回の展覧会は、現地の美術館から借りられるだけのものを借りて持ってきましたので見てくださいというような展示のように見える(それでいいと思う)ので、とくに展覧会の趣旨とか、焦点の画家をどのように考えているとか、そういうことは語られていない形式的なあいさつになっているようなのですが、とりあえず、というところです。
 “アドリア海に面する水の都ヴェネツィアは、15世紀から16世紀にかけて海洋貿易によって飛躍的に反映するとともに、フィレンツェ、ローマと並ぶルネサンス美術の中心地として輝かしい発展を遂げました。絵画の分野を中心に美術の進展をみたヴェネツィアでは、ベッリーニ工房などから、多くの優れた画家たちが輩出されました。なかでもティツィアーノ(1488/90~1576)は、自由な筆遣いと豊かな色彩を特徴とする独自の様式を確立し、その絵画はヴェネツィアのみならず、ヨーロッパに広く影響を与えました。80年以上に及ぶ長い生涯の中で、ヴェネツィアの教会や貴族たちからの絶え間ない注文に応えただけでなく、ヨーロッパ諸国の君主や教皇のための絵画も制作しました。その斬新な油彩画法は、近代絵画の先駆者とも評されます。本展覧会では、ベッリーニ工房を中心に展開するヴェネツィア派の幕開けから、ティツィアーノの円熟期、そして巨匠たちの競合の時代という流れに沿って、およそ70点に及ぶ絵画、版画を紹介します。”
 では、次のような展示の流れに沿って作品を見ていきたいと思います。
  Ⅰヴェネツィア、もうひとつのルネサンス(1460~1515)
  Ⅱティツィアーノの時代(1515~1550)
  Ⅲティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ─巨匠たちの競合(1550~1581)

2017年4月 6日 (木)

瑛九19355→1937─闇の中で「レアル」をさがす(5)~エピローグ.その後の瑛九と山田光春

 このコーナーはエピローグとされて、展示の章立ての番号が付されていません。したがって、この展覧会では、この部分の展示はメインではなく、後日談(エピローグ)という位置づけになるのではないかと思います。しかし、展示されている作品について、この部分展示はレベルが違うので、どうしても、展覧会の企画者の意図はどうあれ、ここに眼が行ってしまう。ここに展示されている作品を見ていると、このような作品があるからこそ、この前に展示されている作品を見る気になる(そうでない人もいると思います)と思います。瑛九という画家は、作品がすべてで、方法論とかコンセプトとかいったことがあったとしてとして、そういうものに則って制作されたのが作品であったとしても、仕上げられた作品は、そういうことを超越してしまって、作品そのものが見るものにとって雄弁(といっても瑛九の作品は静謐な印象ですが)に語りかけてくる。そういうことをいうと、これまでの展示で画家が書簡で語っている言葉の引用などをみてきたのが無意味になってしまいそうですが、実際、ここでの作品だけを見ていると、画家が悩もうが試行錯誤しようが、見ている私には、ここにある作品を見ているだけでよくて、別に画家がどれだけ苦労しようがしまいが、私が見ている作品の印象とか意味づけには関係がないと思わせられるものであると思います。この展覧会を企画した人には申し訳ないと思いますが、それが分かったというだけで、私は、この前の展示を見た意味があると思いました。おそらく、『眠りの理由』も「レアル」も、今後、それだけを、それ自体を見たいと思うことはないと思いますが。
Eikyutravel  「旅人」(左上図)という1957年のリトグラフです。フォト・デッサンの具体物を加工して組み合わせてつくったような形態の名残が残っています。しかし、写真の場合の硬質な物質の肌触りのような感覚はなく、代わりに手書きの不安定な線によって形成された形態は現実味とか物質性をなくさせています。それが、見る者にとっては想像の世界に遊びやすくさせるものになっています。つまり、この作品を見ていると、フォト・デッサンという手法でつくられた画面というものが、見る者にとって、想像の世界に遊びたくても現実の物体の手ざわりがリアルな触感と結びついてしまって想像に飛翔する際の足枷になってしまっていたのが分かるのです。「旅人」でも林立する縦の線は森林の木々のようだし、宙に浮いているような形態は風船のように見えなくもありません。現実の形態とはまったく関係のないものではないかもしませんが、現実の物体として見る者に実感させるものではありません。(ここで現実ということばを頻繁につかっていますが、これまでの展示で瑛九がこだわったレアルということとは違うので、分けて考えて下さい。こちらは日常生活で手にとって触れることのできる物体とか、そんな意味合いで捉えていただきたいと思います)むしろ、この後で見る、点描のような、現実に存在する物体を連想することができないような抽象的な作品に比べれば、想像の足掛かりとなるように機能をしていると思います。そういう点で親しみ易さがある作品ではないかと思います。また、今年の作品の完結している世界のような作品と違って、どこか開かれたところがあるように感じられます。それは、この作品について何が描かれているのかという解釈をすることができるという点です。シュルレアリスムっぽいところというのでしょうか。例えば、風船のように浮かんでいる物体は何を意味するとか、そういう仕方で見る者は想像する筋道を与えられる点が、この作品の親しみ易さになっているのではないかと思います。その半面、そういうように想像を制限されるように感じるものにとっては、作品画面が完結して提示されていない点を一種の不完全さとして見てしまうところもあると思います。ただし、それはあくまでも、この後の作品を見てしまったから言えることです。
Eikyusakuhin  「れいめい」(右上図)という作品です。これまで、白黒写真をコラージュしたフォト・デッサンの諸作やペン書きのデッサンを多数見てきたあとで、突然、この油絵に接すると、パッと色彩の鮮やかな世界が広がったというのがショックのように迫ってきます。とくに、この作品では青の鮮やかさ。それは、この展覧会では衝撃的ですらあります。それほどに、作品がどうのこうの云々する以前に、色が迫ってきて、文句を差し挟む余地がないほどきれいなのです。青色が鮮烈ですが、中心近くに黄色や緑色などの小さな水玉が数個あって、それが鮮やかな青に囲まれた中で、妙に印象的なのです。そういう感覚で感じるように見ているだけで、この作品は時間を忘れさせます。
Eikyublue  「青の中の丸」(左中図)という作品は「れいめい」同じように青を基調とした作品です。画面のサイズはより大きくなって、それはスケールとして見る者に迫ってきます。また、「れいめい」では画面が全体として3つの局面によって構成されていました、すなわち同心円構造のようになって、一番外側は白黒の無彩色の世界で、その内側は青地に黒い水玉が入り込んでくるような世界、そして一番内側は薄い青から段階的に白くなっていく地の上で、青から黄色や緑色等の色の水玉が派生するように生まれてくるような世界、そういう多層的な秩序が感じられるコスモスのようでした。これに比べると「青の中の丸」では地は一面の青で、それが大きなサイズの画面一面に広がって、そこに無秩序に不定形の粒が様々に色づけされている。そこに何らかの秩序を見つけることは不可能に近い、そういう画面です。このコーナーでは、いままで3点の作品をとりあげてきていますが、だんだんと言葉で記述するのが難しい作品になってきています。私には、語ることのできる語彙が、それほど多くないので空々しく言葉を重ねるのは作品対して失礼な気がしてきます。ここでひとついえることは、これほど抽象性が高く、色彩が多岐であるにもかかわらず、それぞれの色彩が明確で、はっきりしているということです。そして、画面上の粒のひとつひとつが浮き上がるようにハッキリしている。それが目にちゃんと映るということです。何か当たり前のように思えるかもしれませんが、このように無秩序のような画面で同じような粒が無数にあると、ふつうはひとつひとつがぼんやりと認識されるようになるはずなのです。それに伴うように、粒の色彩が混じってしまうような、全体としてぼんやりとした靄のような印象になってしまいがちなのです。ところが、この作品では、ひとつひとつが隅に至るまで、はっきりと見えてしまう。これは、明らかに意図的に、そのように画面が作られているということです。そのために画家は、画面構成もそうですし、実際に描いているときも、色を塗ることや、筆遣いなどで、こんな大画面にもかかわらず、かなり細かくて注意力を要する作業を強いられたのではないかと思います。それは、抽象的な作品でありながら、曖昧になってムードのように捉えられてしまうことを、瑛九という人は潔しとしなかったのではないかと思えるわけです。あくまでる視覚的に明確であるということ、視覚以外のものに安易によりかかるような妥協をせずに、作品を見るということだけで、そこにイメージをつくりあげるという方向、それが、私には、この展覧会のテーマとして使われている「レアル」ということではないかと思えるのです。
Eikyuafternoon  このほか「午後(虫の不在)」(左下図)という作品。そして「田園」(右下図)という作品。両作品とも大作で、その大画面の前で画面に見入っているうちに時間を忘れてしまいました。このような作品が一面に並んで展示されていたら、どうしよう、作品の傾向は異なりますが、マーク・ロスコの大画面に囲まれた時の静謐さとかある意味では崇高さのような要素に通じるような心持ちになるのではないかと、思わず想像してしまいたくなります。瑛九の大規模な回顧展がもし開かれるようであれば、万難を排して、それこそ数時間、作品群と向き合う準備をして出かけるのではないかと思います。
Eikyupsairal

2017年4月 5日 (水)

瑛九19355→1937─闇の中で「レアル」をさがす(4)~ⅲ.ほんとうの「レアル」をもとめて─第1回自由美術家協会展への出品前後

Eikyureal  1937年に自由美術協会の設立があり、瑛九も参加し、7月の第1回の展覧会に「レアル」(右上図)という作品を出展します。これは、写真を切り貼りしたようなコラージュです。解説では、瑛九の作品について、その手法が当時の流行に乗ったものとして評価しているのに反発して、本質をみろという内容の反論を試みているように説明されています。瑛九自身の言葉が残されているので、事実としてあったことは分かります。しかし、この「レアル」という作品を見ていて、作品を見る限りで、しかも、後世の2016年の展覧会の時点で見ていると、作品として、1936年のフォト・デッサン集『眠りの理由』から停滞している。そしてまた、その後に展示されているデッサンに比べると、むしろ後退しているように私には見えます。すごく、おこがましいことかもしれませんが。そうしてみると、瑛九が手法しか評価しない批評家や画壇に反発するような言辞をのこしているのは、必ずしもそのまま受け取るものではなくて、彼自身の制作がなかなか進展しなくて、思うようには行かない苛立ちが、はけ口を求めた結果ではないか、と思えてくるのです。つまり、やつ当たりです。瑛九の書簡から引用されています。“フォト・モンタージュそのものは技巧であって、それだけの意味に於ては時代精神の表現ではない…フォトグラムそのものはなにも前衛的な表現ではない…我々が云々すべきはそれが芸術の問題としてならその様な「絵之具はどういふ風にぬるべきか」的な事ではなく表現事実についてであらう”ということは、批評家に向けられるだけでなく、本来なら言っている瑛九自身にも向けられるべきではないかと思えるからです。
Eikyureal3  後世の無責任な立場で、『眠りの理由』の作品と「レアル」を見比べて、それほど変わっているとは思えず、同じに見えてしまうのです。したがって、作品だけを見ている限りでは、この展覧会であえて章立てを分ける意味がどこにあるのか、と思えるのです。しかも、『眠りの理由』では、マン・レイたちが手法として戯れていたレイヨグラフに対して、つまり、既存のものが普通と違って見えることを楽しんでいたようだったのに対して、瑛九は、素朴な形ではありましたが、既存の物体を写すのではなくて型紙という自分で創作したものを写すことによって、今までにない世界を創ろうという意志が表われていたと思います。それが、瑛九自身のマン・レイたちとは違うという自負を持つことに至ったのではないかと思います。これが、見ている者にとって、プリミティブに感じと、何だか不思議な「何だろうか?」という印象を強く残すものとなっていると思います。
 ところが、1937年の「レアル」では、既存の物体を持ち込んで、その組み合わせというマン・レイたちのレイヨグラフと同じことを始めてしまって、『眠りの理由』にあった自作の要素を放棄してしまっているのではないかと思えるのです。その結果、素朴ではあっても今までになかった形が画面から消えてしまいました。作品画面は洗練され、すっきりしたものになっていますが、見慣れないかたちのものが画面にはたしかに見ることはできるのですが、「何だろうか?」という不思議さとか違和感のような感じは受けなくて、それを美しいとか評価できてしまうのです。つまり、その見慣れないものの存在が、見る者に強烈に迫ってこないので、距離を平気でとることができて、既存の価値規準にあてはめて評価できてしまうのです。これは、私の個人的な印象なので、そうでないと感じる人も少なくないと思いますので、これが「レアル」という作品の評価とは誤解しないでほしいのですが、念のために。
Eikyureal2  しかしながら、『眠りの理由』に感じられた土俗的なもの、原初的なものに遡ろうとする志向性は、「レアル」にも残っていて、肉体とか身体性といったことを抽出してみようという傾向に変わってはいますが、無意識のレベルに立ち返ろうとする志向が見えていると思います。それは、解説の説明が分かり易いと思います。“ここで重要なのは、それらの多くにおいて、映画雑誌あるいはファッション雑誌の美しい女性モデルのイメージが切り刻まれ、解体され、むき出しの肉塊と化し、闇の中(コラージュの台紙は多くの場合、黒である)に投げ出されている点である。そして頭や眼など理性を司る部分があえて排除され、ときに性的な暗示が加えられることで、作品に強烈な反・理性的性格が付与されている点に注意したい。…本当に「レアル」なものは、生半可な理性によって、捉えられるものではありえない。それは常に理性の光の届かない闇の中で、手探りで探し求めなければならないものなのではないか。だとするならば、これらのコラージュはやはり闇のような暗黒の台紙の上で展開されなければなかった…”。ただし、この説明の後半については、もしここに説明されている通り、瑛九が制作したのであれば、理性的な分析や構成では現実の闇は捉えられないということが、あまりにも図式的で理解しやすく、それを理性の道具でもあるロゴス(言語)で説明できてしまっているのは、やはり、瑛九の「レアル」という作品の限界ではないかと思います。
 端的に言えば、たしかに不可思議ではあるのですが、洗練されていてオシャレで、インテリアのようなものにうまく使えそうなものではないか、瑛九が抵抗した流行のような風俗的なものにハマってしまうものではないかと思います。それは、私の偏見から言えば、瑛九の志向とか考え方は後世のコスモスとしか言いようのない抽象画と共通しているとは思うのですが、後世の作品は、そのつくりの論理が自立しているのに対して、この「レアル」の場合には、借り物のような感じがします。例えば、コラージュという手法もそうであるし、画面の素材として集められたパーツもそこらにある既存のものを既存のそのものの論理で使いまわしているように見えます。その結果として、できたものは既存のものを既存のまま構成したもので、せいぜいのところ既存に対する反抗が関の山というのか、既存の範囲内で遊ばれているといったものに感じられるところです。
 否定的な言い分を並び立てていますが、作品としては面白い作品で、うまく部屋に飾ると映えると思います。

2017年4月 4日 (火)

瑛九19355→1937─闇の中で「レアル」をさがす(3)~ⅱ.1936杉田秀夫が「瑛九」となるとき─『眠りの理由』前後

Eikyusleep3_2  最初のあいさつのところで紹介されていた、フォト・デッサン集『眠りの理由』(左図)の作品が展示されています。フォト・デッサンとは、写真の印画紙の上に様々な物体を直接乗せて感光させ、現像すると、光の当たったところが黒くなり、物体に遮られたところが白く残るというものだそうです。これによって、物体のシルエットによる光と影の構成のようなイメージを得ることができる、ということです。1920年代、この手法をマン・レイはレイヨグラフ(右図)と名づけて盛んに作品を発表したそうです。ちなみに、マン・レイは暗室で作業中に偶然に、この手法を発見したときの模様を次のように追想しています。“ホテルの部屋の鍵、ハンカチ、鉛筆数本、刷毛、蝋燭、紐など、手当たり次第どんなものでも使ってみた。わたしは興奮して無常のよろこびを感じながら更に何枚もプリントをつくってみた。(略)翌朝、壁のうえにこの「レイヨグラフ」(そう呼ぶことに決めたので)を数枚ピンでとめて、成果を検討してみると、びっくりするほど斬新で神秘的なものに見えた”。瑛九は、さらに、既製の物体だけでなく、自ら描いたデッサンを切り抜いて型紙として使用したり、露光を工夫して、複雑で不思議な幻想的イメージを作り出しているとEikyumanrei 言います。たしかに、右図のマン・レイによるレイヨグラフは物体の影が印画紙に露光して、本来の物体の一部が通常の見慣れた見方とは違う角度で写っているため、異化効果を生み出している面白さがあります。これに対して、瑛九のフォト・デッサンは人が踊っている形を模した石器時代のアニミズムの壁画のような形を型紙として、それがシリーズとして、一連の作品の中に角度を変えて、光のよる効果や影の変化に絡むように、まるで音楽の変奏曲のテーマのように繰り返し顔を出して、一連の作品にアクセントを与えています。要するに、瑛九は、マン・レイのような現実の具体物に興味がなかったということではないか、と私には思えます。瑛九が書簡の中に次のような言葉があったということです。“私の求めてゐるのは二十世紀的な機械の交錯の中に作られるメカニズムの絵画的表現なのであります。自動車のまっ黒な冷ややかな皮膚の光や、夜の街頭のめまぐるしく交錯した人工的な光と影は、われわれの機械文化の中に咲いた花なので、われわれの視覚による美もそういった感覚になければならぬと信じ、そういった面を表現する絵画の分野がなければならぬわけであります。そこでかういった新しい表現の手段を私は、光の原理、光のもつ最も微妙な秘密をつかむ印画紙に求めたのであります。”ここで瑛九は視覚の感覚を変えて行くということを述べているところから、見え方とか感覚の仕方が改めていこうとして従来の見えるものではないものを追求しようとしたのではないか。そこで従来の感覚による見えたままであるリアリズムには、もはや従っていないということでしょうか。
 Eikyusleep2 そこで気になるのは、瑛九の『眠りの理由』の一連の作品の手を変え品を変えて登場する踊っているような人の形をした型紙です。これを見て、私が思い出したのは、ジャクソン・ポロックが未だドリッピングの手法を見出す前の初期にアーリー・アメリカンの土俗的な絵画から影響を受けていたころに描いた母型のような形態です。たまたまの偶然に似通ったものとなっているだけなのでしょうけれど。瑛九の場合も、この型紙を計算してのものではなくて、偶然使ったくらいのものではないかと思います。しかし、この偶然ということは、意識していないということで原型のようなものが図らずも現われてしまっていると思います。というのも、さきほどのマン・レイとの比較に戻りますが、マン・レイの場合には物の形を前提にして、その面白い表れ方で遊んでいるという性格のものになっていると思います。これに対して、瑛九の場合は、既存の視覚を否定しようとしていることから、新しい物の形を提示しようとしていて試行錯誤しているようなのです。結果としての作品の見た目は、大きく違わないのですが、瑛九の場合には、無意識につくった型紙という仮の形に光や影の不定形が絡んで、形として固まっていません。そこに、形をつくろうとして、つくれない不安定さを感じさせるのではないかと思うのです。これは、後年のまるでコスモスとでも言いようがない抽象的な作品を知っているがゆえの、遡及的な見方かもしれませんが。
 Eikyudessan そのあとで、ペン書きのフリーハンドのデッサンが何点も展示されていました。神経質なほどの細い線で、走り書きのように書かれたデッサンと言うのが適切なのか。たまたま「デッサン」(右下図)というタイトルで展示されていたので、そう言います。そこには、対象の形を捉えるというデッサン本来の意味からは乖離した、もともとの捉えるべき形がないところで、まるで形がない、不定形をそのまま描こうして試行錯誤しているようなものが数点ありました。そのなかでも、いくつかは形になろうとするものがありましたが、それ続くものがなくて、中途半端な形に行ってしまうよりは潔く捨てられたのでしょう。決して作品としてまとめあげられるものではないのでしょうが、瑛九の試行錯誤の跡が露骨に表われているような気がして、後年の静謐ささえ感じられるコスモスのような抽象画からは想像もできないような、まるで線が蠢いているようなデッサンでした。トラブルさえなければ、このデッサンをもっとみていたかった、と後悔が残ります。
Eikyusleep1_2

2017年4月 3日 (月)

瑛九1935→1937─闇の中で「レアル」をさがす(2)~ⅰ.1935「瑛九」以前の杉田秀夫

Eikyucouple  このコーナーの展示は1点しかありません。「二人」という厚紙に描いた油絵作品。いわゆる習作期、摸索期の作品ということでしょう。試行錯誤の繰り返しで、制作の苦しみを伝える書簡が紹介されていました。“とにかくおれは色がつかへぬ…とにかくもうかけぬ所まで今日つついてみた。まつたくわからなくなってしまつた。”そんな書簡の言葉を反映してか、絵の具の塗りは厚く、不透明で、沢山の色を使っています。つまり、絞りきれていない、ということは不必要なものが沢山混じっていて、画家はそれを識別できていないということでしょうか。全体に重苦しい感じです。後の抽象的な作品が好きだから、私も一応は見ますが、これだけを目の前に置かれたら、素通りしてしまうに違いありません。
Benblack  とはいえ、試行錯誤していた時期の作品であるわけですが、20代前半の作品で写実という意識が全く感じられないのが分かります。引用した主催者のあいさつの中の“彼は、簡単に、言葉では言い表せない本当の「レアル=現実」のありかを求めて、理性の光の届かない、無意識の闇の底にまで降りていこうとしました。”という文章ですが、瑛九という人は、現実を表わそうとしていたのだろうかという疑問というのを感じるのです。少なくとも、リアリズム=写実主義というスタイルでなかったことは確かです。では、リアリズムを出発点にそこから展開して、結果として写実主義から離れたのとなってしまったか、例えば、キュビスムのような形態を追求するとか、印象派のように光を分析するとか、セザンヌのように物体の質量や存在感を追求するとかいったことによって、伝統的なリアリズムとは違った描き方に行き着いてしまう、というものではなかったように思えます。というのも、後年の瑛九の作品を見ると、リアルということを感じるのとは別の次元にあるように思えるからです。彼自身の想いとか自由な想像のままに描いているように見えるのです。それは彼の内面で捉えた本質とでも言えるのではないでしょうか。それでは、この展覧会の趣旨を否定しているのか、と言われそうです。それとも、瑛九の制作の遍歴のなかで、この時期には彼なりのリアルを追求していたということなのでしょうか。それは、これからの展示作品を見ながら考えていきたいと思います。
Morandisezn

2017年4月 2日 (日)

瑛九1935→1937─闇の中で「レアル」をさがす(1)

2016年11月23日(水) 東京国立近代美術館
Eikyupos  海外出張が終わって、帰国した日。早朝にホテルをチェック・アウトして、朝一番の便で向こうの空港を飛び立って、早起きと仕事が終わった疲れで、羽田空港に着いて、真っ直ぐに帰る気がしなくなった。今日は勤労感謝の日、ちょうど、かねてから行きたいと思っていた瑛九の展示を近代美術館で行なっていたのを思い出した。羽田空港から京浜急行、途中で地下鉄に乗り換えて竹橋から近代美術館へ。休日で雨模様の天気のせいだろうか、ちょうど大きな企画展が終わった直後で常設展しかやっていないせいか、美術館の人影はまばら、最初は休館かと思って、少し驚いた。この瑛九の展示は常設展の会場の一角のギャラリーで、こじんまりとやっていた。静かな、落ち着いた展示でした。しかし、疲れていたのだろうか、コインロッカーに荷物を入れて鍵をかけてこなかったことを思い出してしまった。何たることか。そのことを思い出してしまうと、落ち着いて作品を見ていられなくなった。入場券で入っているため、ロッカーに戻るには会場を出なければならない。仕方ないと、もっと見ていたかったが、荷物が心配になったので、後ろ髪を引かれる思いでロッカーに引き返した。幸い荷物は無事だったが。
 瑛九という画家は、一般に馴染みが薄いと思います。私は水玉を用いた抽象的な作品が大好きなのですが、展覧会チラシが、瑛九の紹介と展覧会の趣旨を紹介しているので引用します。
 “瑛九(本名:杉田秀夫、1911~1960)は、1936年にフォト・デッサン集『眠りの理由』で鮮烈なデビューを飾り、その後さまざまな技法を駆使しながら独自のイメージを探究した画家です。フォト・デザインとは、印画紙の上に針金や網など具体的な物体や、さまざまなかたちに切り抜いた紙などを置いて感光させ、イメージを定着させる技法ですが、この制作のためには、暗室の中で作業しなければなりません。また瑛九は、1937年に結成された自由美術家協会の第1回展に「レアル」と題した一連のコラージュを発表しますが、これらは、闇の中に得体の知れない物体が浮かぶイメージの作品でした。このたびの展覧会名「闇の中で「レアル」をさがす」は、こうした作品の性格に由来していますが、それだけでありません。彼は、簡単に、言葉では言い表せない本当の「レアル=現実」のありかを求めて、理性の光の届かない、無意識の闇の底にまで降りていこうとしました。彼の視線を追体験することで、私たちもまた「レアル」なものに対する感覚を研ぎ澄ませることができるはずです。”
Eikyusakuhin  展覧会のあいさつとしては、攻撃的な方ではないかと思います。しかし、私の個人的な感じ方かもしれませんが、瑛九の作品には、抽象的な作品で最終的には見る者の想像力に任せることになるのですが、旗幟を鮮明にしているところがあるように、決して強い訴えかけをして見る者の想像力を縛ることはしないのですが、感じられるのです。
 小さなスペースでフォト・デザインというのはスケッチと同じようなサイズだったので、油絵の大作が並ぶ様相ではなくて、展示は地味な印象でした。
展示は以下のような章立てでしたが、規模の小さな展覧会だったので、この章立てにこだわることなく、感想を述べて行きたいと思います。
 ⅰ.1935「瑛九」以前の杉田秀夫
 ⅱ.1936杉田秀夫が「瑛九」となるとき─『眠りの理由』前後
 ⅲ.ほんとうの「レアル」をもとめて─第1回自由美術家協会展への出品前後
 エピローグ.その後の瑛九と山田光春

2017年3月19日 (日)

吉岡正人展~永遠なる物語をつむぐ画家(4)

Yosioka2017heven  「天国の庭」という作品は、これまでのパターンから少し外れたような作品ですが、パターンのように描かれている静かな印象は、フランス19世紀の象徴主義の画家ピュヴィス・ド・シャヴァンヌが神話の世界を題材にした壁画に通じるところもあるように見えます。この作品は比較的最近の作品ということになりますが、中世のような雰囲気とは少し異質な異教的古代のような雰囲気が漂っています。そのように感じることが出るのは、言ってみれば、吉岡の作品世界がマンネリ化されている。マンネリ化という悪いイメージですが、吉岡の作品で描かれているのは、日常的な風景ではない幻想風景です。その風景は日常から異質で、見る者が受け容れるためには、そのために敢えて想像力を働Chavannesmori かせなければなりません。そこに無理が生ずることになります。しかし、ここで述べているように、吉岡の作品というのは、作品を見るだけではなく、そこからものがたりを想像することで始まるものです。それが、作品を受け容れる、いわばスタート以前の段階で想像力を浪費してしまうのは効率的ではありません。そこで、無理なく作品世界を受け容れるようになるためには、それが日常に近い形で当たり前になっていることが必要になります。そのような当たり前にするためにマンネリといってよいほど定着させることで、可能となると思います。したがって、吉岡の作品が、似たようなものが数多く制作されるのは、それらの作品をまとめてひとつの世界として前提のように、当たり前に受け容れられることになっていると思います。そこで、この「天国の庭」が異質に感じられてしまうことになっていると思います。
Yosioka2017mountain  「山上の町」(1993年)という作品です。以前に、はじめて吉岡の作品を見た時に、有元利夫と似ていると思いましたが、この作品と有元の「花降る日」という作品を並べて見ると、山の描き方がこれだけ違うことから、両者の資質の違いがよく分かると思います。パターン化の程度の違いでいえば、吉岡の山の実際のリアルな山をデフォルメしたことが分かる、リアリズムを残したものであるのに対して、有元の山はデフォルメをさらに進めて、もはやリアルな山に繋がるものがなくなって、文字のように、それが山であることがわかればよいものになっています。したがって、有元の場合には、山というものに対して作品を見る者が持っている知識やイメージが、作品の山のパターンを見ることによって想起されて、それで補完しながら作品を見る。人物がそこを上っていこうとしている場面を自由に想像できることになります。これArimotohanafuru に対して、吉岡の山は、リアルな要素を残しているため、どのような山であるかが見る者に示されています。有元のように自由な想像は規制されますが、その分細かくて、実感できるように想像できます。ある意味突っ込んだイメージができることになります。それは、二人の画家の求める想像、抽象度の違いによるのではないかと思います。それは、吉岡の場合には描いているものは、おそらく、画家の目には、そのように見えているという要素があると思えます。そういう画家の視野で捉えられた世界が理想化されたとか、雑音を取り去って純化したさせたとか、そういった世界がベースになっていると思います。これに対して、有元の場合には、そう見えているを通り越して、自分で世界をつくってしまった。それを描いている、というように見えます。それゆえ、有元の場合、象徴的なのではあるのですが、距離感が異なるため、吉岡のような神秘性はあまり感じられず、むしろ透徹した個人の独立とでもいうのか、部分が自立しているとかものがベースにあるように見えます。
Yosiokagaka  では、このへんで印象をまとめてみましょう。本当のところは、もっと沢山の作品を紹介したいのですが、とくに2000年以降に制作された大作は、どの作品も前にしばらく佇んで時間が流れるままに過ごしていたいと思わせるばかりなのです。それは、このような場面で画像を眺めるのでは体感できない経験であると思います。そういう面では、吉岡の作品にスケールという要素は欠かせないと思います。それは、おそらく吉岡の絵画作品というのは、何かを描くといった画面の情報を鑑賞することでゲットするようなものではないと思うからです。思うに、それはひとつの始まりで、吉岡の絵画に触れる端緒でしかありません。大切なのは、その後のことで、見る者がそこから想像していくことではないかと思うのです。吉岡の描く画面は見る者に何かを声高に主張するようなものではありません。しかし、ある種の抽象絵画のようにコンセプトを押し付けたり、見る者に考えることを強制するようなものでもありません。むしろ、画面は黙して語らず、静謐です。その静謐さゆえに、初期ルネサンスや中世のような清澄でシンプルな印象を見る者に与えるのですが、その裏には、見る者を自然に想像に導くように周到につくられている。しかも、それと分からぬように。それば具体的には、これまで作品を見てきた中で個々に触れてきましたので、こでは繰り返しません。見る者が想像していく雰囲気が、作品というものがそれ自体で剥き出しで見る者の前に現前するのではないわけです。そこには、見る者の想像のヴェールが、その人によって薄くも厚くも重ねられて、それが作品の雰囲気をつくって行くことになると思います。だから、言葉遊びと取られるかもしれませんが、吉岡の作品が神秘的に見えると言う場合には、作品がそのように描かれているということ以上に、作品を見た人がそういう想像をした結果の印象なのだと思います。そういう想像する方向のひとつとして自己を見つめるという内省的な方向もあると思います。吉岡の作品は見る者に何かを押し付けるとか強制するようなものではないので、そこに限られることはありませんが、吉岡の描く人物が遠くを眺めることは自分の中に向けることと同じだということを述べましたが、それは実は作品を見る者の視線の方向にも当てはまることではないかと思います。

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